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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第二章:GODS 第二話 「女子高生は闇を駆け抜ける」
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戦闘家政婦―GODS 2-2


「セイさん、ウチまだちょっとわかってないんやけど、ヴィ・シードってなんで想像したもんを実体化できるん? セイさんの歌舞伎とはちゃうんやろ?」


 腕組みをし、首をかしげながら同じように縁側に腰掛ける恵を見て、誠一は苦い顔をする。


「歌舞伎じゃねぇ。前にも教えただろ、俺のは“轟天赤鬼”ってドッグだ、現象体じゃない」


 そうだっただろうかと恵は記憶をたどったが、“ドッグ”などという単語に聞き覚えはなかった。


「ま、正直、俺もそこはよくわからん。ゴーストだとかディックだとか、こうやってもっともらしく話してはいるが、全部八滝の兄貴からの受け売りだからな」と続けた誠一の言葉に、なるほどな、と心中で鼓を打った。誠一とて全てを理解した上で話してはいないということなのだ。だから説明が説明書を読み連ねるように語られるのだ。


「ふうん。八滝さんって頭良かったん?」


「ああ、俺とは違ってな」


 誠一はそう言うが、恵からすれば誠一も十分に頭のいい男だと思っていた。勉強ができるとかそういう頭の良さではなく、世間を渡り歩く狡猾さというか、人心を掌握する術には実に長けているのだろうと感じる。


 端的に言えば要領がよく、身一つで飛び込んだ世界の渡り歩き方を自分なりに身につけて、要点だけを抑えることで仕事をこなせる器用さがある。


 恵の父も様々なことが出来る器用な男ではあったが、それは手先と技術への応用力のことであり、生真面目で実直な内面は不器用と言ってよかった。誠一のそれとはまた意味が違う。


 恵はそんな五郎の不器用な生き方が嫌いではないし、自身もその血を受け継いでいると感じることがこのところよくある。


 俗に言う“男前な生き方”を恵は知らず貫いており、周囲を閉口させることもしばしばだ。そのために自身に重責を課すことも憚らない危うさもある。謎の戦闘集団であるGODSに入隊を願い出るなどまさにその骨頂といえる。


「なら、その八滝さんって人に聞いたらわかるん?」


「――聞けねぇよ」


「なんで?」


「例のマイアミ事件の時に巻き込まれて行方不明――ま、生きていたとしても……」誠一は瞼を伏せ気味にして茜色の空を見上げた。


「――そうなん、ですか……」恵もそれに倣うように顎を上げた。


 マイアミ事件は何らかのカギを握っている。全てがそこから始まっている。とんでもない世界を作り上げたサイアス・ミラーという天才科学者。


 つい一年前まで日本の小さな都市の下町で、車屋の娘として何も知らずに生きていた。それが今は化け物と戦うために毎日訓練をしているなどと当時想像できただろうか。恵は自分でもこの一年間の変転が信じられない思いで一杯だった。


「ま、そういうことだ。おい、恵。今日の晩飯お前の当番だぞ」


「わかってますぅ。そそ、今日はご馳走やから楽しみに待っといて」恵は立ち上がり腰に手を当てついと横目で誠一を見て笑った。


「なんだよ、ご馳走って?」


「秘密や。ほな、セイさんは先にお風呂でも入ってゆっくりしといて!」恵は言いながら踵を返し縁側を小走りに誠一の元から去る。


 十四年前、十六歳、今の恵と同じ歳で誠一は山吹組の一門に入った。


 当時まだ組を立ち上げたばかりの駆け出しの極道であった大輔は、地元の縁日などの露天商を仕切るいわゆる的屋系の組織を形成し、その規模を拡大していた。


 この頃の日本の暴力団相関図は実に緩やかなもので、抗争などはめったなことでは起きず、まして表だってそれと判るような行いもふるまいも一切見せない、合法的組織に見せかけた“会社”の態を前面に出し狡猾に社会の裏側を渡り歩いていた。


 これは社会全体の風向きによるものと、各組織の前世代に該当する“先代”の多くが鬼籍に入ることで、しがらみから解放され、任侠という言葉を履き違えた前時代的極道精神から脱却するきっかけとなったことによる。


 ただ、暴力的、恫喝的行為を一切行わなくなったとて社会構造までをも変革することは困難で、もはや暴力団という反社会的集団と称してはみても、それが位置する部分に空位が生じてしまっては社会そのものが保てなくなる。


 彼らが江戸の昔から社会の必要悪の一翼を担ってきた歴史は否定のしようがない。そのため現代も脈々とその系図は継がれている上に、裏社会の力場たる役目もまた健在であり続けているのだ。世の安寧と平和を維持するために必要とされる存在と言われれば皮肉としか言いようがないが。


 そのような中で大輔のような若い組長は、有能ではあるが家庭の環境に恵まれず社会に適応する機会を失った若者を率いて、あてがわれた土地を根城にあらゆるイベントを起こしては興行で収入を得るというビジネスに邁進していた。


 実際のところ、誠一が自称“極道”であった期間はほんの五年そこそこであり、次元転送技術との巡り合いとともにその世界とは大輔を筆頭に以下組員も完全に縁を断ち切っている。


 とはいえど話し言葉や縦型の組織形態などに片鱗が残っているのはご愛嬌というべきか、それが今の社会の裏側を支える日本DNSという組織やGODSという機密組織の影響によるものかは判別はできない。


 社会からドロップアウトし、若い頃から山吹大輔に付き添い、時にボディガードとして、時に家政夫として、彼の半生は大輔と共にあった。そんな中で彼が自身を見つめなおす機会はほとんど訪れなかったと言っていいだろう。


 山吹家の調律を司る者として屋敷の毎日を切り盛りし、事あらばGODSの指揮を執る。日本DNSもGODSも、そして山吹家も、田能誠一無くしては全て成り立たないものだった。


 誠一は縁側をそそくさと去ってゆく恵の後ろ姿を見つめて、知らず微笑んでいた。


 そして大きく伸びをしながら、「オヤジを差し置いてこの俺が夕方から一番風呂だと? 恵の奴、よく言って聞かせなきゃな」と、珍しく独りごち、縁側のガラス引き戸を閉じた。


 労をねぎらい、感謝の意を込めて。


 誠一の誕生日、それを祝おうと、新たに来た“家政婦”は家人らに提案していた。


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