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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第三章:ヴィ・シード 第三話 「ハルヨコイ」
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戦闘家政婦―ヴィ・シード 3-4

「なあ、樹菜子さん。ちょっとええ?」東京での仕事で美千留がいない今、山吹家で頼れるのは同じ女性の樹菜子ぐらいだった。


 玄関を素通りしてそのまま奥のGODS本部へと足を向ける。コンクリート造の厳重な建物は地上一層、地下三層建てで屋敷の表側からはちょっとした倉庫くらいにしか見えない造りになっている。地上から数段階段を下りた位置に入口があり、恵はIDスロットに左手首のブレスレットをかざしドアを解錠する。ちょうど地階の中二階にあたる入口からラッタルを伝って、一層部分にある装備室へと向かう。


「どうしたメグ? 学校帰りにこっち寄るなんて珍しいじゃん」作業机に向かっていた樹菜子が手を止め制服姿の恵に振り返る。傍らには火の着いた煙草が灰皿の上で紫煙を上げている。


「なにしてはるんですか? 樹菜子さんの『蒼龍』調子悪いんですか?」


「整備っちゃあ大げさだけど、肘の部分に違和感あってさ、微調整してる」


 GODSの装備室にはDOGをはじめとする装備類が専用の転送ハンガーに保管されており、そこからDIRECTにより現場の隊員の元へと瞬時に転送される仕組みである。恵のDOG、不知火も右端のハンガーにセットされている。


 ここGODSのDOGは日本の神話や伝承の中で登場する神や幻獣や神獣、あるいは魔物の名が付けられており、樹菜子のオーバードライブは丸みを帯びた誠一の赤鬼や恵の不知火とは対照的な鋭角的なシルエットで『蒼龍』という名がつけられている。


 基本色は濃い青がベースで、龍の頭部のように鋭角に張り出したバイザーと、両手には鋭い鉤爪、脚部は猫科動物を思わせるしなやかなラインが形取られている。


 もともと軍事使用を前提に開発されたオーバードライブに装飾や塗色といったものは、不必要であるが、このような派手なデザインは特に樹菜子が望むものではなく、開発者の豊富博士の趣味によるものだという。


 GODSのDOGはそれぞれを識別しやすいようにパーソナルカラーが配されており、誠一は赤系、吉川は橙系、柴島は黒系、樹菜子は青系、恵は白系で統一されている。


 これらの機体色は表面色を自在に変化させることができる光学樹脂の塗装によるもので、作戦の状況により色が随時変更できるため、それぞれの機体色の可視性により戦闘の優劣がつくことはない。


 だが、実戦闘での使用で不具合のある箇所は隊員から報告し、装備係でもある樹菜子が加除修正するのが慣例となっている。


「メグだってこのくらいできるでしょ?」


「え? いえいえ、こんなん触れないですよ。ウチは車とかバイクとかそのくらいしか……」


「ハッ、そんだけできりゃ大したもんだ。料理家事洗濯、家のこと全般にクルマの整備までやってこなす女子高生なんてそうそういるもんじゃない。あんた自分が思ってるほど平凡でもないんだよ?」


 そう言ってカラカラと笑う樹菜子はGODSの中では誠一と並ぶキャリアで、もっぱら戦闘になれば鬼神の如き強さを発揮する。さらに、武器や装備に関しての扱いはプロフェッショナルである。


「あたしは料理とかできないし、やる気もない。ま、若い頃になんかやってたら少しは出来たのかもしんないけどね」


「樹菜子さんって、ウチと同じくらいの歳からここに居たんでしょ?」


「うん、まあ一応ね。セイよりも少しだけど長いかな」


「でも、ウチとかセイさんみたいな家政婦とかにならんかったんですよね?」


「そりゃあ、人には向き不向きとかあるでしょ。第一、家のことは八滝の兄貴が全部やってたからあたしには出る幕なかったってぇの、当時はね」


 なるほど、八滝という男は山吹家の “初代家政夫”で誠一は二代目なのだ。


「あの、その八た――」


「思い出すなぁ、そういえば――」樹菜子は言いながら思い出し笑いを始め「一回だけ台所に立ったことがあったよ。八滝の兄貴にバレンタインデーのチョコレート渡そうと思ってさ……あたしも昔は女の子やってた時期はあるんだよっ」


 恵は訊きかけたことを忘れて、心の内で思い浮かべたことを顔に出してしまっていた。意外だと。


「うまくいったんですか?」


「あはは、うまくいくわけ無いじゃん? 料理のイロハもわからないんだよ、だからといって八滝の兄貴に訊くわけにもいかないし、もうボロボロ」


 恵が訊いたのはチョコの出来のことではない。


「十六のガキだよ、あたしが八滝の兄貴と釣り合うなんて考えちゃいなかった。たださ、伝えたいってあるじゃん。何がどうなればこの気持ちに集収がつくのかなんて想像もできてないんだけど、とにかく気持ちを押し付けちゃえって」勝手だね、と付け加えながら煙草を灰皿へと押し付けて火を消す。


「それで、どうなったんですか?」


「どうもないよ、不格好なチョコを受け取ってくれて、ありがとうって言われた」


「それだけですか?」


「うん。それだけ。頭を撫でられて、ハハッ、まるで子供だよ」


 八滝総一朗という男の名前を聞くのはこれで二度目だが、写真すら残っていないため、どのような人物だったのかは未だに想像がつかない。マイアミ事件でミラー研究所に居て、テロに遭った。それ以来行方不明。死亡ではなく行方不明とされているのは、彼の遺体が発見されなかったからだ。いわゆる諜報員スパイのような活動をしていたとは聞かされた。GODSがデフィ側の深い事情を知り得ているのは彼の功績によるという。


「八滝の兄貴には返しても返しきれないほどの恩がある。その気持ちが子供ながらに恋愛みたいな感情になって顕れただけかもしれないし、今だったらもっと違う感情を持っているかもしれない」


 樹菜子の方から恋愛の話を振ってくれたのは僥倖といえた。男と女、老いも若きも恋愛の情事には事欠かないのが人類史だ。よくも懲りずに続けてきたものだとは思う。そして今自分がそのパーツの一つになろうとしているのがくすぐったくて、不安で、落ち着かない。こんな気持ちを、話しても大丈夫だろうかと思いながらだった。


「樹菜子さん……ウチ、その……告白された。あの、なんていうか、そういうの心構えもないし、受け入れられんていうか……」


「へぇ」と樹菜子と眉を上げ大きな両目を興味深く恵へ向けた。


「いや、でも、そんなんしてる場合じゃないし、そんな暇ないし、それに……」


「好きじゃない……?」


 樹菜子の言葉に首肯せざるを得ないが、そのあとの言葉がどうしても告げられなかった。自分の持つマキタへの想いは高瀬が自分に向けてきた想いと同じなのだろうか、それと混同しても良いものなのかわからなくなった。


 恵の思惟をよそに、樹菜子は微笑みをたたえ静かにこう言った。


「メグぅ、人が人を好きになるってのに結果ってないんだよ。あるのは好きだっていう事実と、好きだっていう今があるだけ。それがどこまでも続けばいいなって希望。だからもっと一緒に居たい、知りたい、知ってほしい、受け入れてほしい、わかってほしい。だけど本当の意味で相手を完全に理解することなんてやっぱりできない。受け入れることも完全にはできない。それぞれ人には自分がいるからね。心を一つに出来れば納得いくのかもしれないけど、もちろんそんなの無理だし……第一気持ち悪いじゃん」


 樹菜子の言うことはなんとなくだがわかる。恵がマキタに持つ感情もそう言われてみればストンと腑に落ちる。


「じゃあ……恋愛って救われないんですか?」


 樹菜子はそれを聞いて作業の手を止め、ふくよかな唇を人差し指で押さえて天井を仰ぎ、一寸考えた。


「それ言っちゃうと、その通りなんだよね。究極的には恋愛は成就しない。自分がどう捉えるかって問題でしかない。メグが今どうありたいのかだけが一番大事だしそれに答えをつけることはできない。人が人を想い続けるのが永遠不滅であるようにね……」


 恵も樹菜子につられて、照明の奥にむき出しの配管やダクトが這い回る装備室の高い天井を見上げる。


「物質の世界には永遠不滅の物なんてないのに……不思議ですね」


「ああ、あたしたちの頭の中は不思議がいっぱいだね」



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