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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第二章:GODS 第四話 「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」
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戦闘家政婦―GODS 4-2

 冬至を過ぎた直後のこの時期は一年のうちでも昼間の時間が極短く、五時を目前に日没を迎える。四時頃から人の流れは中央の大通りに流れてゆき、スタジオ中央に相当する湖上のステージに鎮座した巨大なクリスマスツリー前に人だかりができはじめる。ツリーの点灯の瞬間を目にしようという人々だ。


 マキタと恵の姿もその中にあった。人混みが苦手な彼らではあったが、意図せずそこにいたため、身動きが取れなくなった形で仕方なしに点灯を待つことになった。


「でっけぇ……」


「ギネスにも載ったことあるんやって」


「へぇ、世界一かよ」


「輝きがね……あ、点灯するみたい」


 全高五十メートルに達する三角錐の人工ツリーの周辺の照明が一瞬落ち、周囲は暗闇に包まれ辺りは戸惑いのざわめきに包まれる。だが、次の瞬間ツリーの頂点にまばゆい光がともり、スポット照明がまばゆい光を一点虚空に向けて放射すると次々と裾に向かって光の筋が下りてくる。深い洞窟に一石を投じたようなコーンと響き渡る神秘的な効果音が会場全体に響き渡る。


 それはまるで巨大な円錐の壁面を流れ落ちてくる光の雫だ。やがてそれらがすべて裾に達した時、今度は裾から頂点に向かって何羽もの鳥を模した光が舞い上がってゆく。円錐を覆う約百五十万個のLEDが描くグラフィックが、ゆったりと流れる神秘的なBGMに合わせて点りはじめる。鳥は生き生きと暗闇を飛び回る姿を人々の目に焼き付け、小さくなりながら頂点で輝く五芒星へと飛び去ってゆく。


 次いで赤色の光輪がところどころに現れ、やがてそれは花となり再び円錐を彩る。花は蔦を伸ばすようにそれぞれとつながりはじめ、そしてツリー全体を取り巻いてゆく。頂点の星がひときわ明るく光を放つと、一斉にツリー全体が青と白のイルミネーションに彩られる。


 それは鮮烈な光、周囲の空気をきりりと引き締めて全てを浄化してしまうような光だった。


 恵もマキタもその巨大な光の束で形どられたツリーを前に言葉を失っていた。

大阪の港を俯瞰してみれば、ここほどに光り輝く場所も他にはないだろう。ツリーの全点灯を機に打ち上げ花火が各所であがり、周辺の照明も再び活気を取りもどす。


 観客からは拍手と歓声が上がり、その笑顔もまたまばゆい光に照らし出されていた。マキタの黒く深い瞳にはツリーの青白い光が浮かび、恵の瞳には彼の横顔が映し出されていた。


「ちょっとお二人さん! 取り込み中で悪いんやけど」と背後から迫った声は忍のものだった。同時に振り返った恵とマキタは一瞬相手が誰なのかを忘れたような顔をしていた。


「昼間っからずーっと今まで、二人っきりでウロウロしてたんかいな?」忍は笑っているような困っているような複雑な顔で二人を見つめていた。


 マキタは恵を見て、恵はマキタを見て、互いに同時に目を逸らして頭を掻いた。


「ほんまにぃ、何回電話した思てるんや。あっ、カナ! ジュン君! こっち、おったで!」腰に手をあてた忍が後ろを振り向いて二人に声をかけた。


 雑踏の中からジュンはカナの手を引いて忍の前に現れた。カナはまんざらでもないようで、口元が綻びっぱなしだった。


 ツリーの点灯とスタジオパーク内の照明は連動しているようで、各所に白を基調としたイルミネーションが点り、一層クリスマスムードを高めていた。


 ジュンがミヤの手を取ったのは、雑踏ではぐれてしまわないようにとの心配りからであり、今は手を放している。ただ、腕をとるのと掌をつなぎ合わせるのは雲泥の差がある。同じ身体部位なのに、それの合わせる場所によって人は気持ちの印象までをも変えてしまう。


 恵は所在なく自身の両手を握り合わせて、肩を並べるマキタとジュンの背中を見つめながら歩いていた。


「なあ、お腹空かへん?」恵の火照った感情をよそに忍が声をかけてくる。


「……うん? うん」恵は何を訊かれたのかよくわからないまま応えていた。


「なあ、マキタぁ! ジュン君! ご飯食べようやぁ。パレードまではまだ時間あるし」


 忍が二人を呼び止める声に反応して彼らは同時にこちらを振り向いた。だが視線は忍にも恵にもカナにも向けられてはいなかった。もっと遠く、彼女らのはるか背後を二人の少年は注視していた。


「あれは……なんだ?」先に口を開いたのがマキタ。


「新手のアトラクション……?」と、ジュンが続く。


 途端に恵は手首を抑え、全身の皮膚を粟立たせた。


 来た。


 直感的にそう感じた。カナと忍は恵をよそにまばゆい光の方角に目をやり、歓喜と困惑の混じり合う声を上げていた。周囲の客も同じような反応だった。


 だが恵だけは目を伏せて騒ぎが悲鳴に変わるのをただ恐れて、振り返ることすらできずに硬直していた。


「ホラーナイトイベントはハロウィンの時期だけやろ?」


「好評に付き延長……とか?」


「今日はクリスマスイブだよ?」


「ナイトメア・ビフォア・クリスマス……かよ?」


 やがて、ざわと微振動のように人の波が揺れたかと思うとそれは、急激な引き波となって周囲の空気を連れて行ってしまう。


 恵は意を決して顔を上げた。


しかしどうだ、そこには黒いTシャツの胸元が目の前にあり、傍を見ればジュンが忍とカナを抱き寄せていた。


「何してる! 逃げるぞ」マキタは動揺を隠しきれないまでも、努めて冷静を装っていた。


 マキタとジュンは互いに目配せをして皆が逃げる方向とは別の方向に向かう。だからといってそこが無事だという証拠はない。ただ周囲の流れに乗って混乱に巻かれれば確実に逃げ遅れる危険性があった。これだけの人間が一斉に移動するのだ、すべてが一度に逃げ切れるはずはないからと、咄嗟に直感的な判断に身を任せたのだ。


 恵はマキタに腕を引かれながら、ちらと後ろを振り返った。


 光の中、それはクリスマスツリーよりもまばゆい光の中に屹立するモンスターの群れだった。




 さっきから携帯端末がバイブレーションしていた。恵が持つ携帯電話ではなく、GODSより支給された腕時計型の双方向次元通信機のほうだ。


 紫色のブレスレット型の時計を模した通信機。それは去年のクリスマス、美千留より預かったとして、凛から恵に手渡されたものだった。


 恵はこのブレスレットのデザインを気に入り、普段から好んで着けていた。時計としての機能は正確無比で、高品位な洒落たデザインながら質実なムーブメントに制御されたそれは、さぞ値の張る品なのだろうと恵は感じていた。


 だがどうだ、GODSという扉を開いてみれば、それは超小型にパッケージングされた次元波動を利用した高性能通信機であるという。同じものが凛や美千留にも手渡されている限り、位置情報を検出する機能は当然実装されており、首から提げた『DIRECTシステムドライバー』のモジュールの一つとして機能する。


 GODS西国本所のお膝元であるここ大阪府此花区・・・・・・で、誠一らのチームがこの異変を察知していないはずはなかった。手首のバイブレーションは恵を呼び出すそれに違いなかった。


「出口はメインゲートだけじゃねぇだろ、この際通用口だろうとなんだろうと、とにかくこのパークから出よう」マキタがリーダーシップを執っていた。傍らでパークの地図を開くジュンが、おそらく脱出が可能であろうという場所を指でなぞり当たりをつけている。


 五人が逃げ込んだのはスタジオパークの中でも裏通りにあたる、{一般の客|ゲスト}は使用しない従業員用の通用路であった。正体不明のモンスター群は大通りを中心に進撃しており、脇にそれた人々にまで意識は届かないだろうと思われた。


「なっ、なんなんあれ! なあ!」忍とカナはすっかり取り乱していた。「まさかこれもココの演出とかじゃないんだろうな? ジュン、どうなんだ?」マキタは物陰から通りをそっと覗きこみながらつぶやく。何でもかんでもジュンに聞いてわかるものでもないだろうと恵は思いながらも、ジュンの意見に耳を傾ける。


「違うよマキタ。人は本当の危険に直面した時、本能からそれを忌避する。集団心理行動を加味したとしても、ほぼ同時に、一斉に疑うことなく現場にいた全員が背中を向けた。それが証拠だよ。少なくとも僕のほうも穏やかじゃない」


「……そう、か。あんまり見るな(・・・)」マキタはジュンに促した。


 ジュンの言うことは理屈だが、残念ながら真実だ。あんまり見るな、とはどういう意味なのか? マキタがジュンにかけた言葉の意味はわからない。


 恵は彼らに真実を答えるべきかを迷う。


「なあ! 携帯も通じひん!」


「通信障害? 輻輳してるのか?」


「判らへんよ、そんなん言われても!」


「恵ぃ、呆けてる場合やないで、ほらっ」


 忍に肩をゆすられたが、恵は呆然自失に陥っていたわけではなかった。次にとる行動、それはまずGODSの誠一からの連絡を受け取ることにあった。だがしかし、彼ら忍やマキタらの前でそれをすることは憚るものがあった。瞬時の判断がつけられない。どうすればいいのか。そうしている間にも手首のブレスレットは振動し続けているというのに。


 もはやGODSの隊員である恵には、逃げるという以外の選択肢があった。


 それは“戦う”という選択肢、そして“守る”という使命が。


 正体不明のモンスター群のその{形|なり}に法則性はなかった。ゾンビのようなたどたどしい足取りの群れではあったが、中には往年の怪物の代表格であるフランケンシュタインや狼男を模した者、ゴーレムのような巨大な体躯を持つ者、あるいは四肢を持たない巨大な竜のような生き物までが、百鬼夜行よろしくユニバーススタジオジャパンの園内を闊歩している。その数二十や三十では収まるまい。


 彼らは人の匂いをかぎ分けるのか、あるいは目視で姿を判別しているのかはわからないが、人が逃げ惑う跡を着実に追っていた。いずれなり、ここに長くとどまっていれば見つけられ襲われる可能性はある。パーク内にモンスターがあふれているならば、まずは外周の境界にたどり着かねばならなかった。


 マキタは逃げ惑う雑踏からできるだけ離れた場所から脱出する方法を取ろうとしていた。


「こっちはダメだ!」マキタがあわてて通路を戻ってきていた。


 その背後には体が半分崩れたゾンビが迫っている。ゾンビの足取りは重くマキタの逃げ足に追いつけるものではなかったが、通路にとどまっていれば追いつめられる危険性はあった。だから先に進むしかない。


 この先がどうなっているかなどこの時点で誰にもわからないのだが、皮膚がただれ、人の態をしていないゾンビと対峙する勇気はマキタにもジュンにもなかった。


 忍はよろけてもつれそうになりながらも、カナとジュンに支えられて何とか走っていた。薄暗い通用路の先ははっきりとは見えなかったので、マキタが先行した。自然と恵は{殿|しんがり}を任される形となったが、道が一本の通路なら追手に追いつかれない限りは安全なポジションだった。


 今なら彼らに気づかれずに通信ができると思い、前を行く三人の背中を見つめつつ左腕の通信機を口元に近づけた。


「こちらG5。現在ヴィシードと思しき対象と接触、指示を――」言いながらも、声が震えていることに今更気づかされる。


《こちらG1、状況は捕捉している。十分後には現場に到着予定だ。G5、ダイレクト起動準備、周囲に気をつけろ》冷静沈着な誠一の声が頬に当てたブレスレットから骨振動波で聴覚に届いた。


「待ってください、民間人が目の前を避難中です」


《了解。民間人の避難を確認次第転送チェックインしろ。起動タイミングはそちらに移譲する――急げよ》


 とはいえど、自分だけが離れる訳にもいかない。起動スイッチは胸元に提げたDOSに内蔵されたDIRECTドライバーにある。恵はワンピースセーターの襟からチェーンにつなげたDOSを手繰り寄せて掌に握りしめた。まさかこんな形での初陣を迎えるとは思ってもみなかった。


 GODSの隊員は極力素性を隠し、行動も存在を認知されることが無いようにとの通達がなされている。それは周囲に対して不安を煽ることを嫌うがためだったが、これほどまでに大規模なヴィシードの侵攻があればもはやその意味も喪失する。


 今まで恵が誠一らの活動に気づきもしなかったのは、彼らが全てのヴィシードを極秘裏に殲滅し、処理してきたからに他ならない。日本政府直轄組織の次元転送評議会は、発足後GODSをはじめとし、日本DNSのそれらの武力活動を不法行為だと断じ、付け入る隙を狙っていたため、より慎重な行動が求められていた。


「くっそ、しかたねぇ。ジュンやるぞ!」


 マキタがそう言ったように、行く先の通路にはゾンビが迫っていた。前から後ろから、万事休すである。


 マキタは足もとに転がっていた鉄パイプを二本拾い上げ、一本をジュンに手渡す。男手は二人、ここはやるしかないというのが彼らの認識だった。


「後ろはいい、前の奴らをやるぞ。逃げることだけ考える!」


 マキタは行動力がある。判断力もある。そして勇気もある。だがそれは恐怖に裏打ちされ押された結果でしかないというのは、彼らが握る鉄パイプの震えに現れている。


 マキタが雄たけびを上げながら前方のゾンビに突っ込んでゆく。


 ジュンも不慣れな構えでマキタに続いた。


 腐った肉体のゾンビはいとも簡単に彼らの一閃で白濁液を飛び散らせて崩れ落ちる。赤い血ではない。つまりこれらはDICである。


数が多いとはいえ、これならば生身でも切り抜けられるのではないかと恵は思い、自身も鉄パイプを拾い上げ後ろから迫るゾンビを警戒した。


「はっ、はは! いけるぜ! こいつら大したことねぇよ!」


 そう叫ぶマキタの声は上ずり震えていた。


 腐乱しこそげ落ちた肉をぶら下げ、ところどころから骨や神経や血管がささくれている気味の悪いアンデッドは人の態を成してはいないとはいえ、それを問答無用で殴りつけるのはやはり根性がいる。ジュンは目を瞑って殴りつけていたため攻撃を外すことも多い。


 そこいらに肉片が飛び散り正体不明の体液で濡れ滑りやすくなった通路を恐る恐る忍とカナは進む。


 彼女らが気を失わずに立っているのが不思議なくらいである。


「よしっ! いけるぞ。こっちに走れ!」


 マキタが通路を塞ぐゾンビの最後の一体を打倒し活路を開いた。


 鉄パイプを腰だめに構えながら、マキタが十メートルほど先を先導して走る。そのあとに忍とカナについてジュンが走り、殿を名乗り出た恵が彼らの後に続く。


 その時、忍の悲鳴。


 崩れ落ちたかと思われていたゾンビは次々と再生し、不完全ながらも再び彼らに襲いかかろうと迫ってきている。ジュンは飛び出してゾンビを叩き崩す。恵も背後に迫る数体を打倒したが、彼らが足止めを食らったのはゾンビの只中だ。迫る一体づつを片付ける間に先ほどの個体は再生している。もはや完全に囲まれている。


 DICはDOS以外の攻撃では破壊できない。鉄パイプであっさりと崩れ落ちるのを見て恵はすっかり錯覚に陥っていた。あれらはゾンビだから死なないのではない、DICだから物理攻撃では倒せないのだ。


「あかん! みんな逃げて!」恵は鉄パイプを投げ捨てて叫んでいた。いくらゾンビを倒したところで物量で押されてしまえばやがて体力の限界が来る。


 恵はDOSの底部にあるセフティを解除し、瞬間的にブレードを発振させて、ジュンらの前に躍り出て行く手のゾンビたちを横薙ぎで一掃する。


「はやく! 今のうちに!」


「恵! 何やったん?」


「そんなんどうでもええからマキタの方に逃げ! 後ろはウチに任せて!」


「め、恵も! はやくはやくはやく!」そう忍が叫んだとき、カランという音と共に、先を走るマキタの姿が消えていた。



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