戦闘家政婦―GODS 1-4
当然恵は帰る道すがら、誠一に説明を求めた。以前は未来過ぎる兵器や装備品に驚いたものだが、今回はもはや異世界である。魔獣と戦う戦闘スーツヒーロー、この目で見ておきながら冗談にしか聞こえなかった。
「少し前、道頓堀に巨大蟹が現れたって話があったろ――」
「ああ、うん。クラスの芦田がなんかそんなんゆうてた。ユーマとかなんとか」
誠一は一つため息をついた。
「あの時は対応が遅れて取り逃がした上、一般人に目撃されちまったからな。ディックの存在はできることなら隠しておきたい。ユーマだって認識してくれているならその方が都合はいい」
「じゃああれはその時の蟹なん?」
「おそらく同一体だろうな。一度現像したディックは再現像させやすいらしいからな」
誠一が所属する『{GODS|ゴッズ}』(Gurdians Of Dimensional Society)とは、次元転送社会への不穏分子や不安要素を排除することを主な目的としている、日本DNSの裏の顔である機密組織で、山吹邸の離れを本部として活動を行っている。以前より恵が立ち入ることを禁じられていた鉄筋コンクリート造の建物である。
主だった排除対象である反次元転送社会組織は日本全国を股にかけ、各地でDFS施設、研究施設等を襲撃するといった過激派化が顕著となり、同時に先のディックのような怪物も頻出してきており、いよいよもってGODSの真価が問われる事態に推移していた。
GODSのメンバーは総勢十二名で、本部付きの田能誠一を筆頭とする三役と呼ばれる役員三名とその下部に三名ずつの前頭と呼称される隊員で構成されている組織である。
三役はそれぞれ西国、東海、瀬戸と振り分けられており、関西地方を中心として反次元転送社会組織の動きを警戒している。
テロリストの活動が関西方面に集中してるのは、日本DNSの山吹大輔が西日本から次元転送技術の普及を始めたからであり、それは彼が関西人であるという理由以外には何もない。そのため、自ずと次元転送関係企業や研究所は関西から東は東海、西は瀬戸内の工業地帯に集中することとなった。
現在に至っては関東地方も関西に劣らず企業活性を遂げてるが、全国規模のテロ対策はさすがに日本DNSだけでは賄いきれず、デフィ直轄の警備部門である『D&Dカンパニー』が東京を中心に請け負っている。
山吹邸を拠点とする西国本所は田能誠一を頂点に、前頭筆頭、前頭二枚目、三枚目の四人で、それに黒服と呼ばれる下位組織員が数名ついている。
各々前頭の順列は付けられてはいるが、その能力に大差はない。とは言えど全員が特殊部隊並みの機動性と運動能力をもってあらゆる戦術と武器、特殊装置を操ることができる戦闘集団であるという。
この誠一らGODSが敵対象とする、各地のテログループが持つとされるヴィ・シードの発端は二〇三七年に起きた『マイアミ事件』にまで遡る。
マイアミ事件とは、当時サイアス・ミラー博士が本拠地としていた、アメリカ合衆国フロリダ州マイアミビーチ市の自宅兼研究所で起きた大規模襲撃テロ事件で、襲撃を行った反次元転送社会グループは博士の殺害と、研究施設の破壊を目的としていた。
その結果、博士以下現場にいた研究所員の半数以上が死に至らしめられ、地下研究室は破壊された。この襲撃作戦を手引きした首謀者が『ヴィ』と呼ばれる人物であるが、実のところこの男の存在を証明する一切の物的証拠は残っておらず、ただ『ヴィ』と関わったとみられる犯行グループやその関係者が口々に『ヴィ』という謎の男の名がでたところから、国際テロリストとして指名手配されているだけである。
したがって『ヴィ』が現在何処にいてどんな顔をしているのか、あるいは生きているのかどうかも定かではなく、次元転送社会の公安とも言えるGODSはおろかD&Dカンパニーでも何ら情報を得ないまま、ただ『ヴィ』の残り香とも言えるヴィ・シードの芽を刈り取ることに奔走するしかない状況である。
既にD&Dカンパニーが各地のテロ組織から回収したヴィ・シード、すなわち『ヴィ』が世界中にばらまいた“装置”は何点か無傷で回収に成功しているという。しかし同じ立場にあるはずの情報を共有するべきGODSには、この“装置”の詳細が伏せられている、という奇妙な状態がある。
日本の一都市を拠点とする単独組織のGODSはD&Dからすれば所詮は下請けの外様と見ているのか、装置の外見と特徴および、解除方法だけが伝えられ、発見次第それを回収しD&Dへと送致するか、回収不能と判断する場合に限り“装着対象者”ごと素粒子分解処理をせよと厳命を受けている。
その扱いに隊員は少なからず憤るものもあるが、大元の日本DNSがデフィの直掩に位置する組織とはいえ、組織構造としてはGODSはD&Dよりも下位にあたるため致し方のないことではある。もっとも個人が興味を持ったり憤慨してみせたりしたところでどうなるものでもない。
「表向きは、今日みたいに呼ばれりゃディックを狩りに行くってのが俺たちの仕事だ。だがオヤジもバカじゃない。この期に及んでデフィと心中するつもりもないってな。独自で調べは進めている」
「何なんですか、ヴィ・シードって……それに、ディック? とか」
「次元転送の仕組みは?」
「え?」
東大阪市街から石切に戻る道筋はひどい渋滞だった。交通情報を聞くと、今時珍しい大型トラックによる多重衝突事故だという。誠一はリニアカーのドライブモードをオートに切り替えてハンドルから手を離し、シートに背中をあずける。
「次元転送が何故“ジゲンテンソウ”などと呼ばれるか知っているか、って訊いてるんだ」
虚空に視線を移し口を尖らせ思案する恵の顔を見て、誠一は嘆息を吐き首を横に振った。
「一般物理で習っただろう。お前らの世代なら中学でも概要くらいは教科書に書いてあるはずだ」
「いやぁ、ウチ、次元物理はあんまり……テストとかもないし、先生もよぉわかってなかったみたいやし……それに今の学校はあんまり力入れてないみたいで……っていうか、それウチが質問したことと関係あるんですか?」
恵は次元転送器の使用をためらい避けはしていたが、物理科学の授業に興味を示してこなかったわけでも、特に恵がこの分野が不得手だったわけではない。ただ誠一に不勉強であると言われているようでいい気がしなかった。
「じゃあ、おさらいだ。この地球が存在している次元帯を何という?」
「えと、地球次元?」
「それ以外の並列する次元帯は?」
「並行次元?」
「そうだ。次元転送とは並行次元帯利用による物質素粒子の空間座標転移技術だよな? 少しは思い出したか」
「ええ、と……なんとなく」
二十一世紀における最も偉大な科学者として名を連ねているサイアス・ミラー博士が、並行次元帯による物質転送を提唱し、これを転送技術として確立させたことは子供でも知っていることで、常識の範疇である。
この誠一と恵のやり取りの歯切れの悪さの原因は、次元物理科学を基礎教養ではなく授業科目として履修させるべきか否かという論議でもめていることによる。日本では文部科学省の腰が重く学習指導要領の改訂が進まず、学校により次元物理科学の扱いは非常にむらのある物になっていた。
学校によっては特別授業枠で次元物理科学の履修を推めているところもあるが、本格的に学ぶのは今のところ大学からである。したがって現在の一般人に同じ質問をしたところで恵とそう変わらない反応をする。
恵の通う高校でも、降って湧いたような科学を理解し指導する適切な教員が育たない中授業は迷走し、授業の体を成していなかった。残念ながら恵の世代は、中途半端に次元物理科学を学校で学ぶ最初の世代といえ、クラスのほとんどが満足に基礎すら覚えられていなかった。
従って、二十代より上の世代はこれらを教わる機会もなく、社会の流れの中で適応してゆくしかないといった態になり、ちょうど二十一世紀の夜明けに“IT革命”と口ぐちに言っていた若年層と団塊の世代での軋轢のような現象も軽く現出している。
「ま、知ってるか知っていないかであって、新しい科学だからな。だがこれからは知らんでは通らん。次元物理を応用した機器が既に世の中に出てきているんだ、これからも広がりを見せる。使えんようでは困るだろ」
「そら、そうなんですけど……」
「それに今のお前の質問はミミズが“何故人は人なのか”って訊いているようなものだ」誠一はさらりと言ってのける。
「げっ……ウチ、ミミズ並みですか……」さすがにショックだった。




