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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第四章:恵 第三話 「ウチは人殺し」
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戦闘家政婦―恵 3-1

 気晴らしにすこし大阪市内にでも出てみようかと思い、久しぶりに私服に着替える。このあたりをぶらつくのはいつでも家政婦の仕事着か学校の制服ばかりだったので、少しばかり着る服に迷う。自分がどんな服を持っているのかを忘れかけているのだ。


 また出先でDICと遭遇なんてことになったら嫌だな、と思う。フィールドスーツを着ていない状態でDOGを装着すると衣服を必ずと言っていいほど痛めてしまう。こんなことを考えながら服を選ぶ自分は馬鹿だなと思う。


 ならばそもそもDOSを持ち歩かなければ良いのにと、傍らのカラーボックスの上に置いたDOSとそれの充電スタンドに目をやる。


 あれからは一度もDOSを握っていない。持ち歩いてもいない。自分の中でそれを忌避する気持ちがあることには気づいている。血塗られた道具。人を殺めるための武器。それ以上でもそれ以下でもない。


 DOSに触れようとすると心臓がドクンと高鳴り、汗が噴き出してくる。PTSDというやつだろうか。あの三人のディベロッパー、サブジェクターの一件に関しては報告書を作成した。未だそれほどまでに完全な現像義体化したディベロッパーは報告されていなかった為、今後の資料として、研究材料として大いに活用されるという。無論彼らを構成していた組織片も。


 最初から自分がいなければどうだっただろうか。どうなっていただろうか。


 彼ら三人に遺恨を抱かせる事もなかったか。そもそも蜥蜴男に襲われて命を落としていただろうか。それよりマキタとも会っていなかったかもしれない。そうすればUSJに行くこともなかったしマキタも怪我をしていなかったはずだ。高瀬もミヤも忍もカナも怖い思いをせずに済んだかもしれない。


 彼らの間で『白い悪魔』などと呼ばれている自分がDICを引き寄せているのではないかと思いたくもなる。


 手を伸ばしかけたジーンズとジャケットを整理ダンスに戻し、代わりに膝上のワンピースとカーディガンを選んだ。去年美千留とミナミで買い求めたものだった。どうせ今の自分はDOSを握ることさえできないのだ、着られるときに着なければ、と恵は頭を切り替えて着替えを始めた。


 石切の町から大阪市内に出るのはちょっとばかり手間がかかる。バイクや車ならばものの三十分もあれば着けるのだが、山上というほどの位置にある山吹邸から、徒歩で坂道を下り最寄りの駅の近鉄石切駅までは結構な距離がある。ミナミに行く場合ならこちらでもいいが、キタを目指すなら少々経路が煩雑で、恵は少し歩かねばならないが一本で大阪市内の中心まで行ける市営地下鉄の新石切駅を使っていた。


 駅前の広場を歩いていると口笛とともに「おっ、べっぴんのねーちゃん! どっこいくのォー?」と軽薄な声に背中を叩かれ、舌打ちし声の主を睨む。


 恵の視線に「げぇ! なんや、戦闘女子高生メグやんけ!」と外れくじを引いたような顔で返したのは、ベンチに片足を上げ、だらしなく腰掛ける金田宗次だった。


「誰が“戦闘女子高生”じゃ! 中坊がナンパの真似事なんかすな! あほ!」


 長袖Tシャツにアロハを羽織った宗次はバツが悪そうにニヤけ、傍らの白銀しろがね源太に目配せをする。源太は右腕に包帯を巻いており、アイスをかじりながら「メグちゃん今日はキレーな格好してからに」とまるで年上のような落ち着いた眼差しを向ける。また喧嘩でもしたのだろうか。


 どうも、やはりここいらの人間にはミヤの撮った“あの動画”がどこの学校の生徒なのかはお見通しと言う訳だ。恵を知る者ならばなおさら。幸いなことにまだマスコミが嗅ぎ付けるなどという事はないが、この二人にはすっかりばれてしまっている。


 金田宗次と白銀源太は苗字に“金銀”と付いているように地元中学界隈では“金閣・銀閣”などと呼ばれ総番を二人して張っている。総番が二人いるというのもおかしなものだが、地元最強の彼らが互いに潰しあわないことが世の平定であるなどと、まるでひと昔前の世界情勢の極みのような世界が中学生の間で出来上がっている為である。


「褒めたってなんもでぇへんで!」ツイと顔を背け、彼らを無視して駅構内に足を向けようとすると「メグぅ! 最近ここら怪しい奴がウロウロしとるから気ぃつけよ」宗次が背中に叫んだ。


 あんたらの方がよっぽど物騒じゃないのか、と近頃耳にする彼らの噂を思い出し、サンダルの踵を返して二人ににじり寄る。出会った時は恵よりも背の低かった彼らだが、あっという間に追い越され今では拳ひとつ分の差を付けられてしまっている。


「あんたら、最近ええ噂聞かんけど、なんぞ悪さしとるようやな? わかっとるやろうけど、うちの凛ちゃんは巻き込みなや」恵は半眼で宗次を睨みつける。


 宗次も源太も恵の強さは承知の上だが、彼女が無意味に暴力を振るい力で従えようとする人間ではないことを良く知るだけに、迫られても畏まり縮こまるような態度は取らない。彼らは喧嘩っ早くいい加減な所も年齢相応にあるが、常に相手や状況を実によく把握している。中学生ながらここいらの不良をまとめあげ、地を這う地元の情報筋として一定の信用性はあり、恵もその慧眼には一目置いている。


「で、なんやその怪しい奴って?」


「ここら一帯に来るのは大抵石切さんにお参りに来る客やけど、それより上は山吹のオヤジの家があってどんづまりの袋小路になっとるから、普通は他所もんはわざわざ登ってきたりはせぇへん」源太が食べ終わったアイスの棒を口にくわえたまま言う。


「やけど、春ぐらいからちょこちょこな、おるわ。オタクみたいなカメラ担いだ奴が来たりしとるで」宗次は眉間に皺を寄せて顎を突き出し下品な威嚇の顔をつくる。


 恵はそれに対しムッとし、「――なんか、やったんか?」同じく宗次の真似をして睨みつける。


「ははっ、何もしてへんわ。ちょっと単管振り回して追っかけたらたいがい逃げよる。たまに向かってくる奴がおるからそいつは半殺しにしたりもするけど、まあ概ね平和や心配せんでええ! 石切の町はわしらが守っとる!」


 次の瞬間宗次の高笑いは悲鳴に変わる。


「あっほんだらぁ! ここは、北センチネル島かぁあっ!」恵はテレビで覚えたスコーピオン・デスロックを極め宗次を締め上げる。


「あーメグちゃん、そらあかん。ホラみんな見とるでぇ」相方が苦しんでいるというのにいたって冷静な源太だ。


「くぉら! ゲン! お前も待っとれ、お仕置きや!」恵は鬼の形相で源太を視界に捉える。大阪の僻地とは言え駅前である、それなりの人通りもあり恵も周囲の視線が集中していることは承知している。


「アホ言え、誰が待つかいな――それよりパンツ丸見えやからその辺にしときやぁ、ほななー」


 といって相方を置き去りにし、颯爽と去ってゆく源太の背中にギョッとする。ホールドを解き立ち上がると「きゃあへんたい」と芝居がかった悲鳴をあげ、慌てて泡を吹いている宗次を蹴飛ばし顔を赤く染めて野次馬をかき分けて駅へと走った。


 吹き出す汗をぬぐい座席に座って息を整えると同時に、両膝をピタリと揃えて小さく座る。以前観た昭和時代のプロレス映像でスコーピオン・デスロックを極めているリッキーを見て、やってみたいなどと考えていたのがいけなかった。思わず体が勝手に動いてしまったと反省するも、意外と実戦で使える技だな、などと頭の方は意外にも冷静に考えていた。



 大阪まで出て何をしようというものでもないが、何かあればというくらいにしか考えていなかったので、キタに行くもミナミに行くも、本町についてから考えようと思っていた。今の時間ならランチタイムだが、たまには贅沢もいいと考えを巡らせる。


 こんな時スマートフォンがあれば便利なのだろう。恵の持つガラケーでもWeb検索は可能だが、今時はサイトがガラケーに対応していないことがほとんどで極見づらい。


 ガラケー使用者は一定の数を保ったまま現在も推移し続けているのは、やはり電話機能に特化したモバイルという側面が強いせいだろう。そういったユーザーは、ネット環境はノートサイズのタブレット端末でと割り切って使っている。


 モバイルといえば空間投影式ディスプレイという、全く新しい技術が発表されたばかりだが、こちらは大型の腕時計のような装置から任意の大きさのタッチパネル機能を備えたホログラフを空中に投射することで、画面として表示する技術である。スクリーンという装置を全く必要としないことから、次世代の携帯情報端末として大いに期待されているが、周囲の光の照射状態や天候に左右されるなど、一般市場に流通するにはあと少々時間がかかるだろうと言われている。


 恵は、通りがかりで美味しそうな店があれば気ままに入るのもいいか、と考えるのをやめ、未だ健在な紙媒体のつり広告に目をやる。


 一人ひとりが補助脳とも言えるような情報端末を携帯している姿は、少し前の世界では考えられなかっただろう。もちろんこのように電車で移動しているのだって、江戸時代以前なら夢のような機械だが、その未来の乗り物の広告上では“ようこそ月へ”とかぐや姫と思しき十二単衣を着たキャラクターが手をこまねいている。月面居住を前提とした労働者の募集広告だ。


 今、人は空間転送という技術を手に入れた。制限はあるものの、理論上ではすべての物質が転送できる。隣の家から宇宙まで。このおかげで宇宙開発は飛躍的に伸びた。まるで地上でビルを建設するかのように、月面でマンション型密閉居住施設を建設するまでになった。


 これにはイプシロン物質変換という次元転送技術の副産物として生み出された相次ぐ新素材の開発も多く貢献している。イプシロン物質変換器とは、ホスト、ローカルという空間座標移動を目的としたものではなく、物質を変動周波数を持つイプシロン次元帯に分解転送し、同じ場所で再構築する定点相転移という方法で地球次元の物質を変性させることができる。


 昨今では材料業界などで広く扱われている一般的な技術である。


一時は凍結されたNASAが有していた有人往還シャトルが再実用化され、耐久回数も従来とは比べ物にならない性能を有し、乗組員のシャトル搭乗訓練もわずか二か月で済むほどの居住性を確保できている。


 月面基地に於いても同様だ。次元転送によりあらゆる物資は地球側から転送されるため、月面重力下であることを考慮さえすれば、地上とほぼ遜色のない生活が送れると言っても過言ではない。まさしく、人類が夢に見た新天地の創造が次元転送という神の御業を備えたことで実現しようとしている。


 こんな世界が急激に実現すれば、地上で諍いを起こすことの無益さは嫌でも感じることになる。資源、資材、労働力、それらをもっともっとと求められる時代に、くだらない紛争などしている場合ではないと、急激に国家間、民族間紛争は沈静化していった。


 次元転送社会は地域間の格差の解消は貧富の差を縮めつつ、全ての人に意義ある労働環境を提供することができる。そのような文言が謳われて十年が経とうとしている。運送関係者も当初は頑なに反発したものだが、マイアミ事件以降ピークに達した反次元転送社会組織の数は年を追うごとに減少していっているというデータもある。


 樹菜子が経験したような世界はもはや過去なのである。あまつさえ世界政府樹立は目前となってさえいるのだ。この世界を脅かすのはDICを現出させる装置、ヴィ・シードだけである。


 今次その宇宙開発を主導するISNOイズノISCDデフィがD&Dの組織そのものの運用権限を移譲するという話があるあたりから、次元転送社会はおおきく舵を切ることが予測される。


 D&Dは現状でも世界規模の転送社会組織である。GODSなど比べるまでもなく、彼らは順次各国家政府との交渉も経て正式に次元転送社会の公安組織として位置づいてきている。日本でも今国会でD&Dが正式に政府の委託を受けて公安活動に乗り出す見込みとなる。


そうなればGODSの活動にどれほどの意義があるのか、と内外からの声も漏れてくる。無論それに対する日本DNSの山吹大輔の思惑は依然としてある。ギリギリまでDFSネットワークを手放すことはしないだろうことも容易に想像がつく。


 だが、日本の国民、一般庶民にしてみれば、大輔の意図など知ったことではない。自身らの生活が保証されるならば社会に抗う意味を見出さないものだ。


 現在活動継続中の反次元転送社会組織の構成員もいずれは体力の消耗から離散して、組織は解体してゆくことになるだろう。DICはD&Dが狩る。世間の耳目にさらされることなく、真実が闇に葬られるとしても、いずれなりヴィ・シードも――。


 地下鉄は本町駅で停車し、恵は座席から立ち上がり、混雑する人々を押しのけてあわてて車外に飛び出した。ゴールデンウィークはどこでも混むものだということをすっかり忘れていた。


 さて、どこへ向かおうか、と思案する間に恵は地上への階段に足をかけていた。


 あてはなかったが、折角出てきた街なのだ。自らがすべきことに規定されない日常というものを今日は存分に楽しんでやるつもりでいた。


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