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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第二章:GODS 第四話 「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」
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戦闘家政婦―GODS 4-1

 大抵の旅行者が大阪に来る目的をあげるならばまずここUSJ、ユニバーススタジオジャパンである。


 USJ並びに巨大水族館施設の海洋館は二十世紀末から二十一世紀初頭にかけて塩漬けになった第三セクターのテコ入れに尽力した立役者でもある。


 現在でも若者を中心にアジア周辺諸国などからの来客は絶えず、東京のファンタジアアイランドと共に日本有数のエンターテイメント施設の一つとして人気である。


 恵たち一行もまたその夢の世界へと向かっていた。マキタ達が一度も行ったことがないと聞いていたので、というのが表向きの理由だが、そう強く望んだわけではない。いわずもがな、これはカナと忍が猛プッシュしたせいだ。クリスマスイブのこの日は特に人が多く、此花区にあるユニバースシティ駅を降りても人の頭ばかりで何も見えはしない。


「よ、予想以上やな……」人混みに埋もれてしまいそうな忍がつぶやく。それを見下ろすような形で恵は「そやからこんな日に来るもんやないってゆうたのに」と苦言を呈する。


「すごいねぇ、アメリカみたいだ」


 頭一つ抜きんでているジュンとマキタはシティ駅とパークをつなぐ連絡路にもなっている、ユニバースシティウォークを珍しげに眺めながら牛歩の人波に紛れていた。


「ここまで来たんだし、しゃあねぇよ」マキタは恵にちらと視線を送る。

 恵は正直、その瞳を見てドクンと心臓が踊るのを感じた。相変わらず口は悪いが心中ではしっかりわくわくしている子供のようなその目に、恵は首筋から耳にかけて上気してしまう。


「なんだ、おまえ。顔赤いぞ。暑いのか?」


「え、ああ、あかい? いやあ、これだけ人おったらさすがに……」


「荷物」


 マキタは恵に向かって手を差し出す。


「へっ?」


「持ってやるから、コート脱げよ」


「え、ええよ。自分でやるから」


 マキタはそう言う恵の手から、かまわずバッグを取り上げる。


「もたもたしてたら周りに迷惑だろ。なに遠慮してんだよ」


 ぶっきらぼうな言い方にカチンときて、表情がこわばる。でもここで喧嘩なんかしたら、よほど周りの迷惑だ。そう考えて恵は飛び出そうとしていた啖呵を内腑に押し込んだ。


 隅に寄りそそくさとコートを脱いだ恵だったが、さっきまで視界にとらえていた忍やジュンの姿が見当たらないことに気づいた。


「なあっ、ウチらはぐれたんちゃう?」


「ありゃ、そういえば……」


「まあ、ええか。どうせチケットカウンターで待ちぼうけやし、エントランスで会えるやろ」


 巨大な地球儀をかたどったモニュメントが鎮座する脇を抜け、ゲートをくぐった先の、二十数箇所のスタジオパス売り場では長蛇の列を作っている。忍たちがどの列にいるかすら判らない。


「ひえぇ、一時間以上かかるんちゃうかぁ」


「ま、それはそれで、いいんじゃねぇの?」


 マキタの言葉は落ち着いていた。冬の正午過ぎ、高い空に青が広がる。


 同じような空の下、夏の海で初めてヴィ・シードという言葉を聞いた。それは奇しくもこのマキタの口からだ。だからと言う訳ではないが、恵は少し訊いてみたくなった。


「なあ、ヴィ・シードって話したん覚えてる?」


「何だよ、突然?」


「まあ、突然やけど……あれって、どうなったんやろな」


「どうって……」


「いやさぁ、四年後には世界政府樹立やん? テロとか収まる気配もないし、うまくいくんかなぁって……」


 別にそんな事を話すつもりはなかった。ただ話題を探して行き着いたのがそこだっただけだ。


「なんだよ、こんな時に。天気の話でもないだろ、もうちょい気の利いた話題ないのか?」


「あ、い、や……なんとなく最近こっちは物騒やからね。東京はそうでもないん?」


「いいや? こっちは至って平和だぜ。平和すぎてあくびが出るよ毎日毎日」

 何を期待しての質問だったか要領をわきまえない恵自身が、その応答に戸惑った。それをよそにマキタは腕を組んで虚空を見上げ、続ける。


「ま、世界がそう望めば、ってとこじゃないかな。そうは言っても次元転送社会の浸透だけでも俺たちの見えないところで多くの混乱が起きてんだろ? 国境をなくすなんてさらにハードル高いんじゃないか? 貧富の差が縮まりつつあるといっても、民族や宗教問題も残ったままだし、性急だとは思うけどな」ウニの時もそうだったが、マキタは見た目や言動よりも内面では多くのことを考えている。ジュンのように答えを持っているという頭はないが、あらゆることに疑問を持ち、それに対し今の自分の立ち位置のまま、恵の質問に自分なりにちゃんと答えようとしていた。


 それに対し質問の奔流が変わってしまったことを気付きはしたが、恵は考えたとて栓のないことだと、適当に相槌を打つにとどめ、空気を読まない自分の馬鹿さ加減に軽く落ち込んだ。


 風はなく、午後の柔らかい日差しが二人を照らしている。無言のむず痒い時間が流れる。恵は周囲の喧騒が音をなくして異空間にたたずんでいるように感じていた。こうして異性と肩を並べてただ突っ立っていることなど今の今まで経験したことがなかった。


 本来なら、これから入場するエンターテイメントパークへ期待に胸を躍らせ、パンフレットを覗き込みながら、まず一番にどこに行こうなどと思案して居るのが正しいカップルの姿だっただろう。


 だが二人は向き合うこともなく、ただ正面のパス売り場をぼんやりと眺めているだけだった。


「悪かったな、連絡もしないで。家の仕事が忙しくてな」


「ま、お互い様やん、ウチかてバタバタしててそれどころやなかったのもあるし。マキタんちはDFS営業所なんやろ?」


 恵とマキタはそれぞれ正面のパス売り場を向いたまま互いに言い合った。いずれにしてもマキタが口火を切ってくれたのは渡りに船だった。


「ああ、元は運送会社だったんだけどな、業務用の大型DFSを無償で貸与してもらえる話があってさ。皮肉なことに、そいつがうちの稼ぎ頭で生命線だ。社員も随分減らしたし」


「やけど、営業所までトラックで集配送したりする仕事も必要なんやろ?」


「まあな。でもそれだって従来の数からすりゃ百分の一、とまでは言わねぇけど大した数じゃない」


「ふうん……なあ、マキタはさ、あれから考え方変わった? 旅してから」


 恵は自身が大きく変わったことを自覚している。たった数カ月の間に劇的な変化が起こった。言うまでもなくそれはGODSに入隊したという事であり、それと共に次元転送社会を擁護する側に身を置いたという事だ。


「ああ、日本は広いってことがよくわかった」


「そんだけ?」


「そんだけって……おまえなぁ。俺はな、幸いだって思ったんだよ。人体転送ができないってことが」


「人体転送ができひんことが?」


「ジュンともいろいろ話したんだけどな、旅は目的地に着くことが目的ではあるけど、むしろそこにどうしてどうやってたどり着くかってことのほうに意味があるといってもいい。その過程こそが本当の目的なんだ。だから転送で目的地に着いたって仕方ないんだよ」


「ふうん過程ねぇ」


「非日常への逃避。そういう意味じゃ、{USJ|ココ}みたいな施設へ行くのは一種の旅なんだよ。でも過程を省いちまってるんだよな」


「ふうん、なるほど。でもココへの旅は満員電車に揺られて、ゲートで並ぶって過程があるやん。なかなか一足飛びに夢の国へは行けへんってことで充分や」恵はうんざりといった顔を作ってマキタに向けた。マキタもそれを見てくすりと笑った。


「とはいえ、月に行けるなら死ぬまでには行ってみたいな。もう人が住むには充分な環境が出来てるらしいぜ?」


「そやなぁ、そんなん考えもせんかったけど、ウチらもいつか宇宙旅行とか行けるんかな?」恵は蒼い冬空を見上げて目を細める。


「でも、宇宙は景色も風も道もないから退屈だろうなぁ」マキタは両手で庇を作って空の向こう側を望む。


「マキタ……、バイクでは宇宙行かれへんで?」


「バカ、んなこと解ってるよっ!」





「でぇ、あんたら何処おるん?」


《えー、ターミネイターにおるでぇ》


 ようやくゲートを抜けた恵とマキタだったが、忍たちは二人を待つことなく早々にアトラクションの列に並んでしまったようだ。今更そこへ合流することも出来ない。


 携帯電話を耳にあてた恵とマキタは二人顔を見合わせて、エントランスを駆けてゆく人々の中で取り残される形となった。だが電話を切り、思わず見つめ合ったことを意識してしまい不意に目を逸らす二人。


「ほんまにぃ、なんで勝手に先々行くねんな」


「俺は構わねぇよ、並ぶのとか面倒だし退屈だしな。それに、こうやって見渡してるだけでも面白れぇ」マキタは道路の傍らの演出用の消火栓ディスプレイに興味を向けていた。


 マキタのいう事はもっともで、ここユニバーススタジオジャパンはゲストが目にする範囲では既存の国産建材や備品、調度品を一切使わないという堅い方針を守っている。それはネジ釘一本に至るまでという徹底ぶりだ。無論突っ込みどころはいくらでもあるだろうが、そこまでのこだわりが非日常空間を生み出す演出の根幹となっていることは確かだろう。


 恵もUSJに来るのは二度目だったが、その作りに感心するところは技術屋の娘として、一般人とは少し違っている。


「ほら、ここのボルトとかも国産やない」


「ええ? そんなの解るのか?」


「わかるよ、頭の形とか、面のとり方とか違うもん。それにサイズがメトリックやないし」


 巨大な天蓋のあるハリウッド通りを抜けて、恵たちは五十年代のニューヨークあたりを模した旧市街のような街並みを歩いていた。視界の隅に黒いスーツにサングラス、黒いソフト帽といった、楽器を携えた数名の男たちが見て取れる。どうやらブルースブロスのショーが始まるらしい。もちろん本物ではない、そっくりさんというやつだ。


「すげえ、こういう所、初めて来たけどすげえじゃん!」


 年甲斐もなくというか――いや、恵は自分が覚めすぎていることを自覚させるようなマキタのはしゃぎようには呆然とした。


「なんなんじぶん、さっきまで全然乗り気やなかったのに!」マキタに強引に手を引かれる恵の顔から笑みがこぼれる。


 ストリートに設置された簡素な舞台を、一流のパフォーマーが歌と踊りで彩る。観客との境目に無粋な入場チケットや仕切りの柵などはない。誰でもがその場に駆け寄ることが出来、パフォーマンスの一部となり一体となることが出来た。


 マキタと恵も同じく、舞台の黒服が踊るのに合わせて彼ら二人の肩も揺れた。頭でリズムをとり体はスイングする。黒人歌手独特の厚みのあるファルセットが場を最高潮に押し上げる。いつしか二人は舞台前に立って全身でブルースブロス達と対話していた。周囲の遠慮がちだった他の観客も巻き込んで。


 ストリートショーで一気に熱を上げた二人はスタジオ内を駆けて、次々とアトラクションに目を輝かせた。長大な列に並ばなければならないものは避けて、通りの大道芸や外国人歌手やダンサーによるパフォーマンスを見つけてはその雑踏に加わった。


 彼らがスタジオ内を何周もしている間に何度か忍たちから連絡があったようだったが、恵はそれに一向に気づかなかった。いつしかマキタの皮ジャンを掴み、マキタに腕を引かれて、互いに笑顔を向けあっていた。


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