戦闘家政婦―次元転送社会 5-2
法事の後の法宴、お馴染の宴会場で宴もたけなわとなった夕方頃、屋敷の裏手で騒ぎが起きた。
誠一はすぐさま庭に出て、首を静かに左右に振り、耳を澄ましていたが、縁側に立ってそれを見ていた恵はどうすればいいのかわからない。
何かが爆発したような音、それは宴に興じていた“社員”たちの耳にも届き、会場は騒然となる。
しかしそこは上座に座った山吹大輔が一括し、場を収める。騒ぎは誠一に任せておけば良いということらしかった。
広い屋敷の事だ、普段から“襲撃”に備えているとはいえ、その敷地のどこで何が起きたかなど見当をつけるほうが難しい。だが、誠一は真っ先に現場へと思われる方向へ足を向けた。
全幅の信頼を得ている誠一は山吹の右腕であるにもかかわらず、屋敷内で給仕のような小間使いに身をやつしている。だが、一方で彼は自分は “ボディガード”だとも語っていた。
つまりいの一番に誠一が走るということは至極当然でもあるのだが、一人でどうにかなるものなのだろうか。
恵はいてもたってもいられず、誠一のあとを追っていた。
給仕の手前、着物の袖をたすきで捲し上げていた誠一は懐に右手を差し入れて、体が隠れるほどの巨大な庭石の影から現場の様子を伺っていた。
夕闇に埋もれ、動く影が庭の壁沿いに見え隠れする。あたりには火薬の匂いが立ち込めており、どうやらそれは屋敷の壁を破壊した爆薬のようなもののせいだと思われる。壁の一部が崩れていた。
「セイさん!」駆け寄り誠一の背中に小声で呼びかけた恵だったが、直ぐにその声は誠一の左手に遮られる。
「戦闘中だ。ここに居ろ」誠一はすぐに手を恵の眼前からのけたが、それ以上何も言わなかった。来るな、とも逃げろ、とも言わずに。
目だけを左右に動かして誠一は敵の動きを読んでいる。敵といってもそれは誠一が“戦闘中”などという言葉を使ったから、そのように捉えるしかなかったのだが、庭の植え込みに身を隠しながら移動するあちらからは、誠一の姿は確認できないように思える。第一恵の視界には誠一の言う敵とやらは映っていない。
突然、恵の前から誠一が消えた。
二人が身を隠していた庭石を跳躍で一息に登り、そこから壁際をゆく影に飛び込んでいったのだ。
なんの勢いもつけずに背丈を優に超える巨石のてっぺんにツーステップで足をかける脚力もさる事ながら、そこから茂みに向かっての放物線を描いた跳躍は見事だった。
滞空中に誠一は懐に差し入れた右手を引き抜く。その手には筒状の何かが握られている。ヤクザの持つ短刀――ドスではない。
その筒状のものの先端から光の束のような、はっきりと見える青白い一本の線が伸び、夕闇が迫る赤い景色に映えた。それは発振しながら一メートルほどの長さにとどまる。
誠一は、一見カタナのように伸びた光るそれを上段に振りかぶり、着地する直前に茂みの影へと叩き込んだ。同時に耳をつんざくような高周波音があたりに響き、恵は思わず耳を塞いだ。
誠一は第一撃の打ち込みからその場を退くと、そこから影のようなものがゆらりと立ち上がってくる。まるで陽炎のように庭の一部分の景色が歪んで見える。透明の物体が意思を持っているかのように動くのが見える。
再び誠一が別の庭石に飛び移る要領で、踏み台として半身を捻りながら飛び、その物体の方向に光の剣を振り下ろすと、再び高周波音が空気を張り裂き、まばゆいプラズマ光が物体の周囲を覆う。
するとどうだ、陽炎のように歪んでいた庭の一部分から、バチバチと青白い火花を散らしながらさっきまでは見えなかった人型の灰色のロボットのようなものが現れたではないか。
一見人型ロボットのような機械は人間を二回り程大きくした巨躯で、のっぺりとした卵形の胴体が二足の脚の上に乗り、左右の巨大な両腕の先には銃器とみられるものが装備されている。
駆動する四肢からはかすかなモーターの音がするが、動きは実に滑らかで、見た目の鈍重さからはロボットの動きというより、人間のそれに近い挙動をしている。
恵は恵なりに、この近未来的な戦闘兵器を記憶の中に探し求めていた。
本屋でたまたま見たミリタリー雑誌の表紙にあったような気がする。
恵は立ち読みでちらりと見たことがある程度ではあるが、男の子の間ではミリタリー好きに限らず、興味をそそる分野の機械であるようだ。だが、兵器には変わりがなく、それがこの山吹家の庭にいて、今にも砲弾を発射しようとしている様は常軌を逸している。
さらにそれに対し、訳の分からない光剣を振りかざして立ち向かう誠一はもっと常軌を逸している。
「セイさん!」そう叫んだところで状況の何が変わるものでもないが、庭石の影から恵は思わず身を晒していた。
「バカ! ひっこんでろ!」誠一がそう応えるか否かのタイミングで、ロボットの右のガトリングガンが火を噴く。
弾丸の嵐が恵の隠れている背丈ほどの庭石を直撃し、とっさに身を縮めて隠れた。
誠一は恵に気をとられたロボットの隙をついて、自身の発砲煙で視界を遮られた懐に飛び込み、光剣で右腕のグレネード、続いて左腕のガトリングを続けざまに切り落とした。攻撃力を失い数歩後ずさりするロボットに対し、誠一は光剣の切っ先を胴体部分に向けて投降を促す。
ロボットの背後は壁だ、もう逃げ場はない。
「子供の前で人は斬りたくねぇんだ。おとなしく除装して投降しな!」
静止するメタルグレーの人型機械兵器に光剣を突き付ける男。
怪物のような機械兵器を前にひるむことなく、一瞬にして制圧してしまうこの男は一体何だろう。ボディガードとは聞いていた。だが普段の所作も佇まいも男性としては美しすぎるくらいで、料理は達人並み。裏の顔はヤクザ者を標榜していたとしても、おおむね恵にとって誠一は、頭が良く上品で分別があり、礼儀作法も申し分のない、大企業の社長宅を預かる執事のような男だと思っていた。
だが、髪を振り乱しはだけた着物姿で剣を構える今の誠一は、まるでファンタジー世界から抜け出してきた異世界のサムライともいえた。
その目の前の光景は恵にとってあまりにも現実とかけ離れたものであったが、次元転送社会が民間普及を迎えたここ数年の急激な技術革新は、およそ一般人の常識を百八十度覆してもまだ足りないほど、様々なカテゴリーに伝播している。
意図して次元転送技術を避けてきた、亡き父に従ってきたその娘、恵にとってはいきなり目の前に未来が現れたかのように見えるのも無理はない。ただ、誠一の振る光剣もロボットもまだ一般人が直接目にするような代物ではないと思われる。
その時恵は誠一の背後に新たな陽炎を見た。
「セイさん! 後ろ! もう一体いる!」引っ込んでいろと言われてもそうはいかなかった。
ロボットはもう一体いた。
その声空しく、けたたましい機銃の斉射を受けて誠一は崩れ落ちる。
「セイさん!」
恵は銃弾に晒されるのも構わず誠一が崩れ落ちた茂みへと駆け寄る。そうしている間に陽炎は実体を表し、先のロボットを引きずるようにして、そそくさと庭の奥へと後退を始める。
目の前で繰り広げられた訳のわからない近未来戦闘に混乱をきたしながらも、はっきりとわかるのは田能誠一という一人の人間が目の前で銃弾に倒れたことだった。
着物の裾を乱して恵は誠一の元へと駆け寄る。
「セイさん! セイさん! しっかりしてください! 大丈夫ですか!」
仰向けになった誠一は目を閉じている。恵は膝をつき、その肩を掴むようにして叫んだ。
「セイさん!」
「……ってぇ。やばかったぜぇ」片眼を開く誠一。
「い、生きてるんですね?」
「――引っ込んでろって言っただろうが、取り逃がしちまったじゃねぇか」
恵は誠一の見たことのない目に強く睨みつけられて一瞬にして体がこわばる。
しかし誠一は「ったく……死んだとでも思ったか?」すぐ口元を崩して笑った。
「あ、あたりまえや! あんなロボットに襲われたら死んだ思ったわ!」昨日の今日とは言わずとも、父の死を目の前にしたのがほんの一年前にも満たず、さらには三日前のジュンの救出劇を経験した恵にとっては酷な光景だった。
たとえ目の前の誠一が無傷で無事であったとしても、狼狽えずにはいられない。恵は溢れそうになる涙を寸でのところで止め、下唇を噛んで顔を背けた。
家族を失い、天涯孤独となり、多くの人に助けられて、受け入れて、やっと山吹家で新たな家族になろうと心を決めた矢先だ。失いたくない。今ここにいる自分も、誠一のことも、この山吹家の家族も。




