戦闘家政婦―ヴィ・シード 5-4
「ドリームショットだが、アルファベット表記するとDREAM SHOTだがこれには複数の意味があるのではないかと私は思うんですな。一つは男性諸氏ならばまず最初に想像する『夢精』の意味を示す中学生男子の隠語です」
黒いシルクハットを目深にかぶる柴島の言に、恵は「はぁ? だからあそこで吹き出したんですか?」と呆れる。柴島は何も答えずそれに咳払い一つで応えて続ける。
「もう一つはそのままの意味、撃ち込む、あるいは打撃。もう一つはヘブライ語でアポストロフィーを加えて『Sho’t』天罰という意味だそうですよ。もっとも単に語呂が良かっただけで名称に意味は求めていないのかもしれませんがね」
「はあ……天罰を下すのはウチらでええんですかね?」
警察署から出された送迎のパトカーを途中下車した恵と柴島は、石切神社の境内を巡りながら少ない言葉を交わしていた。
「さて、どうでしょう。それは私にもわかりかねます」
「イメージを物質にするなんて……ってゆうか、前から思ってたんですけど柴島さん、その格好目立ちすぎませんか? それに外では不自然なほど紳士やし」
柴島はおよそこの石切の街には似合わない、黒いフロックコートに灰色のズボン、蝶ネクタイにステッキにシルクハットといった、十九世紀の英国紳士調の衣装に身を包んでいた。
「旦那様から普段は紳士らしく振る舞え、とのお達しです。私は身をもって体現しているのですぞ?」にやりと笑う柴島が不気味だ。
「それはそれで怪しさ全開なんですっ。大体そのステッキもDOSの仕込み杖なんでしょ?」
「ま、いざとなれば紳士は騎士ともならねばならぬわけですからね」
「……『妖怪人間』ってゆう昔のアニメで観た人にそっくりなんですけどぉ」ボソリと半目で恵が言うも、柴島は本殿前の百度石に手を付き微笑んだ。
「ほお、それはダンディな御仁なのでしょうな」一瞬そうだっただろうかと考えてはみたが、そんなことはどうでもいいと、恵は柴島に向き直った。
もう、紳士の柴島ではない。夕焼けが境内をオレンジ色に染めてゆく中で、GODSの悪魔は立ち止まる。
「恵、イメージを物質化することがそんなに不思議か?」
尖った鼻、耳、そしてすべてを見透かすような鋭い目つき。妖怪人間ではなくとも悪魔のような
その顔立ちに恐れを抱かない者は少ない。彼が外出時にシルクハットを着用してスキンヘッドを隠しつつ、その目鼻立ちを印象付けなくさせているのはせめてもの幸いと言える。
「俺は思うんだがね。人間はもともとイメージを物質化することが出来る生き物なのだと思うんだ、六角堂聖人が言っていたようにな」
「もともと……?」
「ああ。少しばかり時間はかかるとしてもだ。考えてみろ――」
柴島が言うにはこういうことだ。古今東西人類という地球上に生まれた生物はその知恵と創造力で自身らの環境を大きく変えてきた。家が必要ならば家を作り、服が欲しければ服を作った。
それが他動物の巣造りや体毛の発達と何が違うのかと問うならば、自動車はどうだろうか? さらに言えば本来空を飛ばない種族であるにも関わらず、鳥を真似て飛行機まで作った。発声以外の意思伝達方法として文字の開発、音楽を奏でることや歌や舞踊に始まる文化、食物の様々な調理方法、絵画や写真、映像技術、天にも届くような建造物、宇宙への進出、そして次元を超えた空間転送技術。
「どうだ? 無論これだけではない。人類を取り巻くありとあらゆるものが人類の手によって生み出されてきた。ほかの動物には出来ない芸当だ。逆に言えば想像し創造する力こそが人類の本質と言ってもいいだろうな」
「確かにそう言ってしまえばそうやけど……ヴィ・シードはそれを一瞬でやるわけやし……」
「だから人類の本質がそこにあるということに注目するべきなんだ。なぜ人は、人だけが創造力を持つのか?」
「そんなん……わからへんわ。ウチらは生まれた時からそうやから、その理由なんか考えもせぇへんし」
「人類が神の子だから、といったら?」
柴島は手に持ったステッキをくるくると回しながら、境内の拝殿前に配された二つの百度石の間を巡った。
「柴島さん、そんな顔してクリスチャンなんですか?」恵は茶化してそう言うも、彼の次の言葉を待ち、その歩みを目で追っていた。
「いいや、俺は神も仏も信じない。ただ人類以外の高位の意識的存在が在るという論は支持する。それを神というならばそれも良しとして――創造主というならばそうかもしれん。ならば彼らは想像する力を持つ者、すなわち人……そうは言えないかな?」
立ち止まり恵を見据えた。
「神が人? 人が神? ――そんなん詭弁ですよ」
「そうか? ヴィ・シードが人間の持つその能力を増幅し加速させる力を持っているとしたら……考えたこと、すなわち想像する力、波動集束体が発生させる波動エネルギー……」
「それが――ゴーストが生み出す波動エネルギー……?」
柴島は本殿の石段を登りそこで脱帽し、ステッキを腕にかけ、二礼し両掌を合わせて前を見据えた。
「……およそ神などという存在は、ただ波動エネルギーをコントロールする術を心得た者たちなのかもしれないなぁ、ええ?」
人気のない石切の社に力強い二拍が響き渡った。その様子を見た恵は「神も仏も信じひんのとちゃうんですか?」と突っ込んでしまう。
その時、恵の携帯電話がコールの音を奏でた。
「何や、誰や。いま大事な話しとるねん――はあい、もしもし!」着信者も見ず、眉をひそめ聞き取りにくい受話部を耳に押し当てた。
しかし通話に出た恵に会話らしい会話はないまま、声のトーンは落ち陰鬱とした気持ちが広がってゆく。夕闇が迫る境内の景色が視界に焼き付き固着する。
そのまま、わずか一分にも満たない通話は一方的な終話により途切れ、恵は電話を持った手をだらりと下げた。
「どうかしたのか?」
傍にいるはずの柴島の声が遠くに聞こえる。恵は百度石に向けられたままの眼球を動かすことが出来なかった。
「もしかして、マキタ君か?」
震える手元から携帯電話をバッグに仕舞い、柴島に向き直り、複雑な動きをする表情筋を駆使して何とか笑顔をこさえる。
「う、うん……あいつ、今頃になって、バイク送ってくれてありがとうって……お礼の電話」
恵は震える手をだらりと下げ、やがて膝から崩れ落ちた。声は引き攣り、ただの音として口からこぼれた。
「く、柴島さん……やっぱりウチは、許さへん。ディックもディベロッパーも、ヴィも許さへん!」
とめどなく流れ落ちる涙を拭くこともせず、両手をついて奥歯を噛み締めた。
白い境内の石畳を身の内から降る雨が濡らしてゆく。
もう学校には通っている、このとおり元気だし問題はない、だけど、送ってもらったバイクにはもう乗れないと思う、と。マキタは電話で言っていた。
“それでも片手で生活するのに大変だから退屈してないぜ”などと、そんな強がりは痛々しいだけだった。
神経断絶による恒久的な左前肢機能麻痺だった。マキタは自分の口から言うのは迷ったようだが、受け入れていかなくてはいけないと覚悟を決めるために電話した、と言っていた。
マキタの左腕は一生動くことはない。少なくとも現代の医学でも、神経が脊椎の根元から断絶した場合は修復は困難以上に危険を伴うため、実質不可能とされている。
恵は体を鍛えGODSで活動することで悔しさも悲しみも乗り越えられる強さが得られると思っていた。過去を上塗り、変化してゆけると信じていた。だが、どんな鎧を纏おうともそれは心を包み隠すだけのものである。心は鋼にはならない。
所詮は他人事だと、自身すらも他人と捉えることで鞭打ってきた。
本当に、自分が被害に遭ったら文句を言う――そう、今の自分のように。
悲しくて悔しくて泣く、感情のままに。自分の浅ましさに怒りすら覚える。
恵はその場にうずくまり、ただ泣いた。戦うのはこの社会を守るためだと最初に決めたはずだった。この世界に目を背ける自分になるくらいなら、まっすぐ前を向いて自分の未来を見定めたかったからだ。
柴島は手を合わせ拝殿に向かったまま、ただ恵が泣き止むのを待っていた。
「恵さん」
「……はい」
「これは……祈りなんかじゃありませんよ。神への――そう、宣戦布告です」と紳士口調に戻った柴島は言い、拝殿に一礼することなく、その尖った悪魔のような形相を恵に振りむけて、嗤った。




