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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第三章:ヴィ・シード 第四話 「ヴィ・シード」
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戦闘家政婦―ヴィ・シード 4-4

 この吉川と豊富の行った現像実験により裏付けられたのは、ディベロッパーの保持するゴースト、有り体に言えば“想像力”として良いだろうが、それがどの程度ディベロッパー自身を構成する素粒子に関与しているかで、現象規模も、強さも、性質も、遡壊の強さも変化するというところまでは判った。


 実に曖昧な基準で科学的とは言えないが、これらを最もわかりやすい言葉で表せば、意志の強いものほど強力、強大なDICを生み出すことが出来るということである。


「ま、この規模のディックを破壊したらバックラッシュで確実にわしは死ぬやろな!」そう言って高笑いをする豊富の目は“してやったり”と語っていた。


「ブッキーよ、解除したら元戻るんやからそう目くじら立てんでもええ。名残惜しいけどなぁ」


「ま、まあな。記念撮影くらいはしてもええか……」口をへの字に結びながらも視線を左右に振り分け同意を求める。この山吹大輔とて男の子なのだなと、恵はほくそ笑む。


「ほなそうゆう事で、キナピョン、カメラ用意しい!」そう樹菜子に言って、豊富はまず吉川にヴィ・シードを被らせ解除操作を始める。


 すると目の前にあった“物体X”は再びプラズマ光に包まれて跡形もなく消えた。何の痕跡すら残ってはいない。ただその瞬間「あっつ!」と言ってだらりと体を椅子に預けていた吉川が、気づいたように背中をおさえて飛びのいた。


「あっつう! なんや背中めちゃ熱かったで!」


「ええ、大丈夫かいな?」リアクションの大きな吉川らしい反応で、恵もその周囲も過剰には反応しなかった。


 実験の合間の休憩がてら、しばし巨大ロボットとの記念撮影とお茶とおやつのちょっとしたピクニックのような呑気な光景が山吹家の庭園で繰り広げられた。


「さて、と。あたしもやってみるよ。一つのヴィ・シードで複数のディックが現像できるかを確かめないとね」樹菜子はそう言うと、吉川が被っていたヴィ・シードを手に取った。


「あっ、樹菜子、それ……」吉川が言い淀み最後まで言葉を告げる間もなく、樹菜子はヴィ・シードを被った。


「大丈夫だよ、ヨッシーみたいに変なもん想像しなきゃいいんだろ?」


「おい何だ吉川、何を言いかけた?」現像を始める樹菜子を横目に、誠一が脱力した吉川の腕を掴んで問いただす。


「ああ兄貴、あのな、あれな……」


「何だ、はっきり言え!」


 柴島は咄嗟に恵の背後に回り、無言でそっと耳を両手でふさぎ、後ろを向かせた。


「あれ、現像する時な……った時みたいな――」と吉川が言う間もなく、樹菜子の口から淫靡な喘ぎ声が漏れ、身を悶えさせていた。


「え、なになに! 何が起きてんの?」恵が叫ぶ中、誠一と吉川、そして大輔と池端は頬を染め互いに目を逸らしあった。


 どうやらヴィ・シードは現像行為の際に性的な快感を伴うようである。所謂性的絶頂、オーガズムに近い感覚を覚えたと吉川は言う。


「妙な副産物だな……と、樹菜子は何を現像したんだ?」柴島が振り返り、口を開いたときにはプラズマ発光が収まった後だった。


 そこには可憐なバラが一輪現像されている。恵は樹菜子がバラを好んでいることを知っていた。


「うわ、綺麗なバラ。虹色や! こんなん見たことない!」恵が駆け寄り狂喜したように、そのバラは虹色というより、透明な花びらに光が乱反射して虹色に見えるという、世にも奇妙な存在しえないバラであった。


「どうせ作るならあり得ないもの出した方がいいかと思ってさぁ」と、やや上気し、潤んだ瞳で樹菜子は恵に言う。男性陣はすぐに樹菜子の方をまともに見ることが出来なかった。


「ま、できた物はとにかく……残念ながら一基のヴィ・シードで複数のディックが現像できるという結果が出たわけや」池端が咳払い冷静を装う。


「はあ、なんやバラかいな……ガ、子供ガキとか出来とったらどうし――」と言いかける吉川を誠一が渾身の一撃で殴り飛ばした。


「へえ、自分の中からこんなもんが生まれたってのは、なんだか愛おしいね……」樹菜子はそっとバラを取り上げると、それを太陽にすかして微笑んだ。人の心より謎の機械を通して生み出された不自然でいびつな存在しえないバラ。質感は普通のバラと何ら変わらない、そして生命が宿っている――そう考えても、そう思っても、そう感じても、それは極自然な人の感情であると恵には思えた。


「折角こんなきれいなバラ、消してしまうのもったいないなぁ」恵が言うも樹菜子は再びヴィ・シードを取り上げて被る。


「いいのいいの。っていうかこれ実験なんだから。メグ、はいこれ持って」樹菜子はバラを恵に手渡し、自身が生み出した現像体を消去するためにヴィ・シードを装着した。


「まあ、いいんじゃねぇか? 記念に持っておけば。まさかそのバラが襲ってくるとも思えないからな。それに、それがお前の心ならなおさらだ、枯れないように大事にしまっておけ」


「クニさん……」樹菜子はバイザーを下ろす手を止め呆然とし、柴島に振り向く。そして大きく頷き小さく微笑む。それを見て恵はとても暖かな気持ちになった。


「なんか、ええ話になっとるな……俺は散々やゆうのに。にしても背中ひりひりするわ」と言うのは殴られた頬をさする吉川。


「ウチに生けてる花は全部クニがやっとるんや。ああみえて柴島は華道の師範なんやぞ、あ、これ秘密やった!」と笑うのは大輔。いつも絶えない家中に生けられている花は人知れず柴島が手入れしていたのだ。


「へええ、柴島さんが? ウチはてっきりお花屋さんが来てるのかと……」


「恵もそのうちクニに教えてもろて出来るようになったらええねん」


「えー、また仕事ふえますやんー」どっと笑いが膨らみ、和やかな空気が辺りを包んだ。


「なあちょっと! 俺の背中どないかなってへんか見てくれやぁ」頬を腫れ上がらせた吉川が着ていたTシャツの背中を捲り上げる。


「あんたいつも大げさなんだよ。どれ? ……ぶっ」吉川の背中を覗き込んだ樹菜子は大きな目をさらに大きく見開いて、顔を歪め笑いをこらえていた。それを見て誠一も恵も覗き込むが、同様の反応を示す。


「わっ、笑うな! お前ら笑うな! 笑い事じゃあねぇ!」と言いながらも誠一は自身の笑いを止められない。


 吉川の背中にくっきりと焼き付け(・・・・)られたのは、さきほど吉川が現像した“物体X”の絵だった。いつか見た“一つ目小僧”と同じく、刺青のごとく中心に“物体X”の全体像とそれを取り巻く法陣状の記号。


 つまりここから判断されるのは、現像した架空体が解除されるとディベロッパーの背中にイメージが焼きついてしまうということだった。


「ええええ! 殺生や! 俺こんなもん背負って生きていかなあかんのですか!」吉川は樹菜子が自前のスマホで撮影した背中の写真を見て叫んだ。


「お、お前の中の大事なもんだろ、自ら実験台になったんだ、諦めろぉ」という誠一はやっぱり笑いをこらえられない。


「こんなんなるんやったら、もっとええもん現像しとけばよかったぁああ!」


 吉川の慟哭が響き渡る中、その背後で必死になっている一人の男がいた。池端ではない、豊富英善その人である。彼がさっきから一切の口を挟まなかったのは、それどころではない状況に直面していたからである。


「確保したディベロッパーには必ずしも刺青があるとは限らない。つまり解除した場合は刺青となって残るが、俺たちが分解してしまった場合は刺青には残らないと考えられるな」誠一は豊富をよそに吉川の背中に残されたものの考察を始める。


「確かにそう言われてみればそうね。公安の方にも確認してみればはっきりしそうね」樹菜子も同意する。「ともあれこれで現像のプロセスははっきりしたな。まだ他にも機能があるかもしれんが今日の所はお開きとしようか」と大輔が締める。


 しかし目下問題なのは博士の方の巨大ロボットである。まだ相変わらず巨大ロボットは立ったままである。これを収めてしまわねば解散も出来なければ、夕飯の用意も出来ないと、恵は心の片隅でやきもきしていた。


 周囲には解除操作のクリック音だけが空しく響いて一向に何も起こらなかった。


「なあ、博士。消えへんでぇ?」


「うっうるさいわ。メグミンは黙っとり!」ヴィ・シードを被ったまま腕を振り上げ豊富は怒鳴る。


「壊れたんじゃねぇの?」


「たっ、タノキンも黙っとれ!」タノキンとは田能誠一のあだ名である。


 誠一、恵、樹菜子、吉川、それぞれ博士が何をしているのかはわからないまま見守るしかない。


「博士、何やってるんですか」柴島がもどかしさを露わに、ヴィ・シードを脱いだり、別のものを被ったりしながら独り言を言っている豊富に駆け寄った。


「どうも、やっぱり現像した時のヴィ・シード以外では解除はできんらしい。他人がヴィ・シードを被ってやっても出来ん。現像したディックを解除するには現像した者のイメージを逆流させなあかんから一人のディベロッパーに一つのヴィ・シードと一体のディックちゅうことや」


「ほお、なるほど。こちらも樹菜子の実験でわかりましたが、一つの機器を複数で共有することはできるようですね。まあ、日も暮れてきましたし、博士のアレもそろそろ収めましょう、検証はいずれまた――」


「……きんのや」


「は?」


「やから、解除できんのや、ベム……」豊富は申し訳なさそうにベムこと柴島に小声で言った。


「ど、どういうことですか! っていうか前から思ってたんですがなんで私はベムなんですか?」驚きながらも声を落とすことに努める柴島だが、ついでにどさくさに紛れてあだ名の由来を訊く。だが、豊富は後者の質問には答えず、直面する事実だけを述べた。


「どうも、このわしが現像した機械ヴィ・シード……壊れたみたいや……容量オーバーか、も……」



 これに大輔と、屋敷を預かる誠一と恵が激昂したのは言うまでもない。


 反面、たまたま帰宅してきた美千留はうっとりとした目を向け、凛は飛び上がって喜んで、尊は興味深げに観察した。


 DOSで分解してしまえば事は収まるが、ともあれ豊富に影響が及ぶのは好ましくはないと、結局この巨大ロボはそのまま山吹家に保管、というか保存せねばならなくなった。博士自身が操作し移動を試みるも、実際に頭頂高五十メートルを越える巨体が歩けばちょっとした地震が起こり、道を破壊しながら進むことになる。そのため移動は極力控え、山吹家が持つ生駒山中腹の土地で留まり、検証を行いつつ今後の取り扱いを考えるしかないという結論に至った。


 しかしながら、生駒山に腕を組み尊大にそびえたつくろがねの巨人は大阪の新しい観光スポットとなり、その道程となる石切近辺は日々観光客を集めるに至り、不本意ながら地元は大変繁盛した。


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