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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第二章:GODS 第三話 「冬の街、君を待つ」
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戦闘家政婦―GODS 3-2

 山吹家でクリスマスパーティをするならそれはそれで、家の仕事があるからと誘いを断ることも出来た。別に嫌な訳ではなかったが、なんとなく会いづらかった。


 一カ月以上も音信不通。こちらから連絡をすればよかったのだろうけど、変に気を回したおかげで、一日、また一日と延びてしまった。その間に父の一周忌もあり、それどころではなかったというのもある。


 以前ジュンからメールが来た通りだ。クリスマスにこっち、大阪に彼らが来るという。


 恵は肩口まで伸びた髪を内巻きにカールし、ミドル丈のベージュのトレンチコートに紅色のワンピースセーター、スリムのジーンズにミドルブーツをあしらっていた。全身の各アイテムはスタンダードながら、洗練されたセンスが漂っている。


「だいたいなんでこのくそ忙しいクリスマスに来るねんな。もっと別の日もあるやろに!」


 恵は随分長いこと服を買っておらず、いつも仕事着の着物でうろうろする癖がついていたため、いざこんな時に着る服がないことに初めて気づかされた。それも手伝って今回の参加には乗り気ではなかった。


 ところが、そのことを美千留に話すと、彼女は専属のスタイリストを呼び、恵をコーディネートさせた。 おかげで恵は冬の街の彩として、道行く周囲の視線を集める仕上がり具合となっていた。


「そんなんゆうて恵かて嬉しいんやろ、そのありえへん気合がっつり具合なんなん! ほれ、ほれほれ」忍が恵のコートの脇腹をつつきながらふざけた。


 恵に比べれば彩度はやや落ちるが、忍もファーの付いたカーキのモッズコートにボトムスはショートパンツとニーソックスといういでたちで、小柄な彼女の女の子らしい魅力を醸し出していた。


「こらっ、やめぇ!」デコレーションされたアーケード商店街を恵は逃げ惑う。


 赤、青、緑、金色、様々な色と形のイルミネーションが彩る冬の街、きりりと身が引き締まる空気、露店からただよう甘い香りが鼻孔をくすぐる。幸せそうな人の顔があちらこちらを行き交う。


 平均より少し背が高めの恵と、平均よりも低めの忍のデコボコなコンビが少しはしゃいだぐらいでは、この煌びやかで永遠に続くかのような賑わいに包まれた街の中では、ほんの風景の一部にしかならない。


「ちょっと、恵ぃ……」


「な、なんや」恵は忍に後ろから抱きつかれるような格好で立ち止まっていた。


「なんか、異様に腹筋堅いんやけど……?」


 まさか日々の鍛練の賜物とも言えず、「そんなことないって」と即座に忍を振りほどいて誤魔化す。


「はっ! まさか……その歳でボディスーツ――!」


「アホぉ、なんでやねん! そんなババくさいの着てるわけないやろ!」恵はさらに胸を捕らえようとしてくる忍の腕を掴んで阻止した。


 ビルの隙間から冬の青空がのぞく。


 色鮮やかなアーケードを小学生くらいの子供たちがはしゃぎまわっている。


 クリスマスイブ、山吹家はいつもの日常を過ごす。凛はそのことを何とも思っていないようだった。学校ではクリスマスの話題が尽きないだろうに、凛も連れてきてあげるべきだったかと恵は思った。


「でぇ、カナとミヤは?」コートのポケットに両手を入れて、背中について回る忍をじろりと流し見る。


「あ、そうそう。ミヤ、家の急な用事で来られへんようになったんやって。カナは遅れるってさ」


「ミヤ脱落やねぇ、ジュン君争奪戦はカナの独壇場やなぁ……あ、そういう忍は? タカシ君は?」


「あいつはサッカー観に長居競技場や」


「忍も一緒に行ったらよかったんちゃうん?

「あたしサッカーとか好かん。あんな球蹴ってるの何十分も見てるだけなんかおもろない」


「また喧嘩したん?」


「してへん! あたしは今日は二人の顧問や!」


 白い嘆息をついて恵はもう一度空を仰ぎ見た。


 ここは、平和だ。いつでも。




 誠一は言っていた。


 未だ日本の次元転送社会を跋扈するテロリスト集団の概要はつかめてはいない。先の“一つ目小僧”といい、ヴィ・シードを使ったDICの現像行為に一連の共通性がないだけに、はっきりと彼らの行為が反次元転送社会だとは断定が出来ないのである。今後次元転送関連施設以外にも、民間の施設にも、一般家庭にも災厄はさらに襲い掛かる可能性はある。


 本来ならば世界の攻性組織が対処すべき案件ではあるが、現在まで次元転送社会の保守保安を担ってきたGODSをはじめとする、世界の次元転送管理組織が擁する機密組織は、その活動そのものを秘匿しすぎた。


 日本においては次元転送ネットワーク管理権をめぐる日本DNS株式会社と、日本政府との折り合いの悪さも関係している。


 彼らとの情報の共有化と、戦力の整備までのタイムラグは極力短縮するにしても、おそらくは年単位、警察や自衛隊組織がヴィ・シードを持つ集団とまともにやり合うには至らない。


 それはDICには銃器に代表される実体攻撃は通用しないためだ。仮に一時的なダメージを与えたとしても実体攻撃で損傷した箇所は適時再生してしまう。


 そのためにGODSはDOSという特殊な光学剣を扱う。D&Dに至ってはDOSと同等の機能を持つ実剣状のディストーション・ブレードという近接武装と、素粒子分解の光波を帯びた弾丸を放射し対象物の素粒子構造を一時的に分断しダメージを与える、ディレイ・ショットというガンタイプの中距離武装を使用している。


 DICを仕留めるには最後はDOSかDブレードでDICの体構成素粒子を分解転送をしなければいけず、これらの武装を未だ自衛隊はもとより警察組織も存在すら知らされていない。


 つまり奴らDICを食い止めることが出来るのは、さしあたって日本DSNのGODSおよび、国際次元物理科学委員会デフィの直衛であるD&Dカンパニーしかないということだ。


 恵はふと感じることがある。この違和感はなんなのだろうかと。自ら決めた道ではあれどまるで吸い込まれるように、次元物理社会の中心を貫く竪穴に誘われている。何も知らずにいれば、このとなりでニコニコと笑顔を絶やさない忍と同じように、普通の女子高生をやっていられたはずなのだ。


 彼女との間にはもはや取り戻せない溝が開きつつある。忍は何も気づいていなくとも、恵からは明らかに“守る側と、守るべき側”という構図が立ちがあっている。


 恵の思惟を遮るように忍が眼前に躍り出た。


 軽い足取りだ。彼と喧嘩をした彼女とは思えない。これも長く付き合う男女ならではの割り切りの良さ――いや、厚い信頼関係の築き上がりを示すのだろう。ただ恵には他人とそこまでの信頼関係が築ける感覚がまだわからなかった。同じ歳で同じ中学を経て同じ高校に通う同級生なのに……。


 忍と自分の違いは何だったのだろうか。次元転送社会の波に乗ったのが忍とすれば、次元転送社会の海に潜ったのが恵と言えそうだった。だが、この冬の街並みに佇む二人に違和感は何もない。


 何もせずとも自然に普通でいられる忍と、普通でいようとしなければ普通でいられない恵。いや、そんなものは誰でも持ち得る内面的事情なのではないだろうか。


「とりあえず、お茶でもしてカナ待っとこか」


 忍がそう言ったのも、目の前の歩道の脇にヴィンテージのワゴン車、何度か実家の工場で見たことのあるフォルクスワーゲン・タイプ2、愛称で“ワーゲンバス”などと呼ばれている愛らしいフェイスマスクの車両を改造したオープンカフェがあったからだ。


 車両の横と後ろの開口部を開き、周囲には三脚の丸テーブルと椅子が配されている。どうやら脇の店舗の軒を借りて営業している移動販売カフェらしい。車両の中はけして広いとは言えないが、こじんまりと合理的に誂えた厨房機器が組み込まれており、店主である女性が中から顔を出してお客から注文を聞いている。


「一回ここ、来てみたかってん」忍が言う。


「へえ、おしゃれやね」場の空気に合わせた感想ではない。シックな色合いのテーブルは使い込まれた無垢材で、それはベージュと濃茶でツートンに塗り分けられたワーゲンバスとマッチしている。店主の女性も素朴な顔つきながら、ナチュラルな雰囲気で気取らない笑顔に好感が持てる。


「こんなんって、儲かるんかな?」注文の品をテーブルに置いていった店主の女性を尻目に、小声で忍が言う。


「さあ? やり方と場所ちゃうかなぁ?」まだ午前中ということもあるのだろう、テーブル席はまだ二脚が空席のままで、ほかにも用意された折りたたみ式のベンチに、若い男性が本を読みながら座っているだけだった。


 午前中のまだ冷えた空気の中、カップに注いだアールグレイは湯気とともに深い香りを鼻腔に運んでくる。歩道をゆく人々を横目に晩秋の柔らかな日差しの中で喫茶を嗜むというのは優雅な気持ちにさせてくれる。


「でもさぁ、次元転送とかがもっと普及したら、こういう商売って残るんかなって思うわ」忍はメープルラテのカップを口元に運びながら言った。


「ええ? そりゃあ、DFSテンソーさえあれば客席だってもっといっぱい増やせるし、車に積める機材の容量を気にしなくてもええやろうし――」恵はそこまで言って言葉を詰まらせた。


「やろ? 移動式のオープンカフェって、この条件やから成り立ってるって思うねん」


「うん……そうやな」


 意図した制限下で最大限の利益を追求する。オープンカフェという業態を一言で表せばそういう事になる。だがDFSを駆使すればその物理制限を超えることも可能だ。しかし、それでは移動式のオープンカフェにこだわる意義を失ってしまう。すべてが合理化して上手く成り立つものでもない。


 GODSのメンバーとして動き出した時から、もはや恵に次元転送技術を拒否する根拠は失われていた。すべては過ぎ去った過去だと忘れてしまった訳ではない。忘れないからと心に決めたからこそ、その上に立てる自分がいる。


 この一年で日本の世帯の半分以上がDFSを導入したとニュースで報じられていた。それと同時にあらゆる危険性も取り沙汰されたが、それらに対し政府機関は『次元転送評議会』を立ち上げ、独自に対策に乗り出すという動きに出ている。


 次元転送評議会は内閣府直下に属する国家公安委員会と肩を並べる政府機関といえるが、その内実は日本DSNの次元転送ネットワークを外部から、任意に監視する役目を担う特殊チームを運用するために立ち上げられた組織である。


 政府筋は何としてもDFSネットワーク権限を国家権力に移譲させようと、日本DSNへと圧力をかけ始めたのだと誠一は言っていた。


 DFSのネットワークシステムには多大な利権が絡んでいる。この仕組みを利用すれば一国家を掌握したも同然と言える。したがって、その根元であるデフィに於いては、自らの組織を中心とし、文字通り世界政府樹立を主導する流れが出来つつあった。


 しかし近年デフィの勢力はマイアミ事件を機に減衰しており、かねてよりデフィとしのぎを削ってきた国際組織イズノが世界政府のイニシアティブを握るのではないかと言われている。


 カフェの向かいのビルに掲げられた大型ディスプレイには“世界政府樹立まであと1102日”と表示されている。今からだと三年と一週間後の二〇四五年の元旦が世界政府樹立の記念日となる。


「セカイセイフって、ホンマにそんなんできるんかいな。今までどんだけ頑張っても世界統一なんかあり得へんかったんやし」


「さあねぇ。でもそうなったら、争いもなくなるやん。戦争は格差から生まれるんやって、だから次元転送社会を推し進めるんやて。知ってる人がゆうてた」


 恵の言う“知ってる人”と言うのはもちろん山吹大輔その人である。恵はGODSを別にしても、大輔の目指す平和への道程には賛成だった。


 かつてミラー博士が次元転送装置を世に発表し、世界を変革させたように、次元転送社会は人類史を塗り替えてしまうかもしれない。いや――人類そのものを変えてしまうかもしれない。


 しかしその格差がなくなって争いがなくなれば平和な世の中が出来上がるのだ。そのためには今そこにある危機を、反次元転送テロという不幸の根源、ヴィ・シードという暴力の種を打倒さねばならない。


「おまたせー」と、そこにカナがやってきた。胸元まで下ろしているロングの髪はいつもと違いアップされ、きれいにサイドが編み込まれており、目元はいつもよりも長めにラインが入っている。首元のマフラーは麻の素材をあしらいながら、目が覚めるようなオレンジ色の前合わせのポンチョに、長袖のピンク系のひざ丈ワンピース、足元はショートブーツ、一目で“気合”を感じた。


「いやぁあ、カナかわいい!」との第一声は忍だ。女子の挨拶はファッションチェックに始まる。それは口にせずとも手を取り合い瞬時に相手のなりを事細かに採点している。


「忍もかわいいやーん」


「でへぇ、でも主役はあんたらやから、あたしはええねんて」と忍が恵の方に視線を流すとカナもそれに続いた。


 だがカナは恵の事を見て、言いかけた言葉を飲み込んだ。そして代わりに「恵ちゃん……化けるね」と口を半開きにして暗に自身の敗北を宣言していた。


 それに対して鈍い恵は「へ、何の事?」と目を瞬かせたのだが、カナはカナでその思惟を読み取られまいと取り繕うように口を動かした。


「あ……いや、そうそう。ジュン君ら、十二時にはこっちに着くって」


「そういやあの子ら何で来るんやろ?」忍が首を伸ばしてあたりを見回すそぶりをする。


「さすがにバイクってことはないやろ、このくそ寒い中やで。東京からやったらリニア新幹線で来るんちゃう? 普通」恵は冷めかけたアールグレイを飲み干し立ち上がった。


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