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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第二章:GODS 第一話 「GODS」
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戦闘家政婦―GODS 1-1

今回より第二章が始まります。

これよりようやく副題の「戦闘家政婦」が登場します。

なかなかに情報量が多い章ですのでよくお読みいただければと思います。

 誠一と恵は駅前通りを歩いていた。夕方の悶着の際に左手の傷口が開いてしまい、急きょ病院へ駆けこむことになったその帰りである。左手は以前にもまして大きく包帯を巻かれ、絶対に患部を動かすなと医師からきつく釘を刺された。


 泣きじゃくったまま子供のように無理やり誠一に抱えられ、そのまま病院に担ぎ込まれ処置を受けた。痛みがぶり返した左手を右手で所在無げにさすり、俯いて誠一の後ろを歩く恵はそのことの恥ずかしさもあって終始無言でいた。


「バカやろ、手ぇかけさせやがって……だが、根性ある所は認めてやる」車のドアロックを解除しながら誠一は恵に向かって言う。


 正直なところ誠一からなんと言われるのかが怖かったのもある。ずっと感情を押し殺してきたことを見透かされているようで居心地が悪かったのだ。だからまた、素直になれなかった。


「それはどうも――ありがとうございます」ふてくされている風に、恵は慇懃無礼を装い応える。


「すねるなよ。俺たちがお前に意図して事の全容を知らせなかったことは認める。それはオヤジが言った通りだ。忘れ形見の御嬢さんを危険に晒すわけにはいかないってな」


あくまで自分をそのように扱うというならこっちにだって言い方はある、と消沈しかけていた気持ちに火がともった。


「それはわかります。ただ、事前に危険性を示してくだされば、こっちにも選択肢はあったと思いませんか?」恵は苛立ちを隠さずに誠一に告げた。

 それを聴いてさすがに誠一も目を白黒させて戸惑った。


「ん……ああ、過信はあった。油断をしていた。言ってしまえばそういう事だ。お前が来てからも何度か俺は奴らと対峙している。だから、今までと同じように人知れず奴らを撃退し、何事もない生活を維持することが出来るとな。奴らが強力になってきていることは感じていた。本格的に対抗手段をとらなければいけないと思っていた矢先のことだ」


「じゃあ、今日みたいなことが起こらなければずっと黙っていたんですか?」


 つまりは山吹大輔の判断はまずかったと認識すべきであった。


「……悪かった。正直、そのつもりだった」一拍おいて、誠一は声の調子を崩して恵との橋頭堡を築く意思があることを示した。


「ウチの事は――」


 言いかけて、恵は膿のようにたまった感情をため息にして吐きだした。


 一方的にすねて話を進めないでいるのに飽きた。感情が整理できたわけではないが、今は大人になって話をしようと恵は思った。


「セイさん、奴ら……っていうのは?」


「反次元転送社会勢力」そう言いきって、誠一は自前の黒いリニアスポーツカーのマルチリンクスロットにIDカードを挿入し、イグニッションスイッチを捻ってリニアコイルを起動させた。


「テロリスト……ってやつですか?」


「おそらくな。だがオーバードライブを扱うあたり、“本隊”とは言えんだろうな。奴らにくっついてる過激派の一部だろう」右足元のフットスロットルスイッチを踏み込む。


「オーバードライブってあの、ロボットの事?」


「あれはオーバー・ドライブ・ギアというものだ。ロボットではなく中に人間が入っている、広義におけるいわゆる……パワードスーツの一種……あー、わかるか?」


「まあ、だいたいは判ります」


「もともとオーバードライブは、個人携行で扱えない大型火器を運用するための機動力として開発された軍用強化動力外骨格だ。主に兵士の身体能力を高めるための体を覆う甲冑型か各種の艤装用モジュールと装甲を持つフルカバー方式の歩行戦車型で、光学迷彩を用いた最新鋭兵器として注目されている。庭の景色がゆらゆらと揺れているように見えたのはそれだ。そしてこいつ――」


 誠一は懐からさっき武器として使用した筒状の装置を取り出し、恵に手渡した。


「DOSといってな。ああ安心しろ、俺が触れなければ電源は入らない」


「ドス?」


「ディストラクショナルウェーブ・オプティカル・ソード、日本語で言えば破壊波動光学剣、まあ名前はなんだって構わないが、DFSの素粒子分解と転送の原理を用いたカタナだ。光刃に触れた部分を素粒子に分解して次元転送で並行次元に飛ばしちまえる。つまり今のところコイツで切れねぇものはない」


 プラットフォームを使用せず、物質を素粒子単位にまで分解して転送してしまうものがこのサイズに収められているのは驚きだった。いわゆる現行の家庭用DFS普及機は被転送物質をセットするプラットフォーム部分を除いても、冷蔵庫ほどの大きさがあったからだ。


「なんでそんな物騒なものがここにあるんです? 兵器なんですよね? あれも、これも……こんなん、映画のスペースーウォーズで振り回してる奴やん」


 手の中にあるDOSドスは振ると中でカチャカチャと音がする。持った感触では握りやすい形状をしている軽合金製の刀の柄といった感じで、底面に回転式のつまみがあり、親指が当たる部分にスライド式のスイッチのようなものがある。光子束が出る部分には穴が開いており、中に電極のような細い針金状のものが二つ飛び出している。


「未来過ぎるって……思うか?」


 恵は素直にこくりと頷いた。


「こっちの業界にいれば――ああ、次元転送社会の中核を担っている日本DNSみたいなところにいれば、だぞ? ああいった軍事兵器品評会レベルの奴らを目にすることも手にすることもできる」


 誠一はこれらのカラクリを順を追って話した。


次元転送技術が発表されたのが二〇三三年、その後すぐに宇宙技術への利用が取り沙汰されたため、あたかもこの年が次元転送元年のような言われをしているが、実際にはそれより三年前に次元物理科学委員会デフィは設立されている。


 無論、次元転送技術の確立はそれよりも以前で、二〇二六年にはミラー博士と東条博士の手により、すでに現在の技術の基礎が完成していた。


 言ってみれば世間との技術的時間差は十年近いといっても差し支えはなく、表層的なテンソーの普及はその背後に十年分の膨大な技術的バックグラウンドが存在しているというのと同義なのだ。


 これは世界を転覆するに等しい次元転送技術ゆえの事で、一度に全てを変化させる混乱を抑える為に取られた緩衝的方策に過ぎない。


「じゃあ、もっとすごい技術が本当は完成しているってことなんですか?」


「俺もすべては知らん。だが驚くような技術はこれからまだまだ出てくるだろうな。さしあたり日本において次の段階は有機物の転送だ。現時点のDFSではできないことになってはいるが、それは規制されているだけだ。今度はその規制を取っ払う。つまり食品や食材が転送対象になる」


「ほな……また、追いやられる業界や人が出てきてしまう」


「そうだな。しかし、もう後戻りはできん。日本DNSがいくらDFSネットワークを掌握していたとしても、この流れを止めることも壊すこともできん。さらなる混乱を生むだけだ。もはや船は出航したんだよ」


 暗闇の街道の信号が青色を示し、誠一は心持ち強めにフットペダルを踏み込んだ。恵が背中に圧力を感じるほどに最新式のリニアカーは加速した。


「運送業界はDFSのせいで追いやられた。それは時代の流れやったんやから仕方ないって判ってる。やけど、ヴィって人はそういう世界に歯止めをかけようとしたって……そやから」


 アクセルが緩み、誠一が助手席の恵を睨んだ。


「バカを言うな。そんな方便をどこで覚えた? ヴィは史上最悪のテロリストだ。俺たちの使命は奴の残した芽を刈り取ることなんだぞ」


「芽を刈り取る?」


「――ヴィ・シードの撲滅こそが俺達日本DNS株式会社の裏の仕事なんだ。オヤジはデフィと取引したんだよ、DFSネットワークとDFS機器のライセンスを特権的に与する条件として、次元転送社会を平和的に世界に導けるように計らう。文字通り日本の次元転送社会の旗手として、俺達が裏側で不穏分子を押さえているというのが現状だ……これが、お前の知りたかったことだろう」誠一は最後に吐き捨てるように言った。


「ヴィ・シード……」


 日本DNSのような次元転送ネットワークを管理する組織は他の主要国にも存在しており、その大本は国際物理科学委員会デフィである。いわば表面はデフィの事業委託部門のような存在と言え、その裏側は一様に次元転送社会の公安組織の体を成している。


 この裏の活動内容は常駐する社会治安維持活動というよりは、有事即応で叛乱分子に対抗する、極めて隠匿性の高い独立的な戦闘治安部隊である。


 これにより日本DNSはことあるごとにテロの事実を消し去ってきていた。一般人が目にしていたのは彼らの手がまわらない範疇の、些末な小競り合いだったというだけのことだった。


 今回の山吹家襲撃はすなわち、反抗勢力からの本部襲撃といった態であり、山吹大輔私邸へ乗り込んだという事はそれだけ彼らの規模も大きくなっていることを指している。


 恵はテロリストを擁護したつもりはないし、するつもりもない。いかに大義名分があれど暴力に訴えるやり方は到底看過できるものではない。


 ただ、たった今誠一からも、マキタとの会話の中でも聞いたヴィ・シードというものが次元転送社会をひっくり返す可能性を秘めているという話は引っかかる。


 その“種”は吉と出るのか凶と出るのか、無論今の恵にとっては実在するともしれない物だ。今ここでその話をしたところで取り合ってはもらえないと思った。それよりも――


「セイさん……」


「なんだ?」リニアカーは街のネオンの中を走り抜ける。


「ウチを雇ってください」恵は背筋を伸ばし正面に顔を向けた。


「雇うって……もう――」


「ちゃうんです、家事手伝いやのおて、セイさんと同じ立場で山吹家にいれるようになりたいんです。家政婦としてまだまだかもしれんけど、山吹家を守らなあかんのが務めなんやったら、ウチも戦います。強くなってセイさんみたいに山吹家を守ります。そして次元転送社会を守ります! だから教えてください、これからもっとたくさんの事を――戦い方を!」


「恵……おまえ」誠一は一喝する暇がなかったとばかりに黙った。


 恵はその時の気分だけでこんなことを言い出すような子ではない。無論大輔らが彼女を危険に巻き込むわけにはいかないと、自分たちの面倒事に首を突っ込まれるのを極力嫌うだろうとは予測できる。だが恵が山吹家で共存してゆくには自分の身を守るという意味でも、情報と知識と自衛力は必要なのだ。


「お願いします」


「……こっち側に戻ってこられなくなるぞ。解ってんのか?」神妙な声で返答を促す誠一。


「わかってます」覚悟は決めていると言ったつもりだった。


 だが誠一は突然腕を伸ばし、恵の頬を軽くつかんで「……って、わかるわけねぇだろ」と一蹴し、薄く笑った。


 山吹邸に戻ると誠一は、今日の事は忘れろ、まずはその手を治せ。とだけ恵に告げて自室への廊下を去って行った。


 余りに軽くあしらわれたことが、後になってふつふつと怒りになってこみあげてきていた。恵は風呂に入る支度をしながら心に刻んだ。


 いくらきれいごとを言ったところで直接的でなくとも父を、運送業界や加納モータースを追いやったのは次元転送社会だ。その来るべき社会に多大な代償を支払っているのは、決して彼らや遺された自分だけではない。しかし、だからこそ、その流れが止められないものならば、恨みを持って抗するのではなく、正しく歩むべき道を切り開くべきだと。


 いや、それとてきれいごとかもしれない。


 ただ、世界になじめないまま押しつぶされて腐ってしまうよりよほどましだった。失いたくないものがあるなら、自分の手で守る。前に歩きたければ顔を正面に向ける。それが恵のプライドだった。


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