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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第五章:ジュン 第一話 「東京の僕」
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戦闘家政婦―ジュン 1-2

 ジュンはマキタの実家であるDFS転送会社に訪れていた。今日は午後からマキタのバイクが大阪から送られてくる。そう、恵がGODS本部にある大型DFSから、マキタの実家のDFS営業所へと直接転送をかけると言っていた件だ。


 病院ではマキタはそれについて何も言わなかったが、心中は複雑な思いだっただろう。乗れないバイクを手元に置いておく、それも父親の形見であるバイクを。


 残酷な話ではある。


 あれほどまでに走ることを楽しんでいたマキタから、USJの事故はそれを奪ってしまった。右腕は完全麻痺、左大腿の骨折は治癒しても痺れは残る可能性がある。


 当然バイクに乗ることなどできはしない。見た目は健常者と何ら変わらないマキタであったが、脚のリハビリを含め、いままで出来ていたことができないという事実を受け入れるための期間として、この三ヶ月はけして長くはなかった。


 人は身体の欠損でいとも簡単に出来ることを制限されてしまう。それが個人の幸福感に直結していたならば、すなわち幸福を奪われたものと同義なのだ。


「このDFSってのは便利なもんだが、どうにも荷物を運んでるって気にさせねぇ」マキタの叔父、槇田幸三は頭を掻きながらモニター画面に素粒子配分表を横目につぶやいた。


「どういうことですか」ジュンは傍らからモニターを覗きこんで問うた。


「物質が一度分解されてまた元通り構成されるって言ってもよ、一度はなくなっちまうことに変わりはねぇ。ひょっとすると送られてきたものは偽物なんじゃないかって気もする」


「でも、それを否定したら幸三さんが詐欺師になっちゃいますよ」


「んなこたわかってるよ。ただ、気持ちの問題だ。実際はあの汚ねぇバイクに付いた錆や傷、チリの一つまできっちり再現して転送してくる」


 マキタが両親を失い身を寄せている『株式会社MAKITA転送』は東京の八王子で業務用DFSを稼働させる唯一の企業で、地域では一定のシェアを担っている。


 業務用DFSは、家庭用のテンソーと呼ばれるDFS機器を単純に巨大にしたもので、転送容量や転送処理の速さが売りで、車やバイク、大型家電、家具、各種の建材のような大型物の転送はこれらに頼らねばならなかった。そこからは従来通りトラックなどに積み込み各家庭や現場へと搬送されるのだが、長距離輸送が必要なくなった運送業界が打撃を受けて縮小せざるを得なくなったのは事実だ。今後もこれらのDFS営業所は増加するだろうが、今のところ物理運送業との緩衝期間として、数年は据え置かれるという措置が取られている。


 業務用転送プラットフォームの面積は一辺が八メートルの特殊床材で造られており、その上に同じく一辺が八メートルの合金製のフレームで構成された立方体型の枠に、特殊アクリルガラスをはめ込んだ底面のないショーケースのようなフードが、天井の基材に固定された可動アームに保持されている。


 これらは家庭用のDFS機器と同じく、プラットフォームに被転送物を置き、フードを被せた空間内で転送が行われるという仕組みと同じで、業務用DFSは仕組みを巨大化し、データバックアップとプロセッサの容量を増やしたオペレーションコンソールが備え付けられたものである。


 MAKITA転送ではこの巨大な装置を、DFS導入以前は倉庫として機能していた区画を利用して設置していた。


「しかしまあ、どういった口利きがあったのかは知らんが、これだけの設備を無償貸与とは有り難ぇ話だよ。テンソーが世の中の運送業務を壊しちまうって判った時には、MAKITA運送もこれまでかって思ったけどな」


 マキタと似た目を持つマキタの叔父、槙田幸三は四十五ながら長めの髪に白髪を混じらせており、実年齢よりも老けて見えた。


 以前は自らトラックを運転し関東一円を巡っていたのだが、DFS導入以後は大きく動き回る必要はなくなり、従業員やトラックの保有台数削減が可能となり経費はぐんと下げることが出来た。


 当時マキタの家はトラック輸送とバイク配送を組み合わせた個人運送店で、独自のフットワークの軽さが地元はもちろん、都下二十三区への速やかかつ細やかな配送も定評を得ていた。


 インターネット黎明期よりこっち、個人宅配送の機会は格段に増え、巨大な配送センターを有する大手はもとより、その下請けを担う運送業界全体が活況に沸いていた。


 しかしそのような中で必ず起こるのがサービス競争と価格競争であり、利用者はいくらでどれだけ早いのかを追い求め、新たに参入してくる運送業者達の方々で、無理な体制の運用が元で様々な事故や事件が頻発していた。


 幸三はこの運送戦争を生き残るためにあらゆる手段を尽くしてサービスの向上と効率化を徹底し、収益の確保に勤しんでいた。


 結果としてこの運送戦争に終止符打つきっかけとなったのがDFSとも言えるのだが、完全導入までの移行期間の間に、現場は大混乱をきたした。それはマキタ運送とて例外では無かった。



 運送業界に導入される見込みを察知した従業員は悲観し、運送業に見切りをつけ離職してゆくものが後を絶たず、MAKITA運送は瞬く間に営業不能に陥り業務縮小の窮地に晒された。そのために解雇せざるを得なかった従業員に対し、彼は献身的に再就職先を手配するなど、巷の元運送業者と同じく現在のDFS営業所として再出発するまでに多大な苦労を強いられたのだ。


 この業務用大型DFSの無償貸与という方針は、日本政府によるものではなく、デフィの計らいによるものだという。


「きますね」


「ああ、グラサンかけとけよ。粒子バランス正常。粒子相の成立を確認、次元アクセス……っと、あれ? アルファじゃないのか? おい、ジュン。ハーレーはどっから送って来るんだ?」


「え? ええと……あ、そうか。山吹さんとこはデルタの方を使ってるのか」


「はぁ? なんでデルタなんだよ。先方は個人宅だろ? つーか個人でバイクが送れるDFS持ってるなんてどういう家だ」


「いや、そこはまあ……いろいろあって」


 ジュンは意図して山吹家と日本DNSを切り離して説明していた。いまは次元転送営業所として機能しているMAKITA転送だが、それまでの経過で日本DNSには煮え湯を飲まされたと、散々愚痴を聞かされてきていたからだ。幸三の日本DNSに対する心象は決して良いものではなかった。


 ジュンの焦った表情を訝しみながらも、幸三はDFSセッティングを途中変更する煩雑さに息を吐きキーボードを叩いた。


 巨大なアクリルガラスのフードで覆われた転送プラットフォーム上に、一瞬まばゆい光が照射され、防眩グラスをかけた二人の顔を浮かび上がらせた。


 音も熱も発しないで、まるでさっきからそこにあったかのようにマキタのハーレーは白い床面のプラットフォーム上に鎮座していた。


「んーっ?」幸三はフードの操作レバーを解除側に動かし、防眩グラスをずらして目を細めていた。


「何か……ちがいますね」


 ジュンにもその違いははっきりと判った。


 マキタの一九七八年式ハーレーダビットソンは七十年近い齢を経たビンテージバイクとは思えないほどの生気をみなぎらせてそこにあった。


 鉄製のボディやフレーム塗装面には相変わらず錆やくすみはあった。メッキやアルミ部分にもやや腐食が見られ本来の輝きは失っている。だがそれらは最低限のケミカルを使用して丹念に複数種類の布を使い分けて磨きこまれた奥深い輝きがあった。


 ビンテージカーやビンテージバイクに限らずビンテージグッズ、アンティーク家具なども、やれたり壊れたりしたものを新品のように完全再生するレストレーションや、古い車体の良さを生かし、最新式の代品を使用してモディフィケーションするという手法も健在である。


 しかし逆に元の色をはがし塗装したり、再メッキや、代用品を使い再生を行うといった行為は無粋、あるいはタブーとする風潮が一部ではあり、発売当時からの歴史の中で生まれるやれた風合いや経年変化もその物が持つ味だとすることがある。


 無論、古物を愛でるという側面においては、双方に同じ愛情を持つといえるのだろうが。彼らの主張は互いに相容れることをしない。


 マキタのハーレーは長く所有される間にあらゆる箇所がモディファイされてはいたが、キック始動の80キュービックインチのショベルヘッドビッグモーターとツインショックのオリジナルフレームにナローグライド。そしてチャコールシルバーの外装色に朱文字で描かれた“HARLEY DAVIDSON”所謂FXSローライダーと呼ばれる希少価値と共に、ファンの間で長年人気の絶えない車体はそのシルエットをほぼオリジナルに保っていた。


「こりゃまた、随分綺麗になっちまって……」


「きっと、彼女が磨いてくれたんですよ」


「なんだあいつ、彼女出来たのか?」幸三は両手を作業着のポケットに入れ、肩をすくめてローライダーへと近づいてゆく。


「いえ、多分そういうのではないと思うんですけど……。でもいい人です、乗り物を愛するという事を理解しているとても素敵な女性です」


「その彼女、よくわかってるんだな。無精なあいつの事も」


「ええ、そうですね」


 ジュンと幸三はしばらくローライダーの前に立ったまま、無言で微笑みをたたえていた。


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