戦闘家政婦―ヴィ・シード 1-3
「君が、その、変身した時……いや、あれは転送されてきたオーバードライブギアなの?」
「ええと、うん。そうドッグっていう、オーバードライブギアを転送するシステムやねん。あれでウチらはディックと戦ってる」
「ドッグ? 転送器を使わない指向性開放型次元転送装置……」
恵はバッグからDOSをとりだしてテーブルの上に置いた。
「これは……ダイレクトドライバーゆうて……ディセットはこのダイレクトの技術を転用して民間向けに開発を進めてる装置で……その、実際ジュン君が言ってたみたいに対象への直接転送に制限があるから、実用化にはまだ足踏み状態やねん。だけどウチらみたいに条件と用途が合えば使えるんやけど……」
「こんなに小さなものの中にDFSの機能が……あの、触っても?」
「うん、あたし以外の人が触っても動かされへんから大丈夫」
深刻な話のはずが、皮肉にもジュンのDOSを観察する無邪気な顔によって場を和らげられる。
「なるほどね、驚くことばかりだよ……でも、今朝も言ったけど、だからこそ僕は僕が考えていたことが符合する」
「――それ、今朝言ってたそのことがウチは気になってたんや。ジュン君は何を知ってるん? 人体転送ができないことがわかって、そこから――」
「ははっ、なにも知らないよ。全部オタクの妄想だよ。だけどこの際さ、前から気になってたことを誠一さんに話した」
「なにを?」
「GR技術は完成していたんじゃないかって。あれらは確かに生きていた。どこから現れるとなく突然現れて意思を持って暴れていた」
「じーあーる……?」
「だから、僕が思うに、だよ。誠一さんにヴィ・シードも画像だけ見せてもらった。君の持ってるダイレクトドライバーの技術が出来上がっているってことは、次元転送技術はもう転送器そのものに必ずしも筐体は必要ではないという事なんだ。かつて電話が有線電話だったものが携帯電話になったように、転送器は第二の段階にシフトするんだろう。次元転送技術は僕らが考えているよりもずっと先を行っていると考えても不思議じゃないじゃないか? 次元転送技術が完成してもう十五年だよ?」
ジュンの指摘は的確だった。素人の、何の専門教育も受けていない十六歳の少年に誠一が舌を巻いたのも頷ける。
ホスト側転送器からローカル側転送器へと筐体間で被転送物質を送受信するのが転送器の基本だ。同じく、身体に携帯するDIRECT転送器も、GODS本部に置かれたホストからローカル側である装着者のDIRECTドライバーとDOGの送受信をするのも変わりはしない。
開放型転送器の技術は、端的に言えば転送機を携帯できるようになる、ということだ。ここではただ、ジュンは技術的成熟度の話をしているに過ぎない。誠一が言っていたように理論や技術と製品の間には少なからず十数年の格差がある、ということを言っている。
「GR技術というのはね、Ghost Remove、Reserve、Remoteというゴーストを肉体から分離し、かつ外部保持し、それにより別の素体を遠隔操作することを目的とした技術で、人体転送が不可能だと見切ったミラー博士が次に目指した超長距離宇宙航行計画の柱だよ。僕も言葉と概要しか知らないけど、人間の意識と体を別々に捉える技術だって」
「ええ? そんなんしたら、死ぬやん」
「僕らはそう考えるけど、デフィ(あっち)の人はそうじゃないみたいだね。魂ですら道具だって思っているのかも――その切り離した人間の魂ならどんな過酷な環境でも何年でも死ぬことがなく宇宙航行ができる、はずだって」ジュンは言いながら半分呆れているようだった。それは恵も同じだ。「魂だけ宇宙に行ってもどうすることもできひんのちゃうん? なにそれ、ほとんど空想やん」
「だから、DIC……現像架空体が必要だと考えられないかな?」
ジュンは意思のあるあのような生き物が転送できるということは、ミラー博士が目指した超長距離宇宙航行に必要なGR転送技術は完成しているという事で、ヴィ・シードの存在も現象効果も理屈は解らないが納得はできるというのだ。
「じゃあ、ヴィ・シードはミラー博士……ってことはデフィが?」
「その可能性も否定はできないよね」
かつてミラー博士が人体転送の不可能性を示したのは次元物理科学の限界を示したともとれた。それは人類が渇望する超長距離宇宙航行が、イズノが以前より提唱していた世代宇宙船に頼るしかないという結論に至ったからだ。
超長距離宇宙航行とは、巨大な船体に遠心力で人工重力を発生させる居住区を配し、船内に住み生活しながら世代を超えて宇宙を航行できるコロニー型世代宇宙船を使い、数百年スパンの外宇宙航行に挑むというイズノの構想だ。
仮にミラー博士が目指した人体転送が可能であったならば、単純に船体と人体を同時に転送してしまえる次元跳躍型ワープ航法という可能性が見いだせた。
このデフィとイズノがしのぎを削った宇宙航行構想は外宇宙を探索するという目的は同じなれど、そこへ到達するための時間的なものは比べるまでもなかった。結果として人体転送は実現せず、かつGR技術は概要を語っただけで氏は帰らぬ人となり計画主導はイズノへと渡った。
ジュンの言っていることは結論ありきの推察に過ぎないが、的を得てるとしてもよかった。それで新たな疑念が巻き起こるのも避けようがないという。
ミラー博士はGR技術の成功をして、テロに遭った。そう考える方が筋道としては素直だ。つまり、マイアミ事件はGR技術の実現を快く思わなかった人物、あるいは組織による計画的犯行という可能性すら浮かび上がる。その末にイズノが勝ち得たコロニー宇宙船構想というスキャンダル。
いや――そんなに単純なものだろうか。
そもそも生体転送を恵は正確には理解していない。誠一とてディックの発現する原理を説明できないのだ。それが危険なものなのか、あるいは倫理に反するものなのか、あるいは人類の未来を切り開くものなのか。
「でも推測だけじゃ埓があかないね。正直誠一さんにもわからないって言われたよ。それに、君は怪物の存在の方に驚きはしないのかって笑われた。ははっ、確かにそうだね。けどそっち側もイプシロン変換器による粒子変換技術というのがあって、もし生体が変換できればああいった架空の存在を合成することだって――あれ……恵さん?」
きょとんとするジュンをよそに、恵のシナプスは再び熱にうなされていた。




