戦闘家政婦―恵 3-3
歩き始めた視界の先に人だかりができているのが見えた。警察の警笛が聞こえるところからして何かを見物しているというより、規制が敷かれて輻輳しているといったところだ。
「なんかあったんですか?」人混みの中の一人に訊いてみた。
「死体やって、八つ裂きらしいで」茶髪の青年は肩をすくめながら恵に応える。彼もこの野次馬の中で伝聞を聞いたに過ぎない。八つ裂きの意味は正確には捉えられないだろう。
だが恵には判った。視界の隅に映った二体のDOG、公安の包囲網の向こう側、目隠しのために張られたブルーシートの陰に誠一の『赤鬼』と柴島の『大黒』が見えたからだ。
「またディックか、最近多いのぉ」
八つ裂きになったのはサブジェクターだろう。あの時の怪人たちと同じように、現像が解けてしまえば一般人としてはそれはどちらの物かはわからないため凄惨な殺人事件と捉えるだろう。傍らには救急車も見える。やったのは誠一か柴島か……。
「俺もろに見てもーた、トラウマやぁ!」
傍らでうずくまる青年はえづいている。友人たちだろう、彼を取り囲んで介抱している。そのうち警察官が恵を含む野次馬を散らしてゆく。
「危険だから離れて! コラ! みせもんやない!」
自分も何かをしなければとバリケードに取り付いたものの、あちら側から見ればただの野次馬である、にべもなくその場を退去させられそうになるが、頑として動かないものたちもいる。
GODSのDOG『ゴウテン』は一種のタレント性があり一部のマニアの間ではフィギュアが製作され、ガレージキットとして売られている。ディティールに関してはこのような有事の際に撮影された断片的な画像データから割り出したものではあるが、豊富が絶賛するほどにその出来はいいのだという。
恵の横で赤鬼と大黒の画像データを手に入れようとデジタルカメラを向けるマニアが警官と押し問答している。こうしてDOGマニアがこぞってゴウテンのディティールを捉えようとするのは、ゴウテンシリーズが度々のマイナーチェンジを行うためで、その装甲形状や新機構などが変化する様を追っている。マニアの間ではバージョンナンバーを振ってそれらしく分類もされているようだが、実際の現場では、行動に必要な部位を切った貼ったしているというだけのことで、多くは豊富が思いつきで決めたデザインを、桧山が隊員の要請を受けて勝手にマイナーチェンジしているに過ぎない。
救急車のサイレンが辺りに響き渡り人混みが割れる。
「ゴッズの連中がいるけど、結局ディックは駆逐したんかいな?」恵は横にいた青年の言葉に耳を向ける。彼の連れ合いだろうもう一人の青年が「さあ? しっかし、ゴッズもえぐいよなぁ。街を守ってくれるのはありがたいけど、警察にも手が負えへん相手を倒すわけやろ?」という。
「そやな。あいつらだけが平和の要になってるなんてのはちょっと怖いよな。そもそも日本DNSってのが独占企業やし、噂によるとどうも元はコレらしいで」そう言って青年は頬に人差し指でなぞるありふれたジェスチャーをして見せる。
そうだ、確かに山吹大輔は元極道だ。だが現在の日本の姿を作りあげたのも彼だ、そこに住んで生きて、ネットワークを活用しているのは現実なのだ。今更出自がどうだとかそんなことに何の意味があるのか、と恵は言いたくなる。
「次元転送ネットワークっていう公共性の高いものは、やはり国が管理するものなんやないかなって思うけどね。頑なに民間でやり通すとなるとやっぱり非難の声も上がりやすくなる。こんな事件があちこちで起きて、それを自前の組織で処理しているとはいえ、じゃあ本当に彼らがやらなければいけないのかって疑義は沸き起こるやろ」
USJ事件の時にも沸き起こった話だ。日本DNSのDFSネットワーク管理権限の委譲と公設のDFSネットワーク管理組織の新設。D&Dを核とする転送社会公安組織の編成。水面下でこれらの動きがあることは事実だ。彼らが口にするような将来はいずれ訪れる。
そうなれば日本DNSもGODSも解体することになるだろう。大輔の頭の中にもその計画が織り込まれていることは端々の言動から推察できる。
「それに彼らが反乱を起こして日本をひっくり返す恐れだってある。充分可能やからな。第一ディックだって正体不明の怪物で、それを倒すためにゴッズが必要や、なんて言われても俺らにはわからんし自作自演って疑われても仕方ないで」
「確かにな、正体不明なものに対抗できるってことはもはや彼らにとっては不明じゃないってこととも言える。ま、正邪の出所が実は同じだったなんて話には枚挙に暇がないからな。おおかた不祥事の自己処理ってのが本当の所なのかもな」
そんな会話を続けながら二人の青年は恵の前から去っていった。彼ら二人に向かって強く、違うといいたかったが、言える訳がなかった。吐き気が襲ってきて、結局GODSの通信で彼ら二人に確認も取らないまま地下鉄への階段を下っていた。
誰も傷つけることなくこの世の秩序を保つことの難しさは恵には痛いほどに判る。ヴィ・シードが撒かれている以上そのすべてを破壊してしまわない限りDICの現出は止められない。次元転送社会が実現し、格差のない社会は生長する意味の喪失を招き、大きな不満や不安がない世界を作り出す。
普遍的な平和が訪れれば人はより小さな不満を見つけやすくなる。その芽を摘み取ることを第一義として人は人生すらなげうつ本末転倒へと転落する。そんな精神性が生み出したのが今のDICという怪物たちの姿だ。
強力な武器をもってして彼らを狩ることがGODSの仕事だ。だがその裏側に居るのはれっきとした人間だった。そしてそれらは人間を襲う。彼らが正義などとは断じて言えない。だが自分たちが正義であるとも言いきれない。
法の番人である安垣巡査長にヒーローだともてはやされて有頂天になっていたことも事実だ。だが、こんな自分が人を裁いても、人を殺めてもいいとは恵にはやはり思えないのだ。
誠一たちが戻ってきたのは夜半も過ぎた頃だった。恵は寝支度をして布団に入る前だった。いつもなら彼らを迎えに行くところだが、そんな気になれなかった。迎えに出ないからといって何かを言われるわけでもないのだ。恵はそのままふて寝をして、やがて深い眠りへと落ちた。
次の朝、変わらず五時に起きジョギングを始める。
なんとなく、GODSのメンバーと顔を会わせにくい気分だった。そんな陰鬱な気持ちを振り切ろうといつもよりもペースが上がっていた。あまり前を見ていなかったかもしれない。正確には視界は捉えていたのに、脳が何も判断しようとしていなかった。
恵は曲がり角を曲がってきた原付スクーターと接触して転んだ。ハンドルに脇腹を突かれ、転んだ拍子に足首をひねった。
脇腹の痛みのせいで息ができず、声が出なかった。立ち上がることもできない。
スクーターの運転手はバランスを崩しながらも転ぶことはなく、恵を一瞥すると地面に唾を吐きそのまま走り去ってしまった。運転手の態度はまるで恵の方が悪いと言っているかのようであり、道路を自動車で運行する者としては許されないものである。これはいわば“ひき逃げ”に該当する。
だが恵は警察に届けることをしなかった。
あの運転手の自分を蔑むような目、憎しみを込めたような態度。自分は狙われたのではないかと思ったのだ。
今まで散々DICを、ディベロッパーを狩ってきた自分への、“白い悪魔”への復讐だったのではないか。あの三人の怪人たちが自分のことを認識していた。ミヤのアップした動画のこともある。自分がどこに住んでいる何者なのか、ディベロッパー達の間でもはや公然となっているという可能性は大いに考えられる。
卑怯な手段だとはいえ、DICとの戦いはスポーツでもなんでもない。不知火を纏うGODSの恵より、早朝一人で油断して無防備になっている状態の恵を痛めつける方がはるかに効率がいい。彼がディベロッパーだったとしたならばDICでもって襲いかかってきてもおかしくはなかったが、GODSの膝下で現像するリスクを考えれば古典的にひき逃げなどという手段をとったことも筋が通る。
分りが良すぎる自分に馬鹿かと言いたかったが、それよりも足を引きずりとぼとぼと坂道を歩き帰る情けなさに涙があふれる。
シャワーを浴びる頃にはわき腹の痛みは収まっていたが、足首はしばらくかかりそうだった。恵はいつものように着物へと着替え、朝食の準備に取り掛かる。誠一には勘ぐられたくなかったので痛みをこらえて普通に歩くように努めた。
無言でだし巻き卵を作る。誠一も朝の挨拶以降、特に声をかけてはこない。炊飯器から朝の匂いとも言うべきご飯の炊ける香りが台所に広がる。
今朝のことは忘れようと思った。何もなかったと、この足は自分で転んで捻挫しただけなのだと恵は思うことにした。
恵は普段彼らの分まで作ることは命じられていなかったが、今日ばかりは誠一と二人だけの食卓は居心地が悪いと思った。
「あの、セイさん。ヨッシーや樹菜子さんも呼んであげようか、お味噌汁作りすぎてしまって余りそうやし」そう、提案してみる。
「どうせまだあいつら起きてねぇよ」GODSのメンバーは朝が遅い。誠一はにべもなくそういい膳に朝食を運んでゆく。今日の誠一は昨日のDICのこともあるのか機嫌が悪そうだった。任務といえど殺人は殺人だ、気分がいいはずはないだろう。
「桧山さんは起きてるかもしれんし、ウチ呼んでくる」
「勝手にしろ」
その言葉を背中に恵は踵を返す。
しかし、その時足に激痛が走りバランスを崩して転び、鍋の味噌汁をかぶり、床へぶちまけてしまう。
「おい、何やってんだ! このバカ!」
誠一があわてて駆け寄ってきて、恵の着物を脱がしにかかる。
「熱っ! やっ! セイさん! なにすんの!」
「うるせぇ早く脱げ! 火傷するだろが!」
恵は誠一に着ていた着物をひんむかれ、恥ずかしさのあまり顔をそらすので精一杯だった。
うまくいかないことばかりで最低な連休だった。足を痛めて屋敷から出ることもできなかった。かと言って家の仕事も誠一に任せっきりで、ますます気まずくなった。この山吹家に居て足でまとい、迷惑、厄介者になるのは嫌だった。ずっとそう思ってきたのに。
夕方、アウルの起動音がする。またGODSが出動するのだ。大人しく机に向かい学校の課題に取り組む恵はそっとカーテンの隙間から窓外を覗きため息をつく。
まさか羨ましいなんて思っていない。
恵は彼らと自分の間に距離を感じていた。山吹家と自分の間に距離を感じていた。本当に自分はここにいてもいいのだろうかと。




