オーシャンブルーへようこそ~王女の案内と伝承~
壁を抜けて内部に入るとーー入り口は綺麗に消えて無くなってしまう。今作り上げたと言わんばかりに······違和感すらなく、外観の壁そのものがそこにある。
どういう仕組みなのか全く理解出来ないが、エリスは護衛の二人組の男と共に歩き出し、その背を追うように俺達も後を続くしかない。
「たーくん。後でーーちょっっと長いお話をしようね?」
笑顔のまま、後ろで燃え盛る何かを見せる彼女に当然のようにそう言われ、俺は苦笑いを浮かべるしかない。
それぞれが、さっき起こった出来事に対しては何も言わない所を見ると、怒っているようには思えない。思えない所か······何故か微笑んでいるようにさえ思える。俺の妄想だと思うが。
だだっ広い平原が広がっている。丘が小さく所々に群れを無し、先程歩いてきた街道よりも、広い舗装された道を歩く。
穏やかな風が身体全体を吹き抜け、風に舞うように草原が波を描く。空を見上げれば快晴。タバコに手を伸ばし、火をつけて歩く。
穏やかな空気。
ぞろぞろと付き従う人波から金属の音が鳴る以外は、俺が求めて止まない光景を映し出す世界のよう。人数は多い、俺の世界はこじんまりとしたーー小さな光景を変えていく。それに是非を問う事は、俺の中で無いだろう。
『俺には、広すぎる世界のようで、踏み出した先が見えない世界を救えるかどうかーーではなく。世界の形を変化させたーー自分を受け入れるべきだ』
あの感情の高鳴り、俺が昔捨て去ったはずの······【秋月龍人という人物の本来の人間としての在り方】を、忘れたままの感覚を、エリスという王女は、重なる俺の望んだ世界を見せたのだ。
『だからこそ、俺が踏み出した世界は······あまりにも広大でーー未知の冒険への、一歩なのかもしれない』
つまり、そういうことだ。
俺を構築していた平凡そのもの、変わることが無い筈の俺の小さな世界。だというのに、ここに来てから······色々なものが、俺の世界へ入ってくる。
こんな短い間にだ。
だとすれば、俺は自分の世界を、広げていく必要があるのかもしれない。
ただ、それでも願うのだ。
俺の周りをーー取り囲む存在を失いたくないという願い。世界は広がったとしても、納められる写真のような構図。
切り取ったその光景を、俺は失いたくない。
「秋月君って、実は熱血漢だよねー。愛は毎回そう思うなー」
「それは、今に始まった事ではないようだな?ワタシは、一太刀交えた際に何とも言えないのだが······悪意はまるで無い男ーーだと思えたぞ?」
「いやいや、焔さんは勘違いしてますよ。オレから見たらー龍人は、馬鹿正直過ぎるんだよな。悪意って言うか、自分がやれることーーやっちまうんだよなあー」
三者がそんな会話をしながら、楽しそうに歩いている様子が聞こえ、思考の渦から脱却する。しかし、はっきり聞こえる声量で話をするのは······止めて欲しい。
聞いてる俺が恥ずかしい。照れ隠しのように軽く前髪を触ると、そんな俺を見たのか、隣を歩く彼女は楽しそうに笑う。
「異界の戦士の皆さん、ようやく着きました。こちらが我がドライ国のーー城内への入り口です。南国集中防衛国。名を【オーシャンブルー】と言われている場所です」
小高い丘の上で、エリスがこっちへ向き直りながらそう言い、眼下に広がる光景に圧倒される。
昔本で読んだ城下町のように、様々な家が建ち並び、色々な人が所狭しと動くのが······遠目でも解る。
海に面した所には、木造の巨大な船が出入りをしていて、港のような場所でもあるのかもしれない。
一際大きく見えるのが、城下町を過ぎた山に面した所にあるーー巨大な城だ。俺達がこの世界に来る時に見た······あの巨大な城よりは、小さいかもしれないがーー遠目で見ているせいかもしれない。
エリスが手を向ける先には大きな石造りの門があり、城下町や港の一部を囲むように、同じ石で作り上げた城壁のような壁が四方を覆う。
とんでもなく広大な作りに、俺達の一部では驚きの声が聞こえるほどだ。俺が過ごしていた所も、広いほうだと思っていたが······それを上回るほどの広さかもしれない。
「ここ、オーシャンブルーにはーーとても多くの人々が住んでいます。私達は、ここの人々の生活を守り抜き······豊かで、穏やかな生活をさせなくてはーーいけない義務があります。異界の戦士の皆さん。どうか、民をお守り下さい······」
エリスは深々と頭を下げる。
想像していたことよりも、遥かに膨大な数がいることを知り。眼下に広がる生活の有り様をーー遠目で見ながら俺は思う。
どれ程の事を、成し遂げようとしているのか?と。ここにいる人々が、構築された数字の塊であるとしても、きっとーー
『ここにいる王女と兵士にとっては、自分の宝物のような物だと。どれ程の苦楽がそこにありーー作られた土台の世界だとしても、この意志も願いも······現実と同じなのではないか?』
だからこそ、俺は自分の理想論を叶えたい。
誰かが死ぬという事は、死んだ人物が構築した世界がーー無くなるということだ。
死んだ人物は永久に戻ってこない。当たり前のことだ。
願おうが、努力しようが、どれほど深く関わっていようが······世界を元に戻すことは出来ない。誰かがどうにかしようとしても、不可能だ。その人物はーーいないのだから。
ともすれば、俺の叶えたい世界の在り方はーー理想郷のようなものだ。
永久的に残る光景を願うのだから、そんな馬鹿げた理想郷を実現したいと願う俺は、もしかしたら只の異常者なのかもしれない。
それでも······俺はこの願いを叶える為に、眼下に広がる全てを守る為の、正義の味方を成し遂げる。そしてーー
『彼女。桜木未歩の未来をーー俺は切り開く。その先に、彼女が幸せである光景を見たいだけなんだ』
タバコに火をつける。
眼下で忙しく動きまわる人々を眺め、俺が思い描く世界に光景を焼き付ける。
そうだ、ここにある世界を一部に加えるべきだと思う。隣にいる彼女が幸せだと思える······世界を構築するために、俺は全てを持ってーー彼女を幸せにする。
「城下町を案内しますね。アクル、ヒュード。付き人をお願いします」
エリスはそう言い、傍らに控える二人組の男を見やると、片割れの男が兵士へと指示を出す。
「総員所定位置へ!!我々が王女を守護する」
その声に、背後をぞろぞろ動いていた兵士の群れが、ブルーオーシャンへと駆け出す。地鳴りのような振動を上げながら、兵士達はそれぞれ別の場所へ向かうようだ。
「アクル、ヒュード。先に紹介を済ませちゃいましょう。はいーー自己紹介!」
エリスが楽しそうに手を合わせ微笑み、二人組の男は、苦笑いを浮かべながらこっちへ向き直る。
「では、先に自分からやらせてもらいます。私の名は、アクル·インフット。南国統一国王女の、エリスベリト·ドライ様の命により、騎士と軍総司令を兼任でしています。異界の戦士の皆さん······どうかよろしくお願いします」
律儀にお辞儀をするアクルさんは、背丈もそうだが、体格も非常に健康的な人だと思う。背丈は柳田より下くらいで、細すぎず太すぎないーー絶妙なバランスが取れた体格だ。
俺の理想的な体型に、近いかもしれない。少し若すぎる顔つきだが、童顔かと言われたらそうでもない。
少し丸みを帯びた目が、若く見える原因かもしれない。黒い長髪を後ろで丁寧に束ねて、黄色のリボン?のような布で周囲を巻いているーー特徴的な髪型をしている。
瞳の色は薄紫色で、日に焼けている筈なのに、エリスみたいに健康的な肌の色をしている。
俺と同じような銀色のプレートの鎧に、銀色の籠手を身につけている。
半身を覆えるかのような、巨大な盾を片手に持ち。膝上くらいまでを守るように、銀色のブーツのような物を履いている。
内部に着こんだ服は、至ってラフな物だと思う。ローブのような布地で、青色をしているのを上下共に着こんでいる。
「あー、俺はヒュード·ツインベル。参謀ーーアクルさんの護衛役を兼ねてやっている。傭兵みたいなもんだ。よろしく頼む······それから、お前さん秋月と言ったな?ああいう場でーー格差がある人に口を聞くときは、注意してくれよ?他の領主なら、あんた斬られてたぜ?」
笑いながら、軽く注意を受けてしまった。馴れない事をしたな······と思いながら頷き返し、屈託の無い笑顔で返されると、あまり悪い人には見えない印象を受ける。
クリスさん並みの背丈で、磨きあげられた肉体は、非常に重厚な体躯をしている。あんな体躯でタックルされたら······へし折れてしまいそうだ。
着こんでいる鎧は、俺と同じような感じではあるが······材質が革張りのようで、籠手やブーツも、赤黒い色の革張りの装備のようだ。青色の半袖のシャツに、スラックスのような物を着こんでいる。
そして目を向くのが、重厚で巨大な大剣だ。
恐ろしいほどの大きさ。刀身だけでも、3メートルはあるだろう。俺が持っている剣のーー何本分の幅があるのだろうか?飛翔士の光刃大剣のように巨大な大剣は、鈍く黒い色を放つ。
相当な技量と体力だと思う。
肩に担ぎ上げ、悠々とそれを持ちながら······今まで動いている体力。
誰一人あの巨大な大剣に、当てない技量もそうだ。傭兵というのは、相当な修練を積むのだろうか?肌の色も焼けたように黒く、相当な時間を外で過ごした事が窺えるようだ。
「それでは、そちらの魔術士さん。よかったら······自己紹介をしてもらえませんか?」
エリスが笑顔で彼女へとそう言い。彼女は慌てたように軽く髪を整え、分厚い本を両手で抱くようにして、笑顔で自己紹介をし、互いの認識を終えた所で、城下町の入り口へと向かう。
遠目で見ても解るような巨大な門は、近くで見ると圧倒的だった。門番が両脇に何人か立ち、その小ささに笑ってしまうほどだ。
エリスが笑顔で門番へと挨拶をすると、全員が即座に姿勢を正し敬礼。それを小さく手をふって、どこぞのおばちゃんみたいに笑いながらーー楽にしていいですよー。などと言いながら、門を潜る。
入った瞬間。子供達がボールで遊んでいるのか、レンガで作られた舗装した道を走り回る所に出くわし、エリスは、その子供達へと微笑む。
子供の一人が気付き、大声で王女様ーと叫ぶと······エリスは手を軽く振りながら、舗装した道を歩いていく。
「えらく開けた王女だな。大丈夫なのか?」
俺は無警戒過ぎるエリスを見ながら、そう言ってしまう。
一国の王女がこんな簡単に出歩く不自然さーーもあるのだが、行き交う人々が、親しげにエリスへと声を掛ける辺りも······何とも言えない。
「大丈夫ですよ、秋月殿。王女はこうしてーー出歩くのは珍しくないので、本当に民をお好きなのだと思います」
アクルさんは、微笑んでエリスを見ながらそう言い。まるで子供を見る父親のような顔に、香月と同じ匂いを感じてしまう。
城下町は、所狭しと家が立ち並び。様々な人達が、それぞれの生活を営む様子が、歩くだけで伝わってくる。
中央の開けた場所は、広場のようになっているようだ。花で彩られたアーチがあり、その先には、公園を思わせるような空間があるみたいだ。
そこには立ち寄らず、迂回するように進むと、今度は溢れんばかりの人垣がーー目の前に現れる。
「ここは、オーシャンブルー名所の一つで、海道市場と言われています。ここを抜けるとーー貿易船等がくる、港へ抜けれますよ。そこから少し行くと、ビーチがありますね。一般解放なので、誰でも行けます」
エリスはそう言いながら、市場の人に挨拶されたのを切っ掛けに挨拶を交わすと、気付いた人垣が一斉にこっちへ向かってくる。
津波のような勢いで向かってくる人だかりに、慌てたようにヒュードさんは前に進み出る。
「今は客人と一緒だ!!道を開けてくれ!!おいそこ!!さらっと、握手を求めない!!さあ、退いた退いた!!」
ヒュードさんの体格と張り裂けんばかりの声に圧倒されるように、各自が道を開ける。そこを申し訳なさそうに······エリスは頭を下げながら歩く。なんだか、非常に可哀想だ。
無事に長い市場を抜けると、吹き抜けるような潮風が身体を包む。巨大な木造の船が港に停泊し、そこから荷を下ろしている様子を見ながら、エリスは港へ手を向けながら説明をしてくれる。
どうやら、ここの立地は特殊な構造のようだ。四方を囲む万里の長城のような巨大な壁は、こう呼んでいるらしい。
天使守護石。
ここ、ドライ王国は多くの魔物の進行があったようだ。海に面していて、救助も容易で無いような立地での生活はーー混迷を極めたそうで、多くの死者が出た。
また、強力な魔物も多く存在し、それらを討伐することさえ困難だったらしい。たった半日で、師団規模の軍勢が打ち負かされた······との記載があるほどらしい。そんな時、一人の少女がこの地に降り立つ。
名を、アリスリンド·ドライ。記載された内容を見るに、年は15。幼い少女のような人だったらしい。らしいというのは、この少女に関しての項目が、ほとんど無いとのことだ。
若干15歳にして、この少女は迫りくる魔物の群れを、たった一凪ぎで壊滅させるほどの強さをーー持っていたそうだ。
剣の腕は達人の域を超え、山を裂くほどの力をもち。魔法を本来使えないはずだが、魔法も使えるような能力を、持っていたそうだ。
傷は瞬時に癒え、放つ魔法は迫りくる地平線を埋めるほどの魔物を······一瞬で灰に出来るほどーーだったそうだ。
そんな神のような力を持った少女を、人々は崇め。その少女のおかげで、この南国の調査や開拓は、飛躍的に進む事になる。建築物が建ち並び、ようやく生活の基準を満たしたーー小さな村を作り上げた時に、少女に異変が起こったそうだ。
少女は······三年間戦いに、明け暮れたそうだ。
三年経って少女は、18歳を迎えたその日ーー忽然と失踪してしまったそうだ。
人々は捜し求めた。少女が居なければ、ここの生活を捨てなければいけないからだ。必死になって捜しまわった人々は、ある場所を発見する。
地下へと続く道だった。
奈落の底ーーと、当時の人々は口々に言っていたらしい。
何故かと言うと、最深部にたどり着くまでに、一年もの期間が掛かったそうだ。掘り進められたような地中深くの空洞は、幸いな事に魔物が出ることも無ければ、一定の気温を保ち、内部には、水や見たことも無いような鉱物があったそうだ。
それらを採掘しながら最深部へとたどり着いた時に、人々は驚愕する。失踪したはずの少女がーーそこにいたのだ。
いや、正確には少女そのものの形をした······真っ青に輝く彫像が、そこに立っていた。
人々は、この少女が自分達を救う為に、このような事をしたのではないか?と推測し、少女の像を祀る為の、祭壇を作りあげようーーとしたのだが。
そこに突如として、今まで見たことも無い魔物が現れる。
漆黒の翼を持ち、人の形をしながら空を駆け巡り。あらゆる攻撃をものともせず、殺戮を繰り返す存在。
たった一匹の魔物に、世界の半数以上が死滅したとの記載があるらしい。世界の人々は、この魔物を恐怖の対象として、こう呼んだそうだ。
黒衣殲滅人喰ーー
この脅威は、世界中に忽然と現れ·······あらゆるものを破壊し、人々を殺戮し、自然を喰い荒らした。
ところが、不思議な事に、ここ南国の洞窟内部には、一切侵入してこない。神と崇めた少女の力が働いているのか?どうなのか?ここだけは、安全地域だったようだ。
襲ってこない理由が······それかどうかは解らないが、この内部に居れば安全だと解った人々は、ここに生活の基盤を作り上げる事になる。
少女の彫像を綺麗に保管し、少ない作物を育て、人々は脅威が去る事を祈っていた。
ある時、普段のように彫像を崇めながら、無事に生活を過ごしていた人々の中にーー子供が生まれた。
その子供は、女の子だった。
何年か経過し、その子が大きくなるにつれて人々は驚愕する。彫像の少女とーー瓜二つの外見に育っていく。
15歳になった少女は、普段通り彫像を綺麗にするべく手を触れると、不意に光に包まれる。その光は、天へと昇るような······蒼い光だったそうだ。その蒼い光が収まると、中心には白い天使が座っていたそうだ。
白い天使は、触れていた彫像に瓜二つの少女。
純白の翼を生やし、少女は静かに立ち上がる。粉々に砕け散ったーー少女の彫像の鉱石を手に持ち、人々へと告げたそうだ。
これを使って、あなたがたは幸せになってお過ごし下さい。彼の者を討ち滅ぼす役目は······お任せ下さい。
それだけを言い残し、天使は空へと舞い上がる。彼の者とは、漆黒の存在のことを指していたのをーー人々は直ぐに知る。
激しい戦闘は、一週間ほど続いたようだ。
終結したのを知ったのは、傷だらけで純白の羽根が片方しかなく、左半身を消し飛ばされながらも、蒼い光を放ちながらーーここへと戻ってきた天使が終わりました。と言ったからだ。
天使は蒼い光を纏った状態で、終戦を告げ。にこやかに笑うと、人々へ残った腕を優しく向ける。蒼い光が世界を······包み込むようだったそうだ。
眩い光が収まると、天使は消え去り。人々はーー天使が立っていた場所を見る。そこには、巨大な蒼い鉱石の塊があったそうだ。
これを人々はその場に丁寧に祀る事にし、久しぶりの外の景色を見やることになる。
そこには、生い茂る緑の姿が戻り、生き物が穏やかに過ごす光景がーー広がっていたそうだ。凶悪な魔物はいなく、久しぶりの外の世界を堪能する人々は、幸福に包まれる。
そんな日に、また女の子が生まれた。
人々は、この子にドライという名を与え、祝福された子供としてーー大事に育てあげる。
ドライと名を与えられた少女は、その名に恥じぬほどの剣も魔法も使える女性に育った。
小さな村がその女性の指示の元で、町になり、都市になり、国として機能するまでになる。
蒼い巨大な鉱石は、大事に地下深くの場所へと保管され。その真上にーー鉱石を守護するように、国は建造された。
故にーー澄蒼国という呼び名で、親しまれる。そして、女性が最高位の存在である事を······人々は信じきっていた。未曾有の危機を救うのは、全て少女であり、女性であったからだ。
ドライと名付けられた女性は、最高位の権限を持たせられる。オーシャンブルーの呼び名で、国を浸透させたのはいいがーー
それでは今までの救世主の少女が······薄れてしまうのではないか?と危惧した女性は、ドライの名を忘れぬように、国の正式な名前にーーそれを付け加える事にしたのだ。
ドライ国はこうして始まりをむかえる。女性が危機を救うのだから、最高位の権限も必ず女性厳守。という国の風習があるようだ。
そして、天使守護石とはこの天使が渡した······鉱石の総称である。
これは、魔物の侵攻を阻害し、外敵に対しても有効な手段を持っているようだ。漆黒の存在によく似た、飛翔士の侵攻すら拒めるほどの、有効性があるようだ。
だがーー内部に入られた場合、それは機能を果たさないそうだ。
外堀を埋めるあの巨大な壁は、あくまで外からの侵攻を阻害する機能しかなく。内部に入られた場合は、どうにもならないとの事だ。
そこで、外敵を内部に入れない為の処置として、魔法を転用しーー入り口の封鎖を可能にする装置。を、作り上げる事になる。これが、入り口の不可思議の正体。
この天使守護石は数こそ多くは無いものの、武装にも一部使用されていて、これの効果は非常に強いそうだ。
魔を祓い、魔法にも耐性を持ち、並の攻撃では砕けない。
こぞって他の国々は······当然のようにこの鉱石を欲する。強力な上に、ここでしか採掘出来ないせいだ。だが、阻むのはあの壁だ。あれをどうにかしないといけない。
そこで、他の国々は異界の者を呼び寄せる事にした······との情報が入ってくる。対抗手段は未知。
内部に入られるか、あの壁が崩れされば、平和は確実に無くなる。そこで、俺達が呼び寄せられた。
異界の者には異界の者の力を借りなければーーいけない。平穏を崩されない方法を、エリスは取ったわけだ。
長い説明を聞き終わる。俺達は、港に常設されたカフェのような場所に、全員で座りながら聞いていた。
コーヒーだと思うが、若干渋い味がするのを飲み干し。俺は、日が落ちる海を眺める。
夕日に照らされた穏やかな海はーーとても綺麗だ。幻想的で、赤い光景。
「今日は皆さん······疲れたんじゃないでしょうか?よければ、城内の客室を使って下さい。食事も用意します」
エリスは、にこやかにそう提案してくれる。正直いくあてが無いから助かるのだが、他の皆はどうだろうか?
気になって、それぞれを見ようとして、全員が俺を見ている事に気づく。俺の判断を待っているかのようだ。
「え······ウォッホン。すまないが、よろしく頼む」
危うくエリスと言いかけた。わざとらしく言葉を濁す。
エリスは気にした素振りも無く手を合わせて喜び、直ぐに伝令の為に、近場にいた兵士を城へと向かわせる。
警備が手薄になるんじゃ?と思ったが、直ぐに変わりの兵士が定位置へと移動する辺り、防備は強固にしてあるのは事実のようだ。
「それでは、そろそろ城へと向かいましょう。皆さんもう少しなので······頑張りましょう!」
元気なエリスの掛け声に、何故かーー皆が笑ってしまう。俺も同じくだが。不思議そうなエリスを見ながら、全員が立ち上がる。
夕日に照らされた海を横目で見て、喧騒が無くなった城下町を見やる。それぞれが夜に備えているようだ。
少し寂しくなった町を眺め、歩き出すエリスに遅れないように進む。
巨大な城が徐々に近くなるにつれて、俺は思う。この世界は作り物で、ゲームの中身を進行しているだけなのだと。しかしーー
俺は、それを信じきれない。そんな妄言をーー胸の中で唱えてしまった