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ガラスの世界  作者: 旧式突撃歌
1章 おとぎ話はこうやって始まる
20/36

道化の理想~楽しい一時と軟弱~

 すっかり暗くなってしまった。だいぶ時間がかかったが、着実に城へと近づいているようで、見上げるように城を眺めると視界に綺麗な星空が映る。


 空を見上げると、プラネタリウムの中にいるような光景に思わず息が漏れ、こんな綺麗な星空があるんだなと実感。城へと顔を戻すと、兵士だろうか?作業をしている様子が見えると城の周囲に火が灯される。


 灯された明かりに浮かび上がる城は、遠目で見たときよりも巨大な物に見える。丁寧に作られたのが伝わってくるような石造りの城は、正門に渡る際に大きな橋を渡らなくてはいけない。


 俺達はその橋を今渡っている所だ。この橋は兵士が隊列を組んで戦闘することも考慮したのか、横幅も広く長さも結構な距離がある。


「ドライ城は民を交えながら、内部でお祭りも出来るように庭が広間のような作りになっています。この橋は、民の間では自由橋フリーブリッジと呼ばれています。基本的に正門を閉じるようなこともないので、自由に行き来するせいですね。この橋は開閉式を取っていて、有事の際には左右に別れるような方式を取っています」


 エリスの説明を受けながら正門へとたどり着く。門番の兵士がお待ちしていましたと敬礼し、エリスは、にこやかな笑みを浮かべ遅くまでご苦労様。と、告げながら正門を潜る。後に続くように俺達も入ると、そこには外観にそぐわない綺麗な庭園が広がっている。


 松明だろうか?城の壁面に設置された木から炎があがり、映し出されるように色とりどりの花畑が広がっていて、中央には噴水が設置されている。


 丁寧に舗装された道を歩き、これまた大きな木製の扉へとたどり着くと内部から扉が開く。出迎えたのは、エリスと変わらないくらいの少女だ。


「やっと帰ってきたー待ってたんだぞー姫さ······うげ!?や、やあーアクル久々だね」


「はぁ······毎回言っていますが、アリサ。せめてちゃんとした格好をしてください。腕は立つというのに、こういう品性がアリサの評価を落とすのです。何度も言ったはずですが?」


 アクルさんは額に手を当てながら困ったように首を振り、アリサと言われた少女は困ったように髪を撫で、ごめんなさいーと言いながら頭を下げる。


「まぁまぁ、アクルも今日はもう小言は無しにしませんか?アリサちゃん、食事の用意は出来ていますか?」


「うん!バッチリだよー姫さん。ほらほら、みんな寒そうだから中にはいっちゃえー」


 間延びした声で中に入るよう促し、俺達はお邪魔しますと言いながら中へと入ると、扉を閉めながらアリサと呼ばれた少女が俺達へ向き直り、丁寧にお辞儀をするとこう続けた。


「あー、皆さん初めまして。アリサ·エリシードって言いますーどうぞ、よろしくお願いしますー」


 顔を上げニコリと笑うと、綺麗な八重歯が覗く。褐色の肌が印象的な子で白髪なのだが、ココア色のキャップ帽を被っている。キャップ帽から見える後ろ髪は、首もとくらいの長さだ。


 前髪も自然な感じで、眉にかかるほどの長さ。丸っこい顔つきが愛衣さんと似た印象を受け、背丈もほぼ同じくらいだと思う。アリサさんが俺を見つめるように視線を向け、少し上を向く感じになる。


 あどけない感じの大きな目。ブドウ色をした瞳が軽く瞬きをし、小さな背丈とそれに合うような細身の体型からは、少し大きめな谷間が見えてしまう。アリサさんの格好のせいだ。


 体格に合ってない緩いピンクのキャミソールを着ていて、前屈みになると大変危険だと思う。今の角度ですら非常に不味い。宣言しておくが、見えてないぞ?下半身は、瑠璃色のショートパンツを履いている。これはサイズがピッタリだな。


「ん~~?すっっごく見てますよねー剣士さん。そんなに珍しいですかー?」


 アリサさんが少し首を傾げ、ちょっと体を下げ気味に······危険だ。顔を横にずらそうとして、アリサさんが微かに笑うのが聞こえると、口に手を当てて意地悪そうな顔で俺を見ている。


「面白い剣士さんですね~。メロメロですか~?アタクシにメロメロー?」


 成る程、こういうタイプか。良く覚えておくことにしよう。一人で納得していると、後ろから唐突に頭を小突かれる。しかも、かなり痛い。


「で?いつになったら見るの止めるのかな~たーくん?しかも納得?ううん?何か·····言い訳あるのかな?」


 再度、頭に衝撃。机を手で叩いたような音が響き、あまりの痛みに頭を押さえながらしゃがみこむ。頭上からは不敵な笑い声が響き、やり過ぎたと思ったのだろうか?アリサさんがごめんなさいと言う声が聞こえる中、誰かがため息を吐くと声が響く。


「それで?いつになったら食事をするのかしら?秋月と貴女との茶番を見ているよりも、食事のほうが遥かに有意義な時間を過ごせるのだけど?早くして頂戴」


 呆れた片桐の声を聞きながら、ようやく俺は立ち上がる。頭を撫でながら相当怒っている彼女へと向き直ろうとしたが、腕を掴まれ引っ張る勢いに、そのまま引きずられるように歩く。腕を掴んだのはアリサさんだ。


「いやーごめんねーちょっと悪ふざけし過ぎたみたいでさ~」


 間延びした声で謝っているのか?そうじゃないのか?判断が難しいアリサさんの声を聞きながら、後ろを歩くと前に木製の扉が見える。アリサさんがその扉を押して開けると、広い室内には丸いテーブルが並べれた光景が広がる。


 テーブルには純白の布が掛けられ、その中心には金で作られた蝋燭立てがある。火を灯され静かに舞う炎が、俺達の動きに合わせてほのかに揺れ動く。


 天井には古風な木製のシャンデリアがあり、壁には絵画が数点掛けられ、左右の奥には扉が一つずつ付いている。テーブルにはそれぞれが座れるように木製の椅子があり、王族等が座るような豪勢な作りをしている。


 一つだけ離れた位置に置いてあるテーブルは、透き通るような透明感を放つ。テーブルに目が行きそうになるが、後ろに控える透明な椅子が異様な印象を与え、そっちへ視線が釘付けになってしまう。


 クレヨンで塗ったくられたような絵が描かれている。なんだろうか?熊······ではないようだ。茶色の変な模様がついた生物だと思う。幼い子が、一生懸命書いたような絵だな。黒で描かれた真ん中らしき所?にある丸いのが胴体だと思う。


 そこから伸びるように黒で描かれた丸い足?腕か?とりあえず·····そういった感じのが書かれていて、茶色で色々な所を塗られ、大きくはみ出した黒い点のようなものが上に付いている。そこに、緑で塗られた雲?のような物が、黒い点と重なるように書かれている。


 全く解らない。なんの絵か気になってそっちへ意識が集中し始めた時に、アリサさんが手を放し、ここへ座ってくださいーと椅子を引きながら微笑む。あの絵が描かれた所を真っ直ぐ見れる位置だ。


 入ってきた他のメンバーは、各々好きな場所へと座るようだ。俺の横には彼女が当然のように腰掛け、対面には鵲さんが座り、鵲さんの横はアリサさん。


「龍人!!簡単にハーレム築いてんじゃねえぞこのー!!」


 柳田のブーイングが後ろから聞こえる。一言言ってやろうとしたが、柳田の方を見ると、愛衣さんが柳田を軽く宥め、アクルさんが困ったような顔をしながら、柳田を見ているのをさらっと見ながら止めておいた。アクルさんは苦労人のようだから、俺は何か言って困らせるのはどうかと思ったからだ。


「あら?私もそっちに行けばいいのかしら?そうすると男女比は釣り合うわね」


「いえ、結構です!そちらで楽しんでください!!オレの天使は月島愛衣さんしかいない!!」


「ええー?大袈裟だよー柳田君。愛は、お姉さんだからね?よしよし、してあげるね」


 手馴れた扱いに苦笑いを浮かべてしまう。片桐は香月の横に座り、ヒュードさんは背面の扉を背にするように座っている。とすれば、残ったのはエリスなんだが······まさかな、あの椅子に座るわけがないだろう。


「食事ーご飯ー楽しいご飯です!」


 上機嫌な歌が聞こえ、楽しそうにエリスがあの椅子に座る。いやまて、一国の王女があそこ?あの椅子に座る?何の冗談だあれは。そもそもおかしいだろ?あのヘンチクリンな絵が、実は何かの象徴?そんなバカなーー


 そんな事を考えていると、左奥の扉が開く。食器や食事が積まれた台車を押しながら、数人のメイドが入ってきて、それぞれのテーブルへと丁寧にそれらを並べていく。料理が入っているのは、中央に置かれた銀色の蓋がされた奴だろう。


 他のメイドも何人か入ってきて、バスケットを置いていくようだ。中には、美味しそうな焼きたてのクロワッサンが入っている。準備が一通り終わったのか、一礼してメイド達が部屋から出ていき、食事にしようと思った時だった。


「はい!!皆さん、ごちゅうもーーく!!今夜のメインディッシュは、アタクシ!!アリサ·エリシードが選んだ!!さい·こう·きゅう!!そう、オーシャンブルー特産品!!」


 うるさい。非常にうるさい。耳が痛くて敵わない。何故かと言うと、どこに準備してあったのか、手に持って演説でもする際に使うマイクメガホンで、高々と声を張り上げ。今のセリフをキレッキレで言っているのだ。その様子を、微笑んで見ているエリスが強者だと思える。


「はい!!オーシャンキングクラブ!!一目あったその日から、君に決めてました!!時価なんと!!8万······」


 言いかけた声は、後ろから伸びた手が肩を掴む事で遮られる。アリサさんの額から何故か汗がしたたり、背面にいるのは笑顔のままのエリスだ。肩を掴む手が、マッサージでもするかのように揉みほぐしていく。


「アーリーサーちゃーん??これ、一匹8万······ん?私の聞き違いですか?言いましたよね?今、私達の国は、節約しなくちゃいけない。言いましたよね?これはーーどういうことですか?」


 ああ、解った。ようやく理解した。この子は怒らせたら絶対ダメなタイプだ。あの笑顔は、笑顔ではなく、本気で怒ってますの合図。静かな怒りは、高々と声を張り上げていたアリサさんを簡単に静めるどころか、苦笑いを浮かべるような表情のまま、アリサさんの目から涙が流れてしまう。


 相当怖いようだ。ニコニコ顔でエリスが、アリサさんを自分のほうへぐるりと向かせ、硬直したアリサさんへニコニコ顔のまま、ぶつかる勢いで詰め寄る。小さく悲鳴のような鳴き声が上がるが、エリスは表情を変えないまま、目の前で淡々とこう言った。


「まさか、聞いてないんですか?聞いてないなら、今からーーそうですねえ。朝日が昇って~星が見えるくらいまで。丁寧に、親切に、わーかーるーようになるまで、何も食べず何も飲まず、私と二人でお話しませんか?」


 さらっとえげつない事を言ってるな。というか、そのニコニコ顔のまま首を傾げないでほしい。見てるこっちも怖い。しかも、本気でやりそうな所が非常に怖い。アリサさんは、ぎこちなく首を横に振る。ロボットダンスとかで見たことがある仕草を、異常に上手にこなしてみせる技量に、拍手を送りたくなってしまう。


「んーそうですかー。じゃあ、今回は特別に許します。次やったら······覚悟はしておいてくださいね?」


 二度としないだろう。廃人のように白くなりかけたアリサさんを、エリスは丁寧に椅子に座らせて、自分の席へ戻るとニコニコな顔をこっちへ向けながら、軽く咳払い。


「では、いただきましょう」


 何事も無かったようにそう言い。エリスは真ん中に置かれたカニを掴むと、真っ先に足をへし折る。非常にいい音がしながら、真っ赤なカニの足をニコニコ顔のまま殼ごと噛み砕く。


「んー!!美味しい。流石一匹8万······8万幾らかかったか、わかりませんけど。これだけあったら、民の家庭は凄い生活できますね。あー、8万幾らのカニは美味しいですねー」


 食べ方絶対間違ってるぞ。声に出さないでおくけどな。ほぼ全員がドン引きしている中、一人でバリバリ音を立てながらカニを食べていくエリス。怒っている理由は、国の財政的な問題も兼ねているようだが、国民を思っての行動なのかもしれない。


「ま、まあさ。ほら、冷めたら美味しく無くなっちゃうし、食べよう?」


 彼女がそうフォローするように言い、手を伸ばして茹でてあるカニの足を一本折る。タラバガニのようだが、足が結構長い。固そうな殼を彼女は握ると、小刻みにいい音が響き殼が割れる。


「なにこれ?スッゴク柔らかいんだけど?」


「······オーシャンキングクラブは、普通のカニとは違うんですー。殼ごと食べられる、希少価値のあるカニなんですよ~ちなみにですが、こちらの岩塩をかけて正味してみてください~」


 復活したアリサさんが、少しかすれた間延びした声でそう言い、小さな壺を取り出す。焦げ茶色の小さな壺は、スプーンが中に入っているのが解る。彼女は言われた通り壺の蓋を開け、岩塩を振り掛けて一口食べる。


「なにこれ!?え、うそ。すっごい美味しいんだけど!?」


 彼女の目が輝く。そんなに美味いんだろうか?俺も食べてみたくなり、足を折って岩塩を振りかけてバクっと一口。


「これは······凄いな」


 岩塩とオーシャンキングクラブのコラボは、凄まじいの一言だ。カニなんだが、スナック菓子のような感触。チョコレートを棒状にしたあれに、塩を振って食べたような感じだ。これは想像以上だ。


 これを切っ掛けに皆が食べ始める。口々に歓声があがり、ドン引きした空気は完全に沈静化。アリサさんは、そんな俺達を見ながら嬉しそうに笑っている。逆に、一人食べ進めるエリスは、罰が悪そうにしょんぼりしながら食べているようだ。


「姫さーん。岩塩そっち無いよねー?掛けて食べてみたくない~?」


「······えっと、じゃあ、ちょっと貰えたら嬉しいです」


 カニを片手にエリスはそう言い、嬉しそうにアリサさんは岩塩の入った壺を持って、エリスへと向かう。エリスはどうしたらいいか一瞬悩む顔をしたが、アリサさんが近くにくると少しだけ立ち上がる。


「アリサちゃん。言い過ぎちゃってごめんなさい!!こんな事で怒るなんて、私まだまだ王女として未熟だと思うから、今後気をつけるから!!本当にごめんなさい」


 勢いよく頭を下げるエリス。そんなエリスを見ながら、アリサさんは困ったようにキャップ帽を触り、アリサさんも頭を下げる。


「いやー、アタクシも悪かったので謝るならこっちが先ですね~ごめんなさい。姫さんは、本当に真面目ですね~アタクシは気にしてませんよー。さあさあ、岩塩山盛りでいきますよー」


 本当に山盛りだ。カニの足の根元が岩塩の山を築く。エリスは、嬉しそうに口に入れーーむせた。それを見て腹を抱えて笑うアリサさんは、凄く楽しそうに見え、逆に慌てて飲み物を汲んだのはアクルさんだ。


 どうやら二人を見守っていたみたいだが、やり過ぎたアリサさんへ注意しながら、木製の小さなカップをエリスへ差し出しエリスは一気に飲み干す。直後、エリスの顔が茹でたタコのように真っ赤になり、アクルさんは自分が取った飲み物を見ながら、困惑した表情を浮かべる。


 エリスがへなへなと体を揺らしながら椅子に座り、それを見たアリサさんが額に手を当てながら上を見上げる。一体何があったんだ?疑問に思った俺は立ち上がると、アクルさん達のほうへ向かう。


 困った表情のアクルさんは俺が来た事に気付くと何とか笑みを作るが、直ぐに渋い表情をし、そんなアクルさんを見かねたように、アリサさんが耳元で俺へとこう教えてくれる。


「あー、間違ってブドウ酒を飲ませちゃったみたいですね~姫さんは、凄くお酒弱いのでー困ったな~の状態ですねー」


 ああ、そう言う事か。気になってエリスを見るが、エリス自体は顔が真っ赤になった以外、特に変わった様子はないようだ。見た限りだが······普通に座りながらカニを黙々と食べていて、変わった様子はない。


「大丈夫だと思うぞ?とりあえず、気にしながら見ておくか」


 俺の発言に二人は頷くと、カニを食べながら談笑する各々の声が響き、楽しそうなその雰囲気へと俺は振り返る。どうやら酒も飲んでいるようだ。柳田とヒュードさんが互いに木製のカップをぶつけ合い、グイグイ飲んでいる。


 その横では椅子を動かしたのか、愛衣さんと彼女が二人で歓声を上げているようだ。そんな歓声を尻目に、一人で黙々と何かしている存在に目を向け、俺は気になったのでそっちへ向かうことにした。


 一人黙々とクロワッサンを千切って口に頬張るのは、片桐だ。ブドウ酒を貰ったのか、カップを手に少しずつ飲んでいるようで、近くに来た俺に気付いたのかこっちへ向き直る。


「どうした?食べないのか?カニ」


「私はいいわ。クロワッサンがとても美味しいから、これが一番の御馳走だわ」


 千切って頬張る。何処か寂しそうな雰囲気に、椅子を手繰り寄せ横に座ると、片桐が意外な表情で俺を一瞬見るが、平静を装うかのようにブドウ酒を飲む。


 俺はタバコに火をつけると、待ってましたと言うように香月が、銀の水が張ったトレイのようなものを持ってこっちへ来ると、俺の前にそれを置いてタバコに火をつける。こっちの灰皿みたいな物だろうか?まあ、遠慮なく使わせてもらうか。


「······秋月。カニは美味しいかしら?」


 片桐が問い掛けるようにそう聞くので、俺は素直に頷くと、片桐はクロワッサンを食べ終え一瞬ーーカニを睨みつけるようにしたが、直ぐに普通の表情に戻るとクロワッサンを手にし千切って頬張り始める。


 俺も気になったのでクロワッサンを手にとり、普通に食べてみる。サクサクとした感触とバターのいい香りがして、中はしっとりとした感じだ。美味しいクロワッサンだ。普通に食べきってしまい、もう一個手に取り平らげると、それを見ていた香月もクロワッサンを食べ始める。


「パン好き同盟でも組もうかしら?メロンパンにクリームパン、あんパンに焼きそばパン。その他諸々、色々選べていいわ。どうかしら?秋月」


「え?そうだな。面白いかどうかは解らんがありだと思うぞ?俺なら、ハニートーストをお勧めに入れる」


 そう言ったら片桐が少しだけ笑い、ブドウ酒を自分のカップに注ぐと、グイっと飲み干してしまう。まるで酔うのが想像出来ない飲みっぷりだ。香月もクロワッサンを堪能したのか、タバコを吸いながらブドウ酒を飲む。相変わらず様になる飲み方だ。


 少し横を見れば、鵲さんはカニをご満悦の表情で食べているようだ。アリサさんが、鵲さんの横に座りながら何か喋っているみたいだな。鵲さんは、神妙に頷きながら悩むような素振りを見せ、俺と目が合う。少しそのまま見つめ合い、鵲さんは俺を呼ぶように手を軽く動かし、俺は気になったのでいくことにする。


「それじゃ、飲みすぎないようにな」


 そう言って軽く手を振りながら、鵲さんの方へ向かう。アリサさんが俺が来るのを見ながら、出しかけた何かを引っ込め、鵲さんは困ったような顔で俺を見やる。


「どうした?何かあったか?」


「い、いやー何もないですよ~やだなあーアハハハハ~」


 明らかに何かやろうとしたみたいだ。とりあえず鵲さんの横に座り、困った顔が、少し落ち着いた様子の鵲さんを見やる。鵲さんは、少し悩むような素振りを見せ、俺へとこう問いかける。


「龍人、そのだな。ワタシと大人の関係と言うのになってみたいか?」


 何をいってんだコイツは?唐突の意味の解らない質問に、俺はどう答えようか迷ってしまう。多分だが、吹き込んだ張本人が、この間に逃げようとしているのに気付く。逃がすわけがない。


「アリサさん。何を言ったか吐いてもらおうか?」


 そう言って、逃げようとしたアリサさんの肩を掴む。一瞬アリサさんの体が跳び跳ねるように動き、仕方ないなーという感じで、こっちを向く。潔さはいい子だな。


 とりあえず椅子に座らせ、何を言ったか聞こうとしたのだが、鵲さんが唐突に俺へとカニを差し出す。意味が解らず、鵲さんとカニを交互に見る。


「その、なんだ。お、大人の、関係になるには······このカニを食べなければいけないそうだ」


 一体どういう事だ?全く意味が解らない。意味が解らないが、差し出された物を食べないというのも、何だかダメな気がする。そこで、俺は条件をつけることにした。


「大人の関係うんぬんは、置いておこう。ただ、せっかく出されたからにはカニを食べさせてもらうとしよう」


 一口かじる。ん?味が違う。さっきまで食べていたカニとは違う味がする。なんだ?


「そうか。龍人がそういうのならば、それは置いて置こう。これをワタシも食べればいいらしいのだが、何が大人の関係になるというのだ?はむっ······ん?ーー!?」


 鵲さんがカニを皿に落とす。何があったのかと鵲さんを見ると、一気に青ざめた顔で両手で自分の喉を掴む。いきなりの事に事態を掴めなかったのだが、一人冷静にそっと何かを差し出すのはアリサさんだ。差し出された物は小さなコップ。


 鵲さんはそのコップを掴むと、中身を一気に喉を鳴らしながら飲み干したようだ。俺は事態を把握出来ないまま、アリサさんと鵲さんを交互に眺め、手にしたコップをテーブルに静かに置きながら、鵲さんは落ち着きを取り戻したようだ。


「こ、これが······大人の関係と言うものなのか?これは、凄く苦いぞ?」


「んーまあ、そうですよね~だって、ロシアン漢方粉末っていうのだから~でもでも、夜の生活にバッチリ効くのしか入ってないらしいですよー今夜はおーるな······いったーーい!」


 最後まで聞くまでも無く、軽くチョップ。鵲さんは、首を傾げながら俺達を見ているが、怪しい物を使った罪で再度アリサさんへ軽くチョップしておく。頭を押さえながらテーブルに突っ伏すアリサさんを、鵲さんは普通に宥めに入るように優しく頭を撫でている。


 そんな鵲さんの優しさに、アリサさんがえらく感動したのか、直ぐに復活し鵲さんへ抱きつく。多少よろけながら、大袈裟な子だと言い。鵲さんはちょっと照れたように微笑む。何だか、友情が芽生えたような気がするな。


 そんな二人を眺めていると、俺の背に椅子がぶつかる衝撃が走り、何事かと後ろを振り返るとーー彼女が急に立ち上がったからのようだ。今度は何事かと、そっちへいくことにする。


 立ち上がった彼女は、両手にカップを持っている。並々に注がれたブドウ酒が、衝撃で少し溢れそうになるがそれを上手くバランスを取って回避。


「桜木未歩!!必殺のおぉぉ!!ダブルドリンク!!」


 馬鹿なことを平然とやっていた。並々に注いだブドウ酒を、片方ずつ飲み干すという荒業だ。柳田とヒュードさんが、彼女の無茶な行動を拍手しながら大歓声で盛り上げているようだ。


「すごーい!!さくちゃん強いんだね!!」


 感心したように愛衣さんはそう言うが、彼女が酒に弱い事を知らないからそう見えるだけで、実際は倒れる寸前だろうと思い。仕方なく俺は止めに入ることにする。


「あー、飲ませ過ぎないでくれよ?そんなにつよーー」


「にゃんだってぇー!?たーくぇんは、そうしゃってーいっっつみょーふへへ、たーみゅーん♪だっきょー」


 もはや手遅れか。完全に今ので出来上がった彼女が、俺へともたれ掛かる。そんな俺達を柳田と愛衣さんが口笛を同時に吹き、はやし立て。ヒュードさんは、楽しそうにデカイ声で笑うと更にブドウ酒を飲むようだ。


「たーみょーん。あたしとーちゅーしよー?ねえねえーちゅー」


「おいおい、飲みすぎだろ?しっかりしろ。ってこらこら!首に手を回すな!!椅子はどこだ?」


 崩れ落ちそうな彼女を抱き抱え、近場にあった椅子を足で手繰り寄せる。何とか座らせることが出来そうだ。誰も手伝わない不思議に、横目で三人を見ると、各々乾杯しながら酒を飲んでいる。いや、手伝わないんかい!?一応突っ込みを入れておこう。


 どうにかこうにか彼女を椅子へ座らせる事に成功し、寝息が聞こえるまで時間はかからなかった。相変わらずの無茶苦茶な飲み方をしたせいだろう。仕方ない、ベッドか何かを貸してもらおう。


 エリスの方を見ると、アクルさんがメイドを呼び寄せていたようだ。何かを指示し、メイドは軽くお辞儀をして部屋を後にする。俺はそんなアクルさんへ、声を掛ける。


「アクルさん。すまないが、寝床を貸して貰えないか?飲みすぎて寝てしまったようなんだ」


「そちらもですか?王女も、どうやら就寝寸前のようです。私の手違いもあったのですが、今から寝室へと向かおうと思っていました。秋月殿も今日はお疲れでしょう。場所を案内しますので、しばしお待ち下さい」


「うー、うー。目が回ります。景色がクルクル回転してくる~うー」


 エリスの唸り声が聞こえ、俺とアクルさんは互いに顔を見合わせ、苦笑い。しばらくするとメイドが数名戻ってきて、準備が出来た事を聞くと、アクルさんはエリスへ肩を貸す。ゆっくりと立ち上がらせ、それを見届けてから俺は彼女へと向かう。


 寝息を立てる彼女を抱え、何時ものように抱き寄せる。それぞれが楽しそうにしているのを見ながら、俺は静かにアクルさんへと向き直り、連れだって扉へと向かう。左奥の扉だ。


 扉の前ではメイドが待ち構え、丁寧にお辞儀をした後で扉が開かれる。開けてもらった事に感謝を告げると、穏やかな顔で、本日はゆっくりとお休み下さいと言われる。そんな声を聞きながら、アクルさんの背を追いかける。


 部屋を出ると、思ったよりも明るい廊下へ出る。壁につけられたランプに気付き、一定の距離で明かりをつけているようだ。


 床一面を真っ赤な絨毯が彩り、広い廊下は人が何人か横になって動いても、大丈夫なほどの広さがあった。壁は古風な木材で作られ、いつも手入れしてあるのか艶が出ていて凄く綺麗だ。


 長い廊下を歩く。所々ドアがあり、壁には絵画が飾られ、小さなテーブルに添えられた花瓶の中には、綺麗な花が生けられている。窓から覗く月明かりに照らされ、内部から見るこの城を守る為の城壁と、塔のような出っ張った物体が幻想的に映る。


 少しだけ風通しを良くするためか。開かれた窓から、涼しい風が廊下へと入ってくる。レースのカーテンが風に舞い、飲み会のような場所からは、全く想像出来ない静けさがあるな。


 突き当たりへと行くと、大きな階段が見えてくる。高さはそれほどでもなく、螺旋を描くように左右に別れた階段で、合流した部分はホールのような印象を見せる。絨毯を踏みながら、アクルさんと俺は左右に別れる。


「うー、アクルー。気持ち悪いです······うう、王女として見せてはいけない何かを吐き出しそうです」


「王女様、しっかりしてください。もうすぐですよ」


 あっちはあっちで苦戦しているようだ。落とさないように、俺も彼女をしっかりと抱き寄せる。腕の中で寝息を立て、すやすやと眠る彼女へと一度視線を落とし、直ぐに階段に集中。


 無事互いに合流し、歩き出す。同じような廊下を進みながら、俺はアクルさんへ話掛ける。


「アクルさんも、苦労人のようだな。大変じゃないか?」


 そんな俺の声に、微かに笑うアクルさん。穏やかな顔付きで、前を見ながら首を軽く振ると俺へと返答。


「いいえ、私は苦労したと思った事はありません。私は、国と主の行く末を見守りたいのです。この身、例え志半ばで朽ち果てようが、私はそれでもいいとさえ思っています」


「······随分と立派な思想だな。国に仕えると言うのは、そういう思想が必要なのか?」


 月明かりが俺達を照らす。窓から吹く風が心地よく、目を自然と細めてしまう。そのせいか、俺の問いに動きを止めたアクルさんに気づくのに少し遅れてしまった。


 アクルさんへ向き直ると、目を閉じ、風を受けるように穏やかな顔つきのまま立ちすくむ。サラサラと髪が風に舞い、目を開けるアクルさんは、俺を見ながら口を開く。


「そうですね。私は思想を言っています。秋月殿も、同じく思想を言っていましたね。理想ーーとも言いますか?その意志の強さは素晴らしいものだと思います。ですが、秋月殿の理想は、叶えられません」


「何故そう思う?まだ、やってすらいないだろ?俺はーー」


「······龍人さんは、この世界の現状を知らなすぎるからですね。理想を言うのはいいんです。理想を叶える為に何かをするのもいいんです。でも、龍人さんの理想はーーこの世界ではあまりにも非力過ぎます」


 少し酔いが冷めたのか?しかし、エリスは辛そうな表情のまま、俺を見ながらそう言う。アクルさんはエリスの声に同調するように頷くと、俺へと視線を真っ直ぐに向け告げる。


「秋月殿も、直ぐにわかると思います。異界がどういう場所かは、こちらは全くわかりません。平和かもしれません。争いが起きているかもしれません。わからないからこそ、私達は【秋月殿の理想を非力】だと表情せざるおえません」


 なんだそれは?俺が望む世界が非力?世界の事情が違うからと言って、俺の世界をねじ曲げる気なのか?


「誤解しないで下さいね?龍人さんが望むように、理想を叶える為に戦うと言うのを私達は否定はしません。ただ······それを叶えると言うのは、龍人さんにとってはあまりにも酷な状態なんです。私には、よくわかります」


 エリスは、無理をして微笑む。顔がひきつっているのが解る。少し青ざめた表情で、それでも無理して笑おうとするのだ。


「理想を叶える世界を望む為には、何かを妥協し、何かを得る方法ーー龍人さんに、最も足りてない部分ですね。誰も殺さず、誰も死なせない。それを叶えるのは、龍人さんだけでは不可能です」


「······何故そう思う?俺には、ただ諦めているようにしか聞こえないぞ?理想を語り、形にすることを諦めているだけじゃないのか?」


 真っ向からぶつかる視線。何処か相容れない。構築した世界が、互いを飲み込もうとしているのか?互いの終着点は、何処にあるのか?


「龍人さん、なら言います。私は【貴方の理想ほど脆い物を見たことがありません】そう言うことです。失う事も、得ることも、全てを拒否した一人よがりのーーただの【道化の理想】ですね」


 話は終わりだと言うように、エリスはアクルさんの肩から手を離す。ふらふらと揺れる体を、何とか踏ん張り態勢を整える。軽く、ほんのすこしお辞儀をしながら、エリスはふらふらと歩き出す。


「······」


 俺は何かを言うことも無かった。俺が信じる理想。世界の在り方はーー


『他人から見たら、茶番劇』


「ーー龍人さん。これでも、龍人さんの理想を信じてもいいですか?私達。いいえ、あの多くの民や、兵士。戦う術も無く、蹂躙される全てをーー」


 横を通り過ぎるエリスは、俺を見ることも無く。淡々と、呪詛を言い残す。


「貴方が救ってくれることを、信じてもいいですか?」


 エリスはそう言い残す。答えが出ないと知っているかのように、歩みを止めない。立ちすくむだけの俺は、ふらふらと歩くエリスの背を眺めているだけだ。


「幻想とは、人が見る夢を描いたもの。理想とは、夢を見るための方法。おとぎ話とは、作られた世界の終着点。故にーー我はこう願う」


 アクルさんは、俺へと唐突にそう言い始める。振り向き、アクルさんは真剣な表情で俺を見据える。


「汝、選びとれ。それがーーどれ程の災厄を招こうが。犠牲があろうが。何もかもを捨て去ろうが。ただ、唯一無二の希望がある」


「己が目指す先は、永遠に続く、呪詛の成れの果て。故にーー選びとれ。突き進むのだ。汝に祝福あらんことを······古い書物の一説です。秋月殿が目指す先には、何が見えますか?」


 レースのカーテンが、大きく舞い上がる。俺とアクルさんを遮るように、世界の境界線のように、視界を塞ぐ。


「お、れはーー」


 言葉が出ない。続かない。俺が選びとったのは、俺の世界を構築するということだ。知っている。秋月龍人は、それを為し遂げたい事も。叶える為の努力も、秋月龍人という個人は望んでやっている。


 確固たる目的はある。なのに、俺はそれを発する事が出来ない。意味が解らない。選んだ事は間違いないのだ。ただ、それを言うだけの覚悟が、今の俺には無い。


「······部屋はこの奥、直ぐ右手にあります。秋月殿のお部屋は、その反対の一番奥です。今日はお疲れでしょう。お休み下さい。秋月殿」


 そう言い放つ。レースのカーテンが視界を塞ぐのを止める。呆然と立ちすくむ俺を見ることもなく、アクルさんは背を向け歩き出し、ほんのすこし、俺を視界に納めないように顔を横に向ける。


「秋月殿。貴方には失望しました。もしやーー世界を変える御方では無いかと。私の検討違いのようですね。理想は高い、異常なほど。なのに······」


 アクルさんは、外を見上げる。アクルさんの横顔が月明かりに照らされ、その表情が物語る。


「秋月殿は、何も決める事が出来ない。貴方を信じ、ついてくる者を、守りたいと願う秋月殿の意志が······こんなに脆いとは思っていませんよ。残念です」


 それは、希望が無くなった人の顔だ。思い出す。彼女がこんな顔をしたとき、俺はただ無力なままだった。這いつくばり、目の前で彼女を救えない無力感。絶望。


 アクルさんの背が遠くなる。エリスもいない。三者の道が、別れてしまったような錯覚。抱いている温もりが、ほんのすこし身動ぎし、それで俺は部屋へと向かうことにした。


 木製のドアよりも、一回りほど大きな扉が言われた位置に見える。押すと簡単に開いた為、中に入っていくと、ランプに照らされた大きなベッドが見える。


 アンティーク等にあるような、カーテン付きの巨大なベッド。彼女を静かにベッドへおろし、柔らかい掛け布団をして軽く頭を撫でる。それから直ぐに部屋を後にし、自分の部屋へと向かう。


 一番奥の部屋は、他の客室からは離れた位置にあるようだ。奥まった場所に一つだけ部屋があり、ここだと解ると扉を押す。すんなり開けられ、俺は中へと入っていく。彼女の部屋と同様の作りのようだ。


 床には真っ赤な絨毯が敷き詰められ、バルコニーだろうか?正面に見える大きな窓の外には、椅子やテーブルが置かれている。


 ベッドの脇にはこじんまりとした書斎の机が置かれ、少し大きな丸いテーブルを挟むようにソファーが置かれている。広い客室の頭上には、アンティーク物のシャンデリアまで完備されているようだ。


 ベッドに寝転がるかどうか、少しだけ迷う。寝る前にタバコでも吸うかと思い、バルコニーへ続く窓を開け、片手に銀の水が張ったトレイを持ちながら外へ繰り出す。


 紫煙を吐き出し、バルコニーの背もたれに背中を預けながら空を見る。月が凄く綺麗だ。満月の大きな月が、俺を見ているように思える。タバコを吸いながら空を眺めていると、さっきの言葉を思い出す。


 あれだけ大勢の前で宣言したことを、俺はもう一度言えなかった。形作るべき理想を、俺は唱える事が出来なかった。タバコを潰し、俺を照らす満月へと俺は問いかける。


『世界は、それでも優しいのかい?』


 満月は、俺へと答える事はなかった

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