戦闘家政婦―GODS 2-4
恵は忍や夏以来つるむようになったカナやミヤともよく下校を共にしていたので、あてのないウィンドショッピングに付き合ったり、カフェで恋話に花が咲いたりは日常茶飯事だった。
恵はそれらを嫌だと思うことはなく、せめてもの女子高生らしい自分の大切な時間だと捉えていた。
現実的には、もはやそちら側にとっぷりと肩まで浸かることができないもどかしさはあったが、足湯のようにみんなと同じ湯の温度を共有できているだけでもよかった。
「最近恵、忙しそうやな?」
「うん、まあ、家の事とかいろいろあって、なぁ」
「あんたいっつもバタバタしとるやん。らしいっちゃ、らしいけど!」
行きつけのドーナツショップに行くがてら、忍が恵に言う。
「あんなお屋敷に住んでるんやから、もともと家政婦さんとかおらんかったん? 何も恵がせなあかんことないやん」
「うん、他にもおるけどね。でもその人らも出たり入ったりやし、みんな忙しいからなぁ……」
「ふうん、そうなんや?」
あの特殊な山吹家の家庭内事情を説明したとて詮無い事だ。主に家事を担っているのは誠一と恵の二人で、GODS本部にはオペレーターと呼ばれる二人の男性が常駐しているが、そうそう本部建物から出てくる事はない。一人は無愛想でまだ一度も口をきいたことがない二十代半ばの坊主頭。もう一人は誠一よりも年上であろうがオールバックにメガネをかけた物静かな中年男性。他にも何名かの黒服とすれ違うこともあったが、それぞれ個性を覚えるほど触れ合いもなく、会話もないため、素性はよくわからない。
忍が言うように人手不足というわけでもないのだから、誠一とて家政夫などせずGODSの活動に専念すればいいはずだったが、どうやら本人は家政夫業が好きらしい。口ではあくまで山吹の側近であり家政夫もGODSの活動もその一環でしかないと言い張っているが、家事をしている時の誠一は本当に平和的でおだやかな横顔をしていると思う。
人の本当の顔は横顔を見ればわかる、そう何かで読んだ覚えがある。面と向かうと人は相手を警戒したり受容したり、思慮したり、あるいは気に入られようと顔を作る。感情、立場の違いでその人本来の顔で向き合えないことのほうが多い。だが、横顔は無防備で無警戒で無邪気だ。
人格や口調を使い分け、物事を器用にかつ冷徹にこなす誠一の能力は尊敬に値すると同時に、人間味というものを理解するには難しくしている。だが、恵は共に台所に立つ彼の横顔を信じた。
そう述べてしまうと、恵は高校生としては達観しすぎていると感じるかもしれないが、それは彼女が若いからこそ感じ取れる直感的な安心感であり、その横顔をかつて父が車に対している時の横顔に重ね合わせることができたからでもあった。
「ああっ! ジュン君からメール来たで!」カナは放課後に立ち寄った行きつけのドーナツショップに入るやいなや叫んだ。
一同は顔を寄せてミヤのスマートフォンを覗き込む。
恵も興味がないわけではなかった。
彼らが旅に出ている夏の間は割と頻繁にマキタからも恵の携帯にメールがあったのだが、九月、十月と月を追うごとに互いに返信ペースが落ちてきて、ついに十一月には一通も送られてこなかった。
反面、ミヤやカナはマメにジュンとやり取りをしていたようで、今でも三日おきくらいには彼からメールが来ているらしい。その中でマキタの状況も掴めるだけに、なんとなく自身で直接マキタとやりとりする意義を失ったのだ。
おそらく夏に出会った印象のマキタに鑑みれば、彼も同じような考えだったのだと思うことにしている。恵はおよそちまちまとメールを打つような、細やかなやり取りは向いていない性格をしていた。話したいことがあれば電話か直接というタイプだ。
ジュンのメールによると、学校が冬休みに入ったらまた大阪に立ち寄るという話だった。
冬でもバイクで来るのだろうかとも思い、ならば同時にマキタも一緒に来るのかと考えた。その思考を読んだかのように、すかさず忍の言葉が恵を射す。
「マキタくんも来るってさ?」
「なんでウチの顔見てゆうんよ」言いながら口角が緩むのを抑えられず、恵は顔を背ける。
それに呼応してカナもミヤもはやし立てる。
「もおっ、別にマキタとは何もないって。メールだって先月は一通も来てへんし」
「マキタって呼び捨てしてるん?」ミヤが目を丸くして言う。
「べつにぃ、マキタはマキタでええやんか」恵は口をすぼめて頬杖をつき、なにげに天井のダウンライトを見つめるふりをした。それを横目に忍とカナは向き合い、小声で恵に聞こえるように「マキタはマキタ、やってー」と囁く。
恵は眉をひそめながら右の耳だけで聞き流していた。するとミヤは突然声を上げた。
「なあなあ、それで思ったんやけどさー、あたしらあの二人の名前ちゃんと知らんやん!」
「あ、そういえば」
「ほんまや、そうやな」
「うん」
三人三様に声が揃わないままミヤに応える。
別に名前を知らなくても不都合がなかったから知らないままでいたのだが、改めてみるとおかしな話だった。特にマキタは苗字なのか名前なのかすらわかっていない。
恵は、相棒がジュンだから当然ファーストネームで呼び合っているのだと思っていたのだが、改めて考えると実は苗字の方が普通に聞こえるのではないか。直希太や真樹太ではなく、牧田や蒔田の方がありふれている。
「やっぱり白鳥潤とか!」
「メルヘンチックやなぁ、宝塚みたいや。スタンダードに鈴木純やで」
「それ、なんか売れへん俳優みたいや。ハーフかもしれへんで、色白いし北欧系とか」
マキタの事には触れず、ジュンの苗字に対してみんな勝手な事を言っている。
確かにジュンは少し日本人離れした外見を持っていた。印象で言うならば北欧とか東欧のスラブ系とも言えなくはない。髪の毛や目の色素が薄くどちらかと言えば茶色で、肌は白い。髪の色を無視すれば、アルビノかと見まごうほどだった。
背も高校生としては高く、小さな顔の中心に居座る鼻は文句なく高い。
恵個人としては恋心をくすぐられることはなかったが、いわゆる女子が描く美少年の条件を確実に満たしていると言っていいだろう。その証拠に、この目の前のミヤとカナを虜にしてしまっている。
それに対しマキタは肌の色が褐色に近く、黒髪に黒い瞳、線の細い控えめな印象のジュンに比べると、顔のパーツは自己主張が強く、一度見たら忘れられない顔をしているが、こちらは男らしい顔つきをしてカッコ悪いというほどではない。ただ、ジュンほどの柔らかさがなく、ぶっきらぼうで不機嫌そうに見えることから、女子ウケはすこぶる悪いと思われる。
ちなみに夏の時点でも忍が男前の彼らに傾倒していなかったのは、忍には中学時代から付き合っている彼がいるからで、こちらは言動の割に身持ちが堅い。
そんなわけだから、ジュンは三角関係に取り込まれ、マキタと恵はプラトニックラブという構図を描かれざるを得なかった。
この年頃の女の子は、なんの素振りがなくとも自ら既成事実を捏造する勢いがある。結局恋に恋しているという他ないのだが、彼女らが陣取るドーナツショップのテーブルの黄色のように、鮮やかな彩りの青春を謳歌するには必要不可欠な命題といえた。
恵は家事の仕事で得たわずかながらの給金で、家族のためにドーナツを買って帰る。大輔や誠一がこういったものを好むかどうかはわからないが、なにより自分を姉のように慕ってくれる凛の顔を思い浮かべて、買って帰ってあげたいという気持ちが沸き立った。
「何あんた、そんなよおけ買って帰るん?」
「うん、うち家族多いからみんなで食べようと思ったらこのくらいは……」
“みんな”といったものの山吹家のことである。誰が家にいて誰がいないかもわからない。どこからどこまでが“みんな”に該当するかもわからないのだが、とりあえず財布の中身で買える分、すなわち両手がふさがるほどの量のドーナツを提げて店を出た。
誰かのために何かをしてあげること。父の命日まであとわずかではあったが、この一年の間に恵がこのような気持ちになれる時間などほとんどなかった。それほどまでに心に余裕がなかった。
好きな人のために、大事だと思える人のために自分が何かをする。それは胸の奥が温かくなり、自分は一人ではないと思える瞬間だった。




