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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第四章:恵 第一話 「サブジェクター」
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戦闘家政婦―恵 1-3

「め、恵、すごいやん! 瞬殺!」路地を抜け街道へと出てしばらく走ったあと立ち止まり、肩で息をしながらミヤが言う。あれだけやれば追ってくることはないだろうと思いつつ、恵も後ろを振り返る。


「すごいなぁ、魔法みたいや。あんな大きい男が簡単に投げられるんや?」

正確には投げたのではないが、ここで合気道の極意を話したところで場違いの対応だと、恵は何も応えなかった。GODSで学んだ制圧術は使わなかった。あくまで相手の力を受けて返して流す合気道の理に従った。


 寸でのところで感情に任せた気持ちを踏みとどまったのはミヤがいたからだ。もし自分ひとりだったなら彼らをボロ雑巾になるまで叩きのめしていたかもしれない。高瀬の一件での自分の凶暴性に改めて気づかされて目を瞑りたくなる。


「恵って、ホンマに、強いんやなぁ。正義の味方みたいや、USJの時もみんなを守ったって――」興奮気味に言葉を紡ぐ。


「そんなことないよ……。ウチはすぐに頭に血がのぼってまう。こんなんただの乱暴者や」恵は軽率な行動をとりかけた自分を諌める。


 相変わらずGODSの評価は芳しくはない。高瀬の街を破壊した恵自身がさらなる悪評を上塗りするわけにはいかなかった。


 次元転送評議会の圧力がかけられたマスコミの情報操作も影響しているが、少なからずGODSが出張れば、周辺は戦闘区域になり、住民の日常生活を大なり小なり破壊することになる。DICがいつどこに現れるのかわかっていれば事前に避難することもできるだろうが、そうはいかない。


 日本では特にDIC容疑者への対応が甘いと非難されている。だからといって欧米並みに派手にやればさらなる非難を浴びる。これは今までも警察組織が抱えていた悩ましい市民感情だ。このぬるま湯感は平和すぎた日本ならではといえるだろう。


 次元転送社会が隆盛して、にわかに騒がしくなったのが運送関係者のデモ行動だ。やがてそれがテロ行為に発展するまでに多くの時間はかからず、結果的にマイアミ事件という最悪のテロ事件を起こした。


 D&Dカンパニーというデフィが世界に発信した、世界規模で次元転送社会の秩序を守る使命を帯びた組織も、この事件を契機に急激に勢力を広げ日本にも支部を置く運びとなったのだが、いかんせん長らく武力行動を禁じてきた日本の法治下ではD&Dといえど武力行動には警察組織のバックアップを必要とする歯がゆさが付きまとっていた。


 そのため、D&Dは本来の機動力と武力を発揮できないため被害の延焼を食い止められないと、再三本国アメリカのデフィより苦言が告げられていた。


 このあたりの事情は旧来からある各官公庁の折り合いの悪さや、超法的な権限を行使したがらない内閣の決断力のなさが影響しているのも確かだったが、何より大元の足並みを乱しているのは元極道の山吹大輔が率いる日本DNSにもあるのではないかと言われている。


 USJ事件によって明るみになった独自の武装勢力、GODSを引き連れたまま、DFSネットワークを手放さず日本のインフラを掌握する謎の組織、DIC事件は彼らのマッチポンプではないかという根も葉もない噂すら流れ出している。


 そもそも、かつて山吹大輔の率いていた極道という組織は、歴史的にも非公式な社会秩序維持機構に類する一面を持つ。そのように言ってしまうと、近代では秩序を乱しているという印象が強いだけに、到底その論を受け入れることはできないかもしれないが、彼らや彼らに類する集団が歴史上に存在していなければ、国自体が成り立っていない可能性が高い。


 事実社会が大きく変革する時期というのは、古今東西ある程度の混乱が生じ、一種の無政府状態が生まれるものであることはよく知られるところである。


 政府というのは民衆の上に築き上げられる機関であるために、民衆の一元性が担保されない限り、政府も政治も発動の機会がないのである。無論その下位に属する軍や警察も行動不能に陥る。そこで暫定的な取りまとめ役として座を興すのが極道やマフィアという闇の組織である。


 彼らはそもそも政治や社会イデオロギーに属さない組織であるから、社会が変革しようとも組織が変わることはない。故にこの次元転送などという社会に変革がもたらされる時期には大きく幅をきかせて、政府機構の成熟まで見守るというセーフティネットの役目を持つ。何も悪事を働くための母体集団というわけではないのだ。


 無論その肯定的な一面だけをことさら強調していうものではないが、強力な武力権限を有したまま、諸悪の根源たるヴィ・シードの隠匿を続けるD&Dが日本政府に組みいることで、日本そのものが盲目的にデフィ、あるいは世界政府の走狗となることを危惧する気持ちは山吹大輔の胸の内にある。


 GODSから見ればD&Dは外様であり、次元転送技術の興りがデフィといえど日本の次元転送社会を導くのは日本DNSであり、GODSであるという矜持を彼らが捨てていないからこそで、GODSの組織そのものが、日本DNSとほぼ同時に、半官半民の研究機構であるデフィ直属組織のD&Dよりも数年早く発足しているのはこういった理由からである。大輔の動きはすでに十年先の次元転送社会の混乱を見通していたといっても良いだろう。


 しかし、現状は旗色が悪い。


 先日の国会でUSJの惨状が取り上げられ、日本政府は次元転送評議会をDIC対処に重きを置いた組織に編成し、D&Dに準政府組織として一定の権限を与えようという動きに推移している。無論ながら政府がおおよそこの方針を採用することは予想に難くなく、また世論も錦の御旗のもとに集まるものである。


 時期が来れば日本DNSの持つDFSネットワークも手放すことは辞さないと、大輔は説得を試みてはいるが、持ちこたえてあと数年がいいところであるとGODS側のヴィ・シードへの調査追撃は静かに水面下で行われようとしている。


 恵自身も大事な時期にきているのだという認識は持っていた。


「でも、もし恵おらんかったら、どうなってたかわからんかったわ、ありがとう」それはこちらも同じだと思いながらも、恵は「ほんまにぃ……不用意に相手の言うこと聞くもんやないで! ああいう時は有無を言わさず逃げな」と短く息を吐き、恵は「怪我はない?」と訊く。


「う、うん、大丈夫……」ミヤはミヤなりに怖い思いをしたのだろう。今頃になってブルブルと足が震えている。


 美麗な容姿によく回る頭、華奢な体格に大食いの胃、美しい歌声に人心を惑わせる話術、このミヤは女性が望む望まないに関わらず、身に付けておいて損はない全ての素養を持ち合わせているように思えたが、それでもやはり女の子には変わりがない。そのことに少し安堵する恵は意地が悪いと思う。


 恵は彼女を落ち着かせるため、街道沿いの公園のベンチへ座らせた。LEDの街路灯がぼんやりと照らす木製のベンチは、暗闇にぽっかりと浮かんで、ある種異質な空間を形どっていた。公園のすぐとなりは茂みを隔てて通りの賑やかな街道だ。高校生の女の子が二人歓談するにはいささか不穏な空気の漂う場所だが、現場からできるだけ目立たない無関係の場所に移動したかった。


 ミヤは近くの交番に事情を話そうと恵を引っ張ったのだが、ミヤの通報一つで警察がすぐに動くほど大人社会の腰は軽くない。被害届は受け取るが、事が起きて初めて動ける。ミヤが本当の意味で被害者にでもなって届け出ない限り、一連のゆすり事件としては立件できないという旨を恵は説明する。無論恵なりに自身が関与したことを公にしたくないという意思が働いてのことだ。


「ウチかて……大事なって山吹さんとこに迷惑かけるわけにはいかんし」


「――ああ、うん。そりゃそうか……くやしいなぁ、あたしも惠みたいに強かったらあんな怪しい奴らは問答無用で捕まえたるのに!」悔し紛れに、顔に似合わず幼稚で過激な発言をするミヤ。


「そらそうやけど、世の中ヒーロー気取りできるほど単純やないし、それ以前にミヤがそんな危ない橋渡る必要ないやん。やっぱり暫くは一人でああいう場所うろつくのは控えた方がええで? ウチの知り合いに警察の人いるから、そっちから言うてもらうから、な?」


 気概と度胸は認めるが、人が人を裁くほど難しいものはないということは、GODSにいれば嫌でも実感させられる。老婆心ととられても、妙な正義感を振りかざすのはやめにしてもらわなければたまったものではない。


「なぁんか、物分りええことゆうなぁ、恵は……まあ、それにしても痛快やったわ、恵つれてて正解正解――よっし!」と、ミヤが笑いだしたのでつられて恵も笑いかけたが「え? よしっ、てなにそれ?」とミヤの掛け声に違和感を感じ訊き返す。


「さっきの悶着、動画サイトにアップしたった。警察が動かんのやったら社会が裁いたらええねん」そう言ってミヤはスマートフォンに動画サイトの画面を映し出す。


「ちょ、ちょっと! ウチが映ってるやん!」


「顔は映ってないからええやん、“大の男を投げ飛ばす女子高生”それなりに話題になるやろ? テレビで取り上げられたりするかもしれんで? 謎の女子高生ヒーロー! とか」


「そんなんいらんわ! ウチは忙しいねん!」


「別にバレへんやん、黙っとけば」


 どうりで、ミヤがホイホイと話を引き出すように、カモになるものだと思った。こんなもの、見る人が見ればすぐわかる。


「あっ、最悪ウチの事アテにしてたってこと?」


「い、やあ、そういう訳でもないけど……ま、一人じゃちょっとできんかったけどね」多少なり悪びれてみせているようだが、実際のところどこからどこまで計画していたのかはわからない。ミヤの瞳の深淵に輝く怪しい光はやはり捉えどころがない。


「もぉ……そんなんせんでも、今頃あの強面のバーテンにひとしきり絞り上げられてるやろ。そやし――っうひょ!」


 突然背後から肩を掴まれる感触に、恵は跳ね上がりベンチを飛びのいた。

「うひょ? え? 恵、どないしたん?」


「さっきウチの肩を誰かが掴んだ……ミヤ、ちゃうやんな?」


 ミヤの両手は膝の鞄の上にある。だとしたら何が……。


 その時だった。突然ベンチの後ろの茂みから何本もの“何か”が飛び出してきて恵とミヤに襲い掛かった。それらは触手のようにぐにゃぐにゃとあらゆる方向に曲がり五メートルほどの長さにとどまると彼女たちの身体を拘束しようとしていた。タコの吸盤のような物でベンチに張り付く幾本もの“触手” はあきらかに生きている物のそれだった。


 とっさの判断でミヤの手を引き触手から逃れたが、茂みの奥からその“本体”と思しき影が立ち上がる。


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