戦闘家政婦―ヴィ・シード 3-1
USJ事件以来、DICの侵攻がとりわけ苛烈になったというわけではない。世間的にはDICという未知の存在が人類の脅威であるということがはっきりしただけである。
だが、それに対する初動として、日本では総務省が全国に向けてDICと思しき生物や物体に遭遇、あるいは発見した際はすぐに近くの警察署に連絡するようにテレビ放送などを通じて、通達がなされ、遠まわしではあるが怪しい人物の情報提供を呼びかけている。総務省は資料としてD&Dが持つヴィ・シードの外観画像及び情報の提出を求めたのだが、まだ検証がなされていないのと、関係性が乏しいとして見送られている。
無論これは、D&Dがヴィ・シードの周知と拡散を防ぎたいという意図があってのことである。できればディベロッパーが未熟なうちにDICを現像させてそれを叩き確保する、というほうがリスクは少なく抑えられると踏んでいたからだ。
そのためGODSもD&Dも、従来通りDICの現出に場当たり的に対処するという以外になすすべがないのが現状だ。
反面GODSで拘束していた“一つ目小僧”のディベロッパーの男は公安へと引き渡され、聴取が行われていた。その男の証言によるとヴィ・シードは、人類が人類たるために神の手よりもたらされた種であるなどと、相変わらず荒唐無稽な証言を繰り返しているという。
全国の行方不明者リストを洗ったところ、男は三十五歳の無職、数年前までは脳量子科学の研究員だったが、次元物理科学の隆盛とともに所属研究室は解体し、職を失い以後は細々とアルバイトをこなしながらの半不労状態だったという。
こちらも職を奪った次元転送社会に反感を覚え、テロに走る動機としては十分である。公安部では現況もテロとの関連性を疑ってはいるが、徐々にその空気は内部事情を知る者により疑問視されてきているのも事実だ。
広義における社会不満の攻撃的発露といえばテロであるが、当初考えられていたような国際テロリスト『ヴィ』を中心とした、次元転送社会の破壊という目的を持った組織という観念は捨てられつつある。
それというのも、現況ではそれぞれが、あまりに統一的な思想を持ってはいないからだ。先日米国で死亡確保されたディベロッパーなどは、DFSビジネスに乗りかかり成功を果たした起業家で、次元転送社会に反抗する動機が説明できないなど、ディベロッパーの素性が明らかになるにつれ反次元転送社会テロとヴィ・シードの関連性は薄まる傾向にある。
あたかもテロがヴィ・シードの隠れ蓑となって、その本質に言及することを阻むかのようである、と公安部は苦虫を噛み潰している。
恵は学校が終わると、買い物に行くまでの時間はGODS本部で過ごしていることが多くなった。本部にはオペレーターの二人の男性が常駐しており、一人は坊主頭で無愛想な桧山、もう一人は三十代後半のオールバックにロイドメガネが特徴的な篠山である。
GODSの正規隊員になってからは無論の事、彼らとも会話を交わすことはあるが、彼らは山吹家の一員というより従業員の様な立場で、あまり彼らの素性は知らないままだった。
しかしながら、忙しい他の隊員からは聞けないことも多く教えてもらえるため、おやつとお茶を入れて彼らの待機する事務所へ顔を出すこともしばしばとなってしばらくたつ。
「お茶の時間ですよぉ、っと」お盆で両手がふさがっているため、恵はいつも事務所のドアをお尻で押して開く。
恵からすればすっかりオジサンな篠山だが、甘いものには目がない。対して桧山は不愛想に恵を一瞥してすぐにコンソールの画面に視線を戻す。
「いっつも悪いね、恵ちゃん」といって両手をすり合わせて椅子を立つ篠山は、元自衛官で情報部にいたという経歴を持つ。その笹山に促されて仕方なくと言った風に桧山も席を立つが、こちらは工学系の研究室で働いていたそうだ。だが、GODSにいるせいか、その態度も言動もどこかいつも棘があり研究者という印象とはかけ離れている。
これは別に桧山が恵を嫌っているわけではなく、彼には恵と同い年の妹がおり、このGODSに年端もいかない女の子が参加していることに憤りを感じているためだ。笹山は桧山の態度を心配の裏返しだと言う。
「あのぉ、桧山さん。また教えてほしいんやけど……ええ?」
「またかよ? 機械に疎いのは女だから、って言い訳しないのはお前のいいところだが、学校の勉強はしてんのか?――で、なにが訊きたい?」
「D&Dとゴッズのドッグって何が違うんですか。なんか組織の立場的には同じやゆうけど、その辺共有してるようには思えへんし……」
「別にそんなこと知らなくたっていい。お前は上手く不知火を使いこなせさえすればいいんだから……」と、言いながらも桧山は懇切丁寧にこの技術の概要を語ってくれるのである。日本茶と今日のおやつの回転焼きをほおばりながら。
現在東海地方以北の次元転送社会の治安維持を受け持つのが、D&Dカンパニーというデフィ直属の組織で、海外でD&Dといえば“各国政府から委託された次元転送網管理組織”のことを指す。しかし日本国内においては特殊で、次元転送網は山吹大輔率いる日本DNS株式会社が掌握しており、日本DNSは独自にGODSという治安維持組織を擁し、D&Dの協力組織という異例の構造を形成している。ここには様々な政治的思惑あり、日本政府も再三日本DNSへ管理権移譲を勧めているのだが、CEOの山吹大輔がそれに応じないため、DFSインフラに関してはデフィの直掩、治安維持体制に関してはD&Dが上位に位置するという微妙な均衡関係にある。
その治安構造にも擬似的な二極化が顕れており、目に見えるその代表的なものがDOGという、両組織の隊員が使用する戦闘装備の相違である。
D&DおよびGODS隊員が駆るDOGシステムとは、その名が示す通り“ダイレクト転送により装着されるオーバードライブ・ギア”である。装着はその規模にもよるが一般的なDOGであれば、三秒から五秒ほどで完了する。装着過程を見ればまるで次元波動の光と共に“変身”したかのように映るほどで、通常のオーバードライブを装着し起動する手順に比べれば一瞬とも言えるほどの迅速さである。
「ドッグってのはオーバードライブから派生したものだが、装備としてはまるで別物といっていいだろうな。昨今じゃオーバードライブと呼称する範疇が広がりすぎて系統化が進められてはいるが、なにせ独自や極秘の存在も多くてな、まあ、ドッグってのもその一つなんだが」
オーバードライブ・ギアで最もメジャーなスタイルは歩行戦車(MST)と呼ばれている、昨年の夏に山吹家に襲撃に来た卵型の胴体を持ったマスタースレイブ方式の二機のパワードスーツ型のことを指す。やや大柄で機動力や火器管制能力に長けているのだが、狭小地や建造物内などでの行動は不向きとされており、小型戦車の域を出るものではなかった。
これらが結果的に民間向けに転用され、従来の作業機械、重機と置き換わったのはここ数年の話である。
現在オーバードライブに使用されている駆動機構の主流はリニアカロンアクチュエーターと呼ばれる、イプシロン変換によって得られた新素材で構成された駆動装置で、従来のリニアアクチュエーターの伸縮、屈伸、旋回などといった動きをより精密かつ強力に再現できる次世代の機械動力である。このリニアカロンアクチュエーターの開発により、オーバードライブは実現し現在のサイズと重量に収めることが出来たと言っても過言ではなく、軽量化に伴い複雑な機構や動きにも対応できるようになった。
ただ、やはり個人兵装というには大仰で、運用も容易ではないことからより小型のオーバードライブが求められていた。
MSTの登場以前から米軍では機動歩兵という、より汎用性の高い兵士の身体能力を飛躍的にアップさせるスーツの開発が行われていたが、やはり問題は重量と稼働時間、および満足のいく運動性能で、未だ実現はしていない。
だが、これは表面上の話である。
D&Dは米軍と機動歩兵計画を進めており、『RIE』という兵士が身体に纏い、運動能力を強化するパワーアシスト装備を開発した。RIEは最も小型軽量のオーバードライブで、第五世代オーバードライブとして試験運用を兼ねて、米軍で使用されている。
このRIEに使用された革新的な工学材料が、カーボロンメッシュという繊維である。同じくイプシロン変換による新素材から作り出された人工筋肉の一種で、忍者が身に付けるような鎖帷子の様な構造の布状の素材で、網目の収縮を利用した駆動素材である。この素材はシャツ一枚程の厚みで人体を動かす程度の動力を得ることが出来、重ねれば重ねるほど駆動力を倍加できるという特徴がある。人体に応用する場合、動きにほぼ制約がなく“着る筋肉”として軍事だけではなく、医療をはじめとする様々な分野への応用が期待されている。
こうして開発されたRIEにDIRECT技術を実装したものが、D&DのDOGで、装着状態で約二・三メートル、重量も百三十キロにまで抑えており、専用のインターフェーススーツに、小型のネックピローのような馬蹄形のDIRECTドライバーをうなじに勘合させた状態で、転送装着する。
ちなみにこれを彼らは“ドッグ”をもじって『猟犬』と呼称している。
「ハウンドドッグもうちのも、いずれも使っているのはカーボロンメッシュでその性能に差異はないが、ハウンドドッグがインタフェースインナーと装着型の転送器を使用しているのに対し、うちらの『ゴウテン』はDOSに内蔵された転送器だけで運用できる。まあ最大の違いはコレなんだが」と、言って桧山は掌に人差指と親指で輪っかを作る。
「はぁ、金額ですか?」
「ああ、ざっと十倍くらいは変わるかもな。お前みたいな小娘が一生働いたって稼げねぇ金額だ」
桧山の憎まれ口にはすっかり慣れている。会話の中に挟まれる合いの手のような物だと思えばよかった。
「なんでわざわざゴッズのドッグはDOSに転送器を仕込むんですか?」
「向こうさんは人間が多いから、一人でいろんな状況に対処する必要がないし、汎用性と互換性を求めた結果だ。もともとMIL規格の物だからな」
「と言うと……?」
「ディックとの戦闘状況下では、この前のUSJで戦った蜥蜴男みたいな巨大な相手も居れば、等身大の奴もいる訳だ。おまけにディベロッパーの捜索も同時に行う必要もある。D&Dは組織で動いている。チームが一つの個体だから役割を分担すればいいし、作戦遂行を最大の旨とするならDOGも単純兵器として各人が自由に扱える道具である方が都合がいい。兵士と同じくな」
桧山の弁を横で聞きながら、元自衛官の笹山は眼鏡のレンズを拭いている。桧山に対して何か言いたげだとは思ったが、恵は見ないふりをした。
「ゴッズは少数精鋭だ。だからディックの制圧を優先する時もあれば、捜索に走り回らなきゃいけない時もある。少ない人間で作戦遂行するには対応の素早さが求められる。だからいつでもどこでも状況に即応できるユニットってのにこだわった」
そう言われてみればGODSは各人が身軽である。大仰な輸送車も、装備車両もない。全ての機体が一機完結で、まさに重戦闘から隠密行動まで一人の隊員が行える。だがそれは個人の隊員の資質が伴ってこそだ。恵にはまだ状況によってそれらを扱える自信がない。
「うちはお前みたいなやつですら隊員にしなきゃならんほど、人員不足が切迫してるってこった」
これにはさすがの恵もむっとする。無理に入れられたつもりもないし、懇願されたわけでもないと。
『赤鬼』や『不知火』をはじめとするGODS隊員が駆るDOGの基本性能は、ハウンドドッグと大きくは変わらないが、運用方法が少々特殊で、GODSの技術顧問として招聘された豊富博士が『轟天シリーズ』として独自に考案したシステムを搭載している。
そのため『ハウンドドッグ』に対しGODSのDOGは便宜上別種類の装備として捉えられているが、今のところ『GOUTEN』や『ゴウテン』という呼び名はさほどに浸透もしていない。
ともあれ、ゴウテンはなにわ工科大学の特殊工学研究所分室が設計から製造までを行った完全な規格外のオリジナルの機体であり、DIRECT転送システムを兼ねたDOSという光学剣を別体装備することで携行性と発展性をもたせている。
ゴウテンはその携行性ゆえに複数のセイフティが設けられており、一つはDOSを握った際に読み取る掌紋認証と左腕のブレスレットが読み取る生体電流によるDOS本体の起動、二つ目はDIRECTコード発令の声紋認証による転送、最後にDOG装着後に網膜スキャンが行われ、DOG本体が起動するという、込み入りようである。
このことからも解るように、ゴウテンは装着者を固定する完全なオーダー・メイドで他人が使用することはほぼ不可能であり、それだけに身体への整合性は高く、スペックでは測れない性能を発揮するというのが開発者である豊富博士の持論である。
対するD&Dのハウンドドッグは、身体情報を媒介する専用のインナースーツさえ着れば誰でも装着が可能な汎用機体で、個人装備というよりも、部隊装備の側面が強い。
ただ、このゴウテンのギミックについて桧山は、豊富博士の趣味が八割がたで、今後も趣味性の高いゴウテンバリエーションは増えるはずだと言っている。
「まあ、恵ちゃんはよくやってるとおもうがね。この短期間でここまでの働きが出来る奴もそういないよ」と、笹山はフォローを入れつつ、「うまく立ち回らなきゃ身を削ることになる。やると決めたならやらなきゃならんが、無理も無茶も禁物だ。ドッグの能力に溺れて自分を見失ってしまわんようにね」と、茶をすすった。
「でもウチはゴッズのドッグのほうがかっこええから好きやわ」無邪気に回転焼きを頬張り微笑む恵はこうしてみてみればただの女子高生である。
だが桧山は「ちっ、カッコイイとかカワイイだとか、そんなこたぁどうでもいいんだよ。目標を駆逐する、それがゴッズの使命だ」と、態度を柔和させることなく言い放つ。
「しかし戦闘に華は必要だぞ、何より士気が上がる。それに一部じゃ轟天シリーズのフィギアや同人誌を作ろうという動きまであるらしい」と笹山がサブカル豆情報を弄する。
どうも笹山と話していると、GODSが“正義のヒーロー”であることを前押ししたがっているように思える。「俺も若けりゃやりたかったなぁ」と呟くのを恵は聴き逃さなかった。




