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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第四章:恵 第五話 「GODS壊滅 後編」
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戦闘家政婦―恵 5-5

 ようやく拘束が解かれたのが襲撃から二日後の午前だった。結果的に無罪放免とはいかず、DOSをはじめとした装備品の検閲のため本部棟作戦部および装備室の使用禁止が言い渡された。本部棟では篠山と桧山が立ち合いのためカンヅメにされたままだ。


 恵と凛と尊は埃をかぶった家の中をくまなく掃除し、誠一はGODSの部下の黒服たちに指示を出して庭の修繕を始めている。大輔は責任者としてしばらくこちらには戻って来ることが出来ないようだった。


 状況的には瀬戸も東海の支部も似たようなものだった。


「ほいっ、ごくろーさーん!」と姿を現したのはジャージ姿の美千留と衛の二人だった。


「美千留さん! 衛君! こんな状態の時に帰ってこんでも……」思わず恵は迷惑そうな顔を作りかけて、慌てて目を逸らす。


「こんな時だからこそじゃない! わが家だもん、ネっ衛!」


「まあね、普段恵ちゃんばっかりに家のこと任せすぎなんだから、美千留さんはこういう時くらい働かなきゃね」数カ月ぶりに会った衛は現在携わっている映画の配役の所為もあるだろうが、随分男らしく見えた。


「ありゃあ、これ結構ひどいわねぇ」ビリケンDICに破壊された母屋の一角を仰ぎ見て美千留は眉をひそめたが、どこか嬉しそうに見えた。美千留は電話を取り、どこかへかけ始める。


「うんうん、そうそう、こっちに何人か寄越してくれないかな? え、交通費? ケチケチしないでよ、あたしの旦那さんの家よ? ――まあ、わかったわよぉ、じゃあお願いね!」


「美千留さん、どこにかけてたんですか?」


「うちの山梨の実家。うちのお父ちゃん大工の棟梁でね、職人連れて来てくれるって。もともとこの家建てたのもお父ちゃんだから、まあ、勝手もわかってるでしょ」


 恵は初めて山吹家の屋敷を見たときには驚いたのだ。今の時代、日本建築を建てられる職人はそう多くは残っていないと五郎からも聞かされていた。


 在来工法というのが耐震基準などの推移により着々と変化したのに続き、材料面でも多く改革が行われ、軸構造免震ハイブリッド工法が日本の住宅のスタンダードになって久しい。この改革を決定づけたのは二○二五年の南海トラフ巨大地震で、九州西武沿岸部から東海地方沿岸部まで、揺れと津波の甚大な被害を出した苦い経験からである。


 実際いよいよ地震が予想されるとした前年から住宅メーカーや、大手のゼネコンは急ピッチでこの改革を断行したため、内陸部の主要建造物は予想以上に被害を食い止めることができた。無論その恩恵に預かれたのはごくごく一部で有り、在来工法で建てられた一般家屋の多くが津波で流されたり、倒壊、あるいは半壊し、沿岸部は壊滅的な打撃から復興するまで十年以上の歳月がかかった。


 それ以来、政府の多額の補助金を受け、多くの住宅建材の見直しがなされ、構造体はユニット化され、工場で生産された部材を現地で組み上げるような建築方法となり、生産効率と耐震性能は飛躍的に上がった。


 こういった流れから、それまで在来建築しかやってこなかった職人は、従来までの技術が不必要とされ次々と廃業してゆくことになり、純粋な日本建築を建てることができるのは宮大工の他には極々一部の特別な職人しか残らなかったのだ。


「まあ、この屋敷だって純粋に日本建築かって言われれば全然そんなことはないんだけどね」


 恵には細かなことは分からないが、寺社仏閣のような贅沢な天然木を使った家は珍しいだけではなく、住んでいて非常に心地が良くとても好きだった。


 今は荒らされてしまったが、美しい庭も植栽も手入れを怠らず、ずっと維持されてきた。それを踏みにじったDICたちの横暴はやはり許せなかった。


 この日の晩は美千留、衛を加えた山吹家の一員がGODSの本部棟にあつまり夕食を共にした。入院している三人と、東京のD&Dに呼ばれた大輔と凜がいないのは寂しくも思うが、恵はこうして家族で食卓を囲める幸福感をキッチンとラウンジスペースを慌ただしく往復しながら噛み締めていた。



 


 翌日は午後から誠一の命で病院へと向かうように言われ、恵はスーパーカブの埃を払い、ヘルメットをかぶる。倉庫に置いていた加納家に代々受け継がれたカブと大輔のビートルも細かな瓦礫を天井に被っていたが無事なようだった。しかし奥に置いていた五郎のカタナは棚の下敷きになって横倒しに倒れて見るも無残な姿と成り果てていた。今一人でどうにかできる状態ではなく、胸を痛めながらも唇を噛んで目を逸らすことしかできなかった。


 着物ではなく私服を選んだのは動きやすいという事もあったが、今はこの石切の町で誰にも見られたくなかったからだ。どんな噂が流れているかもしれないという考えがあってのことだった。


 地元の警察病院に彼らは居た。


 ICUに収容されている吉川は相変わらず今も意識が戻らない状態が続いているという。ベッドの上で管に繋がれた彼の様子は痛々しい。普段馬鹿な事ばかり言ってみんなを笑わせている男が、身動き一つせずに医療機器の一部のようになって、意思表示は単調な電子音のみという。悲しいというよりも人の儚さが恵を無感情にさせた。


「怪我の具合はどうなんですか?」恵は案内してくれた若い医師に説明を求める。


「ええ、全身の打撲と肋骨にヒビ、あと飲んだ水で肺炎になりかけてましたけど、概ね体の回復の方は順調と言えます。脳に異常は見受けられなかったのですが……もしもこのままですと最悪……」


「植物状態、ですか」


 医師がその宣告をするのを憚ったのはすぐに解った。根が優しい人なのだろう。


「いえ、まだそうと決まったわけではありません、私どもも最善を尽くします、奥様も気を落とさずに……」


 誰が奥様だ、と。誰がそんな情報を伝えたのだ? よく見てみれば吉川の右手は中指を立てた状態で固まっている。


「先生、これ……」恵はその手を指さして担当医師に告げる。


「う、ううん? 意識はない、ハズなんですが……まあ、反射というか、そういう事も……あるというのは聞きますけどねぇ」


 やや困惑気味の若い医師の様子を、恵は不憫に思う。


「センセイ――ええと、美人の看護師さん何人かつけてもらったら即座に意識戻ると思いますよ」


「はっはっ、なにをバカなことを……おと、失礼」


 その声が聞こえているのか、吉川の手はサムズアップに変化した。


「センセイ――やっぱり、ウチが殴って起こします。どこやったら殴ってもいいですかね?」


 大方、しばらく意識不明を装って、散々周囲を心配させてから奇跡の生還でも演る腹づもりだったのだろう。恵は殴る事はせず、鼻の穴にティッシュペーパーで作ったこよりを差し込んで、吉川を目覚めさせた。



 柴島の病室を覗いてみたが、彼は今しがた退院していったと同室の患者から聞かされた。


「もうっ! たいがい体いわしてるねんから、もうちょっと寝とけばいいのに!」仕方がないので先に別棟の樹菜子が入院している病室へと向かう。


 だが、その道すがら渡り廊下から駐輪場に不審者の姿を見つけ、恵は慌てて階段を駆け下り男へと詰め寄った。


「くっにっじまっさん! 何やってるんですか!」


 駐輪場に降りてみれば柴島が包帯に巻かれた身体の上から、スーツの上着を羽織った姿で恵のカブの上に跨っていた。


「よお、恵さん」


「よお、じゃないですよお! いきなり退院したって言うから!」


「いやさ、病院のベッド早く開けてやらにゃいけないと思いましてね、ぴんぴん動ける自分がいつまでも寝てるわけにはいかないなって」


 そう言う柴島の姿はどう見ても重症患者である。


「勝手に出てきたんやろ!」


「自分の身体のことぐらい自分で判りますよ。ただね、うかうかもしていられないって状況ってことは恵さんも自覚しておいてください」腫れた悪魔顔はより醜悪に嗤う。


「なん、なんですか……」その不気味さに眉をひそめざるを得ない。


「どうも、D&Dカンパニー関西支部が置かれるようですね……」


「じゃあ、ゴッズは用無しってこと?」


「いや、すぐにはそうはならんだろうけどな……こりゃあ、いよいよもって闇が深い。もしかすると俺たちゃパンドラの箱に手を掛けてしまっているのかもしれねぇ――おう恵! 後ろに乗せて帰ってくれ!」と、柴島は尻をずらしてスチール製の荷台に腰かける。


「柴島さん……連れて帰るのは構わんけど、ちょっと試させてもろて――ええかなっ!」と、恵はその背中に拳骨を容赦なく打ち込む。


 柴島は悶絶して無様に地面に転げ落ちる。


「アホっ! その程度で倒れるくらいならもうちょっと病院で寝とき!」


 どいつもこいつも、ろくでもない怪我人だと、看護師を呼び柴島を再び病院に担ぎ入れて、恵は改めて樹菜子の病室へと向かった。





 だが、樹菜子はあまりに惨めな姿でベッドに括り付けられていた。


 背骨も損傷しているという診断を受け、一週間は絶対安静と言われて首すら動かせないらしい。華やかで快活な樹菜子にはあまりに不似合いな環境だった。


「今までで一番厳しいねぇ、こりゃ」樹菜子は体に響くのか遠慮がちに笑う。


「樹菜子さん、家の方は大丈夫やから安心して、ゆっくり治して帰ってきてください」かける言葉が見つからない中、なんとか彼女を慮った言葉を並べた。本当は樹菜子とてそんな言葉は嬉しくもないだろうし、安心も出来ないだろうと思いながら。


「夢に見ちゃったよ。子供の時の悪夢……やだねぇ」


「その……傷の?」


「背中のでかいのが爆撃の破片。十歳の時だったかな、背中から左胸にかけて砕けた鉄の破片が掠めた。んで、こっちが十四の時ライフルで撃たれた。どっちも死にかけたけど怪我なんてもんは中途半端に意識がある方がつらい」と言って笑う。


 桐谷樹菜子が生まれ育った北アフリカに位置するスーダン共和国と呼ばれていた“地域”は二〇二〇年より旧スーダン共和国を中心とした『北アフリカ共同戦線(NAUF)』と南スーダン共和国は十二年の長きに渡る第三次紛争状態に突入した。


 当初父親の桐谷正樹は“国境なき医師団”のスタッフとしてスーダン入りをした。その時に出会ったのがヌビア人で樹菜子の母レイラである。


 ほどなく生まれた樹菜子とともに、戦火をくぐり、常に危険と隣り合わせながらもささやかで幸せな日常を歩むことが出来ていたが、幼い樹菜子と街のマーケットを歩いていたところをNAUFの無差別爆撃に晒された。


 この爆撃で樹菜子は一命を取り留めたものの、母親は樹菜子をかばい死亡した。


 その後樹菜子が在留する都市は南部から北上してきた『スーダン人民解放軍(SPLA)』という非正規民兵組織に占領され、住民は監禁、抵抗するものは虐殺され、樹菜子は兵士として十四歳でスーダンを脱出するまでゲリラ戦に参加し、このあてのない戦禍の下を駆け抜けていた。やがて各戦線は疲弊し、奇跡的な巡りあわせにより樹菜子は日本へと渡ることになったという。


 

「八滝の兄貴に助けられて日本ここに来れたのは日本国籍を持っていたからなんだ。けど、罰はいつか被るもんだと思ってる。いまさら腕の一本、脚の一本、別に構やしないさ。なにより今もこうして生きているのは父さんと母さんがあたしを守ってくれたからだ……でも、それ以上にあたしは……あたしは仲間を見捨て、多くの人の命を奪った。あんたが言ったように――」


「――もういい! もうゆわんとって!」病室に響き渡るほどの大声を上げて、樹菜子の言を制した。


 樹菜子は一瞬唖然とし、再び穏やかな笑みを浮かべて「ごめん、あんたを責めるみたいな言い方して……」と、恵を流し見る。


「――ウチこそごめん、人殺しとかゆうて……ウチは、樹菜子さんの気持ちはわからへん。そんな世界から見ればここがどれほど平和かもしれん。やけど、家族を失いたくないって気持ちは同じやと思う。大事な人を守りたいって……それだけしかわからんけど」


 しばし無言の時が流れた。


「しゃべりすぎた。疲れたよ……」と、目を閉じ、余った右手で恵を払うようなしぐさをする。


 しばし無言の時間が流れ、午後三時の傾きかけた日差しが病室に入り込む。恵は窓に向かいブラインドを下ろして光を遮る。


 静かに息を立てる樹菜子の唇にいつものような艶はなく、髪も広がって乱れていた。恵はその髪をやさしくなでて目を伏せる。


「ウチは、樹菜子さんのことも、みんなのことも大事や。ウチがもっと強かったら、ウチが大事な物をもっと守れる。樹菜子さんの身体をもう傷つけさせたりもせんで済む……これからもウチは山吹家を守る。大事な人たちをみんな守るから!」


 樹菜子はそのまま深い眠りについてしまったのか、恵の決意に対する反応は何もなかった。


 恵は立ち上がり音を立てないように病室を出てゆく。言ってしまってから少し恥ずかしくなった。樹菜子が寝ていて聞いていないことをどこかで祈っていた。


 病室を出ると、すぐそばで見知らぬ青年が壁に背をもたげて文庫本を読みながら立っていた。樹菜子の知り合いだろうか、恵が出てくるのを待っていたかのように思えた。


「あの、きな……桐谷さんの……?」恵は青年に問いかける。青年は二十歳くらいだろうか、カジュアルなジャケットにジーンズを穿いており、小ざっぱりとした格好は上品でどこか中性的だ。不思議な雰囲気をまとっているなと思った。


「ええ。こんにち――君は……ん、あれ? 巫女さ――ああいや、山吹の人?」


「はい、山吹家の家政婦です……加納といいます」


「なんか随分話込んでいるなと思って遠慮してたんだけど――へぇ、でも君、見たところ若いのに家政婦だって?」と言って病室への入室の許可を求める視線を送る青年に対し、恵は若いとどうだというのだと、心せず口をすぼめ「どういったご要件でしょうか……」と少々強い調子で言葉を放つ。


 恵は青年を見据えながら、さっきの大言壮語を聴かれたのではないかという思いが広がって顎を引いた。それが青年から見れば警戒しているように映ったのかもしれない。急に彼は態度を改めて背筋を伸ばし、右手を懐に差し入れた。


「あ、ごめん、名前言ってなかったね。怪しいもんじゃないんだよ、僕はこういう者なんだ」青年は中性的な、その美麗な笑顔を恵に向けて、胸ポケットから取り出した国際次元物理科学委員会の職員証を掲げて見せた。


「デフィの……ミナミさん?」


「南啓太郎です、今回の事件のことでデフィから派遣されてきました。桐谷さんと直接の面識はないけど少しばかり個人的な縁があってね、僭越ながらお見舞いにと思ったんだけど」多少改まったとは言え、青年の言葉は相変わらず砕けたままだった。


「わざわざありがとうございます。ですが彼女は今眠ったところで、御足労頂き申し訳ありませんが、今日のところはお引き取りください」恵は落ち着いた声色で両手を揃え丁寧に頭を下げた。


 恵は年下とみられ小馬鹿にされているような気がして、わざわざ慇懃に振舞う。いくらデフィの使者といえど状況が状況だ。素性も目的もはっきりしない相手に面会をさせるのは憚る。


「あ、そうなの? じゃあ仕方ないな。また出直すよ」青年、啓太郎はそう言って文庫本を片手に後ろ手を振りながら病棟の廊下をあっさりと去っていった。


 恵は啓太郎の持っていた文庫本のタイトルが『罪と罰』なのは何の因果なのかと思いながら、先ほどマキタから送られてきたメールに、こちらは大丈夫だという旨を伝える返信の文面を考えつつ、彼とは逆の方向へと歩き始めていた。GODSの事情を知らせるわけにもいかないし、あの状況を説明するにも複雑すぎて、本当に困ったと思っていた。


 ふと彼が去った方から、会話しているかのような声が聞こえ彼の背中を振り返るが、手には電話など持っていなかった。まあ、ワイヤレスイヤホンを使って電話でもかけているのだろうと、特に気にも留めなかった。

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