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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第一章:次元転送社会 第二話 「ウチは家政婦になる」
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戦闘家政婦―次元転送社会2-4

 年が明けてからは週に三日のペースで、誠一の元で家政婦見習いをこなしながら受験勉強にいそしんだ。


 それに長兄の尊がよく恵の勉強に付き合ってくれた。彼の教え方は実に的確で頭にすっと入ってくる。


 美千留と井之頭健の血を引く青年はどちらに偏ったとしても美男子に違いない。ただ、下町育ちの恵にとって、あまりに完璧すぎる彼の存在は彼を異性という存在よりも“異星人”と捉えるほうが近く思えた。


「恵ちゃんは将来は?」勉強の合間にお茶を飲みながら親しげに恵の顔を覗き込む。このところ彼とは家庭教師と生徒のような関係を築いていた。


「え? しょうらい?」


「ほら、夢とか目標とか、さ」


「えーと、今は何も……尊さんは?」本当に何も思いつかなかったから、質問を返した。


「うん、そうだね。こんな激変の時代に将来を描くのは難しいのかもしれへんけど、僕はイズノで宇宙開発の仕事に就きたい。ここ数年の間に次元転送技術でニウスっていう、今まででは考えられない規模の宇宙ステーションが完成したんだ。これから人類はもっとすごい未来を作り上げられると思うから」美千留と前夫、井之頭健の実子である尊も衛も基本の言葉は関東弁だが、時折住まう大阪という街の影響からか、関西弁が入り混じることがあった。


 宇宙飛行士なのか技術者なのかは判らないが、恵はそのような高みに夢を据える人物と出会ったのは初めてだった。やはり異星人だ。


「イズノってあの……?」


「そう、ISNOね」


 国際宇宙航行機構 (international space navigation organization ISNO)通称『イズノ』いわゆる従来の燃焼式推進装置を持つ宇宙船技術および宇宙工学を基礎とした、NASAを母体とする最先端宇宙科学技術を先導する国際機構で、日本のJAXA 、ロシアのロスコスモス、欧州のESAもそこに参画している。


 旧世紀の宇宙開発は国家間の技術戦争、あるいはプロパガンダミサイルとも呼ばれたきな臭い側面をもつ背景があるが、東西冷戦構造の解消から二十一世紀に入り実質的な宇宙開発を共同で行ってゆくという方針に変更してきていた。


 無論それは次元転送技術により大気圏外へ機材をロケットにより射出する必要がなくなったのと、素粒子分解技術により新素材の開発が飛躍的に進んで、従来では考えられない規模の宇宙開発事業が起こせる目途が立ったからである。


 新世代国際宇宙ステーション (Newgeneration International Universal Ststion) その頭を取って{NIUS|ニウス}という、従来のISSの数十倍という規模の施設を短期間のうちに完成できたのは、次元物理科学と次元転送装置の功績である。


 国家間で宇宙開発競争をするよりも、より実のある成果を短期間のうちに得たいと思うのは科学者のみならず人類の希望であり、世界を平和的に統合するという理念を掲げる、国際次元物理科学委員会 (international scientific committee on the dimensional physics )通称『デフィ』と呼称する次元物理科学全分野を管理統制する国際団体が大きく後押しをした結果である。


「なんで、人間は宇宙に行きたがるんやろ。っていうかそんなに前に進みたがるんやろ」恵が抱える素朴な疑問だった。


「成長したいから、じゃないかな? 一人の人生も成長の経過じゃん? じゃあ人類全体、例えば地球人って括りで見たら、地球人の歴史は人類の成長の経過って言えるだろ?」


「人類の成長?」


「過信かも知れんけど、僕は人類は少しずつ良くなってると思うね。情勢不安で戦争ばっかりしたり、病気やけがの治療が出来んと死者を多く出したりしてた時代から、むやみに戦争はしない、助けられる命があるならそこに全力で立ち向かおう、って思えるようになってる。そういうの成長って言えるんちがうかな」


 さて、どうなのだろう? と、恵は思った。


 尊のように考えれば人類は進んでいる。時代が下るごとに人はより賢くなっている。けどもその地盤になっているのは社会であり、社会の上でこそそのような振る舞いが出来る、というだけではないかとも思う。


 もしも今ある既存の常識や社会形態が崩壊してしまったら、人はたちまち争いと搾取の前時代へと立ち戻るのではないだろうか。力を持つ者が持たざる者を蹂躙する世界に。


 恵の心中の疑念を読み取ったかのように尊はさらに続ける。


「デフィはさ、次元転送装置を普及させることで距離というものをこの世界から無くしたんだ。距離ってのは、時間と労力だろ? つまり近いものと遠いものの間には格差が生まれる。同じ品物を運ぶとしても遠い方はコストがかかって不利だ、市場が自由競争とはいえ勝負にはならない。もしその距離がなくなったら少なからず格差は埋まる。同時に従来のような独占構造も出来なくはなるんだけど――ああ、ごめん、退屈やな、こんな話」


「いえ……その格差がなくなったら、世界は一つになれる……ってこと?」


「うん、まあ道筋の一つにはなるかなって。他にも越えなあかん問題はいっぱいあるけど、悪い話じゃないと思うよ」


 変な関西弁で聞いている恵のほうが影響されそうだったが、優しく穏やかな視線を尊は恵に向けていた。


だが恵の気持ちの中では彼のように全面的に次元転送社会を肯定でききれずにいた。彼が無神経なのではない、加納モータースの置かれた立場やそこに暮らしていた五郎や恵の事情など知る由もなければ、鑑みる必要性もない。


 山吹尊は未来に目を向けて自分の使命を据えている。だが自分はどうだ、加納恵はこの来るべき変革の社会の片りんにすら触れようとはしないで立ち止まっている。夢も希望もない、そう言い切ることで社会に背を向ける理由にしている。


 すべてを一度に失った恵と、失うよりもむしろ得る立場にある尊を比べた時、愚痴の一つでも二つでも言いたくはなる。そしてそんな自身を浅ましいとも感じる。


 だが、たかだか中学生、受験勉強を前に冷や汗をかいている身分だ。今はまだ、幸せや望みといった未来に向けたベクトルの線上には立てない自分を甘やかしてもいいと思った。


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