戦闘家政婦―ヴィ・シード 2-3
誠一の言い残した言葉の続きが気になって仕方が無かったが、そうもいっていられなかった。誠一を起こしてなお仕事を残しているようなことがないように、恵はいつもの三倍の手際の良さを心がけてラストスパートに挑んだ。
結果的には二時間半で起きてきた誠一が料理の締めをし、恵は掃除と正月の飾りつけをし一通りの準備を終え、山吹家の忘年会はなんとか午後八時より始めることが出来た。
大広間の上座に山吹大輔が座り、仕事で東京に行っていた美千留と一緒に戻ってきた衛、ギリギリまで研究室にこもっていた尊、凛と続き、その脇をすっかり元の調子を取り戻した誠一、そして樹菜子と柴島、吉川が脇を固める。これが山吹家の慌ただしく忙しい家族たちだった。
恵がここへ来た一年前とは変わったのだという事が実感できた。あの時はここまで無理を押して皆が集まることをしなかっただろう。
この宴会の準備を優先して省略した部分も気にはなったが、とりあえず体裁を整えられたことに恵は安堵していた。足らない分は今晩中でなんとかなる。どちらにしても何かと給仕の手間で動き回らねばならないのだから、その間に明日から三日間続く地獄の日々の下ごしらえをすませば良かった。
「衛、どうや仕事の方は?」大輔が早速口を開く。
大輔をはじめとして衛と会うのは皆盆以来で話題はそこに集中する。東京にいた衛からすればこちらの状況のほうがよほど訊きたいだろうが、今日はその話はご法度だ。
「深夜ドラマの準主役ももらえたし、この前はバラエティにも出させてもらえたよ」デビュー間もない衛としては順風満帆といったところだろう。
美千留の息子というだけで話題性はある。親の七光りと言ってしまえばそれまでだが、実力を伴わない結果は持って数か月、凋落するのも早い。もはや芸能界はそれほどに甘い世界ではない。
「そのさ、六角堂さんって人がいてさ――」衛はバラエティ番組で一緒になった新興宗教法人代表、つまるところ教祖の男の話を始めた。
「あ、知ってる! 世紀のイケメン超能力者とか言われてる人でしょ?」樹菜子が乗りかかる。
超能力者というフレーズももはや使い古された感があり、こういう人物はメディアでは数年おきに現れ目新しいことではない。
{六角堂聖人|ろっかくどうまさと}という宗教法人の代表者はマジシャンの持つエンターテナーのような側面を持つ、実にフランクな教祖で宗教臭がなく、かつ本人が男前という事で、テレビ局でもバラエティなどで彼を起用したがっていた。
もっとも超常現象や超能力と呼ばれる“力”の原理もまた今となっては次元物理科学である程度説明がつくことから、従来のような驚愕という反応は起こらないと思われがちだが、やはり次元転送機器を使用しないで物質を変化させたり、瞬間移動をさせたりできることは確かに超能力ではある。この件に関しては本人は“超能力ではなくマジック”なのだと言い張り、出演者らの言を煙に巻いている。
「どこかにダイレクトでも仕込んでるとか」吉川が予測範囲内の答えを呈する。
「それはありませんね、ダイレクトなり次元転送器を使えば次元波動が発生する。六角堂の周囲をモニタリングして検証していた番組もあったが、検知できなかったそうですよ。最初は私も疑ったが、そもそもダイレクトは一般人の手には渡らない。まあ、次元転送技術の裏をかいた巧妙なマジックってのが本当のところかもしれませんね」柴島が顎をさすりながら言う。
本来DIRECTは空間認識装置とGPSの機能を小型の次元転送器に組み込んだものをいうが、小型化するためと、単体で駆動できないことで技術の漏えいを防ぐという安全性を考慮し、GODSでは左腕のブレスレットとDOS本体に機能分担し携行している。
「おっ、噂をすれば……」と吉川がテレビに目を向ける。
テレビセットの中で車椅子に座ったままの少年は司会の男に、二三の質問を受けていた。いつから車椅子生活なのか、その原因は、症状はどうなのか、少年の応答に司会者とアシスタントの女性はいちいち大きく頷き、痛惜の念に堪えないといった表情を浮かべ、番組は落とした照明の中で粛然と進行していた。
「なにこれ、『大晦日特別企画、六角堂聖人、奇跡の神術』ぅ?」樹菜子がビールを手酌しながら画面をのぞき込む。
「サンデーサプライズにしてはえらく色物企画ねぇ」と美千留が言うように、サンデーサプライズとは、ドキュメンタリータッチの再現映像とその当事者のインタビューなどを交えて、パネラーや司会者が時に怒り、時に笑い、時に悲しみを偲ぶといった演出で、社会の抱える問題点や、未来への希望、その他その事象に関わる人や物を追求してゆく、昔からよくあるタイプのエンターテイメント番組である。この番組の人気の秘訣はなんといっても全編が生放送であるという部分で、時には各種の業界が眉をひそめるような都合の悪い話も湧出したり、意図的なリークが行われたりするあたりが皮肉にも人気を博している。
《では、ご登場していただきましょう。六角堂聖人さんです》
「あ、六角堂さんだ。今日はなにするのかな?」衛も身を乗り出して画面に食いつく。
六角堂が画面に現れると場は一転し、拍手の中で照明がともり、その長身痩躯の男を迎え入れた。
《ようこそお越しくださいました》そう言って握手を求める司会者。
六角堂聖人の奇跡とも思える術の代表的なものは、手元の物体をどんなものでも瞬時に移動させたり、呼び寄せたりを “生身”でやってのけるテレポートである。
柴島も言っていたが、DIRECTドライバーのようなものを隠し持っているなどということはなく、トリックの検証にもなんなく応じる姿勢は人々の疑義を紳士的に躱し、その嫌味のない端正な顔立ちと洒落っけのある清潔感あふれる容姿と相まって、女性にも好感を得るに至っている。
今日の衣装は番組に合わせているのだろうか、白のパンツとシルク調のスタンドカラーシャツというこざっぱりとしながらも気品に溢れている。
「ハッ、まさに、聖人って感じだな。こういう胡散臭い奴は好きになれねぇ。ぜったい裏があるな」と言う誠一に、凛が脇に入り小声で「セイさんセイさん、いま裏の顔バリバリ出てるでぇ」とつつく。
《次元転送社会の興りからみなさんの生活環境は一変したと思います。まさに次元転送技術は奇跡の技といっても差し支えはないでしょう。近年における人類史に鑑みれば、ですが》
《近年と、いいますと?》六角堂の言に対し司会者が尋ねる。
《はい、人類は古来より私のような力を持って生まれるべきだったのです。いえ、人類は長い歴史の中でこの力を持ちながら、放棄する道を選んだのです。イメージを物質にする力、イメージで物体を動かしたり何事をも変化させる力、イメージで人の心がわかる力。いわゆる皆さんが超能力と呼ぶ力です》
「ゴーストの波動エネルギーによる物理現象……不可能ではない。我々なら納得できますけどねぇ」と、柴島が誰に当てたともなくコメントする。
《古代の人類はこの力を使ってあらゆる巨大建造物を作り上げました。エジプトのピラミッドなどはその最たるものでしょう。しかし人類はある時期を境にこの巨石文明を築くことができなくなりました。世の理が変化したからです》
「なんか……オカルトだな」尊が興味を失ったように刺身に手を伸ばす。
「こいつ、面白いことを言いやが……りますね、柴島さん」誠一が苦々しく柴島の方を見て言う。GODSでない表の顔のときは、誠一よりも柴島のほうが上の立場にあるため、このような口調になる。
話の方向性が打ち合わせと違ったのか、司会者は慌てて話を本筋に戻そうとパネラーの医学博士へとコメントを求めた。
《六角堂さんの仰ることはもっともですね。古来より医療の世界でも病は気からと申します。これは迷信でもなんでもなく、身体の治癒力とそのスピードもまた気持ちの持ちようで変化することは現在の医療業界でも常識となっております。つまりは次元物理科学によって証明できた量子物理の法則が人体の中でも適用されるということであり――》
次元物理社会の勃興とともに医療業界も多大な影響を受け、現在医療行為にまつわる種々の業界は次元物理科学を無視することはできず、新たな見地を見出すことに躍起となっている。その結果、この医学博士のように『粒子総合医療』という新しい医療体制の構築に尽力する医師も増え始めている。
世はまさに次元転送技術に傾倒しきりであった。




