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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第四章:恵 第二話 「ゆっくり風呂につかりたい」
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戦闘家政婦―恵 2-2

「なあ、めぐねぇちゃあん」凛が物欲しそうな声を出すときは、恵に気を使っている時だ。わざと自分に甘えてくれている。恵の立場を立てるため。


「なんや、甘えた声だしなや、気持ちわるいな」


「今度の五月の連休なぁ、クッキー一緒に作ろうってゆうてたやんかぁ」


「ん? ああ、そやな」


「家族で旅行行くことなったんやんかぁ……美千留ちゃんも衞くんも帰ってくるし」


「へえ、ええやん? 家族が集まるのもなかなかないんやし――ええ機会やん。いってきいってき、クッキーなんかいつでも作れるし」手作りクッキーと家族旅行を天秤にかけたところで釣り合うものでもない。まったくもって、まして子供が気を使うところではないと、恵は凛の義理堅さに愛しさを感じる。


「うん、ほんでな。恵姉ちゃんも一緒に行かへんかって」


「――ええ?……ウチはええわ、こっちの仕事もあるし」


「仕事はセイさんがおるからええやろって」


「やけど、セイさんはゴッズの仕事もあるし、出動かかったら家のことできんようなるし……」


 恵は自分で苦しい言い訳をしていると思う。屋敷から誰もいなくなるのだから家政婦の仕事もさほどにあるわけではないし、誠一一人という体制は何も今に始まったことではない。恵が入って初めて二人体勢になっただけだ。


「どこ行くん?」


「ハワイやって」


 それを聞いてすっと息を吸い、吐き出すと同時に笑う。


「あかんわ。ウチ、パスポートないもん」


「とったらあかんの?」


「とられへんの」


 半分は嘘だ。たしかにパスポートは持っていない。取れないというのは、未成年のパスポート申請には法定代理人である親権者の署名が必要だからである。無論現在の法定代理人としての資格を与えられているのは後見人である山吹大輔である。その者が海外旅行に誘っているのだから、署名が貰えないということはないのは自明である。だが、恵は極力この制度に触れたがらなかった。「それにウチ飛行機も苦手やしさぁ」これも嘘だ。実は飛行機には乗ったことがない。正確には旅客機には乗ったことがない。


 凛もそこまで言われて察しないほど愚鈍ではない。


「そっか……やったらしゃあないなぁ。――なあ、帰ってきたらクッキーの作り方教えてな!」


「うん、ええで。あ、お土産はマカダミアチョコ禁止な!」


「ええ? それ以外ないやん!」


 無論それ以外ないということはない、だがこれは所謂“土産はいらん”という意味だ。旅行先で土産を買って帰るという風習も一部ではかなり意味が失われて久しい。


 日本のような国にいれば世界中に張り巡らされた通信販売インフラで、世界各地の名産品は購入することができるようになって久しい。


 通信販売で不可能なケースがあるとすれば、輸送ができないもの、例えば生もので日持ちがしないもの、物理的に手持ちで持ち帰れないものなどとなる。だが次元転送社会全盛の現在においてはDFSさえあれば、生ものだろうと自動車であろうと一定の手続きを経れば次の瞬間には手元に取り寄せることができるのである。


 つまり、現地生産のマカダミアンナッツチョコレートを今すぐ食べたい、が実現できるのであるから、わざわざお土産としてもらう意義が失われているのである。これには旅行者も荷物はDFSで送ってしまうのだから尚更手持ちで持って帰ることの意味がないと考え、土産物の売り上げが激減するだろうと、観光地の面々は恐々としたものだったが、不思議なことに土産屋業界の壊滅的打撃は杞憂に終わっている。


 誰もが土産を買ってくる心理というのは、土産の意図は話の種であるからだ。それが食べたかろうとそうでなかろうと、旨かろうとと不味かろうと、旅から戻ってきてそれを肴に旅の思い出を語り、思いを巡らせるという道具としての価値の方が高いからだ。


 次元転送で人が送れない以上、人は今でも見知らぬ土地については伝聞でしか知ることができない。地図やGPS、旅行記やガイドブックや『グローブマップ』が地球上のあらゆる場所を覆い尽くしても、疑似体験のレベルすら満たされない。


そんな中で誠に滑稽な話だが、最も旅行先のイメージが伝わるのは、旅行者自身が持ち帰った土産や写真や思い出話を直に見て感じて聴くことなのである。そうして見知らぬ土地に思いをはせる。旅行の話を聞く者はそのイメージの想起が何より楽しいのである。


「また聞かせてくれたらええよ、土産話だけで充分や」




 連休の前日に美千留と衛が帰ってきた。尊は今更ハワイだなんて、と言いながらダイヤモンドヘッドに登るつもりらしかった。


 世に言う大型連休はその昔から変わらないが、次元転送社会が広まった世界では、荷物輸送の不要性から旅行者の数がぐんと増えている。渋滞、輻輳、混雑、その前提で荷物をまとめ、効率よく抱えその運用を考慮せねばならないことが当たり前だった旅行の煩わしさから、旅行を敬遠する人々がいかに多かったかという事でもある。


 荷物は基本的に日本にいる間、つまり出発する前日くらいに、チェックインするホテルのDFSに送っておき、身体ひとつで現地に飛ぶ。仮に家に誰かが残っていれば、忘れ物をした時でもすぐに送ってもらえるし、なんなら必要なものをその都度送ってもらうなどということも出来る。


 またこのような利便性を活用するため、独り身の人間をターゲットにして、転送代行業という職種も新たに現れている。


 旅行の出発は昼前だし、運転手はいつものように吉川だ。恵は連休初日を明日に控える夕飯を終えると手早く片付けを終わらせ、彼ら山吹家の団欒には加わらず、自室で学校の宿題を始めた。


 このところ正直成績は芳しくない。怪人たちとの決闘で負傷して三日間眠り続けて、学校を一週間も休んだせいもある。遅れを取り戻すべく机に向かうもあれからまるで勉強に身が入らない。考えまいとするにも、どうしても頭から離れない。


 現像義体サブジェクター達は事切れると現像が解除される。それは現像架空体オブジェクターでも同じだ。だがサブジェクターは自分の身体を変化させる現像であるため、解除されても戦闘時に受けた傷はそのままであり、本体の肉体の損傷は免れない。つまり恵が斬ったタコ男の左の触手はおそらく生身の左腕に該当する部位だったのだろうと思われる。


 結局その後彼らは肉片となったのだから確かめる術もなかったし、GODSから状況詳細を改めて聞くことも、彼らから語られることもなく現在に至っている。


 本来的に褒められた状態でないことは解っている。任務上の情報共有を、黙殺や嫌悪といった感情で回避するなど許されぬこととは。


 離れた部屋から廊下を通じて美千留と凛の笑い声が聞こえてくる。設問一の文章を読んだのはこれで三度目だった。勉強にまるで集中できていなかった。


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