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D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第一章:次元転送社会 第五話 「襲撃」
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戦闘家政婦―次元転送社会 5-3

 その騒動の直後、山吹大輔を中心として会社幹部らと誠一は緊急会議を開いた。幸い、襲撃の時点で凛も二人の兄弟も不在で難を逃れたが、このことは子供たちには告げるなと、誠一からきつく言われた恵だった。


 年齢的には恵も子供ではあるが、今は誠一と同じ立場に立つべきだと理解し大人しく首肯した。


 物分かりの良すぎる自分にも少し腹が立ったが、同時に緊張感をまとう大人として受け入れられた快感のようなものを湧き立たせてもいた。


 会議は長きにわたり、恵は悶々としたまま、ただひたすら終わるのを大広間の脇の縁側で待っていた。時折室内からは怒声が響き、騒がしくなる一面もあったようだが、おおむね淡々と話し合いが行われた。


 会議を終えた大輔と誠一の後ろについて廊下を進む恵は、彼に問わねばいけないとしながらも口を開けなかった。それは彼らがあまりに硬い表情で会議の場を出てきたからである。もはや最初に出会った時の柔らかな物腰の山吹大輔と田能誠一ではなかった。


「セイ、今日はもう休んでええ。明日壊れた壁の修繕を頼んどけ」台所まで戻ってきた大輔が背中越しに誠一に告げた。命を落としかけた誠一に対しねぎらいもしない大輔に恵は腹が立った。


「あの、どういうことなのか説明はしてもらえないんですか? 警察は?」声のトーンは意識しなければ低く重く響いた。


「恵……明日、ここを出ぇ。他人のお前が関わるべきことやない」大輔からはっきりと“他人”と言われたことに一瞬絶望し、その次の瞬間怒りを抑えることが出来なくなった。


「質問の答えになってません、なんですかそれ? 来いって言ったり出て行けって言ったり……!」


 恵の気勢に大輔と誠一はいささか驚いたような表情を作り、向き直った。あんなものを見た後にこの娘は何を言っているのだ、と言いたげな表情だ。


「お前も見ただろう、あんなもんがここに来るようになったってことは――」誠一が言葉を切り、短いため息をついた。だがそれには耳を貸さないといった風に恵は大輔に向かう。


「なんであんなものが来るんですか……セイさんだって殺されかけたんですよ? 凛ちゃんや尊君や衛君、美千留さんだって危ない目に遭うんですよ?」


 恵は誠一に向き合うことなく、大輔から視線を外さなかった。


「恵、もういい。立ち入るな」


 誠一が恵の腕を掴んで表情を硬くしているのが横眼にもわかったが、恵は引き下がるつもりはなかった。


 大輔はそれを見て取り、一度目を伏せてから口を開いた。


「わしらがやってる仕事の性格上、テロに襲われる可能性は常にあると考えて、セイのような男を雇ってるんや。ここに出入りしてる人間はみなそういうもんや。主は居城を棄てて逃げ回るわけにはいかん。そやかてお前を巻き添えにすることはできん」大輔は厳しい目で恵を見据えた。


 誠一は主に振り返り「明日、彼女の新しい住まいも探します」と、告げる。


 いつまでも何処までも蚊帳の外だ。自ら立ち入ろうとしなかったのは自分でもずるいと思う。厄介ごとに首を突っ込むこともないと、ヤクザ者の一部になることはできないと、それでも世話になっている恩義を不意にするわけにはいかないという方便で家政婦の真似ごとを続けてきた。それは逆を返せば恩を売られっぱなしになることを嫌っただけともいえる。


 今更勝手だ、勝手だが。


 もはや今の恵にはそんな考えはなかった。だから怒りが抑えきれずに言ってしまった。


「だから説明してってゆうてるんやんか! ウチはもう帰る家なんかあらへんねん! どこにも行くところなんかあらへんねん! 社会がどんなに変わっても、その中で人がどんな気持ちで生き抜こうとしてても、都合のいいとこだけ家族やなんてゆうて、ウチがどんな思いしてるかわからんのか? あんたらは命のやり取りをして男のロマンに浸ってたらええけど、それを傍で見てる人はいるんや。残されるもんがいるんや! そういうの解らんのか? 解らんねやったら、あんたらはやっぱりしょーもないヤクザ崩れや! あほぉっ! チンピラ!」


 そこまで言った恵の心にはひどい後悔と屹然とした覚悟の念が渦巻いていた。全身がぶるぶると震えて今にも崩れそうだった。


 ヤクザに偏見がないと思い込もうとしていた自分を晒した。転送社会を推し進め、人々を飲み込んで変質させてきた事実を看過しているのだと言い聞かせてきたのだと告白した。そして同時に、ここで生きてゆくという事は濁りもまた飲み干すと宣言したつもりだった。


 瞬間目の前が真っ暗になった。


 誠一の平手打ちは予想していたよりも重く強烈で、恵は水屋の扉に体を打ち付けて床に倒れ込んだ。痛みのあまり硬直していた体が一気に弛緩して、一緒に折れて砕けそうになっていた心をかろうじて保った。恵の視界の隅には大輔の姿が入っていたが、彼は恵を助け起こそうという素振りもなく、ただ腕を組んで傍観している。


当然だろう、それだけのことを口にしたのだ。その恵の口腔に血の味が広がる。


「ったな……!」


 恵は立ち上がり体を誠一に向けて突進させた。だが、誠一の分厚い腹筋はびくともしない。恵は左右の腕を無我夢中に動かして誠一の体を叩いた。


「なんや! もう一回張り倒してみいや! あんたらがやってるのは家族なんかやない、ごっこや! みんなファミリーとかゆうて、寂しいもん同士が傷をなめ合ってるだけや! 仁義とか任侠とかに絆されて自分の人生作っとるだけや! 責任を全うしたらそれでいいんか? やることにもやれることにも限界があって、限界があるから、だからしゃあないって……家族なんやろぉ、ここにおるのは家族やんかぁ!」


 恵の包帯を巻いた左手からは、ひどく血がにじんでいた。


 手の怪我の痛みなんて関係ない、それよりも何よりも胸が、心が、張り裂けるように痛んだ。突き刺すような言葉の数々は、知らない者からすれば目の前の大輔と誠一に対して向けられたかに聞こえただろう。だがそれは恵自身へ向けられたものでもある。


 息が出来なくなってくる。どこかでずっと心を閉ざしていた自分への攻撃。

もう……いやだ。


 恵は嗚咽をあげてむせび泣き、誠一の着物の裾を掴んだまま床に崩れ落ちた。




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