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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第三章:ヴィ・シード 第三話 「ハルヨコイ」
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戦闘家政婦―ヴィ・シード 3-3

「恵ぃー、またおんなじクラスやで! カナも!」忍とカナが元気な声で恵に飛びついてきた。恵の通う府立高校では早々と三学期終業式後に、次年度のクラス分けが発表されていた。


 あのUSJ事件の日から幾分持ち直しはしたものの、恵の心の中には取り除けないオリが沈殿したままだった。春が近づいているとは言え、プライベートにおいては手放しで喜べるようなことがほとんど何もなかった。


三か月たった今も車椅子のまま、経過の芳しくないマキタのことは東京にいるジュンから聞いていたが、忍やミヤには黙っていた。これも無用な悲しみを拡散させる理由もないとの判断からだ。だが、いずれは告白せねばならないことだろう。


「とりあえずお互い無事進級できてよかったわ」


 一旦陰鬱な気持ちを飲み込んで、溜息とともに吐き出した言葉を相変わらずの調子で忍が返してくる。


「ほんまほんま。恵、冬からありえへんくらい成績落ちてたもんな。ちょっとマキタに入れ込みすぎてるんちゃうー?」


 いやらしい顔で恵を覗き込む忍にはなんの罪もないが、胸がチクリと傷んで顔を伏せてしまう。いつもなら、そんな忍の言葉が沈んだ気持ちを引き上げてくれるのだが、すぐにはそうはいかなかった。


「ごっめーん、そんな意味とちゃうねん!」


 ならどんな意味があるのかと訊きたかったが、これが忍だ。いつもと変わらない態度で接してくれていることに感謝せねばならないと思い直し、腹に力を入れて顔を上げた。


「今年は盛り返すわ。学校の勉強くらいでいちいち悩んでられへんからな」


「いちいちって……学生の本分は学業やろ。まあ遊びも学生の本分みたいなもんやけどぉ」隣でカナは腕を組み、困ったような顔をしてはにかんだ。


 その言葉に恵は自分がGODSにどれほど入れ込んでいるのかを気づかされる。まるで“ついで”のように学校に行って高校生を演じている特殊部隊の隊員だった。


 放課後にダラダラと教室で過ごすこともなく、部活で汗を流すこともなく、今となっては下校時にファーストフード店で彼女らととりとめない話に夢中になることすらもしていない。年末からこの三か月間、高校生らしいことがまるで出来ていなかった。


「ははっ、まともな事言うて、あんたららしくもないやん。どうせそんなん思ってないやろ! ほら、教室行くで!」恵は自身のことを不遇だと思われないように、できるだけ元気な声を上げた。


 その時「あっ、あのぉ!」と、どこからか三人を呼び止めるような男子の上ずった声色が響いた。


 恵は辺りを見回してその声の主を探してみたが、人が溢れている中では判別できない。キョロキョロと首を捻り回す恵に再び声が降りかかる。


「あの、加納さーん!」


 声の主は恵より頭一つ抜けた長身の男子生徒だった。恵は彼を見上げながら視界に捉えるために数歩後ずさりした。


「え? ああ、高瀬君……どうしたん?」


 一年生時代からバスケ部のエースと目されている、身長一九〇センチにして容姿端麗なザ・スポーツマン、入学の当初から女子生徒の羨望の眼差しを一手に引き受ける男子生徒だ。


 だが、その凛々しいはずの顔面は複雑な表情を浮かべ、口元が心もとなく歪んでいる。


「これっ! 受け取って!」


 目の前に差し出された小箱と手紙、戸惑う恵は躊躇しながらも、差し出されるままそれを受け取る。そして高瀬はにこりと笑い、バスケ部らしく突然踵を返し、ダッシュで恵のもとを去ってゆく。


 恵はその中身を勘案するよりも背後に控えた同級生の反応を予測するのに、苦々しい気持ちを心中に広げていた。


「へぇ、セタカ律儀やなぁ……」と、カナが目を丸くする。


 一年の間、恵と同じクラスで過ごした高瀬は背が高いことから一部で“セタカ”などと安直なアナグラムを組まれていた。本人がそれをどう思っていたのかなどは知らないが、少なくとも恵にとってはただスポーツ万能でイケメンで背の高い優男くらいの認識で、正直なところ軽薄な彼の容姿や言動は興味を引くどころか眼中に入れることを無意識に拒絶していた。あまり好きなタイプの男子ではない。


「ちょぉっとー、どうすんの、この展開!」


 明らかに面白そうな声を出している忍が背後から両肩に手をかけてくる。


「どうって……そんなん……」


 他の女子生徒ならば高瀬に告白されるなど卒倒しそうな話だったが、あの校内のヒーローがなぜよりにもよって自分などに贈り物をしてくるのかが理解できなかった。


「断るのはわかってるけど、ちゃんとゆわなあかんねんで」


「断るって……なに、を?」


「はああっ?」


 忍が素っ頓狂な声を出すものだから、恵は思わず背筋を伸ばし、高瀬からの贈り物を落としそうになった。


「ホワイトデェやろ! あんた、調子こいてバレンタインデーにクラスの男子にチョコ配っとったやん!」


 調子こいたわけではなかった。家でどうしても手作りのバレンタインチョコを作りたいと言ってきた凛が台所を占拠し、チョコまみれにして誠一にどやされながら、その中でついでに作ったのだ。


 いわば残り物だ。とりたててあげるべき人にあげようと思った訳ではない。それにほかの料理自慢な女子だって同じようにしていたし、今時チョコを渡して愛の告白がどうだとか、そんなことを考えてる高校生の方がどうかしてる。それに、いつからホワイトデーが男子から告白する日になったのだろうか。


「ホワイトデーにお返しが来るってのは脈ありのサインや」


「つーか、実質オッケーでしょ?」


 忍もカナもわくわくとした楽しげな顔を浮かべている。


「ちょーっと待った! 義理や! ぎ・り! 作りすぎて困ったからおすそ分けで持ってきただけやん! なんでそうなるん? それに高瀬くらいやったら他の子からももらってるから、きっと他の子にもお返ししてるって!」

 そう、必死で否定と肯定を試みはするものの、自分で言っていることがおかしいと思う。そしてマキタのついでにジュンへも送ったことはこの場では口が裂けても言えなかった。


 そこへ「おい、お前ら何やってる、教室入れ!」担任の磯川に三人は教室へ入るように促され、恵は高瀬から受け取った手紙と一緒に小箱をブレザーのポケットに押し込んだ。




「うああ、どうすんのぉ、どうしたらええのぉ?」このクラスでの最後のホームルームが終り、三人は教室の隅で集まっていた。当の高瀬は所在なさげにあたふたと教室を出てゆく。彼のその様子から忍らの期待する流れになったことは確実といえた。所謂“返事はいつでもいいから”というやつだ。


「なあ、恵。中身見た?」


「う……うん」


「なんて書いてた? つーか箱の中身は……?」


 忍とミヤが聞き耳をそばだててその内容を噛みしめ、そして身もだえする。


「くっああぁ! 確定や! 恵ぃ! おめでとー!」と、言いながら忍が恵に抱き付いた。


「ちょっと待ちぃや! そんなん一方的にゆわれても困るやん! 大体彼氏とかそんなん考えてないし……別に高瀬のこと好きちゃうし」


 一向に乗ってこない恵に対し忍は面白くない顔を向ける。


「そんなん誰だって最初はそういうもんやろ。付き合ってるうちに好きになったりするもんや」と、忍。


「そやでぇ、相思相愛なんか理想すぎるわ。あたしも頑張ってアタックしたんやから」と、カナ。


 諭されたってそんな気にはなれないし、第一恋人と遊んでる時間だってない。それに校内一のモテ男とも言われる高瀬がなぜ自分を選ぶのかが釈然としない。何かのイタズラではないかと思う自分の捻くれ具合に呆れ、盛り上がる二人を横目に憮然としていた。


 クラスの連中のほとんどは教室からいなくなり、三人だけが取り残されていた。


「そういや、ミヤは?」と、手持無沙汰になったカナが辺りを見回す。


「部活やって。なんか春の撮影旅行とかなんとかゆうてた」と忍。


「ああ、写真部の? 今季からあの子部長になったもんな。ええなぁ、またみんなで旅行行きたいなぁ」


「東京ファンタジアいきたいなぁ」


「あっ、じゃあジュン君らも誘って? ええやんええやん!」


 と、一見恵とは何ら関係のない話に興じるが、遠まわしに恵をけん制する意味があることは明白だろう。


 やがて打てども響かない恵に興味を失い始めた二人は。「もう、付き合ってる人いるからごめん、とかゆうときや、めんどくさい」と忍が言いだし、「そんなん! 嘘ついて人の気持ちフイにするのなんかあかんわ」とカナが語気を強める。


「だいたい、恵がさっさとマキタとのことはっきりしいひんからいらん虫が付くねん!」


「忍! そんな言い方あかんで! セタカはセタカで真剣なんやから!」

 言い合う二人を前に恵はじっと黙っていた。


 そうだ、カナの言うとおり、あの容姿端麗でスポーツ万能で、頭はさほど良くないが軽薄で、言動が軽いお調子者にもかかわらず、草食動物のような誠実な眼差しを向けた、あの時の高瀬を裏切るようなことはできない。誠実さには誠実さで返すのが礼儀だ。


ならば――何とする……。


「まあ、好きにしたらええんちゃうの?」どうでもいいという風に、教室の窓を開けながら言い放つ。その無責任な言動に思わず、カチンとはきたが、反応すれば藪蛇だと考え直す。


「遠距離恋愛はまあ、大変だしねぇ」とカナも援護射撃に入る。これには首肯を禁じえない。


 カナはジュンと既に付き合っている。恵がそれを知っていてバレンタインデーにジュンにまでチョコを送ったのは、一方で友情を表してのことだったが、一方ではカムフラージュの意味もあった。無論互いに秘密を共有しているジュンならば、その意味も踏まえて捉えてくれるだろうという薄灰色の期待をしてのことだ。


 マキタのことについては我ながら煮え切らないとは思う。だが彼女らのどちらの期待にも応えるのは{癪|しゃく}だという妙な意地もある。マキタと自分はそういうのではないと言いたかった。何が違うのかも説明はできないのだが。


 それにまだ怪我も全快していない中でそのような気持ちを打ち明けるのもどうかとは思う。


恵はプレゼントの小箱と手紙をカバンに入れ立ち上がる。


「おおっ、いくんか!」


「行かへんわ! 今日は……帰る!」


「ええー! なんでぇ?」


 背後で餌をねだる百舌鳥の子供がうるさかったが、無視を決め込んで恵は席を立った。人の色恋事がどっちに転ぼうと結局は興味があるというだけなのだ。明日からは春休みだ、しばらく会うこともない。


 しかし二人に背を向けた恵の腕を忍がそっと掴んだ。


「なあ恵、いっこだけ、ゆうとく……恵、断るのとかすごい下手くそやし、頼まれたらなんでも受けてしまうし、中途半端もせえへんから頑張りすぎてしまう……いろいろゆうたけど、どっちにしてもはっきりせなあかんねやから、早い方がええ」


 いつもと違って真剣な忍の目に、思わず素直に首を縦に振った恵だった。


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