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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第三章:ヴィ・シード 第四話 「ヴィ・シード」
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戦闘家政婦―ヴィ・シード 4-1

 桜並木が美しい公園の傍らで物々しい公安の特装バンが停留していた。花見に興じる客たちは警察警備の一端だろうと特に気にも留めていなかったが、車内では数名の公安機動隊員が待機していた。


「せめて表で花見でもできれば何時間でもいられるんですがね」


「そいうわけにもいかんだろ、俺たちが表で雁首揃えて立ってたら市民が警戒するだろ。警察にはそういう配慮だって必要だ。ま、こんなのも土日のピークだけだ」


「っていうか、外のあの人ゴッズの人でしょ? いいんですか、いざって時に使い物にならないようじゃ困るんですけどね」


 バンの傍らで簡易のアウトドアテーブルを出して、七輪で炭をおこし、晩酌よろしく日本酒を煽る田能誠一がいた。瓶の液体の残量を勘案するに五合は一人で飲んでいる。だが彼が酩酊しているといったふうには見えなかった。


「彼はお前が心配するようなタマじゃねぇよ。それに状況が展開するまではただの一市民だ」公機隊員の先輩格、この集団では班長の任を負う中年の男は腕を組んで、対面の若い隊員に言う。


「はあ、妙なことになってますよねぇ。その一市民がディックに対する切り札なんて――」


「仕方ねぇだろ。今のところ対ディック戦闘は彼ら(ゴッズ)に頼るしかないんだ」


「あーあ、やってらんねぇな。強くてイケメン、仕事はスマートにこなす、これで性格までよかったら俺落ち込むわぁ」


「はあ? なんでお前が落ち込むんだよ?」厳しい面を崩して班長は呆れた。


「ええ? 先輩なんも思いませんか? これだから中年は――に、しても醤油の焼ける匂いってそそるなぁ、俺も呑みてぇ」開放したバンの後方ドアから、道端の誠一を恨めしそうに見る若い公機隊員は愚痴を漏らす。


そんな隊員の言葉が耳に届いたのか、誠一が突然バンの方を振り返る。


「食べますかー?」


「え?」若い隊員がギョッとする。


「焼きおにぎり。とりあえず五人分。手ぇ空いてたら食べてください!」


 桜の樹の下で、GODS西国本所の筆頭、田能誠一は歯を見せて笑っていた。それはいささか若すぎるとも思えるような無邪気さと屈託のなさで、若い隊員はもとより、班長の隊員も目を丸くして巷での彼の評価を本当に信じても良いのだろうかとぽかんと口を開けていた。




花見真っ盛りの大阪城公園や京都の円山公園など主要な桜スポットには公安と連携し、あらかじめ公安の特装バンを待機させ、有事に即応出来るよう計らわれていた。


 これまでヴィ・シードおよびそれを使用するディベロッパーは、組織的に次元転送社会の混乱を招く目的があるものだと考えてきたが、検証を進めてみれば、動機は恨みつらみ、妬み、やっかみといった極めて個人的なものから、あたかもGODSとの対決を試みるかのような、あえて形容すればゲーム感覚で現出と解除を繰り返し誘うような挑発的な行動が見え隠れしていた。畢竟、彼らは組織ですらなく、共通した“次元転送社会の破壊”という大義すらないのではないかと疑義が高まるのも無理はない。


 その最大の根拠となったのが、先日樹菜子が現場で確保したディベロッパーである。彼は高瀬の家の目と鼻の先、目視で確認できる距離に住む三十代のニートであり、文字通り彼の部屋からは恵と高瀬の姿が見えていた。


 今回のディベロッパーは現象回数が少なく、ゴースト遡壊が比較的少なかったため得られた情報ではあるが、“幸せそうな人間を見ると殺したくなる”という身勝手な証言を繰り返しており、遡壊の影響からか罪の意識は極低い。つまり彼が部屋の窓から見た恵と高瀬の姿が逢瀬と映り、それを妬んだニートの男が行動を起こしたとも取れる。



 あくまで推測の域は出ないが、DICの現出時期には一定の法則があるのではないかと誠一は言う。それは、クリスマスや大規模なイベント時、あるいは世の中が浮き足立つ年末年始、バレンタインデーやホワイトデーといった小規模ではあるが、浮かれた空気感の前後でDICの現出が確認されているということだった。この傾向の興味深い点は、日本各地の現出時にばらつきはさほどないが、世界規模で見れば統一感がない。


 つまり、日本国内におけるディベロッパーの行動原理は国内で催されるイベントを混乱させ、破壊することを目的としているとしてもよい。ディベロッパーは主に各種のイベントごと、つまり客観的に人々が幸福感に興じているシーンを狙っていると思われる。


 そのためGODSは公安五課特捜係との情報共有とともに、戦闘介入とディベロッパー捜索を依頼し、できるだけ多くのディベロッパーを確保、個人データの洗い出しで連携を密とし、ヴィ・シードが孕む本質的な謎へと探りを入れる方針に切り替わりつつあった。


 だが、この一連の作戦に恵の姿はない。


 先の戦闘での命令無視、周辺への被害を最小限に留める努力を怠るなど、今後のGODSの立ち位置を不利なものにする行動に対し無期限の謹慎を言い渡され、DIRECTドライバーへのアクセス権を一時的に停止されていた。


 元の姿に戻ったと言えばそれまでだった。




 滔々とたゆたう夜の鯉池の水面に、庭の桜の花びらが落ちてゆくのをぼんやりと見つめながら、湯上りの心地よさに身を預けていた。だがその様子とは裏腹に恵の心中は穏やかとは言えなかった。


 人には健やかに生きる権利がある、そして生命を尊ぶ義務ある。その文言はすべからく保証されるべきものとして生きている者がいかに多いことか。だが反面、自身には責任が課されているわけではないからそこには自由はある、権利を主張するも行使するも尊ぶも自由である、死を選択するも他者を死に至らしめるも、究極的にはそれまでも自由である、などと垂れる。


 恵はGODSに参加してから、この国の人間が謳歌する自由権利至上主義にはずっと疑念を抱いている。そこに最低限の個人としての責任は生じはしないかと。だから自分がGODSで活動することに一定の納得はしている。


 今のところディベロッパーはヴィ・シードを介してDICを操作していると考えられている。ならば彼らは何がしたかったのか。人々が怪物に恐れおののく姿を見て楽しかったのか? そのような趣味性を持つ者ばかりがヴィ・シードを手に入れたのか? 自らが努力もせず世の中から落伍していったにも関わらず、不遇さを主張し自身を変えることもせず駄々をこねるような人間達が。


 現行法ではヴィ・シードとDICの関係性が担保されない限り、犯罪者として裁くことすらできない。彼らからヴィ・シードに対しての聞き取りを行い、それが済めば保護観察院に送られて更生措置がとられるが、実際は生き残ったディベロッパーは、物理的に(・・・・)ゴーストを削った成れの果ての者たちである、更生の見込みはほぼない。そういったことも現在の社会情勢では公表することも出来ない。


 こちら側から見ればD&Dはやはりヴィ・シードの存在を意図して隠したがっているとしても良いだろう。D&Dとてそれを狩る義務と使命を受け、力を行使する側だ。はっきりとDICの後ろ側に“犯罪者”がいるとした方が自身らにとっても活動が容易なはずなのにそれをしないのは、彼らか、その大本のデフィに後ろ暗いものがあるという風に考えられる。考えたくはなくともその方が自然なのだ。


「恵ちゃんどないしたんや? 難しい顔して」縁側で膝を抱えて考え耽る恵に、通りがかりの吉川が声をかけてきた。


「だああ、わからん!」


 洗って櫛を通したばかりの頭を両手でぐしゃぐしゃと掻いて叫んだ。


「な、なんや! 外されてストレスたまっとるんかぁ?」


「外された訳やない、休業中なだけや」


 ぶすっとした顔を吉川に向けることなく、縁側の下にある池に両足を投げ出した。足元を泳ぐ色鮮やかな錦鯉が餌をくれるものと勘違いして悠々と泳いで恵の側に寄ってくる。


 しばし恵と吉川は黙って池の水面を無言でぼんやりと眺めていた。鯉を見ていたとて答えが浮かぶわけではないが、何かがそこにあるような気がしてならない。


「この鯉もウチらもみんな、どうっちゅうことないただの素粒子でできた物体やなんて信じられんわ。情報子がこの子らの模様を記憶してるってことなんやぁ。綺麗やなぁ」


「錦鯉っちゃあ観賞魚として、海外の金持ちの間では高値で取引されとるんやで」


「へぇ? そうなんや」


「けどな、ただ輸送が面倒でな。鯉にストレスもかかるし途中で死ぬ奴もいる。一匹何千万とかする奴もおるから気が気でないねん。で、そこでDFSや」


「あれぇ? 生き物とか食べ物は転送したらアカンのちゃうかった?」


「日本は認可おりてへんけど、海外じゃ食料品転送はメジャーや。生物はどこの国も認めてないみたいやけど、こいうのは大人の事情でな、美術品として転送が許可されとる。おかしなもんやろ」


 それを聞いて恵は妙な気分になった。


「なあ、ヨッシー。それ、転送先でもなんも変わらんと生きとるんやろ?」


「あたりまえやんけ。死んだらなんもならへんがな」


 誠一が言っていた、人間は魂を持つが故に転送ができないのではないか、という仮説。いや、そもそもゴーストが存在するとする仮説。


 生きた鯉は転送しても何ら問題はないのだ。鯉にゴーストというものがあるのかどうかは解らないが……。


 人間以外の動物は出来ても、人間が転送できないのは動物が持っていない何かがあるからだ。あるいは突き詰めれば動物でも人間に近い種目はできないのかもしれないが、今は確かめる術はない。


 DICは転送してくる――ディベロッパーの意思で動いている――人間は転送できない――ゴーストは転送できない――ゴーストを自在に制御するGR技術――。


「もうちょっとや、もうちょっとでなんかわかるような気がする!」


 恵は傍らの吉川が驚いて飛びのける程の勢いで立ち上がり、両手を伸ばして縁側の檜の柱に掴みかかった。


「おっい、びっくりするやんけ。なんやいきなり?」


「なんか、まだウチらは知らなあかん事を知らんままや、そんな気がするねん!」


「……恵ちゃん。俺なぁ、思うんやけど――」言いつつ吉川は恵の隣で縁側に胡座をかいて池の中を覗き込む。「もう、ええんちゃうか? これ以上ゴッズとかディックに関わることないんちゃうか?」


「ええ?」


「さすがになぁ、本人にやる気があっても、いくら戦力になるゆうても、恵ちゃんは普通に生きて普通の学生生活したほうがええで。そら、前の高瀬君とか、マキタ君とかのことで責任感じたり、怒り憤りもするやろうけど、そやけど荒事をわざわざ自分自身先頭に立って片付けなあかんことないやん。そんなんは裏稼業の俺等がやったらええことやねんから――なんかなぁ、俺はおやっさんに申し訳なくてなぁ」


 吉川の言いたいことはわかる。五郎と個人的な付き合いも深かった吉川がそのように言うだろうことも予測は出来ていた。以前にも山吹に言われたのと同じように突っぱねたかったが、現実と対峙し続けた今となっては、それほどまでに覚悟ができているのかと問われれば苦しいと言わざるを得ない。正直頭も体も限界一杯まで使っている。


「なあ、ヨッシー。父さん怒ってるかなぁ」


「さあなぁ……おやっさん優しかったけど頑固な人やったやん? 一回決めたことはやり通すって。それで損してるとこも結構あったと思うけどな」


「……うん」


「やから、別に怒ってないとは思うで……せやけど、心配してるかもしれん」


 春の夜の生温かな空気が流れ、どこからか季節特有の匂いを運んでくる。恵は鼻腔をくすぐられくしゃみを放ってしまう。


「ほら、湯冷めすんで」吉川は立ち上がり、恵を促す。


 人は自然に、いや、日本人だからだろうか。亡くなった人のことを思い返す時に、あたかもどこか別の場所にいるかのような表現をする。所謂天国だとかあの世だとかそういう、この世とは別の世界をどこかに持っている。


 それが次元物理科学でいう並行次元帯なのかはわからない。


 人は何故死という概念を持ったのか。死後の世界、霊の存在、生きるものとは別の存在。生と死との境界は肉体が自発的に生命活動を行っているかどうか、とこの世界では規定されている。


 では肉体はなぜ、どうして自発的に活動をしているのか。


 人はそれを“生きているからではないか”と一笑に付すかもしれない。


 だが根源的に考えれば、質量子、熱力子、情報子の三元素粒子だけでは肉体が構成されるだけなのだ。人形と同じなのだ。ゴースト、すなわち魂の存在を認めなくてはその 単純な理屈として“人間が生きている状態”が成立しない。


「あかん! やっぱりわからん!」


 ここまで恵は思考を凝らしたが、最後はやはりシナプスがオーバーヒートした。


「はよ寝ぇや。明日から学校やろ? 足らん頭で考えても足らん考えが浮かぶだけや。俺はそう思うから難しいことは考えへん。解る時が来たら解るやろ思うだけや」


 別にカッコいいことを言ったわけでもない吉川の背中が、なぜか随分大人に見えた恵だった。


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