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ガラスの世界  作者: 旧式突撃歌
序章~正義の味方の話~
12/36

計画の全貌と理解~動き出すVRMMO~

 奈落の底のような場所は真っ暗な闇の世界。そこに光が灯る。あまりの眩しさに目を細めながら、慣れてきたときにはようやく現状を把握出来た。


 建築物の中は海面が通り、周囲を鉄骨が覆い隠す。あまりにも巨大なこの光景に、もはや言葉が出ない。


『皆さん、そろそろ上陸の準備に入りましょうか。楽しい晩餐会パーティーを準備していますのでーーそちらに向かいましょう』


 壇上の女は優雅にそう告げ、スカートの端を掴んでお辞儀をすると壇上を後にするように歩き出す。


「待て!!これはどういうことだ!何をしでかそうとしているんだ!?」


 俺の叫びに反応を返すこともなく、銀色のドレスを着た女は歩みを止めない。慌てて追いかけようとして、目の前に飛び込むのは黒いレインコートの集団。銃口を向けながら、俺へと狙いを定める。


「退け、たつと」


 赤い髪の少女の声に反応するように横へと跳ぶ。


 床すれすれを疾走する姿を辛うじて見ると、鞘のまま刀を握り、レインコートの集団は慌てて銃口を向けるが、即座に赤い髪の少女は刀を動かす。


「遅すぎるな······それでは到底太刀打ち出来んぞ?」


 囲んだ数は6人。それが、瞬く間に床に倒れていく。何が起きたか理解すらできない。


 赤い髪の少女は手に持った刀を動かしながら、俺へと合図。行けーーと言っているように見えるそれに、駆け出して応える。


 刹那ーー気が付けば宙を体が舞う。


 何が起きたか解らないまま、壇上のスタンドマイクが視界に映り背中から落下。衝撃で、むせる。


「手荒な真似はしたくないんだけどね?悪いけど······引いてもらえないかい?」


「······断る。と言ったらどうするつもりだ?ワタシとやりあうか?」


「いやいや、自分わたしは依頼主を守る責務があるから、どうしてもーーと言うのなら。少しだけやらないといけないかなーてさ」


 香月の軽口を聞きながら、投げ飛ばしたのが香月だと解り俺は立ち上がる。そんな俺へと一瞬だけ香月は視線を流し、その隙を見逃さないように赤い髪の少女は腕を上げーー


「ダメだ!!やめろ!!」


 俺の声よりも遥かに速く、赤い髪の少女は宙を舞う。


 そこに追従するように香月は足を踏み出し、俺は咄嗟に飛び掛かる。香月の背中へと体当たりをぶちかまし、香月と一緒に横転。


 赤い髪の少女は手近にあったテーブルに、背中から叩き伏せられる。その衝撃からか、口から唾が飛び散る。


「香月!!お前、手加減ーー」


「落ち着くんだ。君は······本当に昔から変わらない。死にはしない。大丈夫」


 にこやかに笑う香月を組伏せながら、俺は赤い髪の少女へと目を向ける。身体が震えている所を見ると、痛みで痙攣しているようだ。


 意識はあるか無いか不明だが、生きている事は間違いない。安堵ーー


「で?まだやるかい?自分はいくらでも相手になるけど、疲れるから出来れば······穏便に行ってくれないかな?」


「······俺が止めなかったら、あんたはあの子を殺しかねない。香月、お願いだ。こんな依頼止めてくれ!!」


「それは、出来かねるね。いくら君のお願いでも、自分わたしは自分自身の依頼は完遂したいからね。手加減はある程度したよ。ただ、あそこでのびてる可憐な少女はーー圧倒的に強いからね。少し加減が効かないのは許してもらえるかい?」


 香月の言葉に胸元を掴む手を離し、俺は赤い髪の少女へと向かう。


 目を閉じ、寝ているように見える顔は幼い少女の寝顔に見える。膝をつき、手を口元にかざして呼吸があることを確認すると、俺は横を見る。


「柳田ーー手を貸してくれ。この子をソファーに寝かせたいんだ」


「あ、ああ。待ってろ直ぐいくぜ!!」


 柳田は駆け寄り、その声に合わせるように筋肉マッチョも一緒にくる。彼女と愛衣さんは、ソファーの周りを見渡し、何か無いか探しているようだ。


 筋肉マッチョが俺に手を差し出し、持つと言うように足を掴む。柳田は肩をしっかりと持つと、二人で移動をしてくれる。俺は好意に甘え、その後ろをついていくことにした。


 さっき倒れたのを、意識しているのだろうか?心配を掛けてしまった······と思うしかない。


「悪いな、助かるよ」


「気にするな。俺は超絶最強だからな。それよりもーーあきづき、と言ったな?大したものだ。尊敬しよう」


 その声は優しかった。俺はどう返していいか迷いながら、筋肉マッチョの背を追う。


「んにしても、一体何をさせる気してんだろうな?おう、隣行ってお湯汲んできてみたぞ。ネエチャンは、タオル探してくるって言ってたが······」


 花瓶を片手に持ち、どこから持ってきたのか?深皿を掲げながら、男口調のギャルはにこやかに笑う。


 それから少し遅れて、OL姿の女性が駆け込んでくる。手には、食事の時に足に掛けるような小さな白い布を持って、急いで駆け寄る。


「はぁはぁ······広すぎて探せなくてーーこんなのしか無かったけど、これでも代用にはなるはず」


 少し息を荒くしながらそう言い、その布を愛衣さんは受けとると、深皿のお湯へと入れる。


 布を絞った後に額やら顔やらを拭き、再度お湯へと戻し絞る。その後、優しく額にのせてから······愛衣さんは立ち上がる。


「気を失っているだけだから······軽い脳震盪みたいな物だと思うよ。しばらくしたら、意識が戻ると思う。それからーー秋月君、お腹見せて?多分だけど、こっちのほうが重傷だと思うよー」


「ん?俺は別に痛くはないぞ?」


「いいから早く見せなさい!!お姉さんの言うことは聞くの!」


 渋々、俺は着ているシャツをめくる。


 腹を見せると······それを見た全員が、俺の顔と腹を交互に見やる。何だか見世物みたいに思えて、俺は困ったような顔をするとーー愛衣さんは俺の腹を軽く叩く。


「い~~っ!?」


「やっぱり······あんな攻撃受けたら、普通に立ってるほうがおかしいんだよ?早く座るの!ここも、少し冷やさないといけないよー」


 OL姿の女性はまた駆け出す。しばらくして、布を持ってきてくれ、彼女と愛衣さんは深皿と水を用意。


 男口調のギャルは、赤い髪の少女のほうを看病している。


「ちょっと染みるかもしれないけどーー我慢してね?」


「いった······い、です」


「男の子だから、もう少し頑張ってね!秋月君痛くなーい、痛くなーい!」


 妙に恥ずかしい。メイド服の少女にこうやって看病されながら、呪文のように痛くないを連呼されて俺は困った顔をしながら呻くと、ソファーで動く気配がして、振り返る。


「おー起きた!よかったなあーおう、目が覚めたぞ~」


「うむ、これで一安心だな」


「······頭が痛いぞ。何があったのだ?」


 赤い髪の少女は頭を押さえながら呻き、彼女がゆっくりと近付いていく。


 赤い髪の少女へとしゃがみ込むと、優しく手を取る。その行動に、赤い髪の少女は首を傾げる。


「ありがとう。二回もたーくんを助けてくれてーーあたしじゃ······何も出来なかったからさ。ごめんなさい」


「気にするな。ワタシが思うように動いただけだ。とは言うが、どうしてここに寝ているのか全く思い出せないんだ。すまないが、説明をしてもらえないか?」


 問いかけに答えるように、彼女はこうなった経緯を、赤い髪の少女に伝える。


 それを聞いた後で、タバコを吸って壁に寄り掛かる香月を見ながらーー軽く頭を振ると、呟くようにこう言った。


「ワタシは······まだ鍛練が足りないようだな」


 そんな声を聞きながら、船は動きを止める。少し揺れる衝撃に、全員が態勢を崩す中ーー大きな扉が開かれる。


「さあ、皆さん。到着しまし······あら?もう宴会は始まっていたのかしら?」


 床に寝転んでいる黒いレインコートの集団を見ながら、銀色のドレスを着た女は楽しそうに笑う。


 その合間を縫うように現れたのは、軍服を着た屈強な兵士達。


 特に銃を構えているわけではないが、入ってきた集団は扉を背にし、横に綺麗に並ぶ。その後、後ろ手を組みながら待機する。


「これはーー」


 OL姿の女性はその軍服の集団を見ながら、口を手で覆う。言ってはいけない何かがあるような仕草に、俺は首を傾げながら、軍服の集団を見やる。


 そんな中······声をあげるのは意外な人物だった。


「······WEDワールドエンドデッドーー世界最高峰の制圧部隊。こんな物を引っ張り出してくるなんて······中々、洒落が上手ですわね?貴女」


 今まで黙っていたとんでもない髪型の少女は、皮肉のようにそう言う。傍に控える執事の格好の男は、何事もないかのように、静かにこの光景を眺める。


「あら?知っているとは話が早いわ。さあ······皆さん行きましょうか?晩餐会パーティーの用意は、済ませてあるわ」


 銀色のドレスを着た女はそう言い、歩き出す。


 香月もその背を追い、俺は肩をすくめながら立ち上がると追従し、その後をそれぞれが歩いて付いてくる構図だ。


 軍服の集団は、その背を守るように何人かが歩く。周囲を囲むようにしている連中は、歩幅を合わせている。他の何人かは、レインコートの集団の介護に行ったようだ。


 銀色のドレスの女を追い掛けるように歩くと、いくつかの扉をくぐり、甲板へと出る。明かりに照らされ、ここの内部が見えると、その巨大さに圧巻の一言しかでない。


 見た印象は、何処かの特撮に出てくるような大きな施設。


 巨大なロボットでも格納するかのような広大な天井が広がり、忙しなく動く人がまるで蟻のように見える遠くの景色。かなりの人数がここに集められているのだろう。


 あまりの広大な光景と、動き回る人の群れを眺めると言葉が出てこないのだ。


無限回廊城エンドレスゾーンには、相当数の人員が確保されているわ。世界最高峰の科学者、情報担当、軍人ーー医療も最新よ。勿論······選りすぐった先鋭揃い。料理も一級品ね。どうかしら?あなたがたを世界中の全てが支援し、人類規模の大きな計画を実行するのを待ち望んでいる様子は?」


 その声に、それぞれが言葉を発する事はない。見たままの光景を眺めながら、場違いな世界にいるような感覚。


「さあ、先に進みましょう。あなたがたを出迎える準備を終えた場所は······ここから少し行った所よ」


 その声にーー現実に帰ってくる。わけがわからない計画は、着実に俺達を巻き込んでいるようだ。改めてそう思う。


 銀色のドレスを着た女についていくと、船を降り、広大な施設を歩く。行き交う人々全てにお辞儀をされ、俺はそれを会釈しながら先に進む。ここにいる俺達は、まるで司令官か、英雄のようでーー


『それが、作り物のように思えるのだ』


 現実味がまるでない。完成された世界。こうすれば、こうなるというのが決められた世界。


『全てがこの時の為にーー集約されているような世界』


 そんな事を思いながら、銀色のドレスを着た女は扉をくぐる。自動開閉式の扉をぞろぞろと通ると、そこにはーー


「ようこそ、選ばれた皆さん。晩餐会パーティーへ。小規模ですが······こちらをご用意させてもらいました。お好きなテーブルへどうぞ!」


 その声を聞きながら思うのは、華やかな部屋だ。


 テーブルの上には料理が並び。豪華な椅子や、金や銀の装飾が施されたグラスが並べられる。バーカウンターにはタキシードを着た男がいて、出迎える女性人はドレスを身に纏い、優雅に挨拶をしている。


「······何なんだこれは?」


 俺の呟きは、傍に来た女性に腕を取られた事により消え失せる。腕を引かれた事に慌てて、足を踏み出し追従。大人しく連れてこられた場所に座ると、横に座るのは銀色のドレスを着た女。


「秋月龍人······警戒しなくても大丈夫よ。これに他意は無いわ。本当にただの晩餐会パーティーなのだから、遠慮しないで楽しみなさい」


「お前は······何が目的だ?この計画がーー仕組まれたようにしか見えないのはどうしてだ?」


 銀色のドレスを着た女は、その問いに微笑む。グラスを片手に立ち上がると、全員が着席したことを確認し、それぞれのグラスに飲み物が注がれる。


「皆さんーー遠路遥々ようこそお越しくださいました事を、心より感謝申し上げます。つまらないものですが、皆さんに英気を養っていただけますように願いを込めまして······乾杯」


 銀色のドレスを着た女は一人で空中にグラスを傾け、鳴らす。


 鈴の音のような澄んだ音が響き······全員が見る中、何でもないように座る。


「見事な乾杯に拍手喝采だな。さあ、話をしてもらうぞ。何が目的だ?」


「賛辞をもらえて大変嬉しいわ、秋月龍人。これから行う事がそんなに心配なのかしら?」


「当たり前だ。お前は、俺達の世界を望めと言ったな?どういう事だ?」


 グラスを傾け、銀色のドレスを着た女は俺の問いに答えるわけでもない。目の前の料理を皿に取ると、一口食べる。


「非常に美味しいわ。食事はいいものね?秋月龍人」


「それはそうだがーー今こうやって楽しくやるには、情報が無さすぎる。何をさせようとしているんだ?」


 食事をとりながら、銀色のドレスを着た女が仕方無いというように俺へと向き直ると、ただ一言ーー


「正義の味方は孤独ではないわ」


 こいつ······俺を馬鹿にしているのか?質問の答えがそれだと?一体どういう耳をしているんだ?無性に腹が立つ。


「秋月龍人は、誤解をしているのよ。貴方が幾ら情報を得て、それを精査し、秋月龍人が納得するような個人の見解を得た所で······真実など無いのよ」


「どういう事だ?」


「考えてみることね。私は【VRMMOに全人類を移住させる】と、言ったのよ?世界中の全員を転移させるーーそう言ったほうが、早いわね。もしくは世界が滅ぶ前に、世界を移動する。こう言ったほうが、正しいかしら。どちらにせよ······第2の故郷にするのよ。VRMMOの世界をね」


 滅ぶ前に移住?そもそも、ゲームの世界に移住とはどういう事だ?肉体ごとその世界に転移ーー


「私はね、秋月龍人。今を楽しみなさいと言ったのよ?貴方が歩くレールが敷かれた世界は、果たしてーー誰が敷いてくれたレールなのかしら?貴方は選ばれたの······秋月龍人。貴方が思い描く、世界中の全ての人間の一人として。そしてーー貴方しか、正義の味方は存在しないのよ」


「秋月龍人という、正義の味方は······この世に貴方しかいないのよ」


 ああ、そう言う事か。こいつは、イカれているんだ。俺が思い描く世界は凄く小さい世界でーー


「秋月龍人が望む世界を完結させたいなら、貴方は正義の味方をするしか無いのよ。選択肢等······有り得ないわ。そうでしょう?秋月龍人」


「お前はーー俺の世界をどうするつもりだ?」


 絞り出した声に、銀色のドレスを着た女はクスリと笑う。喉がカラカラだった。グラスを持ち、中身を飲み干す。


「世界を望めと言ったのよ?それは、秋月龍人がどうやって世界を手に入れる。これに全てがかかっているわ。望んだ世界は、ここに集まった全ての人が違う理念、思想を持っている中で、貴方が望む世界を押し付ける事になるわね?それは······受け入れてもらえるかしら?または、貴方が望む世界に他人の世界を同調出来なければ?今ここには15人しかいない。たったの15人。それでも、貴方の世界を共感し、望む人はーー何人いるのかしら?もしくは、貴方が許せない他の世界の持ち主は······何人いるかしら?」


 決められた世界の決定権にしては、人数が少ないと思っていた。性別も年も違う。力量差は、歴然の違いがある人種の集まり。


 それぞれの名前すら知らない。意思の疎通をしている時間はほぼ無く。互いが互いを他人と思っている状況。


「秋月龍人はーー望んだ世界を守る為に、正義の味方をしなくてはいけないのよ。良かったわね、秋月龍人。貴方が望む、正義の味方を事実上······合法的に誰にも責められる事もなく。叶えられるわ」


 つまり、こいつがやろうとしていることは······俺達が互いの世界を掛けた争いをしようと言っている?


「ようやく、理解したようね。秋月龍人。これはーー簡単に言えば、ゲームなのよ。少数でも、貴方達は、自分の世界を保持しなくてはいけないわ。これが大規模な実験だとしたら······何百、何千、何万という違う世界を望む者は、どれだけの数になってーーどれだけの世界の潰しあいをするのかしらね?」


 これが、戦死と言った言葉の答え?


 いやまて、落ち着け。ここの施設内で潰しあいをしたとしたら、それはそれで問題でーーいや、そもそも。それならVRは関係ない。


 こいつがやろうとしていることは······【VRMMOに全人類を移住させる】という目的がある。とすれば、それを実行に移す際の検証が必要でーー


「選ばれた貴方達は、世界の命運を握っているのよ。個人間もそう、この計画の信憑性もそう、施設の稼働や、エネルギー効率。設備の不具合等様々ね。そして、人類がもし本当に······VRMMOの世界に移住した場合。共存繁栄の道があるかどうか。貴方達は、そういった検証も兼ねているのよ」


「つまり、貴方達は選ばれた人類の被験者であり。英雄なのよ。人類未踏の冒険をぶっつけ本番で行う存在であり、下手をすればーー現実に戻ってこれない可能性もあるわ。普通のゲーム感覚で行ったらーー間違いなく死ぬわ。データ管理はしておくけれど、究極電子装置スーパーコンピューターだって万能ではない。そういう危険性も大いにあるわね」


 被験者モルモットだって言うことか。俺達は、世界の他の人々の為の礎。


 基盤であり、土台を形成する為の選ばれた存在。


 英雄とは······良く言った言葉だな。単純に言えば、安全安心な世界で不具合もない確実な方法で、世界の人々と上層の偉い人間をーーこの計画に乗せる為の道具。


「だからこそーー上層部は経済界で有名な自分達の子供を送りつけて来たのよ。そうすれば、世界はそれを称賛し、賛美し、計画の為に散った命は英雄になるの。大事な跡取りが、このゲームに勝てばーー世界を掌握出来るという単純明快な答えもあるけれど······どちらにしろ。背負った物の違いはあるけれど、世界中が注目する一大計画なのよ」


「そして、さっきも言ったけれどーー勝者には望む物を全て手に入れる権利があるわ。当然帰ってこなければ無意味。と思うでしょうが、そもそも移住を視野に入れている以上。あっちでも······望みが叶うように設定はしておいたわ」


 その言葉に俺は困惑した表情を浮かべる。銀色のドレスを着た女は、グラスの飲み物を飲み干し、俺へとゆっくりと口を開く。


「これはーーゲームなの。VRMMOという根底がある以上、VRMMOの設定は忠実に再現されるわ。つまり、貴方達には、登場人物キャラクターとしての扱いが施されるわ。但し、特権階級付きね。登場人物キャラクターの役割は各々自由よ。異世界からの転移者という扱いは全員一致。それ以外の制限はほぼ無いわ。好きなように、振る舞っていいわ」


「ただ······貴方達には期間と誓約が施されるわ。期間は、ゲーム時間で3年。現実では3ヶ月の予定よ。これは3ヶ月間ずっとVRMMOをしてても精神、身体に影響がないことを確認する為の期間なのよ。3年経ったら無条件で帰ってこれるわ。但し、今から言う契約が果たされない場合報酬も無ければ、私が独断で期間を延長するわ」


「誓約は非常に簡単。貴方達が送り込まれる世界では、三国が争っているわ。1つは、軍事国家。最も大きな国で、最も強い国。2つ目は、信仰が厚い神聖な国。中規模だけれど、三国に挟まれた国ね。3つ目は、最も小さな島国。海に面していて、攻めも守りもしやすいようで、そうではない国。この三国の争いに、貴方達は介入しなくてはいけないわ。自分が選んで所属する国がーー全地域を統一したら勝者よ」


「これを聞くと難しいように感じるわよね?そこで、簡単に勝者を決めるもう一つの方法を誓約として······条件提示するわ。それは、登場人物キャラクターを演じる誰かが一人になるまでーー互いに潰し合う事よ」


 言葉が出なかった。つまり、それはーーダメだ頭が理解するのを防ぐ。世界が音を立てて壊れるような·····錯覚。


「要するに、貴方達は全員が敵であり、味方でもある。各々好きに選んで、好きにゲームを楽しみなさい。ああ·····一つ付け加えるのを忘れていたわ」


 目の前のこの女は、楽しそうに笑う。ゲームだと言い、これは仮想の物語だと歌いながら、音色は不協和音を奏でる。


「このゲーム。死んだらーー復活はないわ。だから、その辺の魔物モンスターなんかに殺されないで欲しいわ。貴方達は最強最悪にして、飛び込んだ世界の覇者にならなくてはいけないのよ」


「待て、復活が·····ない?ゲームなのに?死んだら終わり?そんな馬鹿な話が通っていいのか?そもそも、もし死んだとしたら、それはーー肉体が滅びるという事なのか?」


 俺の問いに、目の前の女は微かに笑うとーー真っ直ぐに見ながらこう告げる。


「肉体が滅びる訳じゃないわ。貴方達は、あっちの世界に精神を飛ばすと思ってくれたらいいわ。仮想現実ファンタジーに、介入ダイブするのよ。登場人物キャラクターが自分自身となってね。但し、精神がもし異常をきたして、死んだと錯覚した場合。精神は·····肉体に戻るかしら?戻らないわよね?つまり、これが死ぬという概念だとすれば、死んだら終わりよ」


「馬鹿な······人口減少を嘆いて作った物に、死の概念があるだと?それは本末転倒のやり方だろう?違うのか?」


 俺の問いに目の前の女は、静かに手を横に振る。よく聞くようにと、俺へと指を向けると言葉を続ける。


「人口減少は問題視されているわ。そこに死ぬ為の要素を付け加えるのには、理由もあるのよ。ここの燃料エネルギーは核を用いているわ。理由は爆発的な燃料エネルギーでないと、稼働が追いつかないからね。そして、これを全人類に行う場合。どれ程の燃料エネルギーをーー各国が維持しなくては、いけないのかしら?機械にだって寿命は存在する。整備する人や、それを支える衣住食の三要素を補い。更に個人の付き合いもあるであろう家族という構成を作る為の人員、更に部品や道具を生成する為の人員等、挙げればキリが無いわね?」


 俺は頷く。それでは、全人類の移住は不可能だ。


 この女が言う言葉を可能にするには、完全に無人で、かつ整備も永久的。エネルギー不足も解消しながら、コンピューターが世界を構築する世界。そうしなければ、成り立たないという訳か。


「この問題を解決するには、肉体ごと世界へ転移させるのがもっとも効率的なのはーー解るわね?やり方を確立し、それが可能な装置を作り、燃料エネルギーをどうするかを合わせれば可能だわ。でも、そんな時間がない上に、私の考えた計画が実行出来る条件とした場合。飛ばした本人の死亡により······消費する燃料エネルギー不足を補い、人がいなくても稼働する機械を作り上げ、演算というデータを元に人々が暮らす世界を作り上げるのよ。そう、簡単に言えばーー」


電子演算制御構築世界ネットワールドの中に人類の精神を飛ばし、形成した登場人物キャラクターを自分自身として······一生を過ごして貰うのよ。但し、肉体はこっちにあるから、老いたら当然のように死んでしまうでしょうけどね。肉体の永久的保持等不可能だもの。病気による死も同じね。医療等の装備はきちんとしてはあるけれど、不死の病や、肉体への負荷はどうにもならないわ。そこまで万能を極めた物品ではないわ」


「あくまでも、精神が違う世界へ転移し、そこに仮の肉体があって、それを動かすのは自分自身。当然のように言うけれど、演算処理のデータそのものよ。自身の運動能力や、基礎的な物は全て登場人物キャラクターへと移行するわ。外見も性別も変えられない。持病等も無かった事には出来ないわ。自分自身の精神が世界へ転移するのだからーー当たり前の事ね?急にそれらが変わった場合、精神が持つわけないもの。制限はつくし、万能ではないのも·····これで理解出来たかしら?」


 悔しいが頷く他なかった。つまり、精神が死んでもダメ。肉体への病気等の原因が発生した場合、肉体が機能を停止して、死ぬ。寿命も同じように尽きたら終わり。


 永久的な物のように聞こえて、そうではないというのを知り、しかしーーこの理論で行くと、こっちと大差ないような条件だと思う。


 そこまで転移させる必要性はあるのだろうか?と考えてしまう。だからか、疑問を聞かないといけなかった。


「これはーー意味はあるのか?こっちと違う所と言えば、世界観が違う程度の認識なのだが?」


 俺の言葉に、目の前の女はため息を吐き出す。金色の髪を手で払いながら、どうしたものか······と考える表情をさせてしまい、俺は困惑する。


「秋月龍人には······難しい話だったのかしら?そもそも、これはVR依存で死ぬ人を死なせないようにしーーかつ、資源の低迷や、税金の回収を解決し、環境汚染を解決する為の方法なのよ?資源に関しては、先行投資は必須。設備やそう言った物を整える為ね。一度作ってしまえば、後は機械がするようになるわ。燃料エネルギーもさっき言ったように、単純に足りない物を足りるようにしてあるわね?税金の問題は、そもそも国家を違う世界観で再構築させるのだから、そっちでどうにかなるわ。ゲームなら、工夫して過ごす人民の集まりだもの。環境汚染に関しては、資源がそれ以上減らないのだから······後は増えるのみよ。環境適応能力というのは恐ろしい物だからよ。VR依存は、VRに入ったままになるのだから、依存も何も無いわ。問題解決の意味は、理解出来たかしら?」


 頷く。とすれば、後の疑問点を挙げるべきか。


「人口減少はどうするんだ?演算処理の仮の肉体でーーまさか子供を作る事は不可能だろう?そして、この計画を発動した場合。こっちには帰って来れるのか?」


 俺の問いに対して、一度グラスを傾けてから答える。


「人口減少問題に関しては、子供を授かる事は可能よ。これも当然のように演算のデータではあるわ。但し、新たなデータを構築した場合ーーその子は、自分の意志で動けるようになっているわ。決められた行動予測プログラムは、特に設定はしてないもの。性別すら不明よ。ああ、変わりに変な能力とかそう言った物はつけないようにしてあるわ。誤差はあるにしろね。その子が大きくなり、私達のような転移した人と結婚するもよし、そうじゃなくても······他の演算で新規に生まれたデータ同士でも、可能にしてあるわ。そもそも、転移した先にも文化や文明があるもの。演算のデータで決められた行動をするのはある程度いるにしろ、自由は効かせておいたわ」


 目の前の女はグラスを置くと、皿の上に取った肉をフォークで食べる。美味しいようで、微笑みながら飲み込むと、続きを話す。


「私達ーー異世界組が、肉体が滅んで全滅する危惧は······これでは説明不足ね。新たなデータが生まれた場合、実はこちら側でも人口が増える仕組みを取っている。と言えば通じるかしら?医療でも使われる方法なのだけど、要するに、人工受精ね。これをそれぞれの精神状態や、演算の一部に組み込んであるのよ。異世界組は、これを元に新たな命を形成出来るわ。生まれた命は大事に保護され、同じようにVRへ来るわ。成長過程は、普通の人と同じように問題なく育つわ。それから······オマケと言っては何だけど。実際に産まれた命を、実際の肉体で抱けるように設定しておいたわ。時間は凄く短いけれどね」


「それから······データのみの人との子供の場合。実際の人数は、増えないようにしておいたわ。理由は幾つかあって、言いずらいのだけれど、元になるものをどうにも出来ないから······と言うのが一番の理由ね。こればっかりは、どうにもならないわ。それから、データ同士なら問題はないにしろ。演算の能力のみで、人体の構築を勝手にするのはーーどうか?と思ったのもあるわ。そんな事をするような高度なプログラムは作れないのよ。ただ、当人の承諾があれば、どうにか出来るようにはしてあるわ。もちろん賛同者の同意も得て行うから、ここは現実的な手続きに近いわね。それと、余談ではあるけれど、不埒な輩はいると思うわ。その場合、精神状態等を参考に抑制しておいたから、大丈夫よ。ちなみにーーこれを行った者には、即座に罰が下るように設定しておいたわ。一人も逃げられない。と言うのは、覚悟したほうがいいわね」


 長い説明を終え、目の前の女はグラスを手に取り新たに注がれた飲み物を飲むと、一息つくように息を吐き出す。そして、俺への返答の為に再度口を開く。


「戻ってこれるか?の疑問に関しては、可能よ。条件付きではあるけれど、自由な出入りは不可能ね。そもそもーー戻って来たところで国家もなければ何も無い世界を歩くと言うのは、何とも言えないわね。可能な条件で一番現実的なのが、さっきも言った通り新たな命を抱く瞬間ね。そして、もう一つ······簡単に行う方法はあるわ。それは、単純に言えば死んでるのと同意義の方法だけれど······あっちの世界で何かをきっかけに、自ら命を断った場合ーー肉体に精神は戻るわ。但しーー私が考案した転移装置の中から一生出れないわ。戻る事も当然のように、不可能よ。これは、注意したほうがいいわね。余程の理由があった場合は、再度転移を望めば出来るようにしておいたわ。最低限の良識はあったほうが得だと言うことね」


「それともう一つ、あってはならない事だと思うけれど······施設や、こっちの世界が危険だと判断した場合。逃走手段として、全員を戻す事を組み込んでおいたわ。施設だと施設単位にはなるけれど、そうそうないと思うから大丈夫だと思うわ」


「それで、秋月龍人。他に質問はあるかしら?無いようなら、あっちに行く前にーー貴方達には、してほしい事があるのよ」


 その問いに首を傾げると、目の前の女は立ち上がる。全員が静かに、俺との会話を聞いていたのだろう。立ち上がった女を見ながら、全員が動向を探るように視線を外さない。


「皆さんも、どうやら説明は聞いてもらえたみたいですね。関心するわ。VRMMOに行く前に、皆さんには、三国の何処へ行くか決めて欲しいのよ。そして、【bonds fragment】の中身はご存知?あれは、PT制限がかかっているわ。最大で5名のPTね。これを各国ごとに選出してもらいたいのよ。要するに、3PT編成の一国ずつの配分ね」


 その声に、全員が顔を見合わせる。5人のPTを決めろと言われても、互いがどういう風な存在かーーまるで解らないのを選べと言う事か?無茶な話を言いながら、目の前の女は更にこう告げる。


「15人という人数には当然のように、私も入っているわ。私は監視役のような物ね。付き従うのは、秋月龍人よ。異論は認めないわ。そして、私の護衛には当然のようにそこの煙草を吸っているのを付けるわ。私とそこの男は秋月龍人のPTとは別に行くことにして、実質13人の編成になるわね」


「······何で俺なんだ?」


 素朴な疑問に、目の前の女は向き直ると一言こう言うのだ。


「秋月龍人を監視する為よ?」


 意味の解らなさに頭を抱えそうになり、俺はとりあえずどうしたものかと思う。人選は俺含め4人は確定だ。


 しかし、このゲームの中身を知らない俺には······どうしたらいい?と言った事が、全く解らないのだ。ゲーム初心者って事になるのだろう。


「そう言えば、皆さんに特権階級を付けると言ったのを覚えているかしら?あれは言葉通りよ。選ばれた皆さんには、全員ーー特殊能力を付与しているわ。それぞれが、同じ物は一つもないわ。文字通り······各々の特殊能力よ」


「しっつもーん!発動するには、何か条件必要なの?ボクはねえ、どんな能力か見てみたいからさっさと使いたいんだよねえー」


 その問いに目の前の女は、静かに答える。


「発動条件は様々よ。自分で考えて、発動してみたらいいと思うわ。それから、回数制限も無いわ。但し、それぞれの能力が発動した際に······代価はもらうわ。これも、それぞれが違うものよ。どういう代価にせよ。この特殊能力は、各々が、必殺技として使える能力に設定してあるわ。存分に戦って頂戴」


 静かに笑い、目の前の女は椅子に座る。


 それぞれが互いに視線を交わし、どうしたものか?考えているように見える中で、椅子が動く音と共にーー立ち上がる人物がいる。


 その人物に俺は声を上げそうになるが、それよりも早くーー


「みんな、ちょっと聞いて!!あのね、お互いの名前とか何も知らないのに······どうこう言われても、無理だと思う!!だからーー自己紹介しない!?」


 そんな馬鹿な事を真剣に言う彼女を見て、俺は頭を抱えそうになり、しかしーー


「いいな。やるか、未歩」


 俺は、この困った馬鹿の提案に乗っかる事にした

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