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ガラスの世界  作者: 旧式突撃歌
序章~正義の味方の話~
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ヒーローの在り方~生きる為の指針~

 渇いた笑みを浮かべながら、軽く手をあげ、般若の怒りを和らげようとするが、全く意味を成していないようで、仁王立ちの般若はドアの入り口から一歩前進し、俺は後退を選択。


 呆気なく、俺の後退はその一歩で真後ろにあったテーブルにぶつかり防がれる。仁王立ちの般若は、ケラケラ笑いを浮かべて迫る。怖い、物凄く怖い。


「さてさて、言い訳はなにかあるのかな?今日、何の用事が入っていたか忘れてたわけじゃないよねえ?」


 コンセントを両手で掴み、ロープのように伸ばしながら、にこやかな笑みを俺に向け。俺は、声にならないかすれた笑いを発しながら、頬をかきつつ、現状を打開する為に口を開く。


「いや、あのだな。今日ほら、約束してたの勘違いじゃ······」


「ふぅーん、ふぅーん?おかしいなあ。私、昨日の夜も念を押して~電話もしたし、ちょっと気合い入れて可愛い服で待ってたのにー?あれあれ~、どうして、もう夕方なのかなあ?約束の時間、お昼だったのに······おかしいなあー何で駅前で、4時間も~ぼぉ~~と、突っ立って待ってたのかなあ?」


 もう、夕方だったのか。しまった、見入ってしまっていたようだ。


 横目でベッドにある目覚まし時計を見やり、17:15分となっているのを見ながら、ははは······と渇いた笑いを浮かべるしか出来ず。


 般若は俺の目と鼻の先まで顔を近づけると、にこやかな笑みを浮かべたまま、首を軽くひねり。


「わかってる?よね?心配で何かあったのかなあって、色々考えて、ここに恐る恐るドア開けて入ってきて、TVつけっぱなしだし?もしかしたら倒れているんじゃ?とか考えて、怖くてここのドア開けるのに、すごーーく勇気必要でね?携帯に連絡しても、まっっったく、何回も何回も連絡したのに?通じないし、あげくに電源切れました?んーこれってぇー心配するよね?しないわけないよね?そうだよねぇ?」


「ひぃぃ、いやあの、こわ······怖いよ?ハハハ」


 ひきつった笑いをあげながら、目の前の彼女は笑みを崩さないまま、おもむろに片手をあげると、勢いよく俺の顔面がへこむ。


「はぁー?そうですかぁ?怖いよねえ?怖いよねえ?あんたが、今感じてる痛みよりも、私の怖さのほうが相当上······だったんですけど!!」


 声を荒げると、腹部に強烈な一撃を受け、立っていられずに膝を付き、ゆっくりと離れる膝頭を目にしながら、俺は呻く。


「おま······手加減という言葉をーー」


「知らんわ!!死ね!!死にされせ!!このクズ野郎が!!」


 頭部に更に強烈な横凪ぎの衝撃を受け、たまらず体が横に倒れ伏す。回し蹴りが綺麗に入ったようで、はためくスカートを目にしながら、俺の意識は闇に落ちーー


「ああ、そうそう。頭きたから、あんたのお宝。これ、ぜええんぶ!!今から粉砕ね!!粉砕!!」


 バチっと目が覚めた。痛む体が悲鳴をあげるが、それは死守しなくてはいけない。


 何も考えず、一気に飛びかかる。余裕で立っていただけの彼女は、それに反応することすら出来なかったのだろう。


 要するに、押し倒される。頭部は辛うじて自分の手で守ったようだが、痛みで顔をしかめながら、近距離で俺と目が合う。


「おい待て、それはダメだ。俺の大事な物だと知っているだろう?それを処分など、許されん。誰が何と言おうが、俺はそれを許さない」


「ちょ、いたい!!やめ······私は本気で怒ってるの!!だから、こんなものゴミに捨ててやる!!」


「ふざけるな!それは俺の人生観そのものだ!!それを返せ!」


 じたばたと二人で揉みくちゃになりながら、彼女が手にした今時珍しいDVDパッケージを取り合う。


 悔しいが、彼女のほうが腕が長い為、届かない。仕方ないから、床に手を付き前進を試みる。


 むにゅ。


 ん?なんだこの柔らかい感触?はて、こんなものこの部屋にあったろうか?まあいい、今は前進あるのみ。


 手のひらに力を込め、その感触を握るようにしながら、前に体を進めーー


「ひぃあ!?ちょ、な······ウソ、やめ。それはダメーーこ、ら、そこちが······」


 何だか聞いてはいけない声が聞こえるが無視。後少し、もう少しで届く。更に前に進むべく、再度力をーー


「この······!!変態がああああああ!!」


 雄叫びをあげ、下で風を切る音がしたとおもうと。今までにないほどの痛みと衝撃に俺はたまらず、体ごと横に転がり込む。


 余りの痛みに、体が九の字を描きながら、右往左往と転がるしかない。


「バカバカ!!死ね!!死んじゃえーーーーバカ!!」


 転がるしか出来ない俺に、容赦の欠片もない踏みつけが、頭部や体に休みなく当たり痛みにつぐ痛みで、呻き声をあげながら、俺の大事な所を両手で押さえながらひたすら転がる。


 どれほどこうしていたのか?彼女は息が上がったようで、ようやく踏みつけることをやめる。


 俺は呻き声をあげながら、テーブルに手を付き、ようやく立ち上がる事に成功。


「おい、ここは······卑怯じゃないか?そもそも、何故にそこまで抵抗をだな」


「はぁ!?なに!?あんたがねえ!!私の、私の······それなりのムードとかないの!?マジで意味わかんない!!」


 何を言っているんだコイツは?よく解らないが、多分何かあったのだろう。顔を真っ赤にしながら、頭を抱えている隙に、俺はそっと手を伸ばし、DVDを素早く取り返す。


「ふ、何があったか知らんが、これは返してもらうぞ。全く、これを捨てられたら人生終わったみたいなもんだ」


 満足そうに俺は微笑み、彼女を見やると、彼女は困ったような、泣きそうな、よくわからない表情を浮かべたまま俺を見つめ返す。


 真っ赤な瞳が揺らぎ、整ったはずの綺麗な顔は、どんな表情をしたらいいのか解らないと告げるように、小さなピンク色の口元をぎゅっと噛む。


 薄くファンデーションを塗っているのか、自然な感じでよく見ないとわからない。呼吸に応じるように、肩までかかる長さの真っ直ぐな、暗茶色ダークブラウンの髪が静かに揺れる。


 細身ではあるが、背丈は大きい。俺よりも大きいのだから、凄く······羨ましい。正確に聞いた事はないが、170は超えていると思う。


 ファッション雑誌のモデルやりませんか?と街中で声を掛けられるほどだ。当人にその気は全く無いから、いつもお断りしている。


 当然スタイルもいい。大きくも小さくもなく、ほどよい胸とか、細身なのに女性特有の柔らかさが見える長い脚とか、よくよく考えたら俺はどうしてコイツと共にいるのだろうか?


 一緒に歩いても完全に不釣り合いにしか思えない。昔からの馴染みと言えば理由はそうだが······俺には理解できん。


「あ、あのね?何か凄く見られてる気がするんだけど、そのーー可笑しいかな?格好とか髪型とかさ」


「ん?いやまさか、良く似合ってるよ。少し攻めたなーとは思うがな。フリル付きのワンピースで薄い黄色とはなあ。麦わら帽子でも被ったら、どこぞのお嬢様だ」


 軽口を叩きながら、見すぎた事を内心反省し、DVDをテーブルに置くと彼女へと向き直り、まだ困惑した表情のままの彼女をどうにかしたいからかーー


「まあ、なんだ。いいもの見せてもらったよ。俺の為にそこまで頑張ってくれたなら、褒美をやるとしようか」


 そういって、少し考え込むように顎に手をあてるポーズをしながら、彼女へと視線を走らせ、彼女はワンピースの裾を両手で掴みながら俺の言葉を待っているようだ。


「じゃあ、遅くなったし飯でも食いに行くか。俺が奢る。いつもの場所でいいか?」


「えー、それだけなの?いつもと変わらないじゃんか······むぅ」


 彼女はご不満のようだ。頬っぺがリスみたいに膨らむとその合図、いつもの癖だ。昔から何ら変化がない。


 困ったように肩をすくめながら、居間を後にしようと歩きつつ、彼女の少し斜め前に移動。ポジション確認よし。


「しょうがねえな。じゃあ、これも追加だ」


 腕を伸ばす。彼女の顔の正面に手を向けーーそれだけで通じたようだ。彼女も腕を伸ばし、恐る恐る俺の手を取る。


 まだやはり、恐怖心は消えないか。あの時ーーいや、今はいい。これでいい。


「ちゃんとお前の手を握る。俺はそうやって戦ってきた。これからもそうだ。お前を置いてきぼりにはしない」


 彼女が、俺の手を両手で包み······弱々しく、体が小刻みに震えているのが伝わる。俺は何をするわけでもなく、彼女の手をほんの少しだけ強く握る。


 これが、後押し。俺と彼女の小さな、小さな、約束。


「私は······怖くないって唱える。一人じゃないって唱える。貴方となら歩んでいける」


 まるで恋人のようだ。つくづく思う、俺はーーどれほど偽善者を気取ればいいのかと。約束は守れない。いつか破綻する。目に見えて、俺はそれがわかる。


『彼女が生を謳歌する為の契約』


「契約成立だ。お前は、俺と共に歩め。変わりに、いいやつが出来たらそいつのところへ行け」


「······」


 無言、彼女は終始無言を貫く。何も言わず、俺を見つめる。どうして?と瞳が訴えかけるのを知っている。


 それでも、俺はーーあえて言わないといけないのだ。彼女の幸せを真に願っているから······


「俺はいずれ死ぬ。お前が悲しむのは許さない、俺を恨むだけ恨め。その手を離していますぐ、何処かへ行ってもいい。ただ、お前は幸せになれ」


 手を離す。握った温もりを振り払うように、彼女が弱々しく握った手を振り払うように、俺はそうする以外方法を知らない。自己嫌悪ーー違う、俺はこれでいいんだ。これが正しい。


『正義のヒーローの正しい在り方なんだ』


 それだけは忘れない。俺は、必ずやり遂げてみせる。だから、まだーー


「·····あ、ぐそーーウソだーーろ?」


 床に倒れていた。うめき声、揺さぶられ、彼女の涙が俺を濡らす。何でもねえよ、バカヤロウ······


 強がった言葉は、闇に閉ざされた

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