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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第三章:ヴィ・シード 第四話 「ヴィ・シード」
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戦闘家政婦―ヴィ・シード 4-3

「ほな再開や。ヨッシー、現像開始ボタンが緑の奴や、押してみぃ」


 そう言われ吉川はわずかに首を傾け本体から伸びたコードの先にある黒い箱のボタンを操作した。


「うっ、おおお、あああ……はあぁ」悶絶というか快感というのか、妙な声を漏らしながら恍惚の口元を浮かべる吉川。体はぴくりぴくりと脈動を繰り返している。


「キ、キモっ!」眉をひそめて口に手を当てる樹菜子。


「ヨッシー! 大丈夫?」恵が駆け寄ろうとするのを豊富は左右に首を振り、手のひらで制した。


 やがて吉川が座する前方の空き地にプラズマ光のような閃光が走る。


「あ、あれってディックが出現するときのと同じや!」


「そうや、吉川のアホが現像したとはいえ、これも現像体やからな、メグミンよう見とき。はい、どーん、とぉ!」豊富はマジックショーのように手のひらを指先まで伸ばして何もない前方の空き地を差し、現像体が現れると思われる方向へ体を向けた。


 ヴィ・シードの現像操作からDICの現出まで一分足らず。無論規模にもよるのかもしれなかったが、やはりDFSも使用せずに何もなかった場所に突然現れる物体には一同驚きを隠せない。


 しかし、それよりもGODSのメンバーを驚かせたのは現像されたその物体の容姿である。


「ぶっ……! って、これぇ!」


「なんじゃぁ、こりゃあ……?」


 皆が口々に意味を成さない言葉を発し、瞬きを忘れた目は見開いたまま、しばし時間が止まった。


 下から粘土細工で作ったような、かろうじて車と判別できる赤いアメ車風の物体、その屋根から生えるのは下肢より上、顎より下だけのミロのビーナスのようなポーズで屹立する乳房が異様に巨大な女性の裸体、その両腕に当たる部分にはブリキのロボットについているような粗末な作りのロボットアームにC字型のマニピュレーターで、反対側の左手はアメリカの飲料水メーカーの明滅するネオン管サインがいびつに配されており、なによりビーナスの顔面部分は豊富英善のそのもので、頭髪は美しいブロンドで飾られている。


「ま、こういうことや。このアホの頭の中にあるものを物理化するとこういうもんが――」


「うっ、動くぞこいつ!」池端が身構え、樹菜子は即座にDOSに手をかけ電源を投入する。


 しかし目の前の“物体X”はクネクネと気持ちの悪い動きをしながら、ニヤニヤと笑う豊富の顔がゆらゆらと揺れ、ロボットアームはギーコギーコと音を上げて前後運動をし、ネオン管はチカチカと明滅している。だが下半身の車らしき何かは動きすらしない。


「悪趣味な……」柴島が険しい顔をさらに険しくさせた。


「なんか、吐きそう……」樹菜子も顔を不快感で埋め尽くしていた。


 当のディベロッパー、吉川は恍惚の表情を浮かべて心ここにあらずといった状態で、椅子にだらりと座ったままだ。豊富は吉川からヴィ・シードを外して見せ「ほれ、現像されたあとはヴィ・シードがなくてもディックは形を保ちよる。おい、ヨッシー、目の前のディックに意識集中して動かしてみぃ」


「う、ちょ、ちょおまって。頭がぼぉっとして……ええと、こうか?」


「それ、右むいて、左むいて、右手挙げて左手挙げない」


 するとどうだ、吉川のDICがテンポよく豊富の出す指示で動いている。正確には豊富の指示を聞いた吉川がDICを動かしているのだが、吉川はまるで自分の手足のようにそれを動かせるという。


「ディックからはなんか見えるか?」


 吉川は目を閉じて眉間に皺を寄せる。


「おっおお、見える見える。俺が椅子に座ってるのも見えるわぁ、なんやこれ? おもろいなぁ」


 当の“物体X”に据えられた豊富の顔面の両眼が、ギロギロと辺りを見回す様は不気味としか言いようがない。


「ちゅうこっちゃ。ディベロッパーはディックを現像してる間は自分の分身みたいに動かせるんやな。よお出来とる」


 豊富の妙な落ち着きに違和感を覚える恵。豊富の弁はまるで以前から知っていたかのような言いようである。


「しかし妙だな。 我々がこれまで見てきたディックはこない不完全なもんやなかった」池端は“物体X”に動じることなく、顎をさすりながら冷静に感想を述べる。


「そ、そうやそうや、鎧武者とか、蜥蜴男もそうやったし、他にもモンスターとか戦闘ロボットともやりおうたけど、もっとちゃんとしとった!」恵が口を開く。


「ハム太郎もメグミンもええとこ気が付いたな」さも当然だという風に豊富は鼻を鳴らす。


 蛇足ではあるが、豊富は誰彼となく勝手にあだ名をつける癖があり、恵のように愛らしく“メグミン”と呼ばれる場合は良いが、池端のように“公安の池端太郎”を略して“ハム太郎”などという失礼なあだ名をつけることもあり、さすがに池端は豊富にそう呼ばれるのを面白くは思っていない。


「この出来そこないのディックはさっきも言ったように、ヨッシーの頭の中から出たもんや。つまりこいつの一部から生成された想像の具現体や。つまりこのアホの頭の中にはこういうもんが詰まっとる訳やけど、想像力と集中力が足らんから一つの形に出来んのや」


「では、対象を克明にイメージできればそれだけ緻密な現像が出来る、と?」池端が被せる。


「そういうことや。それとな、このヨッシーの場合は自分の欲望の妄想や、人間誰しも手に入らんかもしれんけど手に入れたいって思う物があっても、それを想像しきることは難しいもんや。今までのディックみたいに緻密なもん現像するには相当の想像力がいるんやろな」



「それでも……なんてゆうか……今までのディックの傾向としては趣味性が偏ってると思うんはわしだけか?」実験を開始してから初めて山吹大輔が口を開いた。


「そや、そう思うやろな。ブッキーの言う通りや。ファンタジー系のモンスターが大半を占めてて、あとは架空兵器が多いな。おそらくは映画とかのフィクションで観てるせいもあるやろう。次元物理科学以降、素粒子の解析で機械工学から生物工学まで理論だけは完成してると言っていい。ただそれらを実現する意味がないのと、設備も技術もないから物質として組み合がらんだけで、契機さえあれば存在しても不思議やないと思うんはわしだけやろか?」豊富はじろりと池端の顔を見、左の口角を上げて嗤う。


「かつ個々人の思い込みや理想が盛り込まれてなおかつ、その知識を理論づける思考回路が伴っていれば、よりリアルな現像ができる。それが各種のマニアなら一定の偏り方も頷ける」誠一が豊富の弁を補足するように言う。


「じゃあ、ウチらが戦ってきたんは、そのマニアな人らの頭の中にあったもんゆうことなん?」恵の言葉を受け、池端は傍らに置いたアタッシュケースを開き、一冊のファイルをめくり始めた。


「ジャンルが一定してへんからそいつらに共通項はないと思って見過ごしたんやろ」


 何が言いたいのかは解っている、といった眼差しを向けて豊富を睨んだ池端は口を開いた。


「本……」


「本は本でも?」豊富が促す。


「アンダーサイエンス誌……ディベロッパーの多くは皆アンダーサイエンスを一定量所持していた……つまり――」


「アンダーサイエンス誌はネット販売オンリーで通販サイト『ジャングル』でしか扱ってへんねんや。これは立派な共通項やわな」


 そうか、とファイルに向き直った池端は、すぐに懐の携帯電話を取り出しどこぞにかかけ始めた。


「まあ、ディベロッパーの素性やヴィ・シードの入手経路について考えるのはハム太郎の仕事や。わしらは結果だけ聞けばええ。それより現像体の検証や」


 誠一がDOSを片手にしたまま、吉川の現出させたDICに歩み寄る。「とりあえず、こいつ、どうしますか?」


「それなんやけどなぁ……わしはこれを死なん程度にちょろっと解剖してみたいと思うんやが……あかんか?」屈んだ豊富が頬杖をつき目を輝かせながら“物体X”を仰ぎ見て言う。


「と、いうと?」大輔が傍で問いただす。


「いやな、それ壊したら当然ヨッシーにバックラッシュは来るわけやけど、たぶんその部分のゴーストも壊れるっちゅうことなんや。まあこのアホの妄想がちょっと削れるくらいどうってことはないんやけど、願望とか欲望に直結した現像架空体やから、それの元になる記憶の方が連鎖的に消えてまうかもなぁ、おもて……」


 どちらにしても良くはない。そういう危険性があるのならなぜ最初に言わなかった、と山吹大輔は激昂したが後の祭りである。


「それやったら博士が実験台になっとったらええかったやんかぁ!」恵も樹菜子に抑えつけられながら怒ったのだが、こともなげに豊富はこう言う。


「当然やないか、ワシも試したうえでのことや」


「じゃあ、博士は“それ”どうしたんですか! 博士のそれを解剖したらええやんか!」


「いやな、我ながら天才やなぁ思うんやけどな、あれやねん」


 そう言って豊富が指差した広大な山吹邸の庭先には、首を伸ばしきり見上げなければならないほどの、全高五十メートルはくだらない巨大な鋼鉄製のロボットが屹立していた。黒と白の半球形を組み合わせて作られたような胴に同じく円筒形の四肢。握り固められた両手は確かに五本の指がついており、頭部は遥か上にあり張りだした胸部に阻まれて下からでは確認できない。


 そう、往年のテレビアニメの主人公が操縦するスーパーロボットのそれに似た大仰な容姿を併せ持つ巨大ロボットが地上に巨大すぎる影を落としてそこに屹立していたのだ。


「いっ、いつの間に……」さすがの大輔も目を丸くして言葉を失った。


「さっきからずっとあったんやで。あんまりにも皆気づかんから、なかなか言い出しにくくてなぁ。それに出来が完璧すぎて、一人で事前実験したはええけど、お前らに見せても信じへんやろ思ったんや」


 豊富が腕を組み目を輝かせてロボットを見上げる背後で、一同は口をぽかんと開いたまま、首が痛くなるまで見上げ続けていた。


「ワシなあ、子供の頃からずっと、いつか巨大ロボ作ったんねんって思っとってん。ほんでとりあえず工学博士になったんや。次元物理科学が出来てから材料工学も進歩したやろ? ほな構造とか機構とか動力も全部実現できるなぁって思って本物作ろうとしたら、助手らが総出でわしのことを止めよったんや。まあ、なんちゅうか、その鬱憤がこういう形で現れるんやなぁって――」


 わざとだ、恵はそう思った。いや、おそらくはそこにいた全ての者が恵と同じ感想を抱いていた。それは豊富のにやけた横顔を見ればわかることだった。無論大輔の指示は「直ぐに解除して消せ」である。名残惜しいという顔を向けながら渋々豊富は“自分が使用したヴィ・シード”に手を伸ばす。




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