戦闘家政婦―ヴィ・シード 5-1
先日池端が放ったアンダーサイエンスに関する情報から得られた捜査結果は、地元警察署である枚岡署の一室にて署長を交えて極秘裏に報告が行われた。
さすがに池端といえど警察組織の情報を外部へ持ち出すことなどはできないためであるが、立場上列席しなければ面目が保てない署長の上林警視にとっては災難以外の何物でもない。GODSと極秘会談をしたなどと次元転送評議会に知れれば更迭される恐れもある。
しかしそこはそれ、上林も警察官である。目の前のおよそ年端もいかぬ少女がGODSの隊員だと聞けば、恵を目の前にうろたえた姿を見せる訳にはいかないと腹を据えた。
警察関係の列席者は先の上林警視に加え、公安部の池端、枚岡署公安捜査課の川野警部補および紅一点の安垣巡査部長。GODS側は面の割れていない柴島と恵、そして豊富博士を加えた三名である。
ここに年少者の恵が入り混じっているのは不自然な構図かと思われるが、一般署員へのカムフラージュの意味が大いにあると柴島が連れてきた。まさか誰も女子高校生がGODSの隊員などと疑うはずもないからだ。
ちなみに樹菜子も吉川も面が割れていない部分では同じだが、警察署にいる人々としては“相応しい服装しか持っていない”ため、目立ちすぎるという理由で除外された。もっとも会議の内容はつつがなくGODSの各隊員に伝えられるため、出席が誰であっても問題はない。
全員が席に着くと、会議のイニシアティブを握るべく上林署長が神妙な面持ちで口を開いた。
「まず、こちらで得た情報は決して外部には漏らさぬよう計らっていただきたい」
すでにこの状況が外部に漏らそうとしているのに、大人とは妙な体裁にこだわるものだと恵は思う。
「無論です」帽子を脱いだ長身の柴島のスキンヘッドは威圧感があり、悪魔のような造りの表情に漏れる笑みは、相手を警戒させない訳にはいかなかった。上林は一瞬身を引き、言葉を失う。その隙を突いてか「では、川野警部補。レポートを」結局は池端が会議を進めることになる。
「はい。情報によるアンダーサイエンス誌ですが、サイアス・ミラー博士に始まり有名無名に関わらず、あらゆる分野の科学者、あるいは自然学者、考古学者や社会学者が無作為に、独自の論文、概論を寄稿している科学誌で、内容は主に荒唐無稽――あー失礼。えー、玉石混交と言われる真贋の定かでない研究論文や研究発表がなされる、アンダーグラウンド科学者とマッドサイエンティスト――失礼……と、未来科学を夢見る青少年と夢破れたオッサンたち――失礼、の愛読書であります。誌で載せられたミラー博士の次元転送技術が実現した今日においても、出版社側のかたくなな信念のために、まともな科学者筋の間では禁書とされている向きがある娯楽雑誌であります」
隣の安垣巡査部長は川野の補佐で居るようだが、年のころ二十代中、彼女は聡明な顔立ちで一見してクールで仕事一筋という印象だ。それに対して川野警部補はどこかしら間の抜けた声で、ガタイは良いが髪はぼさぼさで無精髭、スーツも気崩れており、飄々とした風貌がいかにも頼りないと恵には映る。
「創刊は二〇一八年という長寿誌ですが、休刊や隔月発刊を繰り返していてページ数も安定していませんね、初期段階は発行部数も少なくまるで同人誌です。ですがそれだけに号数によってはプレミアムが付いたりで、なかなかにファンが多いという事なんでしょうかね。私にゃてんでわかりませんが」
川野の言葉尻は最後に近づくほど乱れてきていた。
「で、裏は取れたのか?」池端もよろしくはないと感じたのか、眼鏡のレンズを吹き安垣の方へ声をかける。
「ええ、そうですね。誌が七か国語に翻訳されているとはいえ、この短期間で調べられたのはせいぜい日本国内でディベロッパー認定された者達だけですから、豊富博士のご指摘になった点から大きく踏み込めるものではありませんでした。しかし少なくとも国内で活動していたとみられるディベロッパーの家宅捜索により、もれなくアンダーサイエンス誌は発見されています。特にこの二〇三八年、マイアミ事件の翌年に発刊された一冊ですが、ヴィ・シードと思しき装置の広告が掲載されています」
そういって安垣はテーブルの上で一冊のアンダーサイエンスを掲げて見せた。
「これによりますと……ええと」
「百二十八ページだ」と川野警部補が添える。
「あ、はい。そうですね。こちらです」指定のページを開き、用意されていた旧式のプロンプターにセットする。部屋の明かりを落とすと前方壁面に吊られたロールスクリーンに紙面の画像が投影される。
このアンダーサイエンスが最新科学の娯楽読本を標榜しているにもかかわらず、未だ紙媒体を使用しているのには訳がある。知的好奇心はまず知覚から磨けという理念が編集部にはあり、本の厚み、その重さを感じ、一枚一枚のページをめくる感触を楽しみ、そこに書かれる文字を目で追い、印刷される絵や写真で想像力を膨らませ、それが製本されるに費やされる紙やインクの匂いから、書き直しの効かない著者、寄稿者らの覚悟を感じ取ることを旨としている。
まるでこじつけのような理屈ではあるが、書籍と呼ばれるメディアの半数以上がデジタル化した現在、全ての文字列や画像にリンクが張られて外部媒体へと詳細な説明や裏付けを依存するのが当たり前となり、人々は情報をぞんざいに扱うようになったと長年アンダーサイエンス誌編集長を務めるナイン・ハートランドは紙面上で嘆いている。
そのためアンダーサイエンス誌上には一切のウェブリンク、メールアドレスの記載は禁止しており、情報は全てに於いて誌上にしかないという姿勢を貫いている。無論寄稿者もそのことを良く理解しており、自身のさらなる主張は誌上なくしては成立しないため次号、また次号と発信媒体をアンダーサイエンス誌に依存ずるようになるのである。意外なようだが学者の世界は生のコミュニティを重要視する愚直で律儀な側面を併せ持っており、時に一般社会からアナクロである、要領が悪いと揶揄されることもある特殊な常識で動いている。アンダーサイエンス誌はそのような学者とそれらを信奉する人々に強く支えられて今に至っているのである。
「こちらですが、機器の画像そのものはイメージとして掲載されており、実際の物とは形状が異なると断りが入っていますが、頭部へと装着することには変わりがないようです。特筆するべきは、思い望んだ夢を自由自在に観ることが出来るという点で、これは就寝の際にヘッドセットを被り、あらかじめ想像した夢のイメージを睡眠時の脳波へと送り込むという装置だとされています」
「夢だけ、ですか?」柴島が口を挟む。
「この“バージョン”ではそうですね」柴島と恵が憮然とするのをちらりとみやり、安垣は続ける。「この製品『ドリームショット』は使用者の要望により――? えと、なにか?」
安垣の淡々とした口調からさらりと繰り出された語句は、会議室内の男子達のリビドーをくすぐり、咳払いと乾いた嗤いがいささか空気を揺さぶった。安垣と同様恵も不思議な顔で辺りを見回していた。
気を取り直し続けられた『ドリームショット』の説明は次のようなものであった。
アンダーサイエンス誌の紙面上に掲載されたのは一度きりで、その後使用者個人向けに百六十回にわたるアップデートが行われたという記録がある。
使用者のブログに体験記があったためこれを参考にしたというが、安垣はこの使用者の動機や詳細な体験の記録を意図的に明確には口述せずぼやかした。そしてほのかに頬を染めつつ書かれていることが全てにおいて真実であるという裏付けはできないと付け加えた。
その内容とは使用者が就寝前に“ある想像”を膨らませイメージのチャージを行い、その内容を睡眠脳波へと変換し、意図した夢を再生するというものである。
誰とて夢を自由自在に操りたい、というのはささやかな願望としてある。古今東西夢は予知能力であるとも異世界探訪であるとも、幽体離脱だとも前世の記憶だとも言われている大変ロマンに満ちた分野で、関心のない者は皆無と言っていいだろう。
この体験者も記述しているように最初は半信半疑で装置を装着したという。ところが一度目から断片的にではあるが“希望の夢”が再生されたことに驚いたという。同時に“夢を作れる装置を使用した”という心理的な影響も無視はできないと、冷静に分析もしている。
この男性体験者は続けて一週間を使用し続けた。それによると克明なイメージを注ぎ込むことでより克明な夢が見られるという結論に達する。無論客観的に検証できないため、彼がどの程度克明な画像を夢の中で見ているのかは定かではないが、自身の想像に比例して夢が変化しているということは確かだといえる。
蛇足的に安垣は、夢を思いのままにできる機能に鑑みればネーミングは『ドリームキャッチ』のほうが適切ではないかと添えたが賛同する男性陣はおらず、恵一人だけが彼女のネーミングセンスに感心していた。
だが、このドリームショットがほのぼのとしたリラクゼーションマシンではない所以はここからである。
体験者の話では三ヶ月目を迎えると、目が覚めても視覚に夢の残像が見えるようになったという。この時点でメーカーからは十二回目のアップデートが行われている。
「それはあれじゃないのかね、カンタムドラッグ」上林警視が口を挟む。無論それならばここで問題視していないのだから、上林の指摘は見当違いである。
クァンタム(・・・・・)ドラッグとは脳機能の情報子に一定の機械的な刺激を与える装置で、意図した感覚や感情を人工的に再現させるリラクゼーションマシン『デイトリッパー』という商品が過去に存在したことはある。
これは従来のドラッグが薬理的に脳に作用するのに対し、電気信号を使い機械的、素粒子的にドラッグ使用時と同じような効果が得られ、かつ常習性がなく副作用もないという触れ込みで、欧米の一部の若者を中心に爆発的に売れた。
だがこれには深刻な問題が有り、脳の情報子に電気的に刺激を与え続けることで、脳機能そのものを狂わせてしまうことが発覚し、使用者の六十パーセントが何らかの後遺障害を訴えて、うち三十パーセントが運動機能障害、うち十パーセントが脳機能障害で廃人となった。
当然ながら当局はこれを規制し、当該製品販売の差止めおよびこれに類する機器の製造販売を禁止といった措置がとられ、現在では『クァンタムドラッグ規制法』により所持使用も法的な処罰対象となって、実質従来のドラッグの扱いと同じく厳しく規制されている。
「そもそもこのドリームショットの広告が出た時点でクァンタムドラッグ規制に引っかからなかったのは、安眠器具という名目で、リラクゼーションマシンとして売られていたからです。提出された仕様書においても情報子には影響を及ぼさないという消費製品倫理委員会のお墨付きですから、遡ってもこれがドラッグ認定されることもなかったのでしょう……」と川野が所長の言を立てながらも抑え、安垣に続きを促す。




