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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第四章:恵 第二話 「ゆっくり風呂につかりたい」
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戦闘家政婦―恵 2-1

 GODSの活動が無期限停止され、三体の怪人に襲われて負傷し完治するまで一ヶ月が経っていた。その間に出動らしきものはなく、恵はすっかり元の家政婦の生活に戻っていた。


 怪人に受けた傷が癒えるまでどちらにしても復帰はできなかったのだが、出動で招集されることはないという日常は、平和という二文字を感じさせる。これはこれで真っ当な生活であるはずだ。DICなどという異生物が跋扈する世界がまともなはずはない。


 小学校六年生になった凛は最初に出会った時に比べれば随分背も伸び大人になった。同時に女らしくお洒落にも気遣いを見せている。恵は偉そうに指導できる立場ではないが、凛が自分に懐いているのをいいことに、時間の許す限り家事の一切合切もこの際教え込んでいた。まるでこれでは母親のようだと思いながら。


 凛は美千留に似て奔放で可愛らしいところもあるが、大輔のような聡慧さを奥にしまい込んでいる。表向き子供のそれと捉えれば狡猾に見えるが、抜け目がないと感じる。それに加え美千留譲りの人を誑す目と言動に、将来的にはこの山吹家を背負っていくのは、尊でも衛でもなく凛なのではないかと思える時がある。


 しかし、そんな顔を見せるのも時折である。大抵はちゃらんぽらんな小学生の女の子である。


「恵姉ちゃん! あたしが隠してたテストお父さんに見せたやろ!」と、目に涙を溜めながら台所に立つ恵の背中に抗議してくる事がしょっちゅうある。


「隠さなあかんもんやったら、もっと上手く隠しや」白菜を切る手を止めることなく、恵は応える。


「そやからあたしの部屋は片付けんといて言うたやんか!」そういえば凛から自室への侵入禁止令が出ていたような気がする。が、掃除を任されている家政婦ならばそういう訳にもいかないだろう。


「でぇ? 今回のバツは?」面白がって訊いてみる。


「一週間ゲーム禁止……恵姉ちゃんのせいや!」怒りながら泣いてる。本当に悲しそうだ。さらに面白くなってこう言ってみる。


「ふうん。まだ、何枚か見せてないテスト持ってるねんけど、どうしよか?」


 これにはさすがに凛もうろたえる。無論恵のブラフである。凛が隠していた低得点答案用紙はほとんど大輔のもとに渡っている。大輔とて暇な身ではない、一枚一枚に対して凛の不勉強を叱りつけているわけにはいかないのだ。恵もこういった経験がないわけではないが、さすがに一桁という点数はとったことがない。


「き、脅迫するんか!」


「人聞き悪いなぁ。そんな言葉どこで覚えてくるんや――、ああ宗次らか」

 近所の幼馴染み仲良しグループといえば聞こえはいいが、金田宗次と白銀源太という二人の少年と凛はよく遊んでいる。年齢的には遊んでもらっていると言ったほうがより正確だが、長年付き合っているだけに彼らは中学生と小学生といった年の差は大きく感じないようだ。


 恵もさほどに上品な土地で育った訳ではないため、彼らがいちいちしでかす悪戯に目くじらを立てることはしないが、一応凛は山吹家の令嬢だ。度が過ぎれば首根っこを捕まえに走り回るような真似をしなくてはいけない。


 宗次や源太もそれなりの歳だ、悪さも目を瞑れない範囲に及ぶことがある。男同士の喧嘩ならまだしも、先日などは何をどうしたのか、他人様の車のボンネットに飛び込んで凹ませたとか、通行人を竹刀でタコ殴りにしたとか、ちょっとしたビルの屋上から落ちただとか、歩道橋からトラックの荷台に飛び乗ったという話まである。体格も体力も大人に負けない程度に成長している彼らである、いずれも笑って済むような被害では収まらない。常に彼らはどちらかがどこかを怪我していた。


 宗次は母子家庭で、源太は父子家庭、彼らの保護者は仕事で不在がちで、事が起これば吉川か誠一が代理人として彼らを迎えに行くというのが慣例らしく、地元警察でもすっかり馴染みになっているというのだから呆れた話である。


 悪童は悪童なりに言い分もあるようで、先輩とも言える吉川や誠一にはあれこれと話をしているようだが、恵は詳しいことは知らない。とりあえず今のうちは凛が警察沙汰に巻き込まれたりしていないことが幸いだ。



「ほないくでぇ!」山吹邸の庭先で凛は両手を前に突き出して上体を傾け、レスリングさながらの戦闘態勢をとる。


「こら、道場でそんなん習ったんか? 武道は礼に始まり礼に終わる。ちゃんとしぃ」


 恵に言われて道着姿の凛は姿勢を正し渋々頭を下げる。


 昨年から凛は恵の影響で合気道の道場に通っており、時間があるときはこうして恵が稽古をつけてやっている。ただ、立ち合いの礼は道場に通う限り最低限身につけさせなければいけないために設けているに過ぎない。というのも、恵とやり合うときは好きなようにかかってきてもいいと凛には言っている。道場のやり方には反するが、より実戦的なものを凛には教えようと恵は考えていた。


 元来、合気道は争わない武道と呼ばれており、常に合意のもとで相手の攻撃を捌いて技を掛ける『取り』と、攻撃を仕掛けて技をかけられる『受け』の役を交互に行うのが稽古の基本である。それは対立の契機を通じて結び、導き、崩すといった技の一連のプロセスの中で相手との和合を図る、またはその精神性を追い求めるといったことを理念とする武道だからである。そのため合気道は相手を制圧する実戦的な武術ではなく、精神性に重きを置いた『動く禅』などとも形容され、武術、護身術としては要を満たさないと、しばしば揶揄にも似た意見が囁かれる。


そういった意味では現在の恵の姿勢はけしても褒められた状態とは言えず、合気道の精神に反するものだが、実際に合気道とGODSの制圧術をもって“実戦”している恵にしてみれば至極自然で必要かつ、この型に落ち着くのは必然的であると考えている。


とはいえGODSに参加してから自分の精神性に迷い、恵自身が道場から遠ざかってしまっていることは確かである。彼女が携わっているのは合気道の理念である万物との和合とはまるで相反する対立と破壊なのだから、その後ろめたさも存分に手伝っている。


「もぉおおおっ!」と、凛が言い出すのもいつものことだ。


 稽古であっても、その実戦合気道だけでも凛に攻撃を食らう事などないため恵はひとしきり凛を投げると、体捌きと技の手ほどきを始め、受け側に回り投げさせてやる。もちろん筋がいいとかセンスがあるとかそんなものを測れるレベルではない。毎度毎度好き勝手に動いていれば、おのずと体がリズムを覚え、自分の技をかけるタイミングもつかめるだろうという、恵なりの理屈もある。基本は道場で教えてもらえばいいのだから。


 要は、もし仮に凛が危険な目に遭うようなとき、あるいは凛の周りで誰かが助けを求めている時に、使えないような物にはしない事だという思いがあった。




「あたしは……出来ることなら、この世界を、あたしはあたしの好きな事と好きな人と、好きな街を守りたい。生きていることが好きでいるために。今のあたしじゃ掌までいっぱいに広げても守り切れんかもしれんけど……」


 あの日ミヤは、人並み以上の容姿を持ちながら、人並み以上の正義感、たとえ限りなく青臭いとしても、それは自分のための自分の中での正義感だったとしても、明確な意思の力を感じる眼差しで夜空の月を見上げていた。それに対し恵はこう応えた。


「荒事はウチみたいなやつに任せとけばいいねんて」と。





 恵はこれまでずっと自分に出来ることを、目の前のすべきことをこなしてきた。これからだって同じようにしてゆくだろうと思っていた。DICを殲滅するために自分が役に立つなら全力をかける。友達が危機に瀕すれば全力で助ける。山吹家で家事手伝いをするのだってそう、そうしたいと考えていた。


 自分の世界を守るために自分を強くする。



 あの時に語られた、当たり前のように思えるミヤの言葉は手のひらに刺さった刺のように、ずっと恵の心を疼かせていた。


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