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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第四章:恵 第四話 「GODS壊滅 前編」
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戦闘家政婦―恵 4-3

 山吹邸の周辺にはすでに枚岡署の署員が非常線を張っており、石切付近の住民による野次馬も集まっていた。当然ながら恵達が近づける状態になく、警察官は千鶴に下がるように伝えに近づいてくる。恵はその隙に車外に飛び出し、巫女装束のまま人混みをかき分けてゆく。


《皆さん出来るだけここから離れてください! この付近に巨大な質量の物体の転送反応があります!》これは枚岡署の安垣の声だ。拡声器で叫ぶも野次馬の動きからして周知できているようには思えない。


 ここから出来るだけ、などとあいまいな言葉でどう動けというのだろうか。巨大な物質の転送とは、ディックなのか? 


 野次馬は何のことかわからず避難勧告に応じようとはしない。傘が邪魔で何も見えない。


《邪魔だっつってんだろが! こっから百メートルは離れやがれ! 踏みつぶされてぇのか!》追って川野と思われる怒号が野次馬たちを一喝し、ようやく人の群れがざわざわと動き出す。恵はその波に飲まれまいと住宅の門柱と生垣の隙間へと身を隠した。


 高台になった石切の上空に巨大なプラズマ球が発生し、あたりが昼間のように明るく照らされると案の定命の危険を感じたのか、場は一気に混乱し、人々は傘を投げ出して逃げ惑った。


 その光の球はやがて物質化して周囲の住宅を破壊しながら実体を顕す。わき目も振らず駆けだす人々。その流れに抗い山吹邸を目指す恵は空を見上げる。


 巨大すぎる、あれもDICなのか? あんなものが現像できるのか? 人々が逃げ惑う中からそれを見ていた恵は、だがと思う。


 豊富も自身の想像力だけで巨大な鋼鉄のロボットを作り上げた、不可能ではない。まだ実体が現出しきれないままディックは二本の脚で着地し住宅街を歩き出し山吹邸の方へと動き出す。もはやこうなっては警察官も一般市民も見境がなく、舞い散る砂埃と降り注ぐ瓦礫から身を守り逃げ惑うだけだった。


 無論唯一の頼りとなるのはGODSのゴウテンDOG使い達だ。


 恵は知らず左胸に手を差し入れていたが、DOSがそこにないことに歯噛み、そして首を垂れる。たとえあったとして自分は戦えるのか、と自問自答する。


 現出した巨大なDICは、いわゆる尖った頭と吊り上げた目で無邪気に笑う子供のような『ビリケンさん』と呼ばれる像を模したものだと思われ、全身は金色に輝いており、投光器に照らされあたりを反射光で黄色に染めあげている。


 通天閣に安置されていることでも有名な、足の裏を掻くとご利益があると言われる福の神像だが、実際は二十世紀のアーティストが手掛けた作品が元となっているキャラクターの一種である。ただビリケンは大阪のシンボルのように言われているだけに、光景に住民はショックを隠し切れない。


「びっ、ビリケンさんが怒っとるぅ……」逃げ遅れ腰を抜かした老人が懇願するように呻く。


「おじいちゃん! はよ逃げ!」恵は老人に手を貸して立ち上がらせる。だが老人は歩くことすらままならない。肩越しに見た山吹邸の屋根の先に誠一の赤鬼と柴島の大黒が金色の巨人に飛び込んでゆく姿が見えた。


「恵!」聞き慣れた声が背後からした。振り向いたそこにいたのは幼児を抱いたカナがいた。


 ひょいと急に老人の身体が軽くなったかと思ったら、恵とは反対側の老人の脇を忍が担いでいた。


「とりあえず、ここから離れるで!」ずぶ濡れになった忍とカナは逃散する雑踏を追う。


 何故この二人がここに居るのか、もう夜も十時にさしかかろうという時間だというのに。


 老人を両脇から抱える恵と忍は息を切らせて、安全と思われる小さな公園まで退避し、老人を座らせた。他にも多くの人が、けして広くはない児童公園にひしめき合って、山吹邸のある方角を見つめている。


 ここからでも、のそりのそりと動く、黄金色のビリケンDICの上半身がよく見える。


 老人は何度も二人に礼を言っていたが、今はそんなことはどうでもよく、カナに抱かれて泣きじゃくる幼稚園児くらいの女の子の声が、より切迫感を搔き立てる。


「あんた、今日、様子がおかしかったから……それであの後あんたン家に、行ったんや」忍は両膝に手を置きながら、途切れ途切れに言った。


「で、たどり着いてみたらこの状態って訳」カナが女の子をあやしながら、強いまなざしを向けて恵に言う。


「なんでこんなことになってるんかは判らんけど、――――家のことが心配なんは判るけど、あんたが駆けつけたってしゃあないねんで。ここにおりや」


 一般的に、冷静に判断すればそうだ。小娘一人が駆けつけたところで邪魔になるだけだ。


 だが、自分はただの小娘ではない。逃げ惑うだけの子供じゃなかったはずだという思いが、雨に濡れた白衣からしたたる滴のようにこぼれ落ちる。


 刻一刻と時間は過ぎてゆく。今まさに山吹邸内ではGODSが戦闘を繰り広げているのだ。DOSさえ持っていれば、有無を言わさず自分もそこに飛び込んでいるはずだった。


 しかし、DOSさえあれば、自分はあれらを斬れるのか。向こう側の人を殺してしまう事になるかもしれないのに、それを覚悟して斬る事ができるのか。


 事実、いざ目の前までたどり着いても、武器もなければ覚悟もない。結局怯える人々に呑まれて、傍観者でいるしかないのだ。


参戦しなかった理由は何とでもつけられる。そんな思いがよぎると同時に、自身のことを最低だと詰る。ゴッズが壊滅したらどうなる、どうする、それでもいいのか。

 

 

「ほら、巫女さん。お姉ちゃん綺麗やろー」カナが涙目の女の子に顔を向けて、恵を指さしている。


 それを聴いて忍がクスッと笑う。「焦ってて突っ込むの忘れてたけど、なにそれ? なんで巫女さんなん、恵」


 この今の状況で言うことかと思いながら、冷静に自分の姿を見て恥ずかしくなり、手持ち無沙汰に襟を寄せる。「そんなことゆうてる場合や……」


 口をすぼめる恵に対して、忍は息を吐き肩の力を抜いて「――こうなってしまったらあたしらにはどうすることもできんしさ、頼りになるのはゴッズの人らだけやん? ディック倒す集団とか訳わからんし、ややこしい人らやと思ってたけど、とりあえず大阪の街守ってくれてるのはあの人らなんやから――」



 雨の中を恵は駆けだしていた。


 カナと忍が呼び止める声を振り切って坂道を走った。ザンザンと降り注ぐ雨が流れてゆくアスファルトを踏みしめ、もはや用をなさなくなった黒と黄色の非常線をくぐり抜け、山吹邸周辺の破壊された住宅の瓦礫を避けながら。走った。



 忍が両掌を拡声器のように口に当てて、届くはずもない声援を雨降り注ぐ虚空に向けて放った言葉を聴いて、黙って留まっているわけになどいかなかった。


「――あたしらのこと! たのまっせ! ゴッズの人ら!」


 自分のいじけた心など振り切ってしまえ、雨の中をどれだけ歩いても、身体が冷えて風邪を引くだけだ。青空が訪れないなら、こちらから雨雲を振り切っればいい。濡れた服は晴れの日に洗濯して干せばいい。


 この嵐の夜を切り裂くのだ。

 

 現場周辺は荒れ放題で、もはや警察の警戒も機能していない。目の前の山吹邸の惨状を遠巻きにみている野次馬は相変わらずいた。それぞれヘルメットを被ったり、板きれで飛散物から頭を守りながら、興味深い視線を投げかけており、逃げ出そうとするものがほぼいなかった。ある者はスマホを掲げ、ある者は高価そうな一眼レフカメラを三脚に据えてその様子を撮影している。彼らは恐れおののきつつも、ビリケンが歩みを進めるたびに起きる振動に、肩を跳ね上げて驚嘆し、同時に感嘆のような口々に吐息を吐いた。


 巷に言われる、DICハンターや、DOGマニアの類だろうか。彼らからすればこれほどの大規模戦闘はまたとない機会なのかもしれない。


 もはやここまでくれば、命の危険よりも、この異常事態を目に焼き付けたいという、一種ジャーナリスト精神のようなものが人々の心に芽吹くのだろうか。いや、どちらかといえば目の前のゴウテンDOGの戦いぶりに一喜一憂し、声援を送る熱烈なファンの心境だろうか。


 そんな野次馬の間を縫うように進み、恵はさらに山吹邸に近づいた。


「そこのあなた! 危険だから下がりなさい! あんたたちも!」叫びながら両手を広げこちらに駆けてくるのは安垣巡査だ。


「安垣さん!」


「か……のうさん? なんで……!」すっかり煤けて、髪も乱れきっていた。きっと彼女はこの最前線でずっと避難誘導してたに違いない。


「ウチは行きます、そこを通してください!」いったんは下げた両腕を再び横に広げて、恵を制止する格好をとった。


「……その様子じゃ、手ぶらで現場に飛び込もうって腹やな。そんななりで行かせられへん」




 ゴウテンは脚部に標準装備されているリニアレッグバウンサーにより約十メートルの跳躍が可能となっているが、巨大ビリケンDICはそれよりはるかに巨大な二十メートルを超す頭頂高である。


DICを一撃で分解消滅させるために狙うのは中枢と呼ばれる部位である。中枢は必ずしも位置は決まっていないが、生物形態DICの場合多くは頭部、もしくは体軸上にある。無機物や機械形態に関しても多くは攻撃を受けにくい中心部に配されている。これはディベロッパーの偏見で、ディベロッパーが人間である以上急所をやられれば即死を無視できないという無意識の心理が影響しているためである。


 DOG使いは中枢を破壊し、速やかにDICの排除を行う事を求められる。しかし今次戦闘に至っては飛翔能力のないゴウテンシリーズには分が悪い。


 まるで往年の特撮の巨大怪獣のように両の腕を振り回して街を破壊する金色の巨人は広大な山吹邸の敷地内に進撃を開始する。赤鬼大黒が足を狙い動きを止めようにも、その巨体さゆえに傷をつける程度までにしか至らない。


 いくら“何でも切れる光学剣”といえどその分子の密度や質量によっては分解に時間がかかりすぎ、振り抜きの動作に対して同期できないで、結局ちぐはぐな攻撃となってしまう。これはD&Dのハウンドのような実体剣ではないDOSの欠点だった。


 しかし、あらゆる形態の現象体との戦闘は想定内とはいえ、これほどまでに巨大なDICとの遭遇は豊富の物を別にすればはじめてなのだ。まして戦闘など。


「ああっ、もう!」恵は彼らの戦い方を見るにつれ、歯がゆさのあまり声を出していた。決定打を打てない攻撃、蹂躙され続ける街、避難した者達も濡れながら、どよめきとため息を交互に繰り返して戦闘を見守っていた。標的はGODSの総本山、山吹邸そのものだと思われた。


 そこへ爆音とともにGODS本部棟の屋上プラットホームから輸送機アウルが上昇をはじめた。機体に取り付こうとしているDICが数体見えたが、それらをなぎ払うオレンジ色のDOGが見えた。吉川の金剛だ。


 機体のアタッチメントラックをマニピュレータで保持する金剛を連れて飛び上がったアウルは山吹家の上空、ビリケンDICの頭上でホバリングを始める。


 ビリケンの頭上から急所である中枢を狙う金剛は、上段に構えたDOSを巨人の後頭部に向かって振り下ろしながら落下する。


 頭で想像するにナイスアイデアに思えるが、実際は上空から自由落下しながら射線を決めるなど、神業に近い。


 案の定金剛の一閃は空振りに終わったのだが、即座に攻撃の失敗を悟り、DOSのブレードを伸ばして滞空中にビリケンDICの背中を突いて背部に取り付いた。


 まるで足場を確保できていないロッククライマーがなんとか持ちこたえているような危うい状況である。


 巨人は悶えながら背中を逸らして歩みを止めた。


 ビリケンDICからすれば細い棒が背中に突き刺さった程度だろうが、金剛を振り払おうと巨大な体躯を右へ左へと振り回す。金剛は懸命にそれに抗うだけでなす術がない。


 アウルはそのまま上空へ一旦退避したが、街の避難場所になっている公園の方へと降下を始める。おそらくは山吹邸に居残っていた者を載せているのだろうが、それらを降ろして怪我人を運ぶ算段だろう。凛や尊はあれに乗っているだろうかと恵は機体を一瞥し、金色の巨人に向き直る。こうしてはいられない。


 歩みを止めている今がチャンスとばかりに恵は老人を野次馬たちに任せ、非常線へと駆けてゆく。


 生垣の向こう側の巨人は進撃をやめ、自身の周囲で攻撃を繰り返す三体のDOGを排除しようと考えたらしい。明らかに腕の振りは跳ねまわる虫を払うかのような動作だった。巨大なビリケンDICの動きは緩慢とはいえその質量は脅威だ。あの腕の振りに中ればいかに衝撃の八十パーセントを吸収できるゴウテンといえど無事では済まない。物理的にDOGが破壊されてしまえば、もしくは装着者が衝撃で脳震盪でも起こしてしまえば、着地も出来ずに地面に叩きつけられる。


 そしてそれは現実となる。


 直立するDICの背中を這い上り、うなじまで到達した金剛が再び巨人の後頭部を狙おうとDOSを振り上げていた次の瞬間、ビリケンDICの巨大な腕の投げ捨てるかのような動作の先で吉川の金剛が不自然な軌道で宙に舞っていた。


 装甲の比較的大きな部位を四散させて、山吹邸の庭の敷地らしき場所へと落ちた。ついで、柴島の大黒も巨人の蹴りを食らい、跳ね飛ばされ屋敷の外壁へと激突する。


「おいおい、このままやられてしまうんちゃうやろな……」


 背後の野次馬たちのそこここから、GODSの敗北を予見させるような言葉が漏れ出す。


「ヨッシー! 柴島さん!」思わず乗り出した身を、安垣に腕を掴まれる。


「今更あんたが行ってどないしようゆうんや……ヒーロードラマやないんやで!」安垣は状況を悲観視していた。


 これまで無敗を誇っていたGODS。警察の持つ武力と機動力を凌ぎ、対処不能な非常事態ディックを仕留めてきたGODS、自分たちが後れをとらざるを得なかったその彼らが、今目の前で蹂躙されているのだ。恵一人がそこへ参戦してももはや状況を好転する事などできないだろうと、そう踏んでいるのだろう。


 その心の砕けようと、疲労のせいか、恵を掴んだ掌はそれほどに力強くはなかった。


 恵は安垣の掴んだ手に手を添えて、


「ごめん安垣さん……ウチらはヒーローやから」


 恵は安垣の手をそっと振りほどき、戦禍の山吹邸へと駆けだした。千鶴から借りた巫女装束が着崩れるのを気にかけることなく、髪を振り乱し屋敷に一直線に向かう。後ろからは弱々しく制止する安垣の声がしたが振り返らなかった。



 残る誠一の赤鬼が金色の巨人と対峙している。


「大丈夫や……セイさんなら……」心せず口からそんな言葉を漏らす恵は、敷地内を慎重に進みながら拳を固く握りしめていた。


 その言葉を誠一が受けた訳ではないが、赤鬼の持つDOSはひときわ大きな発光を始め、通常のブレードの三倍ほどに膨れ上がっていた。


 DOSにアルティメットモードがあることは知らされていたが、これはDOSに蓄えられた全電力を放出するもので、文字通り一撃必殺ではあるものの、以後のDOSでの攻撃は不能になり、DOG本体の肉弾攻撃のみに限られる。


 おそらく誠一の算段はこの一撃でディベロッパーが死亡せずとも強大なダメージを与えられれば、ヴィ・シード解除の可能性があると賭けているのだ。


 赤鬼はバウンサーの力で地面を蹴り、一気に巨人との間合いを詰め、両足の隙間に潜り込み死角に入ると膨張したDOSを真上へと向け、そのまま狙いを定め垂直に飛びあがる。所謂股間を真下から狙った攻撃である、巨人は誠一の狙いに気づいてたたらを踏むも、巨大すぎる身体にとって避けることは難しかった。


 誠一の捨て身の攻撃は見事に命中した。その証拠に巨人は内またに腿をとじ、そのまま巨大な振動と轟音とともに膝をついて顔から地面に突っ込んでしまう。


 通常の人間からしても男女にかかわらず股間は急所である。おそらく現在ディベロッパー側もどこか別の場所で同じ姿勢で悶えているに違いなかった。


 この巨大な質量が落下する衝撃波で屋敷の母屋の半分が吹き飛び、住宅街はもとより、その周辺の野次馬に向けて、泥と瓦礫を猛烈な勢いで飛ばした。


 誠一は巨体に押しつぶされかけながらもなんとか巨人の股間から抜け出したが、その張りだした肩が特徴的だった赤鬼のアウターシェルは崩れ落ち既にぼろぼろである。


 とどめの一撃をくらわせるために頭部にDOSを向けるのは大黒だが、こちらもなんとか立っているという程度である。


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