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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第二章:GODS 第二話 「女子高生は闇を駆け抜ける」
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戦闘家政婦―GODS 2-3

 手のひらの傷は縫い跡が少し残ったが、自動車整備すらこなす恵がそれを気にすることはなく、当たり前のように高校生がネイルアートをして登校している時代であっても、恵は合理的に切りそろえた“素爪”で日々を過ごしていた。


 だから忍達に「恵ももっとオシャレしたらいいのに」と、言われることがしばしばある。もっとも、恵が爪を伸ばし飾らないのは、主婦並みに家事を日常的な仕事としているためであり、仕方のないことだ。しかもそれ以上に戦闘集団に加担している者が悠長に爪先を飾るなどあり得なかった。無論彼女らにGODSの事など話せるはずもない。


 恵は既に見習いを始めてから、何度か誠一のバックアップとして“活動”に参加していた。あくまで自宅待機であり、現場に出てDICと直接あいまみえることはなかったが、ある日の出動でディベロッパーの一人を確保し、ヴィ・シードを回収できたという報告があった。


 恵は当面の食事係を任じられた。


 確保したディベロッパーは若い男性で、発見した時はすでに昏倒していたが、数日の入院を経た後意識は回復した。だが男はボサボサの髪にひどく汚れた上下スェットを着用し、およそ人の生活をしていなかったと見られた。氏名年齢はおろか、自身が男なのか女なのかさえ認識できない有様で、抜け殻とも言うべき哀れな状態だった。


 男はDICの現像を繰り返したため、かなりの割合で記憶障害を起こしていたが、GODSでディベロッパーが死亡せずに確保できたことは大きな収穫だった。


 海外でもディベロッパーは発見されないか、発見できたとしても死亡しているケースが極めて高く、現像行為により衰弱している者に対し、とどめの一撃と言わんばかりのイマジナリーバックラッシュで死に陥るケースが多い。


 逆に意識を保った状態であれば追撃を避けるために敗走するのが常で確保が難しかったのだが、DICの現出と同時にディベロッパーの捜索を進めたことが今回の収穫につながった。


 GODSでは彼を保護という名目で極秘に取り調べることになった。山吹邸の離れのGODS本部にほとんど監禁という状態に、まるで刑務官か飼育員のように観察室に居座る誠一を見て恵は顔をしかめながら恐々とした気分に陥っていた。


 男は身分証明書らしきものは一切所持しておらず、衣服以外で持っていたものは、契約がされていないスマートフォンとヴィ・シードのみ。食欲に問題はなくみるみるうちに体力を回復してゆく男の生命力に感心もしたものの、社会復帰ができるのかという疑念も沸く。


 さらに特筆すべきはディベロッパーの男の背中には伝説上の生物である、一つ目巨人のサイクロプスと思しき絵と、日本語ではない解読不可能な記号がその周囲に散りばめられた刺青が入っていた。何かの手がかりになるかもしれないと、誠一はその手には詳しい日本DNSの組織員の何名かに聞き取りを行ったが、このような西洋風のファンタジー系の刺青を入れる彫師は珍しいだけでなく、その手法などにも心当たりがないという。


 さらに言えば、それはかなり不細工で、有り体に言えば下手だった。周辺の記号は別にしても、本体はコブが三つある山を線で書いて、中心の山の真ん中に一つ目、胴体も同じく線画で、目以外は色も入っておらず、一切の技巧性はなくデッサンは狂いまくっている。


 一生背負い続ける刺青ならばこそ絢爛に施すものだが、これではまるで幼稚園児の落書きである。


「ぷぷ、なにこれ! これホンマに刺青なんですか? シンナーで擦ったら消えるんちゃうんですか?」食事を運んできた恵は観察室の机の上に置かれた刺青を写した写真を見て笑った。


「やったが消えなかったんだよ。肌に刻み込まれてる。けど、一つ目が好きなんだろうなぁ、こいつ」


「どういう事ですか?」


「いやな、こいつが現像したのって、一つ目小僧なんだよ。なんだかなぁって感じだ。罪悪感に苛まれて倒すの躊躇っちまった」


「ほな、どうしたんですか、それ(ディック)」


「ディベロッパーを発見して柴島が解除した。今回は軽かったから中枢を避けてディベロッパーの確保を優先したつもりだったんだが、このとおりだ。バックラッシュの規模ってのは人によっても変わるのかもな」


「まあ、この刺青……刺青やと思ってるから強そうなサイクロプスやと思うんかもしれんけど、一つ目小僧って言われたらそうにも見えるわなぁ」恵は半笑いで写真を眺めていた。


「ま、なんらかのシンボルって可能性も捨ててはいないからな。同時にこの記号も調べている」


 彼の行為は然るべき行政機関に引き渡されて沙汰されるべきではあるのだが、実際のところ現行法ではヴィ・シードを使用したディベロッパー自身を裁くことができないため、どちらで拘束したとて同じことだった。


「なあ、ところでセイさん。あの人どうなるの?」


 牢というほど堅牢ではない一室に閉じ込めた男を、観察室からハーフミラーに顔を近づけ覗き込む恵の横で、誠一は額に拳をあてて言い捨てた。


「出来るだけ人格を取り戻せるように努力はする。せめて身元がわかれば家族に事情聴いたりできるんだがな……どちらにしても現行法じゃ彼を裁くことはできんが、後の人生は暗いものになるだろうな」


 新しい着替えを得て、散髪を施され、男は表向き大人しい常識人に見えた。彼は用意された部屋の中でソファに腰掛け、一日中テレビを観続けていた。それを観て理解しているのかどうかはともかく、とにかく視覚と聴覚を人間らしい何かで刺激し続けるというのが誠一なりの暫定的な更生方法だった。


 まずは彼から情報を引き出したかった。


 デフィおよびD&Dカンパニーの秘密主義と、八滝総一朗から得た情報に鑑みると、ヴィ・シードには隠された謎があることがうかがい知れる。


 テロリストの主義主張は主に、次元転送社会への反抗であり、その理屈は運送関係で食ってきた者たちとして考えれば至極まっとうと言える。そのために強大な力となるヴィ・シードを反次元転送社会の旗手である『ヴィ』に従い、得ようと考えるのも当然だ。


 では『ヴィ』とは何者なのか、なぜ惜しげもなくテロリストに謎の次元装置を供出できたのか。


 そもそも次元装置であるにも関わらず、日本国内で使用されたヴィ・シードは少なくとも日本DNSの管理下にある次元転送ネットワークを使用していない。それだけに不可解さは一層募る。


「現像中のディックから放射されるのが次元波動である限り、あれが並行次元を使った次元転送技術から派生している次元装置であることには間違いない。今はその指向性次元波動を辿ってディベロッパーのおおよその位置を掴むのがせいぜいだ。使用している次元帯がわからねぇんだ」


「今までにない次元帯なんですか?」


「それもわからねぇが、次元帯に干渉できりゃ戦闘なんてしなくて済むんだ。ヴィ・シードを解除できなくても、通信が切れた時点でディックは行動を止める」

「それさえ判れば干渉できるってこと? ああ、でも次元同調器が必要なんですよね……うーん」


 薄暗い部屋で真っ直ぐに観察窓を見つめたままの恵の横顔を見て、誠一は拍子抜けした顔を向ける。


「ハッ、お前……いっちょまえの事を言う」


「だって、そういうこ――」


 言いかけた恵の頭を掌で押さえ、誠一は言葉を遮る。


「今のお前がそこまで考えるのは僭越というもんだ。ホラ、いい加減部屋に戻って勉強でもしてろ」そう言ってそのままポンポンと恵の頭を軽く叩いてから、誠一は背中を向けて観察室の扉を開いて出ていった。


 誠一が勉強しろ、などと言うのはかなり珍しいことだった。


 観察室にぽつねんと取り残される恵は急に子供扱いされたことを不満に感じ、頬を膨らませて誠一が出て行った扉を恨めしく見つめていた。


「なんや、勉強って――ウチかて……」


 だが、やがて彼の言ったその一言が、連日GODSの活動に明け暮れていた彼女の心に引っかかったのは僥倖といえよう。


 来週から学校の中間期試験が始まるということを女子高生は思い出し、慌てて薄暗い観察室を飛び出した。


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