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恋愛ものシリーズ

シキオイオイ


 副題「あまり共感しない物語」。





 あたしは病気だった。重い心臓の。

 どれくらい重いかというと、海外で移植手術するしかないくらい。

 ただ、あたしはラッキーな事に、お金持ちの娘だったという境遇だ。

 よって、手術は難なく出来る。その日は近い。


(みき)。お腹すいた。リンゴむいて」

「ヘイヘイ、お嬢様」


 今日も懲りずに見舞いに来たのは、幼なじみの松沢 幹だ。男だが、こいつとの付き合いは長い。あたしもこいつも17歳だが、17年の付き合いだ。何でか、家がお隣同士というだけで縁も切れる事がなく続いている。

 高梨 蜜柑(みかん)、17歳。心臓は元々弱く、無茶はもちろん控えてきたが、たまに木ぐらいは登りたくなる。

「やめてくれ。見てるだけでハラハラする」……何度、幹に嘆かれた事か。

 一度だけ幹の目の前で心臓発作を起こしかけた事があり、それ以来いっさい木登りはやめた。


「何もずっとここに居る事はないじゃんよ。あたしの分まで高校生活エンジョイしてくんな」

「別にいいだろ。邪魔じゃなければ」

「いや、邪魔だ」

「うわっ、ひでえ」

と、2人で言い合いをしているとキリがないので、あたしは幹のむいてくれたリンゴを食べ終わった後、病院のベッドに潜り込んだ。そして「寝る」と宣言して、動かなくなった。

「食っちゃ寝、食っちゃ寝。また来るよ」

 幹が立ち上がって病室を出て行くのが音だけでわかった。ぺタぺタぺタ……ガラララ……ピシャン。

 バイバイ、幹。もう来るな、あたしのために。

 あたしが生きようが死のうが、幹は幹の人生を歩んで行ってくれ。そう思いながら、本当に寝た。



 季節は秋だ。ベッドが窓際なので、外の景色が見渡せる。外観を損ねるような建物やビルは ほとんどない。山も見えるし、鳥も飛んでいる。たまに遠くで電車もおもちゃみたいに走っている。

 葉のつけていない木がそばに立っている。まだ枯葉が枝にくっついていた時、「あれが落ちたらあたしは笑う」と言ってやった。

「ほー」と幹は適当に相槌をうっていた。

 ある日最後の枯葉の一枚が落ちた時、「うっしゃっしゃっしゃっ」と部屋中に響き渡る声で大笑いしてやった。



 もうすぐ手術の日が近い。

 しかしあたしは気にしなかった。実感が全然湧かない。日は刻々と、着実に迫っているのに。

 普通、自分の生き死にをもうちょっと考えたり悩んだりすると思うのだけれどなあ。

「ドンだなぁ、蜜柑は」

 今日も高校帰りに病室へ立ち寄った幹が、あたしの疑問に答えた。

「ドン? 何かのボス?」「鈍感のドンだ」

 ははーん、あたしにケンカを売ろうというのだな。

「売られたケンカは買うけど、あたしは女であんたは男。労わるように」

「じゅーぶん、いたれり尽くせりしてると思うけど。これ以上どうやって尽くせというんだ。ホイ、むけたぞリンゴ」

 素早くむいたリンゴを切って皿に盛り、つま楊枝を突き刺してあたしに手渡した。

 シャリシャリと食べながら、「あたし自分が死ぬとは思えない。まったく」と漏らした。

「すごい自信だな、ちょっと尊敬する」

 あたしを見つめながら幹は少し頼りなさげに微笑った。

 あたしは少し、戸惑いを持った。「……学校で、何かあった?」

 リンゴを食べる手が止まる。少し沈黙があったけれど。

「ん? まあそりゃ、日頃から色々と。たいした事じゃないけど」

としか幹は答えなかった。

「ふーん……あっ、と」

 あたしは持っていたリンゴの一切れを床に落とした。

「何やってんだよ」

と、幹はそれを拾ってあげようとかがむ。


 ガツンッ。


 ……。


 あたしは幹を殴って気絶させた。

 お分かりのように、リンゴを落としたのは、わざと。

 少し幹には眠っていてもらう。


 その場に倒れた幹を放っておいて。あたしは幹の学生カバンを探った。

 何か秘密出てこい。あたしの胸は踊っていた。


 出てきた。

 一通の、真っ白な上品そうなお手紙。

 中身の内容は……『好きです。付き合ってください――大川秀美』

 知っているぞ。中学時代に同じクラスになった事がある。

 はっきり言って、あたしはこいつが嫌いだ。男の前ではいい子ぶる。

 詳細は忘れたが、あたしの悪口を言っていたと聞いた事があった。まったく身に覚えがなく、非常に迷惑な女。許せん。


 あたしはさらに、幹の着ている学生服をまさぐり、携帯電話を見つけ出した。

 偉いな幹、ちゃんと電源が切ってある。

 しかしあたしは電源を入れた(オイ)。

 ああ、点滴のチューブが邪魔ね、と横にどけながら携帯の履歴を開いた。

 友達同士のメールのやりとりがズラリと並んでいる……しかし見事だ、女の子の名前が一つも見当たらない。何だ、この女っ気のなさは。幹はどちらかと言うとモテそうな方だと思っていたのに。

 発信履歴を見ると女の名前があった。


『母』


 ……ガックリだ。

「気が済んだか、馬鹿やろう」

 あたしが携帯に夢中になって見ている間に、幹はムクリと起き上がって低い声を出した。

 当然怒るだろう、と面白く期待していたのだが。服のホコリを払い、黙ってムッとしていただけだった。

「面白くない携帯だったよ」

と、あたしはハイと幹に携帯を返すと、幹はまだ黙ってそれを受け取った。

 たぶん、怒っているのは怒っているのだろうな。あたしは謝る気はないけど。謝る気があるのなら、最初からやらない。

「女の子のアドレスが一件もないわけ? ああ、あたしのはあったけど それ以外。母以外」

「聞かれても教えてないから当たり前だ」

 ピッピッピッ……と、あたしが いじくりまわした携帯を確かめながら、やがて電源を切ってカバンの中に放り込んだ。フウー……と、長いため息をついた。

「あとそれと。大川秀美はやめた方がいい あの性悪女」

 あたしが付け足すように言った。するとそれを聞いた幹が……ク、ク、ク、と笑い出す。

 それから やがて「ははははは!」と……大きな声を出す始末で。

「ここは病院だぞ。トンチキチン」

 あたしが冷ややかな目で幹を見ると「あまりにも愉快で。声を出して笑わずにはいられねえよ。いられねえな、まったく……この最低女」と言った。

 ついに壊れたか少年。無理もない。

 こんなあたしに長年付き合ってんだからさ。

「最っ低の女だ。ほんと」

 おうよ。そう何度も繰り返すな。実は自分でもそう思っているのだし。

「なのに……好きなんだ」


 …………。


「好きなんだよ」



 雷雲がやって来る。

 外の景色をグレーに染めた。


 いつから幹はあたしをそんな目で見ていたのだろう。ちっとも知らなかった。

 幹の言う通り、あたしは鈍。それは認めよう。

 それならば、あたしは。

 あたしは、幹の事が好きなのか?


 わからん。そんな風に考えた事がミジンコすらない。

 あたしにとって、幹は常にあたしの近くに、そばに居た。あたしは別に居てくれと頼んだ覚えはない。幹が勝手にあたしのそばに居たのだ。むしろ「近寄んじゃねえ」と言い放っていた方なんだ。

 それでもいつでもそばに幹。

 これがあたしのキャッチフレーズだとでも? 迷惑な話だ……!

 とにかく。

 言わねば、幹に。今度会った時にでも。

「お前はお前の人生を生きてくれ」と……。

 あたしみたいな弱々しい奴に引っ張られて生きるんじゃないよと。

 そう言おう。


 あたしは心に決めていた。

 いつもと違って幹を今か今かと待ちわびていた。

 どうせもうすぐ来る。学校の授業が終わってから真っ直ぐ来る。

 性懲りないんだ。あたしがいくら突っぱねて来るなと言っても。

 来てしまうものは仕方ないんだから。


 雨が降っていた。雷が時々、遠くの方で騒がしかった。

 あたしは本を静かに読んでいた。はやっているから借りて来いと命令して借りて来てくれた本だ。本には人の運命について書かれている。

 そうしたら、ガララ……と静かに病室のドアが開き人が入って来た。


 お母さん。


 3日ぶり。仕事、片付いたの毎日忙しいんでしょ。

 ……と、聞こうとしたが聞けなかった。どうも様子が違う。

 傘をさしていたとは思うのだけれど、それにしては服についた水滴が多い気がする。

 ちゃんと傘をさして体をガードしなかったの?

 さらに お母さんの目は虚ろだった。何処か呆然としているような。

 ……ねえ、一体どうしたの!

 あたしは目で訴えた。

 やがて、ガクガクとお母さんは言いにくい事をあたしに伝えた。



「幹くんが……今朝の事故で……」



 雨音が激しくなり始めた。



 ……。

 幹が死んだ。

 たった今。

 今朝の登校途中、角を曲がって来たオートバイに はねられたそうだ。

 昏睡状態のまま病院へ運ばれ ずっとそれが続いていたが。

 ついに息を引き取った。


 同じ病院に居たが、あたしは全く知らなかった。

 ちょっと、幹。

「何で先に死ぬと言われたあたしより先に逝ってるんだ」

 あたしは医者に手術をしなければ一年しかもたないと宣告されている。

 手術すれば治るんでしょ、わかったするよ、と。あたしは医者の脅しにのったんだ。

 そんな余命幾ばくもないあたしより早くに。

「何で……」

 おかしいな、涙が出ない。


 そんな調子で、お通夜、お葬式……と。あたしは出席しなかったが、行われた。

 あっという間に数日。

 あたしは海外へ、手術を受けに旅立った。

 全然、経緯を覚えていない。あたしがどのように搭乗手続きをし、飛行機に乗り、何処へ降り立って、何処の地へ運ばれたのかを。

 きっとあたしは人形だったんだ。親が大事に連れていった、ただの人形。

 変なの。

 前は死ぬ気がしないような事を言っていたではないか。

 なのに。

 今は死にに行くような気がしてならない。

 生きるために海外へ来たというのに。


「幹……居ないの……?」


 あたしは彷徨(さまよ)った。

 振り返れば、幹がそこにいつもいるような気がする。だから何度も振り返ってみるのに。


 いない。


 手術中。

 あたしは雲の上にいた。きっと天国に一番近い場所にいる。それがここだ。

 雲の上から手術中の自分を見下ろしている。

 あたしは決められない。あたしは死ぬのか、生きるのかを。

「助けて……」

 あたしは彷徨っている。

「助けて……幹……」

 いないはずの幹を呼んだ。



「ここにいるよ」



 後ろを振り返った。間違いなく、いた。

「幹!」

 学生服姿の幹が雲の上に立っていた。傷一つなく。

 そして片手を上げ、「アロハ」と笑っていた。

 KYと書いて空気読めないのかアンタは、とズッコケそうになった。

「彷徨える子羊に道を示しに来てやったぞ」

 幹は楽しそうに言った。道……?

「感謝しろ。好きな女のためにその道の人にお願いして来たんだ」

 その道の人……? 死神あたりが、思い浮かんだ。

「お前に与えられた運命の道は、2つ」

 手でピースサインを作った。口元がまだ笑っている。そして指を一本にして言った。

「一つ。このまま死んで、俺と蜜柑は次の姿に生まれ変わる。しかし2人が再び巡り逢えるかどうかは、わからない」

 今度は指をもう一本立てる。

「一つ。俺は死ぬが、蜜柑はこの後 戻って生き続けて、そして……」

 そして、どうなるの?

「その道の人の話によると、蜜柑は蜜柑のまま18年後に俺と確実に再会できるらしい」

 18年後に!? ホントに!?

「定かではない」

 そんな。

「このまま俺と死んで しばらくは一緒に過ごして、巡り逢えるかどうかもわからない未来か、蜜柑だけ生き残って、18年後の再会に賭けてみようか。さてどっち」


 死ぬか生きるか。

 あたしは、どっちを。


「戻る。18年後にまた逢おう」



 即決だった。考える時間なんて必要なかったみたいだ。

「……だと思った。蜜柑なら、きっとそっちを選んでくれるかな、って……」

 幹はニッコリと笑って言った。

 そして、あたしたちは別れの抱擁を。これが最後ではない。

 ないはずだ。


「……蜜柑!」

 病室のベッドの上で、チューブだの名前のわからない器具だのを体に付けられて、あたしはそっと目を開けた。周囲から安堵のため息が聞こえた。真っ先にあたしの名前を呼んだのは、お母さんだ。


 さあ始めるか。

 あたしの人生の続きを。




 ……。


 18年後。

 あたしは35歳。自分の性格がたたってか、いまだ独身だ。行き遅れている。

 しかしちっとも気にはならなかった。世間からどう思われ言われようとも。


 花屋でパート生活をしている。


「その薔薇をくれますか」

 ちょうど薔薇を触っていた時に、お客さんから呼ばれた。「ハイハイ、ただ今」

 あたしが頼まれて薔薇を持ってそのお客さんの元へ行く。

 お客さんの顔を見た途端、すぐにわかった。


「幹」

「やあ。18年ぶり」


 まるで彼だけ時間が止まったままだったのかと思った。

 彼は制服。昔と同じ、学生服姿だったからだ。

「何かズルイ。あたしオバサンになっちゃったのに」

 そこまでは18年前、考えてなかったわ。


 あたしは何故、生き戻る事を選んだのだろうと、この18年間ずっと考えていた。

 でもまだ よくはっきりとわからない。

 ただ……。

 わからない未来より、確実に逢える方がいいかなって、そう思っただけ。



 やっぱりあたし「ドン」だ。




《END》





【あとがき】

 実は幹にノセられているだけという真実。

 ありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[一言] はじめましてあゆみかんさん。 副題をみて笑ってから読んでみました。当初蜜柑は死ぬのは怖くないみたいなことを言っていたのに告白されると怖くなるその切り替えと言いますか幹と一緒にいたいと思う気持…
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