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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第三章:ヴィ・シード 第二話 「ウチはあんたのことが」
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戦闘家政婦―ヴィ・シード 2-2

 病院では大晦日の晩は特別に深夜面会が許されていた。家族で年を越してもらおうという病院側の計らいである。


 恵はできる限り家の正月の準備をして、作り分けた御節料理を小分けにしてマキタへ届けようと、朝から台所で忙しくしていた。昼に家を空けることができそうにないなら、深夜枠に顔を出すくらいならできると踏んでのことだ。


「恵姉ちゃん今晩おるんやろ?」台所でメールを打ちかけていた時、突然背後から話しかけられてびくりと肩を跳ね上がらせる。


「なんや凛ちゃんか、びっくりしたぁ。どないしたん?」


「今年は美千留ちゃんも衛くんも帰って来るし、全員集合やからさぁ、家族で年越しのカウントダウンしよや」


 全員が集合する、それは自分も含めてだと――。


 家族の行事ごとに自身らの都合を合わせることをしなかった山吹家、それが今回たまたま全員の都合が合ったのだろうか、東京にいる衛もGODSのメンバーも含めて皆が大晦日の晩にこの屋敷に一同に会する。


 忘年会。皆が揃うような時間に始まるとなれば宴は深夜に及ぶ。


 一瞬それよりもマキタのところに行ってあげたい、などという思考が働いて返事が遅れる。それを察知してか「恵姉ちゃん用事あるん?」と、凛が落胆した声を出し、すぐにかき消さねばならないと首を振る。


「あ、ああ、ちゃうちゃう……おる、おるよ! そやな、カウントダウンしよ!」


 凛から頼まれると断れない自分がいる。


 母親に似て凛とした顔立ち、父親譲りの気の強そうな眉、物憂げでいながら狡猾な光を宿す目尻が下がった瞳。家族の誰よりも物分りのいい、いや、家族の誰よりも自身を殺して辛抱している子供。それでいてそれを気取らせない配慮ができる子。


 程々に我が儘を言ってみたりはしても、彼女の行為は自身のために行っているようには見えなかった。目線の高さの事ばかりに気を取られて気づかないでいる大人たちに、何かを気づかせる意地悪な天使のようだった。


 そんな凛のわずかながらの要求に応えられなくてどうする。


 幸い、昨日マキタに“明日は正月の準備で行けないかもしれない”と、予め伏線を張っておいた。だから彼の方は解ってくれると思う。


 だが、今日を逃せばもうゆっくりと会える時間はない。正月が明けたらマキタはすぐに転院するのだ。



 ここ数日病院に通い詰める日々の所為で、正月の準備が一向にはかどらなかったのは事実だった。誠一と大輔は連日聴取に駆り出され、屋敷のことは恵が執り仕切らねばならなかったのだが、無理を押して見舞いの時間を作っていた。


 居残ったGODSのメンバーがそんな恵のために、慣れない家事を買って出てくれたことには一定の感謝はすべきだったが、恵が病院から戻るたびに、ため息をついて膝から崩れ落ちるような事件が度々起きていた。


「柴島さぁん……この大量のジャガイモ……」


「え? 芋を頼んでおいてくれって……わざわざ郷里の北海道から送ってもらったんですぞ」


「樹菜子さぁん……このお餅、どうやって作ったん?」


「いや、普通にいつもの炊飯器で白ご飯炊いて杵と臼でついたんだけど、やっぱあたし料理むいてないねぇ? あははぁ」


「よっしぃい……これ、なんや? このプリンターで偽造した年賀状の束は」


「あっれぇ? なんで戻って来とるん? 年賀はがきなんか買うより刷ったほうが早いしおもて、それに安ぅつくで。住所は書いとるのに……おっかしいなぁ、郵便局の奴ボケとるで」


 やはり恵の指示の元で正月の準備は進めるべきであった。一定の感謝はすべきだ、出来ないなりにしようとしてくれたことに、感謝はすべきである。しかし恵の若さゆえの衝動は抑えられなかった。


「……こぉんのぉお、どアホぉめらがぁっ! あんたら今までどうやって生きてきたんや!」


 拳を握りしめ、仁王立ちする十六の女子に怒声を浴びせられる三人の役立たずは、小さくなり肩をすくめて互いを肘でつつき合っていた。


 そんなわけでこの大晦日の一日は、予想通りマキタの見舞いには行けないと肩を落として家事に没頭してしていた。夜は忘年会なので、そちらもおそらく抜け出すことは無理だろう。


「恵さん、随分長い事お世話になりました。今日の十三時五分発のリニアで東京に戻るよ」


 台所でもち米を蒸す恵に声をかけたのはジュンだった。ここへ来た時と同じ格好をしている。


 お世話といっても恵たちのいる母屋の方にはほとんど顔を出さず、もっぱら離れのGODSの方で寝泊まりしていたのだから、カナが危惧したようなことはもとより、五日間も同じ屋根の下にいた、という実感すらなかった。


「うん、ジュン君もがんばってね。将来は学者さんになるんやろ?」


「まあね。僕が学者になる頃はディックなんていなくなって、平和になっていれば言うことはないんだけど。正直、僕は君のようには強くはなれないよ。男としてはかっこ悪い話だけどね」


「なんか、それ、褒められてるんか微妙やなぁ」


 恵とジュンは互いに微笑み合った。恵は玄関先まで見送るとジュンと屋敷の外に出た。吉川の待つ駐車場に向かう途中でジュンは振り返り「あ、その着物、似合ってるよ」と言う。


 唐突にそんなことを言われると、どうしていいのかわからない恵は顔を赤らめ「はよいかな乗り遅れんで」と目を逸らす。


「それから、マキタの事もよろしく。僕がついて行ってやれればいいんだけど、ばあちゃんが年内には帰って来いってうるさくてね。最後まで面倒かけちゃうけど」


「ご両親も待ってるんやろ? あんな事件に巻き込まれて心配してるやろうに、なんでもっと早く帰ってあげんかったん?」


「まあ、いろいろと――またいずれ会うこともあるだろうからその時に詳しく話すよ。ああ、そうそう、カナちゃんと忍さん、ミヤさんにもよろしくね。彼女たちも忙しいだろうから、今日出ることは言ってないんだ。これ以上僕らのことで手を煩わせるのも何だし」


 “カナちゃん”と“忍さん、ミヤさん”、それに“恵さん”だ。何を考えてるかわからないと思っていたジュンの心の内が少し見えたことで、彼の笑顔は以前より少し暖かなものに感じられた。


 山吹家ではもっぱら運転手役の吉川が駐車場の側から顔を覗かせる。そろそろ出るようだ。


 恵はジュンに手を振りながら、「ほなまた。元気で」と笑顔を作った。


 そして彼が乗り込んだ吉川のキャンディオレンジのロードマスターが見えなくなると、帯に挟んでいた携帯電話を取り上げ、手早くカナにメールを打った。

 そこへ入れ替わりで一台の車が車庫に戻ってきた。誠一だ。


 誠一はドアを開くと大きく伸びをしながらあくびをした。


「ひゃあ、なんとか戻ってきたぜ」言いながらスーツの上着を脱ぎ、さも当たり前のように傍にいた恵に手渡す。これではまるでドラマにありがちな、亭主の帰りを迎える奥さんではないかと恵は思いながらも「お疲れ様でした」と言ってしまう。


「さっき吉川とすれ違ったが、ジュンか?」玄関をくぐり、眠い目を合わさずに恵に問う。誠一がこれほど疲れているのも珍しい。マスコミの対応に追われているのだろうか。


「うん、さっき。セイさんと入れ違いやったよ」


「そうか……俺はちょっと寝るわ、三時間たったら起こしてくれ」


「運転して戻ってきたんですか?」


「ああ? そりゃお前、車任せの自動運転じゃ制限速度守って走るだろう? 東京から三時間で帰ってこれねぇって」


 多少話を盛っていたとしても、いったい時速何キロで走ってきたのかと、頭の中で計算してみるまでもなく呆れる。あくびを噛み殺し玄関をくぐる誠一の背中を見つめながら、何かを聞かなければいけないと思っていた矢先、「ああ、それからジュンな、あいつ――」と眠い目を向けながら言いかける。そう、それだ。


「ジュン君にこっちの情報を開示したんですよね。いいんですか?」


「かまわんよ。望むなら全てを教えてやるって言ったのは俺だ。それより……」


「なんですか?」


「いや……いい」


 誠一はそれだけ言うと、片手を軽く振って屋内へと入っていった。


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