覆す為の方法~少女との決闘と開かれた世界へ~
その声に反応を示すように壇上の女はOL姿の女性に向き直ると、OL姿の女性は俺へと真っ直ぐ向かってくる。ハイヒールを履いてるせいか、足音が妙に響く中俺へと近づくと、ただ一言だけ俺に問いかける。
「剣、もしくは、刀の使い方を知っているの?」
「······一応、大雑把にだけど使えなくはない。と思う程度の使い方でいいのなら、解ると言えます」
嘘は言ってない。一応、使う事はまず無いだろうという刀の扱いに関しては本当に微々たるものだが、やってみたことはある。
何故そんなことを聞くのだろうか?OL姿の女性は、俺の答えに顎に手を当てながら目を閉じ、何かを確かめるように俺へと再度問いかける。
「居合い、もしくは、真剣で人を切断することは可能?」
「無茶を言わないで下さい。そんなこと出来るわけないです」
疑問が解決したように頷く。俺には何がどうなったか全然解らないまま、OL姿の女性は壇上の女へと顔を向けると、信じられない事を言い始める。
「さっきの遺体をもう一度間近で見たいんだけど······これは出来る事?」
その声に壇上の女は軽くため息を吐くようにしながら、OL姿の女性へと口を開く。
『何故かしら?死体に興味があるのは結構だけれど、司法解剖でもする気なのかしら?』
「してもいいならするけど?そもそもあの遺体の切断面、綺麗過ぎるの。遠目で見てもわかるほどにーー余程精通している人間にしか、あの切断は不可能だと思うわ」
「その通りだ。あれは並の人間では不可能だと思う。骨すら綺麗に切れているのだぞ?どう考えても、素人には不可能だよ。あれはね」
便乗するように赤い髪を後ろで結っている少女が前に出てくる。俺を一瞥し、壇上の女へと向き直ると、鋭い目付きを向けながら言葉を繋ぐ。
「それならば、実戦してみようか?ワタシとこの男で······一太刀で十分だ。それで可能か不可能かわかる」
『面白いわ。それじゃあーーやってみましょうか?場面演出要素は嫌いじゃないもの』
壇上の女は嬉しそうに笑うと、中にいたレインコートの集団へと腕を上げ、それに応じるように扉を開け二名ほど走り去る。
何だかえらいことになってしまったと思いながらも、俺は進みでた二人へと頭を下げる。
「ありがとう。面倒に巻き込んでしまって申し訳ーー」
「······お前の疑いは晴れた訳ではない。一太刀交えれば分かると言う言葉にウソはないが、それまではお前は信用出来ん」
「そうね。ウチも同意する。ウチはただ単に、あの切断面がおかしいと思ったから言っただけ。貴方みたいに······素人じゃない動きのあれを見せられても、違和感の塊だしね」
どうやら助けに入ったわけでなく、疑いを掛けられたままの俺は、頭を下げながら頭を軽くかくという意味不明な構図をするしかなく。このままでも仕方ないので、頭を上げる事にした。
二人共、目は真剣そのものだ。
OL姿の女性は、身長は俺と同じくらい。暗茶色の瞳と細く長い釣り目が凛々しい顔立ちを見せる。
唇は、鮮やかなピンク色をしていて、口紅を塗っているのが解る。短髪の髪は綺麗に整っていて、橙色の髪色が非常に目立つ。
体躯も大人の女性のような色気があり、バリっと決めたスーツは灰色。中のシャツは黒のドレスシャツを着ている。ドレスシャツの膨らみは若干押さえめではあるが、この女性にはよく似合っている。
赤い髪が印象的な少女は、後結髪の髪を静かに揺らしながら、俺を射抜くように見つめ。一つ束のそれを紺いろのヘアバンドで結わえている。
少女らしい少し丸みを帯びた輪郭と、少々大きな目が可愛らしいと思うのだが、今は睨み付けるように変化しているため何とも言えない。瞳の色は銀色で、底を覗かせないような透き通った感じがする。
肌色の唇は、艶を含んだように光り、多分リップを塗っているのだろうと思う。何処かの学校の制服なのだろうが、スカートは紺色の生地に白の線が横に走っている。
膝まで隠せるそれは少々長く思え、黄色の紐のリボンが首元で揺れ、真っ白のYシャツは上まできちんとボタンを止めてある。
同じ紺色のブレザーは赤の線が肩から腕へと伸びていて、手を保護するように、白い手袋をしているのも目を引く。
結婚式等で使うような白の手袋に似ているような?そんな事を思い浮かべていると、赤い髪の少々は俺へと手を伸ばし、指を突き立てる。
「お前······さっきから何を見ている?殺してしまうぞ?」
指を一本綺麗に上へと立てながらそう脅され、苦笑いを浮かべてしまう。
少女の背丈は、俺より低い。顔一個分は違うだろう。
平たい胸が細身で華奢な体躯によく似合っているのだが、少女はどうやらそこを凝視されていたと思ったのかも知れない。
「相手を良く見ておかないといけないと思ってな。気を悪くしたのなら謝る」
その言葉に、赤い髪の少女は目を静かに閉じ一度頷くと、手のひらを俺へと向けながらこう返す。
「すまなかった。一太刀交える相手を観察する事を邪魔してしまったな。お前は、そういう気概があるようで非常に好感の持てる相手だな。ワタシを他の連中は女だとバカにするもので、ついなーーすまなかった」
「······いや、いいんだ。俺こそ全力で行く相手を観察するという名目を使いながら、その、なんだ。正直見惚れてしまっていた。すまない。だがーー全力でいかせてもらうことに嘘はない。殺す気でいくさ」
真っ赤な髪が揺れる。何を言われたか解らないような表情をしながら、俺を見つめ。俺は困ったように頬をかくと、少女は何故か微笑む。
やっぱり可愛いようだ。微笑んだ顔は年相応の表情そのもので、とても可愛い。
そんな俺達を見ながら、OL姿の女性は穏やかに微笑む。怖い表情は嘘のように和やかな表情を見せる中、扉が開く。
それが合図のように、各々が真剣な表情になる。
『さあ、楽しい時間よ。言われた通り······準備してきたわ。一太刀で十分なのよね?』
壇上の声に反応を返すように赤い髪の少女は頷き、俺と赤い髪の少女の前には台車に乗せられた刀が運ばれてくる。
カタカタと音を立てるそれは、真っ黒の鞘が印象的な二本の刀。お互いに視線を交わし、刀を掴む。
「なん······だこれ?重たい?」
「馬鹿な!これはまさかーー」
俺達の声に合わせるように壇上の女はマイクを掴むと、楽しそうに告げる。
『最高の場面演出の始まりです!!その刀、真剣だもの。良かったわね。一太刀、きちんと受けなさい』
ほぼ全員が、驚愕の声をあげる。
俺と赤い髪の少女は、黙って刀を持ちながら、互いに視線を交えると息を吐きだしーー反転。お互いに背を向けながら歩き出す。
「君、一本やっとくかい?」
香月はそういって自分のタバコを差し出し、俺は無言で一本手に取りくわえると、香月は火をつける。
緊張感はそれで幾分か和らぎ、煙を吐き出しながら、後ろで心配そうに見つめる彼女達を見ながら軽く頷き。タバコを足で踏み潰す。
「······喫煙者か?顔に似合わず随分と余裕だな」
赤い髪の少女の声に応えるように、振り向く。赤い髪の少女は特に構える事もなく、静かにその時を待つ。恐怖などは微塵も感じられない。
俺はそれを見ながら、静かに抜刀。
非常に重いそれを、しっかりと両手で持つ。鈍く光る刀身を眺めながら、正眼の構え。対する赤い髪の少女は、構えはない。
「本当にやる気?下手をすれば······怪我じゃ済まないかもしれない」
OL姿の女性は真剣な声でそう問い。答えは決まっているかのように、赤い髪の少女は緩やかに鞘を動かす。
胸元に持ってきたそれを軽く音を鳴らすように動かし、俺を真っ直ぐに見つめながら、口を開く。
「全力でこい。でなければーーお前は死ぬ」
刀をだらりと下げ。構えは相変わらず無い。
呼吸を整える。殺す気でいかないとケガ所じゃないと実感。
静かにーー刀を握り直し、呼吸を一拍。
「ーーっ」
踏み込む。
距離は約2メートル無い。
近づく赤い髪の少女は、俺を見つめるだけ。正眼の構えから、間合いに入った瞬間ーー胴体目掛け横に一閃。
踏み込み、全力で振り抜く。
「ーー勝負あったな。いい太刀筋だ」
何があったか解らないまま、俺の手から刀が抜け、宙を舞う刀が手近にあったテーブルに突き刺さる。赤い髪が声に遅れて、俺の視界に広がりーー衝撃。
「が!?」
腹部に恐ろしいほどの痛みが走り、体が転がる。
何回転かそれをしながら、ようやく止まった俺は痛みで動く事が出来ず。無言のまま床に着地した茶色の革靴を見ながら、敗北したことを知る。
「鵲流ーー胴衝一閃。余りにいい太刀筋過ぎて······手加減を忘れてしまった。悪気はないんだ。許せ」
赤い髪の少女はそう告げ、優雅に歩き出す。
ようやく体を動かせるようになり、立ち上がる。
壇上の女は満足そうに笑みを浮かべ。赤い髪の少女は俺へと背を向けると、静かにこう言い放つ。
「見事な太刀筋だが、あの切断面は不可能だ。鵲焔として断言しよう。彼にあの殺人は不可能だ」
かささぎ?ほむら?何処かで聞いたようなその名にいち早く反応を返すのは、OL姿の女性。
「かささぎ······まさか、鵲流剣術の次期当主の鵲焔嬢!?鵲と言えば、世界経済ランクでも五本の指に入る······嘘でしょ、全国剣術大会無敗記録更新中の、あの人ーーなの?」
「······あんなお遊びに称賛等必要ない。それよりも、たつとーーと言ったなお前。久しぶりに心が踊る相手だ。ワタシはーー」
そう言いながらクルリと俺へと向き直る赤い髪の少女は、優しく微笑む。
「お前のような男を探していたのかもしれないな」
そんな事を言いながら、一礼。返すように俺も一礼。
全く手も足も出なかったが、ほむらと名乗る少女は満足がいったようだ。俺の疑いは、どうやらこれで晴れたようだと思い、安堵の息を吐く。
しかし、壇上の女は静かに笑う。
『そう。じゃあ、あの死体は誰が行ったのかしらね?事実積み上げられたあの死体は、どうしてここにあるのかしら?』
「あれは、並みの人間では出来ない。出来そうなのは何人か知っているが、そもそもワタシからすればーーあれをしようなどと思う心がどうかしている。と思うがな?」
赤い髪の少女はそう言いながら、鞘に包まれた刀をテーブルへと置くと、壇上の女を見上げ静かに微笑む。
互いの視線が交差し、お互いに沈黙。場が静寂に包まれる中、不意にーー足元が揺れる。
「は?ーーあれ、たおれ?」
波打つ世界。
ボヤけた視界は俺を揺する存在と、駆け寄り何かを指示する光景を映し出す。何が起きたか全く解らないまま、手を伸ばす。
何かが手に触れる。温かい感触。
声を発したか解らない俺は、誰かに担ぎ上げられる。揺れる世界は波紋を映し、光景が移り変わる。
各々が何かを叫ぶ。
聞こえない世界ーー眺める光景は、光輝く大きな物を映し出す。
口に含まれる何かを水?多分水だと思うそれで流し込まれ。俺は目を閉じる。
暗くなる世界、騒がしい世界の音が消え、俺は漂うように、暗い場所を流される。
「たーくん!!起きて!!」
はっきり呼ぶ声で、俺は目を開ける。胸が異常なほど苦しい。何かを言おうと口を開き、その前に飛び込んで来るのは、赤い髪。瞬間ーー
「······!?」
「······っ。息を吹き返したようだな。良かったーー心配したぞ?」
無意識に舌が動き、誰かと触れたと思ったら、次いで甘い香りが広がり、何が起きたか認識しーー絡める舌の感触と視界に映る微笑む姿。
驚愕の光景を見ながら飲み込む甘い唾液と温かい吐息。そして、赤い髪の少女は穏やかに俺へと言いながら······何事もなかったかのように離れる。
「な、なにがーー」
「たーくんの、バカやろううううう!!」
起き上がった俺への洗礼は瞬時に飛び込む拳。当然のように顔にめり込み、再度倒れる。
「おい、貴様。病人はもっと労れ」
「はぁ!?余裕綽々で何を言っているんですかアンタは!?何惜し気もなく、急に蘇生に参加してしかも唇奪っちゃった張本人が!?誰の目の前でーー!!」
「ん?すまないな。ワタシが原因の一端かと思ってな。どうしても起こしてやりたくなったから、人工呼吸の作法は知っていたし参加したのだが······悪気はないんだ。許してくれないか?」
「かぁああ!?逆上してるあたしがいっちゃん悪いみたいな!?助けてくれてありがとうございます!本心だけど!!もう、フォローも何もしようないじゃんかあぁああ~!」
うるさい声にまた起き上がり、周りを囲むようにして見知った顔とそうじゃない顔が並ぶ中、俺は自分の胸に手を押し当てる。胸元を掴むようにし、呼吸を一つ。
「急に倒れたからビックリしたぞ。筋肉の俺様に感謝するんだな」
「アホ言ってんな!たくよ······オメエ大丈夫か?どっかわりいみてえだな」
「さっきの影響も多少はあると思うけど、貴方大丈夫なの?」
そんな声に小さく頷きながら俺は立ち上がる。周りを囲んでいた面々もゆっくりと動き、心配そうに俺をみやる。
「すまない。助けてくれてありがとう。持病みたいなものなんだ、本当にすまない」
「持病か······治るものなのか?それは」
赤い髪の少女の問いに、俺は迷う。それで何かを察したように、手を振りながら答えなく良いと言っているように見えて、他の人達も黙りこんでしまう。そんな中、声を上げたのはーー
「それで?いつまで茶番してるんだよ?早く始めようよーボクは、ここに来たら好きなだけ殺せるって聞いたんだけどさーいつまで待たせるんだよ?はやくしろよー」
テーブルに足を乗せたまま、バタバタと足を動かす小さな体躯はそんな驚きの発言をし、他の人達は互いに顔を見合わせる。
何を言っているのか理解が出来ず、俺は困惑の表情を浮かべると、柳田と愛衣さんが唐突に俺の腕を同時に掴む。
「龍人、おい外を見ろ!なんだこりゃ?」
「あれ、なん······なの?秋月君、お願いーーあれ何か教えて!?」
意味不明な必死の声に首を傾げながら、俺は立ち上がる。
丸くて少し大きな窓から外を見ると、いつの間にか外は明るくなっていて、覗き見る光景には朝日が照らす巨大な建築物がしっかりと見える。
「······城か?なんだあれは?」
赤い髪の少女は困惑するように言い、俺はその巨大さに言葉を失う。ここは海のど真ん中、あれは陸上に見える。まるで、浮き上がった島のように。
「たーくん?大丈夫?」
彼女は俺の肩へと手を置き、俺は心配そうに見つめる彼女へ頷き返すと、壇上の女へと向き直るように体を反転させる。壇上の女は静かに笑うだけ。
「······目的地はここなのか?一体、俺達に何をさせるつもりだ?世界の上の連中はーー何を望んでいるんだ?」
『望みなんて、ただ一つよ。選ばれたあなたがたが、世界の運命を掛けた選択をする事を望んでいるのよ。そう、ここーー』
言葉を切ると、船は盛大に汽笛を鳴らす。
それが合図でもあるかのように、窓を眺めていた人達から声があがる。何の気なしに振り返り、俺は目を見開く。
『無限回廊城の始動よ。皆さん、お楽しみ下さい。終わりが見えない世界へようこそ······』
そんな言葉を聞きながら、目の前にある巨大な城は開口する。奈落の底に飲み込むようにーーこのとんでもなく大きな船は、それを遥かに凌ぐ巨大な建築物の口の中へと飲み込まれていく。
そう、恐ろしいくらい大きな城が真っ二つに割れ、そこにーー俺達は突き進むしか選択肢は無かったのだ