戦闘家政婦―恵 1-5
中身は人間。それが判ってしまった。
攻撃を躊躇した恵を、当の命拾いしたクラゲ男が放っておくはずがなかった。恵は至近距離でしこたま電撃をくらい、矢継ぎ早にイカ男のナイフのような鋭利な触手で制服を切られ身を切られる。そして止めはタコの図太い鈍器のような触手が足を狙って振り下ろされる。
その後はDOSを振る余裕もないまま、いいように波状攻撃にさらされ、何度も何度も突かれ叩かれ、電撃を食らう。まるで壊れたおもちゃのように叩きのめされ、ぼろぼろになった恵は膝をついてしまう。
恵の動きが止まったのを見て取ると、イカ男をはじめタコ男も攻撃を止めた。
「どぉだい? オブジェクターとの決定的な差はね、僕らは自身の身体だからダイレクトに義体との意思疎通ができることなんだよ。現像架空体は動きをイメージするワンクッションが動きの枷になるんだ。もちろん訓練次第だけどね、トカゲ男さんほどになれば自由自在に架空体を動かせるレベルだったんだ。それを倒したキミがこの体たらくとは信じられないけどね?」イカ男は丁寧にも説明を欠かさない。
「――トカゲ男さんトカゲ男さんって、あの程度の奴をあんたらはすごい思とるんか、おめでたい奴らやな。――教えたろか、あれはウチのデビュー戦や、いわば初心者にやられたんや、トカゲ男さんは!」
あくまで雰囲気ではあるが、彼らの乏しい表情に動揺のようなものを感じる。
「嘘つけ、今までトカゲ男さんは何度もGODSとやりあったゆうてたんやぞ!」タコ男が反論する。
信奉者か、と恵は鼻で笑う。乗ってきた、このまま話を引き延ばせばGODSの到着が間に合う。なによりGODSと何度もやりあったなど、それこそ嘘だ。彼らは攻撃対象とした相手を確実に殲滅する、取りこぼすことはしない。おおかたトカゲ男は戦闘に発展する前にさっさと解除消滅をかます手合いだったのだろう。あの時だって目の前に“弱そうなやつらが逃げ惑っている”のを見つけなければ……。
「生身で俺らに勝てると思ってるんか? さっさとスーツ装着せぇや、本気出されへんやろ、ひひ」軽薄な笑いを携えて余裕をかますのはクラゲ男だ。
「そおやそや! 生身の人間なんかじゃ俺らには勝てへん。人間なんか俺らが掴んで振り回すだけで腕ずっぽぬけや、バーテンのおっさん泣いとったもんな! たーすけーてぇぇ、って。ぎゃははは!」
ぴりりとこめかみが疼く。タコ男のその一言は看過できなかった。話を引き伸ばして時間を稼ぐつもりだったが、所詮は無駄なことだと腹を決める。
「――お喋りの好きな奴らやな……あんたらくらい、生身で充分や……」ゆっくり膝を立ち上げDOSを構え直す。
「ひょえええ、アニメみたいなセリフゆうとるで! もえー!」バシバシと触手を地面に叩きつけて笑うタコ男。
「――この、下衆がぁっ!」と、ブレードを一気に伸ばして逆袈裟に振りぬき、タコ男の左の触手四本を一気に切り落とす。
一瞬タコ男は何が起きたのかわからないといった風にきょとんとし、次の瞬間左肩からほとばしる白濁液におののいて悲鳴を上げた。
「いっ、いっでぇえええ! 痛てぇえええ! ぎゃあああ!」
断末魔のような男の悲鳴は恵の耳朶を激しく揺さぶり、体に力が入る。このままでは動けなくなると本能的に察知し、思考に感情が追い付く前にイカ男へと狙いを定め、上段から肩口を狙い振り下ろす。しかし、踏み込みが浅かった。恵が人間の体を斬るということに迷いが生じたせいだ、自身の半端な攻撃に舌打つ。
光子束のブレードはバックステップで避けたイカ男への狙いがわずかに外れ、胸部を掠めるにとどまる。イカ男も同様に白濁液を吹き、激痛に身を引いたが、次の瞬間にはクラゲ男の電撃が恵を襲っていた。
彼ら――サブジェクターは痛みもダイレクトに生身同様伝わる。互いに生身同士の殴り合い、やるかやられるか。
電撃のショックで恵の手から離れたDOSが発振を止めて、虚しくからからと地面を転げてゆく。
恵は完全に息を乱されてもはや合気道の基本姿勢を保つこそすらできていない。ましてGODSの制圧術を駆使する体力も残っていない。まず電撃を封じるにはクラゲ男の触手を処理しなければならなかったのに、不覚にも感情のままタコ男を先に切りつけてしまった。DOSは彼らの向こう側の足元に転がってしまって手に届く距離にはない。
「覚悟しなよ、もう君を許さないから……」そう冷たく言い捨てるイカ男が鋭い切っ先を持つ触手で恵の左腕を深く切り裂いた。
「腕を切り落とさなかっただけ感謝しろよ、商品価値が落ちるからね」激痛と共にその冷たい声が闇に響く。あちこちが痛くあちこちから血が出ていて、本当はどこが負傷しているのかすらわからない。
アドレナリンが分泌され痛覚は鈍化しているはずなのにそれでもこの痛みだ。恵の精神は状況とは裏腹に平静を保っていた。殺し合いだ。これは人殺しなんだ、と。意思とは無関係にあまりの痛みに体が震える。
恵が真っ二つにした蜥蜴男の後ろ側にもやはり生身の人間がいた。そして彼は常軌を逸した疑似ダメージ、すなわちイマジナリーバックラッシュを精神が処理できずに廃人になった。もはや人としては死亡だ。
これまでにもGODSで確保してきたディベロッパーの精神破壊状態は目にしてきたし、ディベロッパーの死亡例もいくつも聞かされてきた。だが、今の今までそれを自身の手で下してしまったという事と結びつけなかった。それを避けようとしてきた。理解を拒んでいた。
息も乱れに乱れ、ろくろく体も動かない。この無力感が全身を支配する。感情がようやくその怠けた脚を引きずって追いついてくる。絶望と恐怖、贖罪と悲壮、彼らは行儀よく恵の中のゴールラインにたどり着いた。
両膝と尻を地面にぺたんとつけてしまい、だらりと両腕を下げて脱力してしまう。そんなに強くはない。口で言うほどの度胸もない。子供の頃から嫌なものは対峙せず避けたのだ、対立を避けるのは無意識だった。
GODSとして活動を始めてからも、ディベロッパーやDICの存在を無視も看過もしなかったが、なるべく無関心であろうとした事は事実だ。目の前の脅威を排除することで自身の立ち位置を意味のあるものにしてきた。
だが、その自負は逃避だった。逃げないと決めたことによる逃避、見ぬふりをしないという回避、それほど器用でないことを知りながら器用に振る舞おうとする自分。
大丈夫、大丈夫と笑顔で応えてきた。
目の前の状況に鑑みることなく、ただ奥歯を噛みしめて口角を上げ続けた。
負ける、倒される、勝ちたい、倒したい。そんなことはどうでもよかったはずなのに。
眼前の景色が回り始める。どうしてこんなことになったのだろう――
GODSの輸送機アウルのローターが巻き起こす下降気流に頬を打たれ意識を取り戻した恵は、誠一に抱えられるミヤを視界の端にまず見つけ、樹菜子に抱えられて立ち上がっている自分を確認していた。自分のその意識もない、まるで人形の関節を動かすように齟齬感にさいなまれながら体を動かしていた。
GODSが到着したのがいつだったのかはわからないが、自分もミヤもこうして無事だという事は、意識が飛んだ直後か。三体の怪人はどうなったのだ、と恵は重い首を振り向けた。
暗闇に目を凝らすも視界もぼやけてよくは見えない。
GODSがここに居るという事は彼らは遁走したか、あるいは駆逐されたのか。現像架空体は消える。だが現像義体はどうなるのか?
「遅くなって済まなかった、よく耐えた――気にするな、何も見なくていい」樹菜子の静かな声が痺れた聴覚の奥に響く。
上空で待機する輸送機のサーチライトが地上を照らすと、地上は昼間のように明るく照らされる。ローターの風圧だけではなく、上空も風が強いようで、機体がゆすられライトは安定しない。しかし、照射が恵たちのいる現場に及ぶと、嫌でも眩しさに視覚は刺激され覚醒を促される。そして一つの事実を突き付けてくる。
そこには、そこに居たはずのモノはぼてぼてとした塊となって散らばっていた。
たった一つの事実。
切り刻まれ単なる肉片と成り果てた三体の怪人、いや、元怪人であった三人の若者の成れの果ての姿が、赤黒い地面の染みと共にそこに転がっていた。
心の中で全身を貫く悲鳴を発しているにもかかわらず、声として何も出てこなかった。
「――か! かぁ……は、あぁ――!」
恵は目を見開き、逃げるかのように樹菜子の腕を振りほどいて駆けだす。だが思うように足が動かず顔面から転ぶ。それでもじたばたと転げ懸命に這いずり回る。
吉川が慌ててパニックになった犬のような恵を取り押さえるが、恵の後ろ蹴りをもろに腹に受ける。舌を噛まないように樹菜子がグローブの手を強引に恵の口に突っ込む。「イタッ」と樹菜子の声が聞こえたが、激情が押し寄せ顎の筋肉のコントロールすら出来ない。
「拘束しとけ! 撤収する。現場保持は黒服にやらせる」と誠一が離れた場所から言い放つ。
後ろ手に拘束具をはめられ足首をも固定された恵はうつ伏せのまま、グローブを丸めて突っ込まれた頬を草むらに沈め、荒い息を鼻でしながら、血か涙かわからない液体が顔を汚してゆくのを感じていた。




