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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第五章:ジュン 第一話 「東京の僕」
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戦闘家政婦―ジュン 1-1

これより第一部後編に入ります。 舞台と視点を変えて物語が進行します。

 時を少しばかり遡ること三か月。USJ事件後、東京に戻ったジュンはすっかり日常の生活を取り戻していた。


 三月下旬、東京八王子のマキタとジュンの地元も例に漏れず、春の兆しが見え隠れする三寒四温の日々が続いていた。


 冷えた空気の中柔らかく差し込む陽光が眩しい午後、学校の終業式を終えたジュンはその足でマキタの病室へと向かっていた。すれ違う医師とももう顔馴染で、笑顔を交えて挨拶する。


 ここのところは、ナースステーションの前を通り過ぎる時はできるだけ足早に行くことにしている。そうでなければたちまち捉まってしまうからだ。


 最初は年上の女性たちに一様に「かわいい」と言われ、気に入られたことに悪い気はしなかったが、彼女らの中にある内輪の黒い渦のような物が見え隠れして、あまり吸いたくない空気だなと感じるようになった。マキタが世話になっていることは感謝するが、冷静に考えればそれが彼女らの仕事だ。ことさら特別な感情を交わす間柄でもないと思い直す。


 女性の集団というのはジュンにとっては、捉まると生命エネルギーを吸いとるおどろおどろしい触手が幾本ものびる怪物のように感じていた。


 大袈裟なようだがジュンにはまさに文字通り、彼女らの触手が見えていた。


 それというのも、昔からジュンは人の気持ちが発する雰囲気のようなものを視覚的に感じ取ることができたからだ。


 気を許しているとそれぞれの人の周囲に色のついた光のようなものが見えたり、その光が膨らんだり、色を変えたり、時にはジュンに襲いかかるように形を変えて向かってくることもあった。そのため子供の頃はその視線の異常さに脳になんらかの障害でもあるのかと疑われたほどだ。


 物心着いた頃に読んだ超常現象の本に、それに類する現象が載っており、所謂“オーラ”と呼ばれるものだろうかと理解していた。


 ジュン自身は誰にでもそのようなことはあるのだろうと、別段自分の感覚を不思議には思わなかったのだが、中学の頃にその話を知人にすると気味悪がられ、普通の人は自分と同じように見えていないということに気づき、以来そのようなものが見えることを誰にも言わなくなっていた。


 ただ、マキタだけはジュンのその特殊な能力を「便利でいいじゃねぇか」と評して受け入れている。しかしながら“見ただけ”でその人がどういう人物なのか大体分かってしまうのは便利なようで何かと不都合である。


 妙な視線を送ってしまい相手を誤解させたり、感情の機微が見えるだけに会話も言葉を選んでギクシャクする。


 特にネガティブな状態にある人はよく見えた。だから高校に上がってからは意識して見ないように、できるだけ人に対して無関心でいるように心がけていた。USJ事件の時のように、あらゆるネガティブな感情が交錯する状況では、心を閉ざし、なにも見ないように冷静さを保たなければ、たちまちとり殺されそうな恐怖にさいなまれパニックに陥ってしまうのだ。


 ただ、この妙齢の看護師たちのような、女性と母性を取り合わせたドロドロとした強力な“波”は嫌が応でも視覚に割り込んできてジュンに襲いかかろうとしているのが見えるのだった。



「マキタ、どうだい?」病室の入り口からいつものようにジュンが顔を出した。「ちょっと遅くなってるけど、恵さんへのお返し。考えた?」


 所謂ホワイトデーのお返しという奴だ。マキタはこういった浮かれた風習がどうにも好きになれないようで、テレビのリモコンを左手で操作しながら応える。


「どうせ義理じゃねぇか。そこまで考えることでもないだろ」


 いつものやり取り、いつもの返事。ジュンはこんなマキタの態度には慣れている。一緒になってお返しの品を考えるなんてことはしないことも解っている。機嫌が悪いわけでもない。マキタに対しては彼の“オーラ”を見るまでもなくわかる。


「じゃあ、僕の方で適当に見繕っておくけど構わない?」


「……ああ、かまわねぇよ」


「それから、今週末に恵さんがローライダー送ってくれるって、僕も立ち会うけど、届いたら写メ送ろうか?」


「ああ、アレな。そうか……いや、いいよ」


 USJ事件で負傷した結果、右の上肢機能を失い一生片腕で生活をしなければいけない事が確定的なマキタにとって、朗らかな日常を問うことに抵抗感はあった。たった一晩で人生が変わってしまった。この先の未来を描くのも嫌になるほど。


 現在の医療技術でも神経系の再生医療は手探り状態のままで、満足な成功例は認められていない。とくに強い外的要因により脊髄から神経束が根元から抜けてしまったマキタの症例は経過や手術に賭ける可能性はゼロで、絶望が即日のMRI検査で確定する。


 年末に大阪で彼女らが見舞いに来た後で知らされた結果だ。鎖骨、上腕骨が折れていたとはいえ、指が動かないのは変だとは感じていたという。


 マキタは結果を知るジュンや当面の身の回りのことをこなしてくれたGODSの柴島や転院後、家族の者に「一緒にいた友達には絶対に言わないでくれ」と最大限の口止めをしていた。


 転院後の主な治療項目は鎖骨、上腕骨に加え左大腿骨の骨折、それに伴う下肢神経麻痺の治療とリハビリで、ギプスは外れてもしばらくは車椅子生活を続けることになるだろうと医師からは告げられている。


「あいつには言ってないだろうな」


「わかってる。言ってないよ」


 ふてくされたようなマキタの言の奥にはある種の気遣いがあることを、ジュンは感じ取っていた。だが、いつまでも秘密にしておくわけにはいかないというのも正直なところだ。だからジュンは今自分にできる最大限を模索したかった。


「でもさ、僕調べたんだけど粒子再生医療ってのがあるらしいんだ」


「りゅうし再生医療?」


「患者の身体の素粒子情報を読み取り、素粒子単位で欠損部位を補てんするんだって。患者の情報子にある健康体だった時の記憶を元にして身体組織を再構成するって感じらしいよ」


「意味わかんねぇよ」


 マキタはジュンを見ることなく、テレビから目を背け、相変わらずだといった口ぶりで目を伏せた。


「そうだな……例えばこういう事だよ。精神的に疲れたりショックなことがあると湿疹が出たり胃腸を悪くしたりする、つまりはストレスだね。これは体質以前に精神的なものが物理物質に変化を与えているってことなんだ。精神的なものってのが次元物理科学で言う情報子、それが人体の質量子や熱力子に変化を促している」


「もういい、俺の頭のほうが痛くなる」


「――頭が痛くなる、それだって情報子が熱力子に影響を与えてるんだ。粒子再生医療は健康な自分、あるいは健康だった時の自分が持っていたイメージを身体へとフィードバックして素粒子を変換再構成して治療するって言うんだから――」


「ちょっとまった!」


「えっ?」


「それじゃ、人間が自分の傷を元の状態に治したりできるのは健康体の情報子を持っているから、ってことなのか?」


「ええと、まあ、そういうことだよね。指を切っても指紋は元通り再生するだろ? 情報子っていうのは遺伝子の記憶って言い換えもできるのかな……。粒子再生医療はそれを人工的かつ能動的に推し進めて、物理的に不可能な再生をもこなせるってことらしい。僕も詳しい理屈は知らないけどね」


「でぇ? その技術はいつできるんだよぉ、ええ?」マキタは恨めしそうな目をジュンへと向ける。


 その視線を感じ、背筋を伸ばしたジュンは窓外の景色から目を逸らし、マキタへ向き直った。


 乾いた唇はあざ笑うかのような形を成していたが、マキタの目はどこか疲れていて、そして悲しげだった。もう、それほど時間はない。そうジュンは悟った。


「いつ、じゃないよ……マキタ」ジュンはマキタを押し返すように、強く真剣なまなざしを向けて言った。


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