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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第四章:恵 第二話 「ゆっくり風呂につかりたい」
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戦闘家政婦―恵 2-3

 自室での勉強を諦めLEDのデスクライトを消すと恵はため息をついて席を立つ。宿題のノートをひとまとめに抱え、母屋を離れGODSの本部へと向かった。


 GODSの本部には隊員が常駐するための居住区画があり、個人部屋も用意されている。無論この中で衣食住を満たすことは基本的に可能で、特別なこだわりがなければ外部に住居を構えなくてもよいように計らわれている。


 吉川と樹菜子と桧山は基本的にこのGODSの居住区を使用しており、家族を抱える篠山と、独身だが持ち家がある柴島は、毎朝山吹家に出勤している。家政婦の恵と家政夫の誠一は母屋の方に個人部屋を持たされているが、このGODSのパブリックスペースであるラウンジルームには出入りも使用も自由に出来るようになっていた。


 ラウンジルームといえどバーカウンターがある訳ではなく、いわば談話室。中心にローテーブル、大型液晶テレビが壁にかけられ、縦に三人掛けのソファが二脚向かい合わせに並び、簡易冷蔵庫やオーディオセットなどが据えられている、一般家屋のリビングのような場所だ。恵はそこへと居場所を求めてやってきた。


「おお、またなんか質問か?」とソファに仰け反りながら缶ビールを飲むのは桧山だ。その向かい側にはピーナッツを食べながら液晶テレビの画面を見つめる誠一の姿がある。


「学校の宿題。なんか……おもんないから。集中できひん」


「ああ、アッチは明日からハワイ旅行だもんなぁ。恵もさそっ――ッテ!」

言いかけた桧山はきょろきょろと首を回し目を白黒させている。


「どないしたん、桧山さん?」


「いや、なんか飛んできて顔に当たったような……ま、まあなんつーの? 家族は家族で仲良くやっと――ッテ! なんだぁ、さっきから?」


 桧山はまるで気づいていなかったが、二発目で恵には判った。誠一が脇から指弾でピーナッツを桧山の顔面に当てていたのだ。


 向い側の桧山は訳が分からず頬を人差し指で掻いている。


「黙ってろ、うるせぇ。俺は映画見てんだよ」誠一は恵のことも桧山のことも振り返ることなく言い捨てて、一面の吹雪模様が映し出されている目の前の画面に食いついたままだった。


 恵はまあいいか、と黙っていることにした。同席者は仏頂面の男二人だが、こちらに居るほうがまだ気が楽だった。


「に、しても凛ちゃんにまで格闘仕込んでどうする気だ」妹想いの桧山らしい言い分だ。


「い、やあ……別に仕込んでるって訳やないんですけど。凛ちゃんがやりたいってゆうからウチが行ってた道場紹介したんですよ」恵は肩をすぼめて言う。


「まったく、山吹家ここの女は強くなきゃいけないって決まりでもあるのかねぇ――」




 すると背後のドアが開き、女性の湯上り特有のいい匂いがパッと広がり、恵の鼻腔をくすぐるする。


「きっ、樹菜子さん!」


 恵がそう叫ばずにいられなかったのは、山吹家最強の女、桐谷樹菜子が裸身にバスタオル一枚という姿で現れたからだ。


「おーメグ。来てたのか」


「ちょちょちょー、そんな恰好で! 桧山さんもセイさんもいるんやで!」

 慌てふためく恵をよそに、誠一と桧山は樹菜子を一瞥もせず「慣れてるからな」と唱和する。


「――ってわけだから、メグも気にしなさんな」そう言って、桧山が投げた缶ビールをキャッチする。


「いやー、しかしまいったね」と言いながら桧山の隣に腰をどかりとおろし、プルトップを片手で器用に開け、一気に喉を鳴らしながら一缶を飲み干す。そのあとはお決まりのプハァーをして、空き缶をテーブルにカンッと小気味よい音を立てて置く。


「姉御はいつでも美味そうにビール飲むよな」桧山は言いながら立ち上がり、室内に据えられた冷蔵庫へと向かう。


「あ? ま、このために一日生きてるようなもんだからねぇ」と、次は煙草を吸い始める。煙草は健康を気にして嗜む人は随分減ったと聞くが、ここでは半分以上が喫煙者だ。そして樹菜子の酒と煙草を嗜む姿は実に様になっており、それは健康に害があるとか些末なことを口にするのが野暮に思える。


「あの、ビールとか煙草って美味しいもんですか?」少し訊いてみたくなった。


「さあねぇ、うまいと言えばうまいんじゃないの? 未だに何がいいのかはさっぱりわかんないけどね。吸えばわかる、としか言いようがないね」そんな言葉と共に樹菜子はふっと煙を吐きだした。


「そんな、恵に勧めるような事を――」桧山が間に割って入ろうとするが、樹菜子は介さず「――味わうものじゃなくて感じるものだから」と言って灰皿へ押し付けて煙草の火を消した。


 大人になれば感じることが増える。まるで新しい感覚器官が増えたかのように様々な事、物、人から様々なことを感じ取るようになるのだと樹菜子は言う。だが、それは子供が感じていないという事ではなく、感じるための受容体が形成されていないことによる、受け取り方の違いなのだとも言う。


 大人は的確な器官で感じ方をコントロールしている。郵便ポストに投函された手紙を地域別に選別して、届け先の便に載せ、配達先の郵便受けに入れるように、それらの作業を実にうまくこなすようになる。よってそれらの管理が意識的にできる。子供と大人の違いとはそういう事なのだと。そして“判らないということが解らなくなる”のが大人という生き物だ、とも。


 もちろん恵がこの話を完全に理解できたかといえばそうではない。解るのは、要するに“あんたはまだ子供だからわからない”ということぐらいだ。それに対して別に憤ることはない。事実だと思うから。


 桧山は腕を組み、天井を仰いで樹菜子の弁を理解しようとしているようだったが、誠一はまるで関心がないといった風に、ずっとテレビ画面に向かったままだった。しかしよくよく見ると、誠一の背中の肩は震え、かすかに鼻をすする音が聞こえた。泣いているのか、とさっきから熱心に何を観ているのかと机の上に置いたブルーレイディスクのパッケージを見ると『南極物語202X』という古い日本の映画だった。


 大人になれば涙もろくなるとも言う。GODSではあれほど冷徹な誠一ですら映画を観て泣くのかと不思議に思い、パッケージに書かれたあらすじを読む。


 南極調査の越冬隊が持ち込んだ、隊員の生活をサポートする全天候女性型給仕アンドロイド『由紀子』を悪天候下の撤退により、やむなく置き去りにせねばならなかった隊員たちの苦悩と後悔の人間ドラマ、と書かれている。パッケージの古い帯には『涙無くして観ることはできない、感動巨編。隊長、何故由紀子を置き去りにしたのですか!』とある。


 大人になればアンドロイドにも情が移るものなのだろうかと、SF作品ながら少し真剣に悩んでしまう恵であった。


 ちなみに現代においても完全なアンドロイドは実現できていない。そのことは超長距離宇宙航行構想のくだりでも評価は低く、コストパフォーマンスと運用性、信頼性の面で実用には程遠い。各種の義体制御技術は格段に上がり、人間と遜色のない動きが実現できたものの、人工知能は未だに十歳児程度の知能しか再現できていないというのだから、文字通り子供の遊び相手ロボットがせいぜいなのである。


「ふうん、セイさんも泣くんやぁ……」と横から誠一の顔を覗き込むと、彼は泣いてなどいなかった。怒りの形相を露わにし、身を震わせていたのだ。ぎょっとした恵の顔を見て樹菜子は「ああ、セイは感情の受け皿が歪んでるから」と手をひらひらと振って、気にするなと目配せをした。


 映画の内容が解らない恵には、どちらの何が歪んでいるのかの判断がつかなかった。


 ほどなくして、いい具合に酩酊した吉川が部屋に入ってきて麻雀を出してくる。見たことはあるがやり方は知らない。


「おっ樹菜子、脱衣麻雀ならソッコーアガリやんけ」チンピラここにありと言わんばかりの吉川の口調はあまり聞いていて気持ちのいいものではない。

「恵ちゃんもやるかぁ?」と牌を混ぜる手つきがなんだか卑猥に見えた。


 やり方を知らないという恵に代わり、映画を観終えた誠一がそこに加わり、四人で卓を囲みだし、恵はまた一人取り残される。


 もうもうと煙草の煙が舞う室内、換気機能は動作していても視界が曇るほどの喫煙量だった。それにもましてどんどんと消費されてゆく缶ビール。途中切れてしまったので、やむなく恵が母屋からケースを運び込むことになる。


 母屋の山吹家の人々は皆明日に備えて眠ってしまったようだった。足音を立てないように台所へと侵入して缶ビールのケースを抱える。まるでコソ泥みたいだと思いながら、そそくさと母屋を後にした。


 ラウンジに戻ると一層の煙に顔をしかめる。足元にビールの空き缶が転がっており、点棒の代わりに紙幣がやり取りされ、四人が四人煙草をくわえて卓を囲む光景はさながら場末の雀荘かと思わされる。無論恵は本物を見たわけではないしなんとなくイメージだが、とてもじゃないが篠山が言うような正義のヒーローとは無縁であってほしい事実プライベートだ。


 彼らは暇ができると定期的にこのような大会を始める。別に家人が留守の隙を狙ってこうしているわけではない。誠一にいたっては家事から解放されるという面はあるだろうが、彼ら三人にとっては四人揃って貫徹で麻雀を打てるのはこんな時くらいなのだ。しかし今出動がかかったらこのまま対処に向かうのだろうかとも思う。


 恵はジャラジャラと牌を混ぜる彼らの傍らで宿題を終え、ソファに座り本を読んだり、手近なビデオソフトを物色したりして、普段はあまりしない宵っ張りを過ごす。面白くもなんともない。


 明日から屋敷はもぬけの殻になる。家政婦としての仕事も最低限のことしかない、実質休暇と同じだ。学校ももちろん休みで、特に予定もしていなかった。こんなことになるなら誰かと遊びに行く約束をすればよかったと思った。


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