戦闘家政婦―恵 1-4
「ディック……じゃない? 人間――?」
影は三体、いずれも人のような上半身を有してはいるが、その両腕からは頭足類の触手のようなものがうねっている。次々と茂みから姿を現す三体の容姿は異様の一言で、ミヤは膝が踊り口を半開きにして、半ば思考を止めたような顔を向けている。
吐きそうなほどに醜悪なその見た目は端的に言えば、タコ、イカ、クラゲと人間が合わさったような怪人というにふさわしい。テレビのヒーローものに出てくる悪役としてはうってつけだった。ここはセオリー通り逃げるべきところだが、恵は彼らに共通する部分に目を向けていた。
彼らの人間形態を形どる“頭部”に配されているヘルメット状のもの。それが何を意味するのかは明白だ。
「ヴィ・シード……」
タコの触手を持つ者が一歩前に出る。
「ネエチャン、さっきはよおやってくれたな」と。驚いたことに怪人は人間と同じように話を始めた。今まで恵が遭遇したDICは話したりはしなかった。このケースは以前警察署で聞いた報告にあった現像義体という奴ではないだろうか。
声まで覚えているわけではないが、その話口調は三十分前の路地で遭遇した長躯の男のものだ。よく見れば下半身の人間体をかろうじて残す部分には衣服も見受けられる。そしてなまめかしい体表の艶と同じディティールで形どられた顔面もまた人間のものだ。相変わらず嫌らしい悪人顔には変わりがない。
「おとなしくゆうこと聞いてれば僕らがここまですることないのに」白い体表を持つイカ怪人。
「あんたら二人共上玉やから、わざわざここまで追っかけてきたんやけどな、ひひ」半透明の身体を震わせるクラゲ怪人。
つまりその両脇の二人も同じだ。三人が各々パーカーのフードをすっぽりとかぶっていたのは頭部のヴィ・シードを隠すためだったと理解する。
人間の身体、ディベロッパー自身を変化させる現像義体の実物を見るのは初めてだ。前腕から先を刃物に変えて攻撃してくる者や、全身を液体のように変える者がいたという海外の前例を聞いたことはある。
しかし、いずれも“本体”であるディベロッパーがGODSと対峙するリスクは非常に高く、攻撃が中たればイマジナリーバックラッシュではなく、直接的に本体の損傷につながるため、行動不能に陥り確保される可能性が高くなる。
こちらはプロの戦闘集団なのだ、たとえ“改造人間”だとしても常人よりは高い戦闘力を持ち、なおかつDOGを纏っているならば彼らに勝ち目は少ない。ディベロッパーが自身を晒すという事は対峙する対象、つまりD&DやGODSのDOGを殲滅しない限り、逃走ややり直しは効かないのである。
恵はこの三度目の遭遇戦にうんざりする。なぜよりにもよって友達と一緒に居る時ばかり、しかも自分ばかりが狙われるのか。目の前の困難よりもそのことに憤慨していた。だが同時に三体ものディベロッパーを一度に駆逐でき、しかも捜索の手間がないとくれば三器のヴィ・シードをこのまま一人で回収できる。効率がいいと踏んだ。別に英雄譚を弄したいわけではない、単にGODSの一隊員としての思考が働いた。
「ミヤ! 下がって!」そう叫ぶもミヤは直立して虚空を見つめ放心状態である。あれで倒れないのが不思議だと思いながら舌打ち、ブレザーの懐に手を差し入れる。マキタの革ジャンをリフォームしてもらった時に余った革で作ってもらったDOS用のショルダーホルスターは、左脇に収められていた。せめて学校に行くときぐらいは携帯しないという選択肢もあったが、それまでに二度もの遭遇戦を経験していては選択の余地はない。
「ほな、遠慮なくいかせてもらおか! 声紋認証、コードG5DS5、2203DIRECTリンク――? あ、れ? 声紋認証! コード!」
恵の叫ぶ認証コードにDOSは反応しない。振っても叩いても、それどころか左手首のブレスレットも共鳴していない。
「ネェチャンなにやっとるねん……」タコの義体を持つ男が言う。
高瀬の事件からDIRECTドライバーのアクセス権が停止されていたことを思いだし、一瞬にして血の気が引く。
「ああー! なんや君、どっかで見たことある思たら、『白い悪魔』やん!」イカの義体をしたディベロッパーは柔らかい声からして中肉中背の目の鋭い男だ。
「し、白い悪魔……? こいつが?」クラゲの義体の男、小太りで筋肉質だった男は半透明の触手を幾本もうねらせて訊いた。
「そうや、間違いないわ。ゾンビさんのメモリーに残ってたGODSの女子隊員や、画像とおんなじ顔や」
「ちうことは、こいつがトカゲ男さんを殺ったゆうんか? こんな小娘に?」タコ男は触手の一本を恵へと突きつける。
「な、なんや……どういう事や……?」圧倒的状況不利の中でかろうじて口を開くも、恵は通信機による応援要請のタイミングが掴めないでいる。威嚇するタコ男の触手のみならず、クラゲ男の触手は左右を電極としているかのように交差させるとバチバチと火花が爆ぜる。おそらくは電撃による攻撃が出来ることのアピールである。下手な動きが出来ない。
「トカゲ男を殺った白い悪魔ってね、業界じゃ有名人だ。突如現れたGODSの新機体で鬼神の如き強さを誇る隊員だって。ま、それが女の子ってところが萌え要素爆発なんだけどね」
イカ男は得意げに業界裏話を弄するが、業界とは一体何のことかと恵は首をひねり、はたと気が付く。
「トカゲ男ってのはウチがUSJで倒した奴の事か……」枚岡署での会議の時に、ヴィ・シードの使用者らが独自で秘密のネットワークを持っているという事を思い出した。
「知り合いだよ、グループは違うけどね。僕らは自身の身体をイメージ義体として変質させ扱うサブジェクター、彼らはイメージを元に素粒子結合させて架空体を現像するオブジェクター、それぞれメリットデメリットはあるけど、同じヴィ・シードに与えられた能力の一つさ」
タコ男は激昂し触手を地面に叩きつける。「お前がトカゲ男さんを真っ二つにしたんか!」それに続いてクラゲ男も「トカゲ男さんはイマジナリーバックラッシュ食らって廃人や! 二十四時間介護体制で家族も疲労困憊なんやぞ」とスパークを激しくさせた。
自分の倒した相手が廃人になったという事実を聞かされて少なからず動揺したが、すぐに勝手なことを言うなと居直る。DIRECTリンクが使えずとも、DOSの斬撃剣としての使用は可能だ。ぎりと歯を食いしばり、臍の下へと力を込める。
「まあまあ、二人とも。彼女らだって仕事なんやし、僕らかて命がけの遊びしてる訳やん? 仇や遺恨やなんて泥臭いことゆうのはやめようや。ゲームはスマートに楽しまな」
イカ男はその言葉通り、スマートな体から伸びる十本の触手をクネクネとさせて言う。
「そ、そうやなぁ、俺らがこのGODSのカワイイネーチャンをつるし上げたらエエだけのことやもんな! しかも大好物の女子高生とは萌えるわぁ!」
「俺ら触手マニアで良かったなぁ! この義体正解やわ!」
好き勝手に盛り上がる三体をよそに、DOGが使えない恵はGODSが彼らの次元波動を感知して到着するまでの時間を考えていた。ここはGODSの膝元だ、いくら遅くとも十分もあれば着く。それまで攻撃に耐えることが出来ればいい、そしてミヤを守ることが出来ればいい。
恵はDOSの電源を投入し、光子束を発振させる。
ゲームだと? 遊びだと? そんな者達の所為でマキタは腕を一本失ったのかと思うと、激しく怒りがこみあげてくる。
「ラァウンドォ、ワーン!」タコ男がそう叫ぶと同時に触手がのびる。しかしそれは恵へと向かわずに背後のミヤを狙った。咄嗟に手首を捻りそれを跳ねのけようとするが、別の触手が恵の脇腹を打つ。
激痛が走り息が出来なくなる。触手は鞭のようにしなり、その柔らかな容姿からは想像できないほどの力を一点に集中させることが出来る。ミヤを庇いながらではまともな戦いなんてできない。
「ミヤ! 逃げて!」暗闇の公園に声は響けど、誰かの耳に届く実感はまるでない。聞こえるのはブレードの発振するジジというわずかな音だけ。軟体動物の彼らは挙動に規則性がなくその動きすら読めない。ちらとミヤのことを振り返ると、彼女は立ったまま気絶していた。
恵は歯噛みし左手をそっと胸の位置まで挙げる
「て、提案や……」敵に向かっての苦渋の申し出だが致し方ない。
恵は脇腹を押さえつつタコ男に告げる。「これがゲームなんやったら、敵はウチだけでいいやろ。ウチとの勝負がつくまでこの子には手ぇださんとってほしい。ウチが負けたらあんたらの好きなようにしたらええ」
それほどまでに勝てる自信がある訳ではない、下手をすれば負ける。だが、このままミヤを見逃してくれるなどあり得ないと踏んだ恵は、自ら最大限の譲歩案を出した。
「はあ、はははっ! 潔い、そして小気味よいのぉ! 女ぁ!」やや芝居がかった口調でタコ男は高らかに笑う。「いいだろう女! 勝負をつけて、貴様共々お持ち帰りしてじっくり凌辱してやる」と言う。鳥肌が立つ。変態どもめ。
三体の軟体怪人は恵を取り囲み次々と触手による攻撃を繰り出してくる。特にクラゲ男の電撃は視界を奪われると同時に全身にしびれが回り、体が硬直し動きを一瞬封じられる。それは一瞬であっても命取りだ。次の瞬間にはイカ男の鋭い触手の突きが襲ってくる。とどめは剛腕の一撃とも言えるタコ男のオーバーハングから振り下ろされる触手。
まずはクラゲ男だ。あの電撃さえ食らわなければ直線攻撃のイカ男と、円周攻撃のタコ男の軌道は今までの攻撃を見ていればなんとなく読める。
公園内の街路灯は十分とは言えない光量で、もし彼らが恵よりも“見えて”いたならば相当に不利な状況だ。DOGという機動兵器がなければ、恵は持ち前の体術とDOSだけで戦うしかないただの女子高生である。
うなる触手の嵐を避けながらクラゲ男への攻撃の機会を窺う。
そうしていると見えてくるのは、クラゲ男の電撃とイカタコの攻撃は重複しない。つまりこれはイカタコが電撃で互いに感電しないように避けているということだ。この法則は使える。まるで彼らの攻撃パターンは格闘ゲームだな、と恵はほくそ笑む。
心中でカウントを取り、タコ男のターンが始まると同時に地面を蹴り、攻撃を躱しクラゲ男に向かう。クラゲ男もまた人間の上半身に無数の触手を有しているが、他のふたりと違うのは体がブヨブヨとしていて半透明なところだ。気味が悪いと思いながらも一気に中段から突こうとした。
しかし恵は直前でブレードを収めてしまった。
クラゲ男に近づいて初めてわかったことだが、半透明に透ける体は内蔵の中身までが見えていた。それは人間の内臓器官と同じ、理科室の人体模型で見たようなあれと同じものをクラゲ男の体内に見たのだ。




