表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
D線上のクオリア ー家政婦は戦うー  作者: 相楽山椒
第一章:次元転送社会 第五話 「襲撃」
22/192

戦闘家政婦―次元転送社会 5-1

 包帯を巻いて帰ってきた恵を誠一は一瞥して「それで? 仕事はできるのか?」とあしらった。これには恵も舌を巻いた。少しは心配してくれると思ったからだ。


 だが、生前父がしきりに「怪我をしたら仕事は立ち往かんようになる」と言っていたのを思い出した。それは一人親方で自営業をしている者は誰しも自分の体こそが資本だからだ。


 この家で仕事を持つ身の自分を俯瞰した時、フォローしてくれる誠一がいることに感謝すべきなのだと、咄嗟に出た甘えた考えを改めた。


 年頃の右も左もわからない十六の女の子に求めるには、この山吹家の家政婦業はきつい仕事かもしれない。ちょっと上品な大屋敷で和服に身を固めてお手伝いさんの真似事をしているといえば、一度は経験してみたくなるシチュエーションかもしれない。だが現実はただひたすら時間に追われる労働の毎日だ。


 学校がある恵にとっては二次的なものであるかもしれないが、決められた仕事はきっちりとやりこなさねば家が回らなくなる。強制されたものではなかったとしても、仕事に関わった以上自由に休んでいいわけではない。仕事をすると決めていながら放棄するのはもっとも良くない行為だ。


 恵が来たことで誠一は仕事分担ができるようになって随分助かっていると言ってくれたのが夏前の話だ。それが一ヶ月も経たないうちにこの体たらくでは申し訳が立たない。


 誠一にはまだまだ謎の部分が多いが、それでも二人で仕事をしているときは良き先輩であり、師匠であり、なんでもできる素敵な男性だと思う。それに年齢を感じさせない男前は一緒に肩を並べて歩いていても鼻が高い。きっと自分に兄という存在がいたならばこういった感情を持つのだろうかと恵は考えていた。


 山吹家の面々は一癖も二癖もある人間ばかりだが、その中で家政婦として立場を得ていることに充実感を持つようになっていた。頼られている、重宝がられている。勉強と仕事を両立させるのが大変だとも思うが、自分が誰かの役に立てているという実感はほかの何にも代え難かった。


 日焼けでヒリヒリする肌と左手をかばいながら、遅い風呂に浸かる。やはり日焼け止めはあまり効果をなさなかったらしい。だが、くっきりと体に刻まれた水着の跡が夏の思い出を刻んでいるようで、それがどこか嬉しく、そしてマキタとジュンも今頃どこかでキャンプを張っているのだろうと思い巡らせて、少し微笑んだ。


 恵が戻った次の日は山吹家の法事で、特に仕事を割り当てられているわけではなくとも、来客の多さを無視するわけにはいかず、朝から仕事着に着替えて誠一の傍についていた。


 美千留はいつもの如く仕事で、凛と吉川はまだキャンプから戻ってはおらず、尊は大学の部活の合宿から間もなく戻ってくるという。家族が少ない分通常の家事の負担は軽減されたが、慌ただしさは正月の再来を彷彿とさせた。


 おときの料理はほとんど誠一がこなしたが、恵は立ち止まる間もなく、延々と台所と大広間の宴会場を盆を持って往復していた。誠一は言葉にしては何も言わなかったが、手先を使うような仕事を一切恵には指示することはなく、単純作業だけを命じるという配慮をしていた。


 それは半年以上も共に仕事をしている恵にはすぐに判った。


 遊んで帰ったら手を怪我して使い物にならない、などといわれたくなかったから、恵は一生懸命いつもよりも集中して機敏に動き回った。けして客の機嫌を損ねるようなことがないように、気が回らずに待たせることがないように細心の注意を払っていた。


 法要が終わったのを見越し、恵は早速お斎の準備に取り掛かる。山吹家だけでなくその一門、関係業界の各位、日本DNS関係者および取引先の面々、組の先代、いわば山吹大輔の親と同等の人物の法要であるから、それはそれは多くの多彩な顔ぶれが並ぶ。中には警察関係者や街のポスターで見たことのある市議会議員の顔も見える。


 ちなみに山吹家並びに山吹大輔を筆頭とするこれらの集会は極道の集まりではない。参列する面々はお世辞にも堅気に見える者はいないが、彼らもすでに足を洗った者たちばかりであるからして、政治家や警察関係者がそこに居ることには何の問題もない。


 形の上では先代の一門を抜け、あまつさえ組を潰した山吹大輔が、元極道連中の頭となっているというのは奇妙に映るだろう。そんな彼が何故先代の法要を執り仕切っているのかというと理由は簡単である。かつての一門の中で組の規模を支える経済力を維持することができたのが山吹大輔だけだったということである。


 一門を抜けた時、先代から特別目をかけてもらっていたにもかかわらず、シマを返上し組を解体した大輔は不義理者として蔑まれ、血気盛んな兄弟分から命を狙われる抗争まがいもあった。しかしやがて次元転送社会が根付き、社会が変革するに従い暴力団関係者は体力を奪われてゆき、組員を束ねてゆける器は徐々に崩壊していった。


 そして狡猾な者は山吹大輔のもとへと下り、生き残りを画策した。


 結果、大輔の派閥に与しない多くの暴力団関係者幹部は組を畳み、行き場のない組員は堅気となる道を選び、大輔がこれらをすくい上げることで日本DNSは組織として成長していった。


 そのような流れから山吹大輔がかつての一門の本家となり、日本DNSという社会の表側を支配する顔と、GODSという裏側を押さえ込む組織として今の形を作り上げている。


 反面、自らの立場を奪われた怨恨から反次元転送社会組織という皮を被り、虎視眈々と大輔の首を狙う者もおり、実際のところ一括りに反次元転送社会を標榜する組織と言ってみても、その内実には様々な思惑が入り乱れていることは確かである。


「っと、お疲れ様」廊下の出会い頭に衛とかち合い、危うくお盆をひっくり返すところだった。


 衛はこの春から東京の高校に通いながら向こうで芸能活動をしている。お盆でこっちに帰ってきていたのは聞いていたが、会ったのは今日が初めてだった。


「まもるくん! ひさしぶりやん」衛が三月に家を出てゆくまでの短い間だったが、同い年という事もあり恵と衛は友人のような関係を築いていた。


「どうしたの、その手」


 衛は必要なこと以外はあまり喋らない寡黙なタイプの青年で、線が細く意思主張も強くはない。中性的な整った顔は母親譲りではあったが、全体に漂う間の抜けた感じは、俳優を志すにしてはいささか不安を残す。いわば飄々として何を考えているのかよくわからないというのが大抵の人の印象だ。


「ちょっとな、切ってしもた。あほやろ?」恵はそう言って照れ笑いを形どってみる。しかし返ってくる言葉は「別に、怪我くらい誰だってするさ」だ。


 このペースが恵にとっては苦手だ。どこで会話を終わらせればいいのかわからなくなる。


「あー、えと、衛君はどうなん? がんばってる?」


「うん、エキストラばっかりだけど、現場は楽しいな」もともと関東弁だが、少し東京に住んでいる間に言葉のイントネーションが微妙に変わっている。環境に影響されやすいのだろう、と恵は思う。


「なんか、ちょっと。雰囲気変わった?」


「そうかな?」目を瞬かせて衛は視線を横に逸らした。


「うん、ちょっと大人っぽくなったかも」


 恵はそうは言ってみたものの、衛のどこが変わったのかはわからなかった。実は変わったのは、同い年の男子を前とは違った角度で見るようになった彼女自身の方なのだが、今の段階で気付くことはできなかった。


「衛君、ごはんはどうする?」


「ああ、ありがと。でも今日は久しぶりに地元のツレに会って来るよ。夜は食べてくると思うから――」


 そう言って衛は制服のネクタイを緩めながら、肩越しに恵に向かって一寸視線を投げかけた。恵はそれに対して首を傾げ、眉を寄せて困ったような表情で見返した。やっぱりどうも、彼は何を考えているかわからない、といった風に。


 黙っていれば寡黙でクールなのに、笑うととたんに子供のような無邪気さをさらす。その笑顔にやられた乙女は数限りないだろう。彼は何の前触れもなくこんなことを平気な顔をして言うのだ。


「恵ちゃんも、よくなった」と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ