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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第三章:ヴィ・シード 第三話 「ハルヨコイ」
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戦闘家政婦―ヴィ・シード 3-6

「え、あ、あの、高瀬君、いきなりそれはちょっ……と」と、言う間もなく高瀬の体は恵を押しつぶすように近づいてくる。高瀬の背後の街路灯が作り上げた長身の影は、おののく恵にとり憑くかのように覆い被さってくる。


 結局男とはこういうものなのだろうかと幻滅すると同時に、これこそが二十数年前、男性が女性を口説き落とす為に繰り出した “壁ドン”という必殺技なのだと理解する。この危機を乗り越えるには鳩尾に掌底打ちか、膝蹴りによる急所攻撃か、いや、技をもって投げ飛ばすべきか、などと、既に恵は頭の中でいくつかの選択肢を掲げていた。


しかし高瀬は全身に力を込めたかと思うと、突然体勢を立て直し、恵に背を向け両手を広げ“何か”から彼女をかばうように立ちはだかった。


同時に恵の左腕のブレスレットが振動を始める。


 高瀬の学ランの背中は裂け、中のシャツからは血がにじんでいる、そしてその大きな背中の向こう側には、時代劇から抜け出してきたような複数の鎧武者が二人を囲うように刀を突きつけている。


「な、なんや、お前ら!」今にも崩れそうな体を頑強な両足が支え、うわずった声ながらも高瀬は懸命に背後の恵を守ろうとしていた。


 DICだ。


 ブレスレットからは相変わらず呼び出しがかかっているが、応答できる状況ではない。だが、もう、以前と同じ轍を踏むわけにはいかない。


 住宅街のど真ん中で閃光と共に鎧武者の集団が次々に現れる。ディベロッパーはこの半径五百メートル圏内にいる。懐のDOSはヴィ・シードから発生する次元波動を感知してインジケーターランプが明滅している。GODSはこのDOSの副次的な機能を使うことで指向性次元波動を辿り、おおよそのディベロッパーの位置を特定することができた。


《メグ! 無事か! すぐにそっちに向かう》恵は通信をオープンし樹菜子の呼びかけに応じた。


「樹菜子さん! こっちは大丈夫! ウチ一人でやれるからディベロッパーの捜索始めて!」


《了解ぃ、本所全隊員に通達、これより作戦行動MT42M282024発動、現場指揮権はG3とする》


「か、加納……さん? 誰と……?」高瀬は痛みのせいから意識は朦朧としていると見え、ブルブルと膝を震わせていた。無理もない、背中をあれだけ斬りつけられたのだ。むしろまともに立っていられる怪我ではないだろうに、恵を守ろうという気持ちが彼を立たせていた。


 だが、下手に手負いの彼が手を出し、動き回れば状況は悪化する。


「高瀬君、ごめん!」そう言ったと同時に高瀬の膝裏を蹴り崩し、肩を引いて家の門の内側へと引きずり入れる。恵はそのまま崩れ落ちる高瀬を支えそっと地面に臥せさせ、立ち上がり門の外側の鎧武者へと体を向け、コートの懐からDOSを引き抜き眼前へと一文字に突き出す。


 DIRECTを起動させ、転送の光波を帯びながらDOG、轟天不知火を纏い鎧武者の集団に飛び込む。


「また……また! なんであんたらは大事な時に限って出てくるんやぁっ!」

 恵の怒りは頂点に達していた。


 また目の前で友達が傷つけられた。その怒りは構えたDOSに伝わり、鎧武者の集団を薙切りにするだけでは足らず、その向こう側の住宅の塀や電柱までをも切ってしまう。


 いくらでも出てくればいい、全て斬って捨ててやる。倒れかける電柱が電線を破断させ、火花を散らし、辺りは一斉に停電し、暗闇に沈む。付近の住宅からは混乱の悲鳴が上がる。不知火のヘルメットバイザーに装備された暗視装置ノクトアイにより戦闘視界の明度は一定に保たれているが、恵の目から見たDICも同じく暗闇でも運動能力が落ちた気配はない。


 恵は雄叫びをあげ住宅街の一角を埋め尽くす鎧武者の集団を切り伏せる。相手も刀を持っているが鍔迫り合いなどはない。恵が振り下ろす{光学剣|DOS}はすべての物質を分解する。相手がどんな武器や装甲を持っていたとて{中|あた}りさえすれば関係はない。それがDOSによるDICとの戦闘だ。


 狂気の戦士の前に無残に切り裂かれ、白濁液を噴出させて次々崩れ落ちてゆく鎧武者達。


 彼らが人の形をしていようと怒りに身を任せた恵には関係がなかった。


 一体一体はDICの現像容積としては小さいが、数が半端ではない。USJでのゾンビの数に匹敵する。恵の轟天不知火が一体潰すごとにディベロッパーはイマジナリーバックラッシュを食らっているはずだが、その都度のダメージは少ないと考えられる。


 なぜならDICが破壊される時に発生する、イマジナリーバックラッシュという{遡壊波動|そかいはどう}は現像したDICの規模に比例するためだ。巨大で強力な個体を一体生み出すのと小さな個体の集団を生み出すのに消費するディベロッパーが削るエネルギー量は同じだが、強大なDICを破壊された時のリスクのほうが高くなる。そのため小規模のDICを複数発生させ、消耗戦に持ち込むという戦術を取るディベロッパーが少なからずいる。


 いずれにしてもGODSのDOGの前では無力なものだが、被害を被る民間人や施設としてはたまったものではない。特にこれほどの数のDICをすべて片付けるには長時間を要する。


 だが反面、この状況はディベロッパーの捜索をする樹菜子にとっては都合がいい。時間をかければかけるほどディベロッパーを生きたまま発見できる可能性がある。


 もはや戦闘経験を積んだ恵にとって多勢に無勢だろうが、以前のUSJのような無様な戦闘にはなり得なかった。


 迫りくる鎧武者の集団を躊躇なく切り捨ててゆく。無駄にDOSを振ることもなければ打ち漏らすこともない。恵のふるう刃は確実にDICを捉え殲滅していった。


《こちらG3! ディベロッパーを発見! もういいよ!》


 通りの片側をあらかた片付けた恵は踵を返し、反対側の通りを占拠する武者の集団へ駆ける。


《G5! メグ! 聴いてる?》


 ちゃんと聞こえていた。だが自分の手ですべてを消し去ってやりたかった。この誰かの想像から生まれたであろう現像架空体はディベロッパーと精神的に通信している。視覚とて共有しているかもしれない。こちらの言葉が聞き取れるならどれほど文句を言いたいか。


 臆病者。


 恵の頭の中にはこの三文字しか浮かばなかった。


 表立って不満を訴えることもできない臆病者なら、人知れず縮こまってイマジナリーバックラッシュの痛みに耐えればいい。それで命を削ったとて知るものか。いちいち胸を張って生きている人間が臆病者を慮って接してくれるとは限らない。みんなみんな毎日を必死で頑張って生きてる。だから邪魔するな、と恵はその手で振るうDOSですべてを薙ぎ払い、消し去ろうとしていた。


《こちらG2。G4を現場に落とすぞ》


 柴島が操縦するGODSの支援輸送機のVTOLヴィトール『アウル』が爆音とともに現場上空に到着した。柴島が落とすと言ったのは輸送機の加速射出用ハッチにスタンバイしている吉川の『轟天金剛』だ。


《ちょ、ちょっと待ってや! この高さから? ちゅうか、もうあらかた終わってるやん!》


《住民の皆様にご迷惑はかけられんだろ。下で暴れてる狂戦士バーサーカーを、止めてこい》


《げぇ、なんで俺が……》


《G3より、ヴィ・シードを解除する! G5! 戦闘停止しろ、バックラッシュでディベロッパーが暴れて解除が出来ん! G2、G4の射出と同時に付近の安全確保と即時撤収準備ヨーイ》


《G2、りょぉかい》


《G3! おい樹菜子! 恵のアホンダラはぁ! どないすんねん!》


《ディベロッパーの確保を優先する、少々手荒でも構わんG5を拘束しろ、あと作戦中だ、名前で呼ぶなバカ!》


《止まらんようならG5はこっち(マスター)で強制チェックアウトさせる。G4、それも考慮してフォローしてやれ。座標確定、ハッチ解放、轟天金剛、射出カウント――二ィ、イチ……》


《うっそ! この高さ――! クニさんカウントみじっ――! ふっつう……わぁあああ!》


 上空百五十メートルでホバリングする機体から橙色の物体が弾丸のような速さで、恵の不知火に向かって加速射出された。




 身を呈して生身で恵を守ろうとした高瀬の怪我は命に関わるものではなかったが、鎧武者の刀は大きく高瀬の背中を裂き、春の地区大会出場は絶望的となった。


 休みの間、何度か見舞いに足を向けたが、バスケ部員や取り巻きの女生徒に姿を見られるのを嫌い、高瀬とは学校が始業してから顔を合わせることになった。

結局手紙も指輪も返すことができないまま、今は恵の自室の小物入れに大事にしまっている。


 高瀬の心中は複雑なはずなのに、始業式から教室へと戻る廊下で何事もなかったかのように友人との会話に花を咲かせていた。


「セタカぁ、おまえんち大変やったんやて?」


「おお、うちの町内戦国時代やったで」


「ほんで、それが名誉の負傷か? 通りすがりの女の子を助けたって聞いたぞ。お前かっこええのぉ」


「い、いや。まあ、そやけど途中で気ぃ失ってしもたから、ほとんど覚えてへんねんけどな」


 言いながら廊下ですれ違う恵と目が合い、すぐに視線を逸らした。


 夢だったと思ってくれればいいのに、と恵は思った。すべてを明かしてしまうことも考えたが、本人が覚えていないならば必要以上に話す必要はないと、柴島や樹菜子からも釘を刺されていた。


「加納さん!」


 背中を呼び止める声に恵は立ち止まる。高瀬は他の生徒で混雑する廊下を避け、下足室の隅へと恵を誘う。


「ごめん、何の連絡もできんくて。あのあと大丈夫やったんや? 病院にも運ばれてへんかったみたいやから安心はしてたんやけど……なんか俺、カッコ悪いことになってしもて」


「うん、あの時はありがとう……助けてくれたのに、なんのお礼も出来んで――その、ごめん、お見舞いにも行かんで……背中……大丈夫?」


 長駆の高瀬はあの時と同じように片手を壁について恵を見下ろしていた。


「さすがにまだ痛いけどな。でも加納さんが無事でよかった」


「……ごめん」


 涙混じりの消え入りそうな声で恵は言った。


「なんや、なんで泣くねんな?」


「やけど、ウチなんかのためにそんな怪我して……なんにもならへんやん」


「男が女を守るのは当たり前や、好きな人守ってついた傷や、名誉の負傷って奴ちゃうか?」


「そんなん……!」


「いや――これで俺も加納さんのこと好きやったって気持ち一生残せる。ま、この痛みは失恋の痛みみたいなもんや」そう言って高瀬は笑った。


 強がってはいることはわかる。どうして男はいつもこうなのだ。


「ウチは――」


 これ以上話すことはない。もう何も話さなくても良い。


 顎を引き上げた恵の頭を撫でる高瀬の目はそう語っていた。


 恵は彼が元の気持ちに戻って、再びバスケ部のエースとして活躍してくれることだけを望んだ。いっそ自分のことなど忘れて。


 ボロボロと涙がこぼれる。


 高瀬は友人の呼ぶ声に応えはしたが、その場を去ろうとしなかった。廊下から人気がなくなり、恵が泣きやむまでそばにいた。


「大丈夫か?」高瀬は恵の頭に載せた掌でポンポンと軽く二度ほど叩いた。


「ありがとう」洟をすすり恵はできるだけ元気な声を振り絞った。


 高瀬はゆっくりと踵を下げ、恵から体を離した。そして、その場を去りながら少し振り向いて「いろいろ忙しいかもしれんけど、来れたら夏の大会は応援に来てくれや」と言って、笑った。


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