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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第四章:恵 第五話 「GODS壊滅 後編」
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戦闘家政婦―恵 5-2

 まずは本部棟前の驚異の駆逐だった。こちらの安全が確保されることが優先だ。先ほどの手さばきからして只者ではないことは伺えるが、オーバードライブも持たない篠山がDOS一本でどこまで耐え凌げるかなどしれている。以前に三体の軟体怪人と対峙した恵は苦い思いを心中に広げていた。


 戦闘可能と思われる個体は七体といったところ、うち大型のオブジェクトが二体、できることならば全て駆逐してやりたところだ。


《G5、間合いを取って一撃離脱だ、距離をとれ!》桧山はそういうが、そんな悠長な攻撃をしているわけにはいかない。


 それにしても想像力が豊かなことこの上なしというか、ファンタジー世界から飛び出してきたような現像架空体はまるで生きているかのような動作をする。恵は脚部のリニアホイールを動作させると素早く彼らの死角へと回り込む。無論死角といえどこちらもそれなりの巨体であり、隙を突くなどといった小手先の攻撃は通用しない。ただ防御の及ばない角度から力任せにFADOGの巨大な副腕スレイブアームを振り回すだけだ。


 ここにきてDICたちが急に強力になった訳ではない。ただ、一度にこれほどの数を相手に苦戦するのは当然だった。一体だけに気を取られていれば背後から攻撃を食らう。乱戦は高戦闘力だけで片付くものではなく、攻撃を対象に当てる集中力と周囲に気を向ける精神力という相反する脳力を要求される。


 恵は合気道の道場の師範がやっていた“多人数掛け”を初めて見たときにペテンだと思った。“取り”の師範に面白いように蹴散らされてゆく“受け”の姿は見ていて滑稽だった。投げられるために飛び込んでいるかと思えるほど。


 だが実際自分が立ち合ってみればそんな思いは吹き飛んだ。気づいたときには投げられていたのだ。何度やっても同じ。彼の目の届かない死角から攻めたところで、一瞬で指先を取られて崩され投げられる。何がどうなっているのかわからなかった。


 そこから考えれば今自分がやっている戦闘のいかに無粋なことか。流れを無視し、強引に変え、力任せになぎ倒す。合気の精神からどんどん離れていっている自分が許せなくなる。


 本部棟と母屋をつなぐ渡り廊下の構造体が遮蔽物になって動きにくい。篠山は本部棟のエントランス前で一体のサブジェクターと斬り合っている。


 その時、バイザー越しの視界が回った。


 足をすくわれたのだと気づいたときには、視界に巨大なハサミが迫っていた。両手が巨大な洋裁バサミになった狂気の男といった風貌、シャコンシャコンと刃をすりあわせて「いいいいゃっはォオオお」と意味不明な雄叫びをあげ、FADOGに馬乗り、両ハサミを振り回す。懸命に恵はその攻撃を副腕を使い防ぐが、近接戦では思うように距離感がつかめない。


「なっんや! これ! 使えんやっちゃな! イライラする!」


「しねぇええ!」


苛立ち動きをおろそかにした恵の胸もとをめがけてハサミの先端が襲いかかってきた。腕による防御は間に合わない、と恵は不知火の装甲強度に賭けるしかなかった。


 だがその黒銀の巨大なハサミの先端は直前で止まり、左右に分かれて倒れていった。目の前で真っ二つになった切り裂きリッパーは白濁液をほとばしらせ視界の向こう側に仰向けに倒れてゆく。


「た、たすかった……笹山さん?」


 だが、切り裂きリッパーを両断したと思われる正面の黒い影は、篠山のずんぐりした体型とは違って、長駆の人間離れしたプロポーションのそれだった。


「そのでかい図体でここいらを立ち回るのは不利だ、こっちは俺に任せろ」

 黒い甲皮を持つ怪人、エウロスだった。気づけば周囲にいた三体ものサブジェクターが肉塊と化して転がっていた。


《めぐ……G5! こっちはもういい! どういうことかわからんが、俺とこいつでも片付く! お前は庭の方を!》と、篠山は甲虫怪人エウロスを指して叫んでいる。


「あんた、何者や!」


「今そんなことを気にしている場合かねえ? 早くいけよ」


 そうだ、今は詮索している場合ではない。恵はまだ慣れない踵の感覚を確認するように一旦後ろへ引き、他のGODSの居場所を探る。


「こちらG5、各員の位置と状況を」これに応えるのはオペレーターの桧山だけだと思われたが、《G1だ、てめぇおっせぇんだよ! さっさと片付けてこっち来やがれ!》


《こちらG2、新手のデカネコと交戦中!》


《G3だ、やっと真打ち登場かい? 予備のドスあるならこっちによこしな!》


 吉川以外、予想だにしない豪気な返答が入り乱れた。


 恵はバイザーの中で苦笑いし、その場から飛び上がり本部棟の戦線から離脱して、リニアホイールを使い屋敷の庭周辺で奮闘する三人と合流する。もはやDOGの形骸を保っていない樹菜子とほぼ生身の誠一が見えた。


 恵は腰部ラックに収納していたフル充電のDOSを二人に投げ渡す。


 樹菜子は渡されたDOSの感触を確かめるように握り込み、光子束を伸ばす。完全除装し、インナードライブのみの樹菜子は左半身はほとんど動かせないように見えた。その場で屋敷の壁に背を付け、自由に立ち回りができないようだった。


「樹菜子さん! 退いて! あとはウチがやる!」


「ハッ、なんのことだい? 訳のわからんこと言っている暇があったら一匹でも倒していきな!」


 恵は樹菜子に襲いかかる骸骨騎士の集団をリーチの長い剛腕を振り、なぎ倒す。


「動けへんねやろ! 意地張ってどうすんねんな!」恵はバイザーを開き樹菜子を振り返る。


「ハッ、うるさいよ!」樹菜子は髪を振り乱し、額から血を流した顔を恵に向け嗤う。


「殺るか殺られるかってか? ウチはあんたが倒れるとこなんかみとおないんや!」


 そうこうしながらも恵は二体の骸骨騎士を吹き飛ばす。


「恵! オブジェクトをやれ。サブジェクトなら今の俺たちだけでもなんとかなる!」骸骨騎士の包囲を背後から薙いだ、フィールドスーツ姿の誠一が樹菜子の傍らにつく。

「樹菜子――お前がいつ死んだっていいって思ってても、勝手にこのくだらん連中に殺られるのは俺が許さん。八滝の兄貴に笑われる。ゴッズはその程度かって、な」


 唯一DOGを機能させている柴島は先程の巨大ビリケンほどではないが、サイほどの大きさの、“デカネコ”と称するには狂暴すぎる『マンティコア』と呼ばれるライオンをベースにコウモリの羽を生やしサソリの尾もち、醜悪な人面をした複合幻獣との戦闘に苦戦している。


《こいつはウチが引き受ける! 柴島さんは引き続きオブジェクトの対処! 一気に押し切って収めるで!》


《おおっ、たのんだぜぇ子猫ちゃん》柴島の大黒はバックステップで戦線離脱し、別動の中型オブジェクトに斬りかかる。


 それと入れ替わりに大きく飛び上がった恵のFADOGから繰り出される強力なインパクトナックルはマンティコアの胴を大きくえぐるようにして吹き飛ばす。


「このくらいならお腹痛いで済むやろ! さっさと退散しぃや!」


 よろけるマンティコアに対しさらにパンチを繰り出し、後ろ足を引っ掛けて引き倒す。


 DICに対して物理的実体攻撃であるインパクトナックルでは致命傷を与えることはできないが、彼らが物理存在としてある以上自然法則に基づいた衝撃は受ける。それが痛みとしてディベロッパー側に伝わるのであれば、その痛みを知り恐れおののいて退くのならばそれで構わないと恵は思った。エウロスのように問答無用で真っ二つにすることは容易いが、あんなやり方はもう看過できない。


 斬るためのDOSはいらない、甘いと言われようが自分の戦い方でDICを駆逐してやるつもりでいた。


 突然右の耳に金切音が鳴る。重装備ゆえの死角からの攻撃だった。


 銀色のプレートアーマーに巨大な剣を携えた中世の騎士風のDICだ。ただ頭部にはヴィ・シードが収まっていることからして彼はサブジェクターである。


「悪しき次元転送社会の走狗め!」そう言って甲冑騎士は巨大な剣を振り回す。


 生身の体であるという想像力が一瞬反撃をためらわせたが、ならばなおさらである。オーバーシェルの腕で剣を受け流し、そのまま腕の質量を騎士の喉元へと叩きつける。


「そんなに戦いたいなら、いつでも生身で勝負したる!」


 騎士は攻撃を受けよろめき、一旦は後ろへ退いたが、果敢にもふたたび斬りかかってくる。恵とて油断できる相手ではない。ディベロッパーがイメージを介さずダイレクトに動かすことが出来るサブジェクターの動きはオブジェクターの比ではない。個体の規模が小さくとも攻撃は精密で動きも正確だ。ゆえ乱戦になればこちらのダメージもそれなりに覚悟をしなければいけなくなる。


 さらに相手は手練である。騎士の剣さばきは訓練された者の動きで恵には見切ることができなかった。迂闊にも盾代わりにしたオーバーシェルのマニピュレータで受けてしまい左腕が破壊されてしまう。


「剣を抜け!」騎士は恵を正面に据えて構える。


「あんたを殺す気はない! ――やけどその根性を叩きのめしたる!」


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