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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第五章:ジュン 第二話 「DATE」
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戦闘家政婦―ジュン 2-4

 マキタのハーレーを一時的に借り受ける。そう決めさせたのはやはりカナあってこそだ。二十三区をクルーズするには大仰と言うよりも、バイクであれ内燃機関の車両は乗り入れが出来ない事になっている。だが、八王子から横浜方面だろうが信州方面だろうが足を伸ばすにはうってつけだった。


 カナはデートプランを組むのがうまかった。事前に調べを尽くしてスケジュールを考える。一日の間にどれだけのことができるのかを試すかのように、一度デートともなれば朝から夜まで出ずっぱりになった。


 もちろん二人共高校生の身であることは承知した上で、毎度のデートにそうそうお金をかけることもできない。だからこそ安い店、タダで遊べる場所、サービス券やクーポン券を駆使する。セコいと言われようが、カナは自分の持ち得る能力の最大限を使って最大限の幸福を得ようとする。


 普段から学校でも優等生と揶揄されるように、何事もそつなくこなしている姿が目に付く。無論彼女が不正や不義理を行うという意味ではない。あくまで正当なやり方でその場を切り抜ける天才と言っていいだろう。


 彼女は誰もが敬遠する生徒会に所属し、役員を兼任することで各種の部活動と精通し、教師との折り合いもいい。だからといってテスト勉強をしないで点を取るわけではない。勉強ができる生徒と仲良くなり、最低限のヤマを張る。彼女のテストの点数は常に赤点の少し上しか取らない。自身でも目指すは卒業のみ、と断言している。


 この割り切りの良さは社会の仕組みをよく知っている、という高校生ならざる冷静さと賢さにある。快活で誰とでもうまくやれるような子だったが、実は内面は誰よりも覚めていて、誰よりもモノを考えている。そして誰よりも忙しい。


 彼女のことを外側で見ている者は優等生だとからかいながら、運がいい奴、上手いことやる奴と冷めた視線をよこす。そんな時に決まって彼女は冗談交じりにこういうのだ。


「あたしは神に愛された女」だと。


「みんなカナちゃんみたいに器用じゃないから……誰とでもうまくやったり部活とか生徒会とか、僕からしたら――」


「そんなことないって。あたしかて一杯一杯やもん。でも、やれば出来るってのも思った。それにいろんな事のさじ加減もわかるようになった。全部失敗してやってみたからわかることやったりするねん」


 高校生が世間を達観しすぎだとも思えるが、少なくともジュンは自分よりもうまく立ち回れるカナを尊敬する部分はある。失敗もしてる、だけど結果順調にも事を運んでいる。つまりは今得ている結果は全て彼女が陰ながら努力した結果だということだ。


 それをおくびにも出さないものだから、彼女はいつも“うまくやっている”という誤解を受ける。努力もしない人間たちによって。


「カナちゃんは強いなぁって思うよ……」


「ううん、弱いって知ってるから、強くなろうとしてるだけやねんって」


 やればなんだって上手くできるのに、踵を下げ前に出ようとしないジュンはカナを見て、度々頑張ろうと心に刻むのだった。



「カナちゃんはさ、将来何になりたいとか考えてる?」


 ベッドに臥すマキタを見るにつれ、ジュンは将来というものをよく考えるようになっていた。人間いつ何時どうなるかはわからない。ジュンには科学者になるという目標があれど、それが何を目的にしているのかはわからない。ただ漠然と、好きだからに過ぎない。正直なところそれでいいのかと思うこともあった。


「あたしはね、人の役に立つ人になりたい」


「と、いうと?」


「もっと広く深く。人の役に立てるような人間になりたい。人から頼りにされるようになりたいな。その方法はなんなのかまだ解らへんけど」


「政治家とか……」


「ううん……ちょっと違うかも。人には誰にでも望みってあると思うねんけど、それを実現するには努力や権力や財力が必要になるでしょ。でもそれも結局は本当に望んでいることではないと思う。力をもって他を凌駕してゆくってことが望みじゃないのに、結局はそうしないと望みは叶わないって、なんか変やと思わん?」


「ええ、と……よく、わからないな」


 ジュンは眉に人差し指を添えてカナを見た。


「頑張らないで欲しいものを手に入れようって事じゃないねん。頑張らなくても人は幸せになれるんちゃうかって、思うねん。だからあたしはあたしでいたい。ずっと将来も」



 自分が自分であるという感覚がジュンにはことさら掴みにくいものだった。人の心の独立性がこの世界の中のどこに位置するのか、などと考えもした。


 社会は人の総意で成り立っている。それはまるで大河に浮かぶ大量の木の葉のようで、木の葉は自ら流れにあらがう術を持たない。


 無理な話だとジュンは思う。


 しかし、だからこそ、マキタやこのカナのように自分のやりたいことを軸に世界を捉えている人物に惹かれるのかもしれなかった。


 カナが“自分の可能性”を追求するように一人の人間が何らかのベクトルを持つことで、周囲の木の葉の動きに何らかの変化が訪れる可能性はある。あるいは変化のきっかけが起きるかもしれない。


 そのような可能性、人が持つ創造と想像の可能性が世界を前に推し進めてきたのも事実だ。


 かのサイアス・ミラーとて……。


「ジュン君! ちょっとぉ」


 突然、のように目の前のカナがジュンに叫んだ。


「なんだよ、急に大きな声出して。びっくりした」


「急やないわ、さっきから何回も呼んでたのに」


「ごめん、考え事してた」


「ジュン君たまにそういうことあるなぁ。魂が抜けたみたいになってる時あるよ」


「はは……魂が抜けるって」


「幽体離脱でもして、どっか別の場所にでも行ってるん?」


 幽体離脱か――と、カナの言葉にまた再び思慮に陥りそうになったジュンだが、頭を振って彼女へと笑顔を見せた。


 二人とも高校生の身で財布に余裕があるわけではない。だからランチの後はもっぱら近くの公園で夜まで過ごすことが多い。


 好きあっている二人ならばこそ、何もなくても時間が有り余って困るという事はない。彼らは互いに自分が思う事を相手に伝える努力を惜しまなかった。


 女性と触れ合う機会がなかったジュンにとって素直に自分のことが言えて、自分の話を興味深く聞いてくれるカナはとても居心地がよかった。


 暮れはじめる空には目を覚ました月が浮かび始めていた。


「僕が小さい頃さ、小学生の時におばあちゃんと話をしたんだ」


「何の話?」


「月の話。かぐや姫の話知ってるでしょ?」


「うん」


「かぐや姫は月に帰るって話じゃない? 高貴な国のお姫様って設定でさ。でも、そもそもなんで月に帰るなんてファンタジーな設定を思いついたんだろうねって。月は空気も水もない石の塊だよ。もちろん人間が住むことも出来なければ、当時の人が月を惑星と捉えられたかどうかもあやしいじゃない?」


「あはは、それ、おもしろい。そっかー」


 当時の人が月に土地があるだなんて考えるのも不自然よね、カナからは当然こんな反応が返ってくると思っていた。


 だが違った。


「当時本当に行った人がいるんかもね、月に。もしくは月から来た人が竹取物語を書いたって事かも?」カナは月を見つめながら言う。「当時は月に王国があって……というより、竹取物語が書かれたのは本当は千年前じゃなくて、もっともっと前の話なのかもしれへんやん。だとしたらもしかしたら、本当に人間は月で生まれて地上にねざしたのかもしれへんやん? だから月に敬意を払って、とか」


 吹き出したのはジュンの方だった。


「そっか、そういう考え方もあるんだ? ははっ、僕はダメだなぁ」


「ううん、あたしの勝手な妄想やん、こんなん。で、ジュン君はどう思ってたん?」


「――え?」


 そう訊かれてジュンは思考が停止した。祖母とそんな話をしたことは確かに覚えている。だがそこで自分は何を想ったのかが思い出せない。祖母に対してどう返したのかが思い出せなかった。自分で話を振っておきながら。


 記憶がないという訳ではない。ただ、特定の話題や事象に対して記憶のアクセス制限をされているようにすっぽりとブランクになっている。先がないのだった。


「いや、僕はそれが不思議だなって、思っただけで、さ……」ジュンの応えはまったくもって歯切れの悪いものとなり、口元からこぼれ落ちるのみだった。


「マキタ君もはよ良くなったらいいのになぁ」帰途につく中でカナはマキタのことを慮った。さすがにカナにだけはマキタの腕が動かないことを伝えようかと思ったが、ぐっと口を噤んだ。本来であればあの場にいた彼女らには伝えるべきだ、しかしその事実の残酷さ故に言い出すことに抵抗はある。それにまだマキタの腕が治らないという結論に達するには早いと考えていたからだ。


 ジュンの瞳は希望の光を失ってはいなかった。


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