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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第四章:恵 第四話 「GODS壊滅 前編」
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戦闘家政婦―恵 4-1

「子猫に傘あげたって……もう、アホやな。こんな暗がりでびしょ濡れの女がいたら幽霊と間違われんで」動作とは裏腹にカラカラと冗談を言う千鶴は、恵のための服を探していた。


「死んだら……どうなるんやろ。人間は……」


「はあ? 高校生にもなって何ゆうてんの、アホな事言うてんとこれに着替え!」千鶴はそう言って恵に服を渡す。服といってもそれは和服だ。白衣びゃくえ、つまり巫女が着る白い小袖である。


「それで我慢して。あたしの服は大きいし、ほかには着れそうなもんないわ。あとこれ緋袴」


「こんなん……いいんですか?」


「まあ、ほんまはあかんけどね。なんなら千早ちはやも出そうか? 恵ちゃんやったら似合うで、きっと」と千鶴は笑う。


「で、何があった、ん?」すっかり巫女装束に身を包んだ恵に対し、私服に着替え帰り支度を終えた千鶴が向かい側に腰を下ろし、手元のポーチから煙草を取り出して火を点けた。


「煙草、吸うんですね」


「ん、ああ。まあ、なかなかね|、やめらんなくて」千鶴は自身の愚かさをあざ笑うかのように一服めの煙を吐く。


「嫌い?」


「いや、そういうんやないんです。今までも父さんも吸ってたし、山吹うちも吸う人多いし。ただ、大人ってお酒とか煙草とかなんで呑むんやろって」


「ストレス解消っちゃそうなのかもしれんけどね。でもちょっと逃げたいってのが本音かも。百害あって一利なしは承知の上やけど、そういう自分に対して無駄かむしろ危害を加えることでバランスとろうとしてる」


「何のバランスですか?」


「社会と自分。誰でも社会に適応してるわけじゃなくって、微調整しながら生きてるわけ。社会規範に則って生きることも出来るけど、社会も人間が作ってるもんやから穴もあれば欠けもある。そこに落ちたりせんように生きるのは賢い生き方やけど、そうもいかんやろ?」


「災難が降りかかるってことですか?」


「まあ、そうやね。そういう解釈でもええけど、もっと緩やかなもんかな。真面目にやっとっても落ちる時は落ちる。それで憤ったりもするもんや、不幸や不運やってね。あたしらはそれで腐らんほど強くもなくって、自分に綻びがない訳でもないから、緩くとらえようと努力する。いい加減に」


 千鶴の言いたいことはよくわかる。忍たちとグループのような物は形成していても、彼女たちと必ずしも同じ考え方が出来ているわけではない。それは彼女たちだって同じだ。特にあのグループはそれぞれに個性が強くて自己主張も激しい。なのになぜか一緒に居る。たぶん居心地がいいからだ。それは互いに譲歩しあっている部分があるからだし、黙認もされているからだ。強く咎められることはそう多くはない。自分も完璧でない事を知るがゆえ。


「革命家やテロリストでもない限り、出来上がった社会に属している人はできるだけすり合わせる努力をする。多少身を削っても我慢するやん、社会で生きるってのはそういう事やん。だから人間は穴だらけなんよ。欠けも曇りもないなんてことはなくて、そこに一杯無駄なものを詰め込んでる。それの一つがコレや」


「清濁飲み下せって事ですか」


「嫌なら適当に残せばいい。何でもかんでも飲み込んでたら身が持たんやろ? だれかが残った分を飲んでくれるって思わんと」


「ウチは、そんなに器用に選別できひん」


「じゃあ、一番大事にしたいと思うものから守ればええやん。自分勝手でもええねんで? あんたに余裕が出来たらもっともっとたくさんのものを守ればええ、それだけのことや。ただそれには責任を持てってこと」


 千鶴の運転するイタリアの古い内燃機関自動車フィアットNUOVA500、所謂チンクエチェントという車は四人乗りながら、超小型車といっても良い車体が特徴的で、大輔のビートルや軽自動車規格を踏襲したプチリニアカーよりも一回り小さい。ただ、それだけにエンジンの音も振動も大きく響き乗り心地がけしていいとは言えず、チープさは拭えない。しかしまるまるとした愛嬌のあるデザインは千鶴の人柄によく似あっている。

 

 その薄黄色のチンクは石切の細い坂を登って屋敷に向かっていた。ただでさえ少し太めな千鶴である、肩が触れ合う程に近い座席で恵は巫女装束に包んだ身を縮めて助手席に座っていた。山吹家には心配しないようにと、あらかじめ千鶴が電話を入れようとしたのだが、電話が通じなかった。


「千鶴さんは――大事な物って何ですか?」


 千鶴はうーん、と天井に視線を向けて一寸考え、「まだ、見つかってない――と言いたいところやけど、恥ずかしいから言わん」と目を逸らしはにかんだままステアリングを目いっぱい切って、ヘアピンのカーブを曲がる。


 耳を澄ますとパトカーのサイレンのような音が聞こえた。どこかで土砂崩れでもあったのだろうかと、恵は見えない雨の闇に目を凝らす。



 あの時、大輔は恵に言った「――ただな、恵はわしの大事な娘や。それだけは覚えとけ」



 相変わらず降り続く雨はさらに勢いを増してワイパーの拭き取りが追い付かなくなっている。この分だと記録的な雨になりそうだと、ラジオのウェザーリポーターが注意を呼び掛けている。


 外灯の乏しい明りとヘッドライトだけが頼りで、視界は心もとないと言わざるを得ない。


「あたしがこんなんゆうたらアカンのやろうけど、厄年って知ってるやろ?」


「ん……うん。父さんが前厄やってゆうてた」


「みんな厄年の前にな、お祓いに来るんや。厄祓いってな。前厄と本厄と後厄の三年間はええこと起こらんから大人しくしときってゆう年や。人生のうちにこの三年セットが何回あるか知ってるか?」


「え、いえ……そんなにあるんですか?」


「十二回や。ってことは人生の内、三十六年は厄年ってこと。これに八方塞がりまで入れたらさらに十二年やから、四十八年はよくない年ってことになる」


「半分じゃないですか」


「そ、人生の半分が厄年みたいなもんなんよ。真面目に祓ってるこっちがアホらしいって正直思うわ」


「なんか……別の意味で嫌なこと聞いた気分やわぁ」


「――でもな、そう考えたら幸せな時間ってのは大事やと思うやん、逆に。不幸の闇の中で幸せなことが光り輝いてるって考えられるならその方がいいやん。だから厄年なんか気にせんと自分を幸せにしてくれてるものを見つめて大事にすればええねん。その方がええやろ?」


 千鶴の言う事はもっともだ。神社の巫女にしてこんなことを言ってしまっては元も子もないのだろうが、千鶴の心からの言葉はいつでも心地よく、胸に響く。そして彼女は今日もとても幸せそうに見える。落ち込んでいるような顔を見たことが無い。


「に、しても――恵ちゃんはよくやってると思うよ、正直ね。あたしがあんたくらいの時は悪さばっかりして親に迷惑かけ通しやった。あの時は鬱陶しいだけやったけど、今になったら――」


 突然目の前に白い物体が現れたと思ったらそれは完全に視界を遮った。千鶴が急ブレーキを踏み、危うく目の前の物体と接触するのを防いだ。

「あっ、ぶなぁ……なんや?」


 ヘッドライトに映し出された白い物体は道を塞ぐようにして鎮座していた。まるで卵のような艶と弾力がある丸い物体。フロントガラスから覗きこむように見て取ると、頭の高さまで三メートルはある巨大な蛙だった。白く見えていたのは腹の丸みだとわかる


「か、蛙? もしかして、これ……で、ディック……?」千鶴は目を見開き、わたわたと動揺してバックレストに背中をピタリとつけて硬直している。


「――だと思います。こんなん、それしかないですよね」


 恵はそう言うとシートベルトを外してドアを開きかける。


「ちょ、ちょちょ! 恵ちゃんなにすんの!」と、千鶴は恵の腕を掴んで引き留める。


「説得するんです」


「アホ言いな! 話して解るような相手かいな! 蛙やで?」


 蛙かどうかなどは問題ではない。現像規模からしてこれはオブジェクトだが、向こう側に人がいる。そして彼らはこっちの様子も言葉もすべて見聞きできている。今までも彼らにはれっきとした意思があったのだ。ならばこちらの言葉を聞き取ることも出来るはずだ、話すことはできなくとも。


「警察に――! あ、こらちょっと!」そう言う千鶴の腕を振り解いて恵は車外へ飛び出す。恵は自分がGODSであることを千鶴には伝えないでおきながら、明らかに無謀とも取れる行動をとっている自分を心中でたしなめた。千鶴からすれば何がなんだかわからないだろうと。


 市民からGODSに直通するホットラインは存在しないが、110番が事件の概要を判断し、GODSに振るかどうかを判断するという手順を踏んでいる。しかし実際は警察の到着よりもGODSの方が早いため、千鶴が電話をしている間に彼らが駆けつけてきてもおかしくはないのだった。



「なあっ! 聞こえてるやろ! ディックの中の人!」

 恵はチンクと巨大蛙の間に入り、雨の音にかき消されないように大声で叫ぶ。


「ここでこんなんしたら、あんたはすぐにゴッズに狩られる。命が惜しかったら今すぐ現像を解除して消え! つまらんことで痛手を負うのはアホらしいやろ!」


 事情を知っていると伝えることで相手が引いてくれることに望みをかける。巨大蛙かれの目的が何なのかはわからないが、もし自動車ごと押しつぶそうとしていたなら尚更だ。千鶴を守るためにも今の恵にはこうするのが精いっぱいの抵抗だった。


「はよせんと、あんたは消されるんや! ここから立ち去り! ヴィ・シードは使ったらアカン!」


 恵が投降を促しているのが不思議に思えたのかもしれない。それとも威嚇だろうか。蛙DICはグエエと唸り声を上げ、前脚を持ち上げて腹を大きく見せた。


 攻撃の意思がある、そう思った瞬間、目の前に千鶴のチンクが横滑りながら恵と蛙DICの間に飛び込んできて、助手席のドアが開かれた。

「乗りぃ!」恵は千鶴に車内から強引に腕をつかまれ引き入れられた。足を挟みながら何とかドアを手で保持する。


 千鶴は恵の腕をつかんだまま、逆の手でシフトをリバースに入れ、急バックしカーブの入り口で切り返す。蛙DICは彼女らの乗るチンクに飛びかからんと跳ねて向かってくる。


「だあぁあ! 恵ちゃんシートベルト! あっ、この車ついてへん! どっかに掴まって! 舌噛まんように口は瞑っときや!」


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