戦闘家政婦―GODS 3-1
二章3話にしてやっとこ戦闘家政婦の誕生です。
父の初盆に続いて一周忌は家族が集まる都合上、押し迫った年の瀬の二十三日に同じく山吹家で営まれた。
肩をすぼめた加納の親戚筋と、GODSのメンバーを含む山吹家の威風堂々たる面々、そしておのぼりさん状態の、加納モータースの地元の東大阪の商店主らが一堂に会する奇妙な絵面の法事となった。
施主である恵は法要の後の会食の準備までてんてこ舞いで追われたが、岡部をはじめとした商店街の知り合いに、こぞって「どういうことだ」と質問攻めにあい、それらから逃げるほうがよほど大変だった。
何しろ一般庶民の彼らからすると日本DNS代表のその人物と、かの個性派女優の明奈美千留が目の前にいるのだから驚くなというほうが無理がある。それに加え面構えがよいとは言えない黒服の男達が大勢で周囲を囲っているときている。
恵はこの状況を一から説明するのに一苦労で、結局、親戚筋や商店主らの帰りを見送る際、屋敷の前で問答を繰り返す羽目になった。何がどうなってこんなところに居候する羽目になったのか、行き場がないならうちへ来いだのと、今更ではあるが、遠い親戚筋の言葉は自身らの体裁を繕うためだけのものだ。無論恵がここを出る理由もなければ、彼らにその心情を事細かに説明する程の義理もない。
恵は丁寧にお辞儀をして彼らを見送った。
だが小一時間ほどかかってようやく広間に戻った恵を、山吹家の面々は落ち着いた笑顔で迎えてくれた。
「ひとまず一段落や。この一年いろいろあったやろうけど、ご苦労さんやったな」
「はい、ありがとうございました。こんな立派なお仏壇まで」
「それはええって――それはそうと。なんや恵、今までここの事誰にもゆうてへんかったんかいな?」
「ええ、すみません。何かとややこしくもなるかと思って……」そう言って恵は屋敷の周囲をくまなく歩き回る黒服たちに目を向ける。
「ま……まあな。確かに、そやな」
山吹大輔は咳払いをし、喪服の居住まいを正して五郎の仏壇に向き合い、両掌を合わせ、念じるように頭を垂れた。
「五郎ちゃん、恵はよおやってくれとる。みとるか? まあ、ホンマにみとったら“うちの娘になにさせとんねん”ってあの世から怒鳴り込んでくるやろな。正直この社会を推し進めてきたのはわしらや。いろんな人やいろんな社会を壊したって自覚もある……おまえの――」
「旦那さん。ゆわんとってください」恵は背筋を伸ばし、毅然とした顔を向け大輔に告げた。「ここまでの道、ウチが自分で決めたことです。新しい時代が始まったんやから、ウチも新しい気持ちになれるようにゴッズに加わることにしたんです。いえ、その為だけやなくて、これ以上無用な混乱も犠牲も起きてほしくない。そやからこれからは、世の中にも相応の受け皿も作っていかなあかんと思います」
そこへ誠一が口を開く。
「デフィの方もそれには尽力している。廃業する運送事業者には、優先的に大型DFS業務を委託するように持ちかけているし、技術的ライセンスの解放も徐々に行っている。宇宙ステーションに月面基地、三年後には世界統一政府の樹立だ。この世界の可能性は広がっているよ」
その隣で、これで二度目の対面となる柴島裕也も続く。
「従来エネルギーのような富の独占構造をミラー博士は嫌い、次元転送技術の発表に踏み切ったんですよ。これまでのようなピラミッド型の経済構造は成り立たなくなります」冷たい表情は相変わらずだが、以前の模擬襲撃の時とは打って変わって落ち着いた紳士的な口調には、肩透かしを食らう。
「まあ、おやっさんが居なくなったのは正直きつかったけどな……」と言うのは柱にもたれかかって縁側を眺めていた吉川だ。
「でも、そやから、やからこそ俺らはおやっさんが守ってきた車とかバイクを、大事にして乗り続けなあかんと思うねん。次元転送社会には反してるんかもしれんけど、そのくらい残していかれへんかったら俺らタダの恩知らずになってまう。オヤジもそうやろ? おやっさんが宝物残してくれたんや」
恵は吉川の言葉が嬉しくて、思わず涙腺が緩みそうになる。
「そうやな……おまえの、吉川の言う通りや。文明とともに文化もまた移り変わってゆくものかもしれんが、いいと思うものを残していく気持ちを忘れたら、たちまち大きな波にさらわれてしまう。今、わしらはその大きな波の一部やけど、本来の立ち位置は忘れたらあかんな……」
しんみりとしかけた広間に、ここぞとばかりに麩を勢いよく開いて登場するのが桐谷樹菜子だ。
樹菜子とはあれからよく屋敷の中ですれ違う事が増え、何かと声をかけてくれ随分と仲良くなっていた。
「きいてきいてぇ! あたし明日のNoanのクリスマスコンサート行くんだぁ! ミッチー、チケットありがとね!」
Noanというのは、現在最も売れに売れているボーイズアイドルグループの事だ。クールな大人の女性の面影は、今は皆目見受けられない。
このGODSのメンバーは誰もがこんな調子の二重人格なのだろうか、と恵は呆れていた。普段から変わらないのは吉川くらいだ。
「恵姉ちゃん」
いつの間にか隣に凛がいた。
「なあに?」
「恵姉ちゃん、明日デートなんやろ?」その瞬間、湯呑みを傾けていた大輔と誠一、柴島が噴出した。
恵はハッとして、即座にテーブルの隅でそしらぬふりをする美千留の方を見た。
「ミチルさん!」
「ごっ、ごめんねぇえ! つい嬉しいことだったから!」臆面もなく顔を崩して笑う彼女は眼前で掌をひらひらと振った。
そう、この間美千留と庭仕事を共にしている時に、恵はつい口を滑らしてしまったのだ。
「美千留さん、お家の方でクリスマスは?」
「ううん、うちはほら、クリスマスはしないのよね」
「えっ、そうなんですか? じゃあ今まで尊君や衛君や凛ちゃんはクリスマスを――」
「尊と衛はまあ、前の旦那がさ……でもほら、大輔さんは古風な人だから」そう言って恵の仕事着である絣の着物を指さした。
恵は古風と和風の違いがよくわからなった。この衣装が大輔の趣味によるものなら、もし大輔が伝統的洋風趣味なら、所謂あの、フリフリのミニドレスにフリフリのエプロンにフリフリのカチューシャのメイド服とかいうものを着させられていたのだろうか。そう思うと顔から火が出る思いがした。
「でも、凛ちゃん、クリスマスパーティしたいんじゃないですか」微笑みながら鉢から土をはらんだ根をそっと持ち上げて、花壇に植えかえる。
「うーん、そうねぇ……そうよねぇ」美千留はとぼけた顔で人差し指を顎に当てる。
「ぜったいそうですよ。大体……美千留さんだって、番組とかでクリスマスはしゃいでるやないですか。そういうのって凛ちゃんから見たらずるいって思うんじゃないですかぁ?」横目でちらりとやりながら、片側の口角を上げたのが藪蛇だった。
「恵ちゃんは、クリスマス――」
「へっ? なんですか」
「予定でもあるのかな、と」ゆるりとした動きの美千留の美しい横顔から、笑みがこぼれる。それはまるで無邪気な少女のような、それでいて口の端が裂けた人外のような、そう、恵をまた別の世界へといざなってしまう悪戯な悪魔のようだった。
それに抗しきれるほど恵の人生経験値も女性としての習熟度も高くはなかった。
恵が母を亡くしたのは凛と同じくらいの歳だ。そこからは父との二人暮らし。女性として成長してゆくさ中で彼女が覚え身に付けてゆかなくてはいけないことは多くあったが、やはり最も身近な生身の女性がいないという事は不利といえた。服装にしてもメイクにしても、トライ&エラーの連続で答らしい答えも見つからない。
かつての自宅は工場兼でオイルや排気の匂いが当たり前で、足元は気をつけなければ何を踏んでしまうかわからない。オイルを踏めば股裂きの刑、ネジクギを踏めば串刺しの刑。美麗な服を着てうろつく場所ではない。どこでどんな罠が待ち構えているかはわからないからだ。父は父で年がら年中作業着だったのだから、恵も頓着しろというほうが難しい。
女性となる以前に家事をこなし、生活を切り盛りする立場の方が先立った。そのような環境で育った恵が女の子らしさを保っていられたのは家以外の場所あってのこと、つまりは学校や友達付き合いの中でしかなかった。
奇しくも今の山吹家での状況も以前と同じようなもので、それも自分から選んだというのだから我ながら呆れる。
夏に仲良くなったカナには合コンでの話し方や流行語、立ち振る舞い方をこんこんと教え込まれた。ミヤはオシャレの仕方が上手く、メイクやファッションの色々を教わった。買ったことのない化粧品もそろえてみたりした。見よう見まねでそれを試してみてはカナとミヤと忍に度々修正された。
クリスマスにデートだなんて、考えもしなかったのだ。
そしてそれを思うと胸の奥が熱くなるような感覚に見舞われることも予想だにしなかった。




