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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第三章:ヴィ・シード 第五話 「あんたらヒーローやねんから」
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戦闘家政婦―ヴィ・シード 5-3

「加納さん」署内の廊下をゆく恵の背後で、呼び止める女性の声がする。振り向くとそこには駆けてくる安垣の姿があった。


「はいっ、お疲れ様!」と手に持ったジュースを手渡してきた。さっきまでの神妙な話し方ではなかった。藍色の制服を着ていてもやはり中身は妙齢の女性だ。顔も表情を固めていたさっきとは違い、実はとても快活な人なのだと思いなおす。


「あ、ありがとうございます……」尻すぼみですごすごと会議室を後にした恵はがっくりと肩を落としてため息をついた。今は話しかけられること自体気が重かった。


「いやあ、ちょっと痛快だった」


「え、何がですか?」


「さっきの啖呵。署長なんて目を白黒させてたやん。それに川野警部補も。たまにはいい薬や。池さんには怒られたけどっ」といいクスクスと笑う安垣巡査長。


「ちょっと感情的になりました、すみません――でも、川野さんといい、なんだか士気が低いというか、全体的にやる気あんまり感じませんね。事務的というか、もっとこう……」


 恵の言葉に安垣は堪えきれなかったかのように、声を上げて笑った。なにかおかしなことを言ってしまっただろうかと、あわてて視線を逸らした。


「加納さんってズバッとゆうなぁ。わたしかてここの署員なんやで? 傷つくわぁ」言いながら安垣は廊下脇に据えた簡素な休憩所へと恵を誘う。「まあ、ほんまのことやけどねぇ」と言いながら自身の分のジュースのプルタブを引く。恵もそれを見て同じようにする。


「いただきます」


「ん、どうぞ。確かにね、士気は落ちてるなあって思うよ。でもそれも仕方がないかって。それに比べて加納さんは熱いなぁ」褒められているのではないということは恵にもわかる。


「すみません、最近怒りっぽくて、気をつけなあきませんね」


「まあ、ストレスは誰でも溜まるもんやし――わたしらかてほんまやったら大規模な警戒網張りたいし、市民の安心安全はバッチリまかしときぃ、って言いたいよ。けど、実質あれらのバケモンに対峙してもわたしら警察官は無力や、戦うことすらできひん。せいぜいゴッズが来るまでに市民を安全な場所に避難させるくらいや。けどそれも大抵はあんたらの現着の方が早いからなぁ……正義の味方も形無しや」安垣はジュースの缶の上端をもち、ぶら下げるような格好で両膝に両肘をおいて床を見つめる。


「安垣さん……」


「わたしもね、若い時はいつも怒ってた。上のやり方が気に食わんとか、現場での悶着とか。でも自分がちょっと上になって組織に膝まで浸かってしもたら身動き取れんってことがよくわかった。組織っていろいろあるけどさ、いずれもスタンドプレーを認めて信用してくれるほど懐も深くないし甘くもない。一人で突っ走ったところで、そこにどんな個人的感情があったとしても、責任もその行為も組織のものになる」ちらと視線を上げ、恵を見つめる。


「社員の不祥事に上の人が頭下げてるやつと同じですか」責められた気分で口をすぼめて応える。


「はは、そうやね。組織ってのは基本現場判断はNGってことくらいわかるでしょ?」


「でも、現場の判断でやらなあかん時はあります」恵は今まで何度もそのような状況に直面している。そうでなければ何度も何度もDICを取り逃していたに違いない。あるいは自分が命を落としていたかもしれない。


「難しいところやけどね。警察官みたいに武力と権力を持つ者が一人で正義を謳ったところで独りよがり。見方を違えば悪にだって成り下がる。誰でも一人で正しい、間違ってるって判断するのは難しい」


「でも――」


 すくっと安垣は立ち上がり、腰に手を当てて体を伸ばして言う。


「やから、や! あんたらがヒーローである為にわたしらは頑張ってるねん。信頼してええな?」安垣は不敵な笑いを込めて恵を見下ろしていた。


「え……?」


「わたしは悪に対してあんな風に怒れる加納さんのことを信用するし信頼する。でも、感情に流されて力は使ったらあかん。それは池さんみたいに裏であんたらを支えてる人らの行いを無にしてしまうことになる。わたしらの仕事はいつでも後手に回る。いつでも後悔の連続や。もうちょっとこうしておけば被害者は出なかった、ってな。その尻拭いをするのもあたしら警察官の仕事や。だから犯罪者の心理も勘案せなあかん。彼らを人として見ることをやめたらわたしらは只の軍隊になってしまう」


 安垣はそう言うと、空になった空き缶を、三メートル先の缶専用のゴミ箱に向かってオーバースローで投げた。警察官が空き缶をポイ捨てするのかと恵は目を疑ったが、アルミの円筒は見事にその直径より僅かに大きい空き缶専用のゴミ箱の穴へと吸い込まれるように入った。箱の中でカランと乾いた音を立てて。


「うわ……入った?」


「ははっ驚いた? 前にうちに来たゴッズのお姉さんがやってるの見て、かっこええなぁって。真似してめっちゃ練習しててん!」自分でもうまくいったと言いう顔を隠さずに安垣は言う。コツは少し飲み残すことなのだ、と得意げに言う安垣の言葉は聞いていなかった。こんな器用なことができる“GODSのお姉さん”とは樹菜子のことに違いない、と思った。


「あ、あの安垣さん! その人、なんの用でここ来たん――」


 ところが安垣はそそくさと踵を返すと直立し、空いた左手で恵を遮る。別件で話をしていた池端が署長室を後にし、廊下を過ぎるのを敬礼で見送るためだ。恵も安垣の後ろ脇に立ち、署長に比べると随分肩幅の狭い池端の背中を複雑な気持ちで見送る。


「――頭下げにきたんよ、鎧武者の件で。現場の指揮官としてね」安垣は小さな声で、それでもはっきりと伝わるように恵に言った。


彼女は一度も恵のことを子供だから、女だからと扱わなかった。それよりなによりヒーローだと。


 警察や自衛隊が保有する現存兵力では太刀打ちできない対象を相手にしているのが、恵の所属するGODSである。諸悪の根源を知りながら引導を渡せないその歯がゆさをよく知っているからこそ、誰よりも感じているからこそ彼女は別れ際に「がんばってや」と、最短の言葉で最大限の応援をする。


 DICに対抗してゆく者、その双肩に委ねられる使命は重く大きく高密度だ。ただ山吹家のために戦えばいい訳ではない。力の意味を考えられない者に力を使う資格はない。恵は柴島が自分をここに連れてきたのはそういう意味があったのだろうかと考えていた。






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