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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第三章:ヴィ・シード 第一話 「変革の境界線」
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戦闘家政婦―ヴィ・シード 1-4

 次の日、恵とジュンは途中で忍とカナを拾って病院へと見舞いに向かうことになった。


 互いに知らない仲でもないミヤにも声をかけると一緒に行くというので、少し遠回りにはなるが吉川にミヤの家にも寄ってもらった。病院に詰めていた柴島からの話によると、マキタは完全に意識を取り戻しており元気だという。


「ジュン君! 久しぶりやん」というのはミヤだった。


「ミヤはドタキャンで命拾いしたなぁ、ほんまあんた運がええわ」と忍。


「そや言うて、あんたらも無事でよかったわ。でも、あたしもちょっと見てみたかったわぁ。本物のゾンビなんやろ?」


 そんなカナの能天気な言動にピリとこめかみが疼くのは恵だけではないが、あれほどの事故で死者ゼロという事態が世間の目を脳天気にさせているのは確かだ。しかも舞台がUSJというのも出来過ぎた話だった。だが、忍は釘を刺す。


「ミヤぁ、マキタ君は大怪我してるねんから滅多なこと言いなや」


「わかってるよぉ。そんなん言われんでも気いつけるって。ほら、ドーナツもよおけ買ってきてん! お腹すいてるんちゃうか思て。マキタ君食べれるかな?」


「あんたが食べたいだけやろ!」と、珍しく忍と恵、そしてカナは声を揃えて、両手の袋いっぱいのドーナツを抱えるミヤに突っ込んだ。




病院は城東区の総合病院で、事件当日は救急網が輻輳してとりあえず受け入れ可能な病院に患者が運び込まれたそうだ。視界の傍らには脚立を用意して歩道に群がるマスコミの姿も見える。おおかた被害者からの言質を得たいがための待機だろうか。


「なんか当日は国会議員の誰それがいたらしいで。大したケガやないらしいけど」吉川が呆れた口調でそちらの方を一瞥する。


「ふうん、でも議員さんかて怪我したらタダの患者やん。今突っ込むとこやないと思うけどな」カナが軽蔑の意を込めて返す。


 エレベーターのボタンを押しながら「まあな。やけど不適切な連れ合いと一緒にいたってのは怪我人の今やからこそ、突っ込み甲斐があるっちゅうもんや。マスコミは人が見られたくないって思ってることを、見たいと思ってるもんに見せるのが仕事やからな、しゃあないわ」


 吉川は薄笑いを浮かべ言いながらも、声の調子はどこか憂いを含んでいた。

「あっ、ここやな。槇田……恵悟っと」


 忍が病室の名札を読むのを聴き、改めて自分の間抜けさに愕然とする。マキタが苗字だということは気づいていたものの、一日一緒にいた本人からではなく、こんな形で名前を知る事になるとは。


 病室に入ると寝たきりが退屈なのか、マキタは片手で腕枕を作り天井を見上げていた。骨折したとみられる右腕と肩周りは固定され、左の足もギプスがはめられている。満身創痍である。


「なんや、しけとるなぁ」忍がいつもの調子でマキタの傍らに語りかける。


「うるせぇよ」


「元気だしなよ、とりあえずみんな無事だったんだし」ジュンが言う。


「知ってる」


 マキタは明らかに不機嫌だった。自分だけが身動き取れないでベッドに縛り付けられているのは面白くないのだろう。そこへカナが口を開く。


「マキタくんが先導してくれたから、あたしら逃げれたんやし……ありがとうね」


「そいつが一番怪我してりゃ世話ないぜ。それにUSJにいた奴らは、ほとんどみんな無事だったらしいじゃねぇか」


「マキタ、あんた――」いくら自分だけが怪我をしたからといってそう言う言い方は良くないと思い口を開きかけた時、「あっれ? ミヤじゃん、久しぶりだな」と、朗らかな声でマキタはミヤに向かって声をかける。恵は彼を責める立場にないことを自覚し、恵はとっさに唇をかんで、マキタをたしなめる言葉を噤んだ。


「ええ? あたしのこと覚えててくれたん?」


「こんなとこわざわざ来てもらって悪ぃな」


 マキタにしてこの気遣い。調子が崩れた恵はそのまま視線を逸らして輪の中から一歩引いた。


 それほどまでに落胆してるわけでもないように見える。ふてくされてるわけでもない。ああして盛り上がっている様子を見ると安心もする、思ったよりも元気だし、よかったと思う。だが恵は、自分が上手くやっていればこんな怪我をさせずに済んだのに、と責める気持ちと、ミヤとのやり取りが楽しげに見えて彼との会話を気おくれさせていた。


 マキタは蜥蜴男に何発か鉄パイプで抗った結果、その腕を掴まれ床に投げ捨てられたのだという。あの怪物を目の前に、引かなかったマキタの勇気は見上げたものである。


「こりゃ文字通り寝正月になりそうだな。ま、家の手伝いさせられるよりはよっぽどいいけどな」


 冗談ともとれないマキタの口ぶりは、病室にいる重傷患者に対する気持ちを和らげる。


 昨日の今日で面会が出来るというのは処置が上手くいっている、予想以上に状態はいいという事なのかもしれない。無論医学の進歩もあるだろうし、マキタの類まれなる精神力もあるだろう。いずれにしても必要以上に慮ることは彼にとって望ましくない事なのかもしれない。


「なんなんだよ、あれは」マキタは視線を病室に据えられたテレビ画面へと向けた。


 当然そういう話にしかならないだろう。恵もジュンも一瞬マキタの口から出る言葉を警戒する。


「ニュースでも観たけどよ、あんな怪物……あれがヴィ・シードって奴なのか?」


 平穏な世界に、当たり前だと感じていた世界に突如現れた異常な存在。それらが以前から跋扈していたとしても人々がその存在を認めなければ、これまでの世界は継続される。だがクリスマスを境に一気に世界は逆転を強いられた。全世界の次元転送社会を裏で支えるGODSやD&Dのような組織も同様に表舞台に躍り出るより仕方がなくなった。


 これまでUMA、未確認生物などとされてきた存在の一部はDICであることも同時に明かされ、それらを秘密裏に処分してきた事実もまた暴露せねばならなかった。


 USJでの大規模なDICの発現から二十四時間を待たずに全世界は常識を塗り替えられることになったのだ。もはや、人類同士で戦争の危機におびえている場合ではない。人類の新たなる脅威は次元転送社会という、人類史の常識を塗り替える世界から生まれ出た非常識であり、それらが現実となることを受容せねばならなくなった。そして脅威の払拭までそれらと共存してゆくことが求められる。


 世界中の反次元転送社会組織からは犯行声明が立ち上がった。無論その大半は混乱に乗じたシュプレヒコールのようなものである。本当の首謀者は名乗りを上げていないだろう、というのが誠一の推察だ。


「これから世界は大きく変わるだろうね。次元転送技術はただ単に便利なツールではなく、社会そのものの基盤を支えることになる。新しい社会が生まれ、そこに悪意が発生するなら、それもまた社会であり世界ってことなんだ。僕ら人類はその選択をしたってことなんだ」


 滔々とテレビから流れ続けるUSJ事件の続報と報道特別番組。何度となく誠一の会見する姿が見られ、そこここで罵声も飛び交っていた。


“なぜ、今まで隠していたのか、お前らにはやましいことがあるのではないか”多くはそのような論調だ。


 毅然とした視線をテレビ画面に向け、恵は歯噛みした。


「なあ、あのゴッズのタノーさんって人、イケメンやなぁ」病室のテレビを観ながら忍が漏らす。


「ほんまほんま、あたしも思っとってん」とミヤが続く。


「ハッ、女はすぐそれだ」大きくため息を吐いてベッドの上のマキタは言う。


 誠一は自ら顔を晒す危険性を知りながらも、会見に挑んだ。ここで影武者を立てたり、会見に応じないなどの措置を取れば後々立場が悪くなる可能性があるとの判断からだ。


 評議会としてもGODSを表舞台に引きずり出すことが目的なのだから、それを隠すことは逆に相手に付け入る隙を与えることになる。後暗いことはない、知らないものは知らない、事実だけを淡々と述べるに留める誠一の弁は何度となく放映された。


 小一時間、ジュンが事件のあらましと、ヴィ・シード、およびDICへの考察を述べている間、恵はろくに口をきかないまま、病室の中でテレビを眺めつづけていた。ヴィ・シードに関してはテレビの中でも語られてはいないし、誠一からもあまり他言はするなと釘を刺されていたが、ジュンなりの判断でうまく話を組み立ててそれらしい説明をしていた。彼女らの顔を見ている限りその半分も理解できていないことは伺えるのだが、語るジュンの横顔は水を得た魚といったふうに映る。昨日の恵との話や、GODSで得た知識は彼を舞い上がらせるのに十分な情報だった。


「ジュン、お前なんか嬉しそうだなっ!」


「そ、そんなことないよ! 僕はただ単に技術の裏付けが目の前にある事実を述べてるだけで――」


 そんなやりとりが後ろから聞こえる。ジュンが空気を読めないのは今回に限ってのことではないようで、マキタも承知しているらしい。それにマキタも話す間に気持ちは和らいだように感じた。笑顔も時折見せていて安心した。


 テレビの画面には、当時USJにいた被害者の数人がその時の様子を身振り手振りで表現する者や、スマホで撮ったDICの姿を番組内で披露していた。


 GODSとしては事件の首謀者は『ヴィ』という国際テロリストだ。その認識に揺るぎはない。だがやはりヴィ・シードというものに関しての明言は避けている。これにはD&Dカンパニーの見解が求められるところで、まだその交渉までには至っていない。


 原理を知る知らないに関わらず、あえて今まで秘匿し続けた技術と装置であり、いずれなり彼らが認める時が来れば、デフィも累を逃れることはできないだろうと誠一は言っていた。


 そうこうしているうちに、看護師が食事の時間だと伝えに病室に入ってくる。


 恵たちはマキタにまた来ると告げ、病室の席を立つ。


 壁のハンガーに掛けられたマキタの着ていたシングルライダースは、病院の処置を行う際に袖を縦にバッサリと切り裂かれていた。救急搬送ではよくあることだ。服を脱がす過程で患部をより痛めるリスクを避ける為や、処置の早さを優先するために行われる。


「マキタ……それ」


 恵は病室を出がけにくたびれた黒の革ジャンを指さした。それに応じマキタも苦々しい面持を引き上げた。


「ウチ、直してきたろうか?」


 恵の言葉にマキタは口を開ける。


「え、お前出来るのか?」


「いや……清水のおっちゃんとこに持っていくだけやけど……ああウチの地元の皮職人さんで腕がええって評判やねん。できるかどうか頼んでみる」そそくさとハンガーから革ジャンをおろし、胸の前でたたむが、恵はこの期に及んでも彼と目を合わせることが出来なかった。


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