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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第一部 戦闘家政婦 前編 エピローグ
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戦闘家政婦―恵ー エピローグ

 先のGODS西国本所大規模襲撃はUSJ事件を上回り、日本のみならず世界を震撼させた事件として認知されるに至っている。


 今回の事件で確保されたディベロッパーは、下は十五歳、上になると八十歳という高齢者まで、性別も男女問わず幅広く、恵達が対峙した西国本所だけで総勢五十三名、うち死亡者が十名という結果であった。


 その内訳は現像架空体を扱っていたとみられるディベロッパーが三十八名、現像義体を扱っていた者が十五名で死亡者のすべてがサブジェクターであった。オブジェクターの方もいずれなり精神障害を患って、生存する全てのディベロッパーが現在保護観察院にて拘留されている。


 この死亡したサブジェクターの十名のうち、いくつかの遺体については、いずれも損壊が激しく身元の照合を行うにも困難を極めている。


 そもそもどのようにして原型がなくなるほど切り刻まれたのかがわからず、GODSの装備を検証してみても同様の切り口を再現することはできなかったことと、今回山吹邸の外でも同様の遺体が発見されたことなどから、この十名および一名については原因不明の事故死扱いで一旦保留という扱いとなっている。また数か月前から同様の被害者が相次いでいたことも指摘されたことは大きい。


 今回も相変わらず世間に向けては “反次元転送社会組織による犯行”とされたが、その“明らかなる犯行動機”に素直に首肯できないまま捜査を迷走させてきた公安にとっては、今回の大量証言が得られたことは僥倖といえた。


 DIC事件としては最大規模、襲撃を受けたGODSの三支部を合わせると百あまりの現像体が確認され、これほどの潜在的ディベロッパーがいたことも驚きであった。そして公表はされていないが、呆れたことにその計画的かつ組織的な行為には報奨金制度が設定されていたという事実がある。


 かねてより警視庁公安五課特捜係を筆頭としてディベロッパー間のネットワークへ関心を寄せており、その関連WEBサイトは軒並み監視されていたはずであったが、直接的にディベロッパーが活動しているという事実関係を押さえることができていなかったため、結果的に後手に回ったと言わざるを得ないが、ネットワークの存在を裏付ける証言が今回のディベロッパーの大量確保により得られたことは、捜査の前進と言える。


 このネットワークについて、意識の正常な被疑者より聞き取りを行った結果、たどり着いたのは『マンハンター』というオンラインゲームで、通称『マンハン』という、プレイヤーがモンスターに扮して操作し、人類に攻撃を加え文明圏を蹂躙してゆくという、従来のファンタジー系アクションRPGとは逆の背徳的なゲームであり、一定のパソコン操作さえ出来ればダウンロードもプレイも容易なオンラインソフトとして無料配布されていた。


 ゲームの内容はプレイヤーがモンスターを生成するところから始まるのだが、この機能が実に凝っており、課金しだいでどこまでも緻密に作り込む事が出来るというマニア心をくすぐるもので、巨大なモンスターも強力なモンスターも、課金しだいでは思いのまま生成することができる。


 『マンハン』はそうして出来上がったモンスターを人類の文明圏に進撃させ、何人の命を奪えるかというものを競い合うゲームである。最終的には人類が住まう文明圏を破壊することが目的となるが、NPCの人類側も武器や装備をもってモンスターに立ち向かってくるためそう易しくはない。


 大人気とは言い難いがコアなファンが多く、今までのような人類がモンスターを狩るといったスタイルに飽きたゲーマーや、クジラやイルカを過剰に擁護し人類は悪だと声高に叫ぶ一部の狂信的な自然保護思想の持ち主、あるいは一時的な社会への鬱憤を晴らすための一般人が支持していたとみられる。


 ある意味では反社会的なゲームと言えるが、取り扱う媒体が“モンスター”であることなどからソフトメディア倫理委員会などからは容認されていた。


 無論ながら『マンハン』のプレイヤーがすべてディベロッパーの予備軍だとしてしまうには性急な結論ではあり慎重な操作が進められているが、今回襲撃に参加したすべてのメンバーがこのゲームのプレイヤーであったことと、ゲーム内でコミュニケーションをとるスレッドに、襲撃希望者を募る書き込みがあったこと、あるイベントに参加し好成績を残した者には“本物のモンスター生成器”が送られてくることや、無事生還の暁には多額の報奨金が用意されていることなどが記載されていることなどから、プレイヤーの嗜好や傾向がディベロッパーを発生させる素地になっていると取られても否めず、ゲームシステムは現在閉鎖されており、配信元は家宅捜索を受けている。


 さらにこれを利用した同様のスレッドは昨年末にもあり、容易にUSJの事件との関連が指摘できた。“スレ立て人”の存在はすなわち首謀者とみられる存在を示唆しており、警視庁は全力でこの人物の捜査に当たっている。


 今回の事件で現像架空体を操作していたディベロッパーは、マイクロバスに集団乗車した状態で一箇所にとどまらず、山吹家を中心とした半径五百メートル圏内を逸脱しない範囲で石切の町内を走行しながら、現像行為を継続していたという。当然そのオブジェクターらを乗せたマイクロバスや、サブジェクターを山吹家の付近まで運んだワンボックスカーの出処は依然として掴めてはいない。




 六月、休止状態のGODSの本部棟に生活拠点を移していた恵は一通り持ち出していた私物を、修繕の終わった母屋に運び出す作業が終わり、一息つこうとラウンジに立ち寄った。


「何読んでるんですか、桧山さん」


 ソファにあぐらをかいて桧山がテーブルに大量の紙を広げて何かを読んでいた。


「あん? 報告書だよ、前の被疑者らのな」レポート用紙の一束を恵に寄越した桧山はそのままソファに横になり、肘を立ててビールを飲んだ。


 恵は公安から上がってきたという捜査報告書の束をぱらぱらとめくる。


「ええと、八十歳の男性……おじいちゃんやん? は、自分の体が自由に動かせんようになって、社会からの疎外感に憤りを感じて『マンハン』にハマって挙句、本当に実在のモノが動かせるという魅力に取りつかれてディベロッパーになった、ってバックラッシュ食らっても割とまともなこと言ってるんやね――ふうん、昔の人は精神力が強いんかな?」


「バカ言え、ボケてんじゃねえよ。まともな奴がDICなんて動かすかよ」桧山はビールを片手にスルメを咥えながら言う。


 家屋の三分の一が破壊され修繕中の母屋は無用心なため、山吹家も生活拠点を本部棟に移してこの一ヶ月は過ごしていた。母屋に比べると狭いと言わざるを得なかったが、凛だけはいつもと違う生活にウキウキと目を輝かせていた。何よりこっちには吉川の部屋に最新のゲームソフトが揃っているのだから不満であろうはずがない。


 衛は既に東京に帰っていたが、美千留は特に仕事もないらしく、相変わらず昼間は職人達に混じって母屋のほうの修繕工事の仕上げに勤しんでいる。


 恵は料理をしない彼女のことを、まったくもって不器用な人なのだと思っていたのだが、その腕前は本職も口を開けて感心するほどの手さばきで朝から夕方までみっちりと現場に詰めている。実家が大工だったとはいえ、女優という人間はどこにどんな才能を隠し持っているかわからないものである。


「他にはぁ、十五歳の子はいじめられっ子で、引きこもってゲームばっかりやってた、と。まあ、そういうゲームやりたくなる気持ちもわかるし、現像架空体だったとしても自分が強くなったって気分は痛快やったかもね。それ以外も似たりよったりの理由みたいやけど、ヒーローになりたかっただとか、金持ちは許せないだとか、ただ単に戦闘のスリルを求めていたとか……命懸けでやってるって自覚あるんか知らんけど……」


「ふん、相変わらず身勝手なやつばっかりだな」桧山がビール缶を傾けつつ、恵から突き返された資料を目で追う。


「ウチが倒した蜥蜴男もそんな感じやったみたいよ。ゴッズとの戦闘をゲーム感覚で捉えてたみたい。話によるとどうも植物状態になってるらしいけど……」


 桧山はちらりと恵に目をやるも「体力に自信があったり、イマジナリーバックラッシュを受け精神破壊を恐れるディベロッパーは身体を晒すリスクを負っても現像義体を選択するか……」と呟く。


「どっちにしても自殺行為ですよ」恵は嘆息混じりに返し立ち上がると、西日の指し込むラウンジの窓のカーテンを閉め、電灯をともした。


「恵、そろそろ飯の支度するから、岡部さんとこから送ってきてくれた肉出してくれ」と、誠一がキッチンの方から叫んでいる。


 次元転送装置テンソーが普及してからあらゆる商品が転送でやりとりがなされるようになり、かつて恵の住んでいた商店街などは閑古鳥が鳴くだろうと囁かれてはいた。実際大型の商業施設や、経費のかかる賃貸店舗は打撃を避けるため早々に撤退を余儀なくされ、急激なテンソーの普及は大恐慌を引き起こすのではないかと言われたほどだった。


 しかし、地元商店街という自宅と商店を兼用している店舗が軒を並べる業態はどちらに転んだとて影響は受けなかった。むしろテンソーを持たない家庭や年配の客、馴染みの客からは従来より支持され、売り上げが上がったほどだという。


 その中でも岡部精肉店の岡部は商店街に共用できるテンソーを設置し、積極的に販路を広げ商店街全体の収益を上げる方策を実践していた。


 これにより、今までは石切の商店街から食材を調達していた山吹家だったが、恵のすすめもあり、東大阪の地元の商店街も利用するようになっていた。


「へえっ、いい肉じゃないか」


「やろ? 目利きもいいし安いし、サービスしてくれるええお肉屋さんやねん」誠一から褒められて、恵は自分のことのように嬉しく思った。


 今日は恵の誕生日だった。誠一から何が食べたいか、などと訊かれて初めて自分の誕生日に気づいた。


 その時咄嗟に思いついたのがスキヤキだった。もう春もすぎ、初夏に差し掛かる六月だというのに鍋物などと言われたが、わがままが言えるのならスキヤキ鍋を皆で囲いたかった。あの日父、五郎に食べさせてあげることができなかったスキヤキを。


 誠一は汗をぬぐいながら鍋を用意する。芳醇な肉の香りが部屋を満たし、テーブルを囲む皆の顔から笑みがこぼれる。味付けは恵が担当した。


 山吹家の面々、入院しているメンバーを除いたGODSの面々が一堂に会して、恵の十七歳の誕生日を祝ってくれた。別にバースデープレゼントなどいらなかった。こうしてみんなの笑顔があれば。


 家族で食卓を囲えていることが何よりのプレゼントだった。


 何もかもが無事だというわけではなかったが、柴島も吉川も近いうちに戻ってくる。またいつものように騒がしい平穏とは言えない家庭、普通ではない学生生活と家政婦業も戻ってくる。


 そして、まだGODSの活動を続けるのかと問われれば、恵は首肯するだろうと自分で思う。何もわからずじまいでこのまま終わらせるのは癪だった。


 食事のあとは美千留が用意した豪勢なケーキが運ばれてきた。十七本ものロウソクを吹き消すのは少し大変で、少し気恥ずかしかった。そしてたくさん食べて、たくさん笑った。


 片付けは凛と篠山と尊の三人がするというので、恵は何もすることなく勧められるまま本部棟のラウンジに着席していた。何やらキッチンの方では食器がガチャガチャと音を立てており騒がしかった。


「あ、あのぉ。いいですよ、もう十分ですからあとはウチが――」が、それを制するように、美千留がひらひらと手を振りながら笑って奥へと消えてゆく。


 誠一と桧山はどこかに行ってしまって姿が見えず、恵は大輔と二人きりでラウンジに取り残された形となった。こんな状態だとどこか手持無沙汰で落ち着かず、恵は掌を眺めたり指先を見つめたりするしかなかった。


「――たった一年半の間やったけど、とんでもない家に来たと思ったやろ」


 大輔が恵の正面に腰を据えて言う。


「いえ――ええ、まあ……正直なところそうですね」


 突然問われて取り繕うことも出来ずに応えてしまった。


「きついことも言うてしもたけどな」


「いえ、そんなこと――ウチは家政婦としてここにおるんやし、ゴッズの一員としておるんやから、当然です。それにあかんことはあかんって云われなウチは調子乗るさかいに……」


「恵……こんな折や。普通の生活に戻るのも悪くないんちゃうか思てな。何、バックアップはわしがちゃんとやったる。なんならお前がええ旦那みつけて家庭を作れるように――」


 そんな当たり前のような未来、恵には到底描けなかった。目の前の幸福すら掴みそこねてこぼれ落ちそうになっている。もう触れられるかすらわからないのに。


「……やっぱり、そんな風に何もせずに施しを受けるのは憚ります。うちは今の生活がちょうどいいんです」


 このまま人並みの女性の幸せなんて望むこともできなかった。平気なフリをしてもやっぱり悲しくて悔しくてやりきれないことには変わりがない。その気持ちをGODSの活動へ向けてきたきたといえばそうだ、その通りだ。

「話には聞いとる。マキタ君のことな……今はまだ正直確実なことは言えん。ただ技術の躍進によっては彼の体を治すこともできるかもしれん。六角堂聖人やないけどな」


 確かに六角堂聖人のやっていたことが事実ならマキタの身体は治る。だが誠一が調べ尽くしても彼が何者なのかはわからなかったという。


「次元物理科学の可能性を推して来たのはわしらやねんから、これからも続けていくつもりや。壊した分、いや壊した分の倍でも三倍でも創る。わしはそのつもりで次元転送社会を推進してきた。それが――」


「――わかってます。だからウチにも手伝えることがあるならやっていきたいんです――――おっちゃんゆうてたやん、泣くんやったらやることやってから泣けって。ふふ……せやから、ウチ……やることまだやりきってへんから、そう思うから……」恵は両唇を噛んで虚空に目を逸らした。俯いても前を見据えても涙がこぼれそうだったから。


 しばしの時間、二人の間の空気を無言が染めあげる。


「――わかった」大輔はかつての友人の娘の過ぎた気丈さに続く言葉を噤み、大きく息を吐いた。そしておもむろに立ち上がるとカーテンを開いて窓際へと恵を誘った。


「これからも大変やろうけどな、恵にはもうちょっと頑張らなあかん事が増えそうやぞ」


 大輔が開いた窓の向こう側の庭先には一台のバイクが爆音をあげて佇んでいた。恵にとっては見慣れた特徴的なフォルム。白銀の日本刀をモチーフとした唯一無二のバイク、GSX1100Sカタナ。そこには父が愛し、文字通り死ぬまで手放すことをしなかったマシンがあった。


 仕事が困窮してから一切手を付けることが出来ずにずっと不動のままだった。いつかは動かす、いつか乗ってまたツーリングに行くのだと五郎は言っていた。だがそれは叶わなかった。そして先の事件で瓦礫の下敷きになってしまって再起不能なはずだった。


「桧山さん、セイさん……」マシンの傍らには二人が立っていた。


「あいつら二人がな、動くようにしてやろうってこっそり手ぇ入れとったんや。メンテはもっぱら桧山で、セイはせいぜい部品の手配と車体磨くぐらいしかできんかったんやけどな」


 熱い脈動画全身を駆け巡り、肩を震わせた。ううん、ありがとう、と声にならないまま首を振ると、目から滴がこぼれた。


「ウチ、乗れるように練習せなあかんなぁ……」


 恵は大輔に涙目で目配せし、大輔は行って来い、と頷いた。


「なにはともあれ、D&Dが関西方面こっちに立ち上げに来る。わしらが今の状態で動けるのも時間の問題や。東条のボケが何を考えとるんかまだわしには判らんが、やれることはやっとかなな」


 大輔は駆けてゆく恵の背中を見つめながら、自身の使命を確認するかのように重く呟いた。


 事件直後の二〇四二年五月十四日、バンクーバーで行われた国際次元転送サミットの会場において、国際次元物理科学委員会デフィの委員長、東条一郎が突然の退任を表明、その後を委員会設立者であるサイアス・ミラーの実娘、アミリア・ミラーが継ぐとともに、D&Dカンパニーの運用権を全て、国際宇宙航行機構イズノへと移譲することが決定したとの報が世界を駆け巡った。


 イズノはその新組織をDMMと改称し、今後も変わらず次元転送社会の治安維持にあたらせるとした。


 実質的なイズノの世界政府樹立への主導権獲得のお膳立てが揃い、次元転送社会は二年後の世界政府樹立に向けて大きく舵を動かしたことになる。月面居住者の増加、超長距離宇宙航行の実現、いよいよ新時代が幕あけするという期待が世間を賑わせ、人びとは歓喜に沸く。


 未だ払しょくしきれないDICの問題に対し、より強力な勢力の拡充は次代を担う政府を主導するイズノへの信奉心を高めていった。


お読みいただきありがとうございました。


第一部前編の本編がこれにて終了となります。

引き続きコンクルージョンを挟み、第一部後編をお楽しみください。

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