ヒーローを夢見る
いつか、無くなるものに手を伸ばして何になるのだろう?終わる事を解っているのに、どうして手を伸ばして掴もうとするのだろう?
考えて、考えて、悲しくならないようにするにはどうすればいいのだろうか?誰かを救い、助け、幸せを貰うとしたら、それはどういう結末を描くのだろう?そこに希望······あるいわ、未来はあるのだろうか?
世界は結局、こんな事を考えても、望んでも、多分何も変わらない。この世界は、望んだ事を叶えてくれはしないのだから。そう願ったとしても······
「おい!何している!!ぼさっとするな!!」
そんな怒声に反応を示すように、思考していた頭を軽く振り、その瞬間に頭部に強烈な衝撃が走る。
グラリと体が大きく傾き、視界が真っ白に染まると、何が起きたか理解する前に腹部に更に強烈な衝撃を受け、真っ白の世界が色を辛うじて見せる中、グルグルと視界が回転し始める。
上体を起こそうと体に力を込めると、何故か視界が回転しながら景色を違う方向へと見せ、頭の中が疑問符で埋め尽くされると、不意に茶色一色に視界が染まり何の抵抗も出来ず、顔面が茶色の景色にめり込む。
息すら出来ず、真っ暗な景色に染まる視界と共に、顔面が擦りきれるのでは?と思うほどの痛みと熱が襲い、たまらず悲鳴をあげようとして開けた口は、ただジャリジャリとした感触に支配される。
『生命力低下ーー耐久力危険。このままでは危険ですので、回復処置を提案します』
この状況下だというのに、女性の機械的な声が聞こえる。それも恐ろしく鮮明に。
感情を一切排除した、機械的な声に意識を繋ぎ止めながら、地面に手をつけ、体を起こす。まるで、それが当たり前のように。
「くそ、砂利がうぜえ。言われなくても知っとるわアホ野郎が······自己修復機能、最大処置!!」
声に鼓動するように、視界が緑色の世界に包まれる。瞬きを二度ほど繰り返し、それだけで、身体の自由は完全に戻り、腕を軽く振るい、そのまま後方へと体を向ければ、何度も見馴れた光景が映る。
怒号が飛び交い、金属がぶつかり合う音が響き、地面が唐突に真っ赤に染まり、爆散ーー衝撃でその場にいた何人かが、宙を舞い。そこ目掛け、飛び掛かる影。何度も見馴れた光景。
『耐久性完治ーー良好です』
機械的な声に呼応するかのように、下半身に力を込め、軽く息を吐き出しながら地面を蹴り付けーー
「機能、移動速度最大」
『移動速度最大、認証。目的地まで加速します。冷却時間は、20秒です。お忘れなく』
機械的な声の応答と共に、腰にある機械がいつものように作動する。真っ白の二対のライフルのように細長い形状のそれは、緩やかに真っ直ぐに後方へと銃身の先を向けると、爆音が耳を打つ。
それと共に、体が宙を浮く。地面から離れた足を真っ直ぐに平行に伸ばし、俺は疾走を開始する。
『飛行形態、正常作動。目的地付近の敵勢力数は50以上です。継続戦闘する際はーー』
「ごたくはいいんだよ!行くぜ······輝縮大剣!!」
右手が光り、呼び出しに応じるように極大の淡い水色の剣が顕現する。刀身だけでも、余裕で大人二人が隠れてしまうほどの巨大なそれを両手でしっかりと握り直し、後方に刀身を向ける。
淡い水色の刀身は鈍く発光し、長さは全長で約3メートル。出力の問題上、これ以上の長さとなると、形体を維持する以前の問題になる。
そもそも、これを運用しているのは、そうそう無いだろう。何故ならーー
『輝縮大剣、展開。出力機能装置、毎分5%減少開始。実質稼働可能時間は、暫定で220秒です』
『220秒経過後、全機能停止。出力機能装置、を補充してください』
約3分ちょっと動ける算段。それだけあれば、十分過ぎる。輝縮大剣を持つ手に力を込め、呼吸を一拍。景色は乱戦している群れの只中へと真っ直ぐ向かう。
「機能、変則加速移動」
『変則加速移動、認証。移動方法の手動認証確認。実質稼働時間を暫定で180秒に変更』
綺麗に3分。上出来だ。心の中でそう思いながら、直進していた軌道を空中で急制動ーー瞬時に真横へと体が流れだし、大剣をそのまま振り抜く。狙いなど定めない。
「ぶち抜け。主観範囲全敵追尾、光線形態、輝縮大剣殲滅型!!」
声に呼応するように、大剣は形状を変化させる。刀身が消え、光の柱が走る。柱と言っても、それ自体の大きさは大きくはない。物を縛る時に使うロープほどの大きさだ。
光の帯と言ったほうが正しいのだが、俺はこれを柱と表現している。何故ならーー
『輝縮大剣殲滅型、認証。稼働時間100秒に減少。警告ーー全耐性防御壁、機能不全、出力が足りません。緊急処置として、生命維持装置の発動をーー』
「強制限界駆動解除!!いいから······俺の言うことを聞きやがれ!」
『強制限界駆動解除、認証。全耐性防御壁、機能停止。警告ーー次に攻撃が直撃した場合、安全性を考慮し、強制解放を行います。強制解放した場合、戦域から速やかに後退を進言します』
「アホか、そんなヘマするわけねえだろ。お前は俺を信じてりゃいいんだよ。いいからーー黙ってやれ!!」
『······信じてますよ。バカ』
拗ねた声にたまらず吹き出しそうになりながら、柱が戦場を走る。幾重にも分岐し、それは散り散りになりながらも、一つ一つが意思を持つように宙を曲がりくねり、味方の横を駆け抜ける。
正確に、寸分の狂いもなく。目指すはーー
剣を振りかざす屈強な体躯。銀の鎧を見にまとい、今まさに斬りかからんとする大柄な体躯が上半身ごと柱に触れ蒸発。更に横から走り込む敵に向かい、柱が直線的に折れ加速。避ける暇すら与えず、蒸発。
宙に飛び上がる敵を分岐した柱が、その頭上から寸断。寸断後に更に斜め上に切り返し、宙を駆ける敵を分解。
隙間を縫うように地面を蛇のような軌道で移動する柱は、味方の間を縫うように敵だけを綺麗に叩き伏せる。
頭上から放射線を描くように幾重にも柱が地面に落ち。その度に、地上にいる敵の数は見る間に減り続ける。
『稼働時間、後30秒です!急いで、セイさん!!主観追尾には補助をしています。そのままーー別方向の敵に!』
「言われなくとも、やってやーー」
唐突に衝撃。背後でなにかが爆発し、その反動でバランスを崩す。声が絶叫に変わり、気付けば目の前に地面がみえーー
『急制動自動補助!!間に、あってえええ!!』
グルリと視界が反転、あまりの速さに一瞬意識が飛ぶ。反動で骨が軋みをあげ、痛みで意識が覚醒。呼吸が出来たのを認識する間もなく、空に向かい体が疾走。
「が、ふぅ、やばーー」
『正面、敵影30!!攻撃態勢!?緊急回避処置!!』
体が疾走しながら、急激に回る。右に、左に、無茶苦茶な軌道を描くように死に物狂いで意志とは関係なくひたすらに回転する。
意識が吹っ飛びそうになりながらも、真横を駆け抜ける熱波によって、暑さで意識が繋がる。
『稼働時間10カウント!?ダメ待って!!お願いだからーーああ······5、4』
無慈悲な声が響く。そうか、これで、俺もーー消失の運命か。
空を駆け巡っていた感覚は、急激に失われ、今度は落下する感覚に身を委ねる。
『機能全停止、警告ーー警告ーー』
機械的な声が響き。俺は、自身が見にまとう、白銀のゴツゴツとした鎧を撫でる。苦楽を共にした相棒をなだめるように、包むように。
「ありがとう。俺は······お前と一緒に戦えて本当に良かったよ。ありがとう。ありがとう······ジャンヌ」
目を閉じる。静かに、その時を迎えるように、これで、良かったんだ。君をーー傷つけなくてすむから、これ以上。
『まだ、終わりじゃないです。立って、立ってよ!!セイ!!』
ジャンヌが雄叫びをあげる。その声に目を開け、俺は無意識に手を伸ばす。こいつの手を掴むように。
まだ、終わりじゃないと······
「諦めたら終わりか?俺が到達したい道はここで終わりか?違うよな、そうだよ。まだ、やれるよな」
声に反応し頷くように、鎧が鼓動する。心臓のような鼓動を繰り返し、俺は真っ白の世界にーー
ブツン。機械的な音が響く。いや、これは物理的な音?あれ、まって。ねえ、まって。あれ?おかしいな。
真っ黒の世界。色は途絶え、何が起きたか全くわからないまま、視線をさまよわせる。頭の中の疑問符が、盛大に俺を支配し、何が起きたかを理解する間もなく、後頭部に衝撃が走る。
「あんたはああ!!何をしてんだああ!!」
聞きなれた声に、俺は事態をようやく把握する。恐る恐る後ろを振り向きながら、精一杯の笑顔を向けると、そこには、コンセントを片手に持った般若がいた